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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第五章

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(37)恐怖の舞踏会

 

 

 俺が飲まされた匂いのキツいお茶は、睡眠を促す成分を含んでいたらしい。

 ベッドに倒れていただけのつもりが、気がついたらメイドさんに起こされる時間になっていた。

 起き上がると、なんだか体が軽い。

 真昼間の明るい太陽の光をたっぷりあびると、少し鈍かった頭の動きもすっきりした。


「……なんか、久しぶりにぐっすり眠った気分だ……」


 これは薬草茶の効能なのか、それとも十年ぶりのお休みのキスのおかげなのか。そう悩もうとしたけど、そんな優雅な時間はなかった。

 突然扉が外から開き、メイド長さんを先頭にした侵入者たちによって拉致された俺は、抵抗する間もなく怒涛の流れに飲み込まれてしまった。



 やっと怒涛の流れから抜け出せたと思ったら、俺は最高級の絶世の美少女になっていた。

 身支度を終えて鏡を見た瞬間、俺の人生は終わったと思った。


 白を基調にしたドレスはとてもきれいだ。

 銀糸の刺繍は豪華だけど可愛らしくて、首から鎖骨にかけてのラインを強調するデザインはいい仕事をしている。

 最高級なドレスに少しも負けていない俺だから、男女を問わずに見とれるだろうし、男なら欲情もすると思う。


 ちょっと目尻のつり上がった生意気そうな美少女なんて、こいつを泣かせてみたいとか考えるだろ?

 どっかのイケメン騎士様みたいに、女神様とか言って崇めだす馬鹿も続出するかもしれない。

 普通だったら大袈裟なって笑われるだろうけど、これが誇張じゃないんだ。……本当に、俺は神がかった美少女になっていた。


 まあ、のんびり絶望感に浸る余裕はなかったけどな。

 メイド長さんたちに馬車に放り込まれたら、目の前にダライズの女領主様がいて、緊張で危機感なんて忘れてしまった。

 おかげで、馬車を囲む十何騎もの近衛騎士様に度肝を抜かれる暇もなかったよ!




 ……でも。

 王宮の大広間で、俺はこれまでの人生はまだ甘かったと悟った。

 平凡を愛する俺の人生は、完全に終わった。



「……あああああ、あり得ねぇっ!」

「耳元で騒ぐな」


 俺のささやかな叫びは、ため息混じりの声で封じられてしまった。

 目の前にある顔は腹が立つほど整っているけど、浮かんでいる表情は俺が一瞬反論を忘れてしまうくらいに物騒だ。


 おっさんは、いま猛烈に不機嫌だった。

 その不機嫌さを少しも隠さずに、殺気めいたものを無差別に周囲に発している。

 だから、舞踏会が催されている大広間にいるというのに、周囲の人々は俺たちに近付くことができない。

 王国中の貴族が集う場にいながら、おっさんは挨拶回りも和やかな談笑も拒絶して、壁際の長椅子に座っていた。

 華やかな舞踏会だってことを無視して、ダンスをするそぶりもない。

 ……ちょっと、俺を膝に乗せているだけだ!



 ……落ち着け、俺。

 少し、頭を整理しようじゃないか。


 俺は記憶を探りながら、少し前の出来事を思い出す。

 王宮に到着して、舞踏会の会場である大広間に行く前に、なぜか奥まった部屋に案内されたんだ。

 ダライズ夫人も、おっさんも、それを当然のように受け入れていたから、そんなものなのかなぁと俺は大人しくついていった。


 そこで、あの人がいたんだ。

 鮮やかな金髪と深い青色の目を持った、ステキなオジサマ。

 いわゆる、ビザーたん様だった。


 それで、俺がメイド長さんに習った丁寧な挨拶をして、その返事がいきなり「マイりんは男をたらしこむのは得意?」なんて意味不明な質問だったんだよな。

 話が読めなくて呆然としていたら、おっさんが舌打ちしながら「こいつには無理だ」ってかばってくれたんだ。

 ……だからと言って、どうして俺はおっさんの膝に座ってるんだ?



 もちろん、人目はバッチリある。

 当たり前だけど、みんながガン見している。


 そりゃそうだ。

 物騒な色気を漂わせた長身のイケメンが、不機嫌そうな顔でどっかりと長椅子に座り、大きく開いた足の間に囲い込むように、絶世の美少女を片足に座らせているんだぜ?

 見るよね?

 絶対に、見るよね?


 三十を超えた大人の男が、色っぽいお姉さんを膝に座らせていたら、エロっ!とか思いながらチラチラ見るよね。

 でも、男の膝に座っているのが、細くて小さくて幼くも見える十代半ばの女の子だったら、絶対に二度見するよな!

 実は娘なのだろうかとか悩みながらも、女を太ももに座らせているくせに、何でそんなに不機嫌そうなんだ!って心の中で説教しまくるのが人情だろ。



 まあ、外見は最高の美少女だけど、所詮は俺だもんな。

 おっさんが不機嫌になるのは、理解できる。

 ……だったら、何で俺を足に座らせてるんだろう。


「……あの、おっさん、俺、そろそろ普通に座りたいんだけど」

「諦めろ」

「でも……!」

「お前、男に色目を使ってたらしこめるのか?」

「……絶対に無理です。ごめんなさい」


 俺は素直に謝って、この意味不明な状況を受け入れる事にした。

 だって、俺は男なんだよ?

 いくらビザーたん様のお願いと言う形の命令でも、無理なものは無理だろ?

 「野心を持って近付く男どもには、上目遣いでニッコリ笑いかけてメロメロにしてしまえ!」なんて言われても、どうやっても俺には無理だよっ!



 ……まあね、ビザーたん様が何でそんな事をしろっていったのかは、たぶんわかる。

 俺に野心を持って近付くってことは、つまり国家反逆の野心を持つ人ってことだもんな。

 そう言う人がいたら、野心を潰して味方に引き込むべきだ。

 国家を揺るがしたいと言う野心を潰すのなら、主流派に媚を売りたい打算か、美貌な俺への恋心を刺激すればいい。


 乱暴な作戦だ。

 この国って、こういう無茶苦茶なことが普通なのか?

 と言うか、あの変態オジサマ、絶対に面白がっているだろ!

 色目使えとか言われて硬直している俺を、じぃっと見てニヤけながらうなずいていたの、俺、見たんだからな!

 おっさんが無理だって言ってくれて、本当に助かった。

 ……助かったんだけど、なぜそこで俺がおっさんの膝に座る必要があるんだろうか。



「……でも、あの、よくわかんねぇんだけど……おっさん……この状況は……」

「あのバカに、お前から離れるなって言われているんだよ」

「俺の護衛ってこと?」

「ここは王宮だから、王族以外は武装した護衛をつけられねぇんだ。貴族でも剣を一口ひとふりまでなんだよ。魔法も禁じられているし、だいたい使えないようになっている。……しかもお前は庶民だ。だから、名目上は俺の連れという形になってる」

「……ああ、なるほど。で……何でこれ?」

「俺は滅多に舞踏会に来ないんだ。それがわざわざやって来て、女に張り付いているなんて、言い訳にしてもあからさまに不自然だろ? だから、愛人を見せびらかしにきたように振る舞え、だとよ」


 ……ああ、愛人ね。そういう噂もあるらしいよね。

 若い愛人を膝に座らせるって、強烈な見せびらかしだよな。

 でもこんな不機嫌そうな顔では……口実としてはありだけど、愛人を連れて来たエロオヤジにしては、おっさんの雰囲気が物騒すぎて、マジで誰も声をかけてこないんだけど。


 今日のおっさんは真っ赤な服を着ている。俺が白を基調にしたドレスだから、色の対比だけでも無駄に目立つんだ。

 その上、凶悪な不機嫌面で周囲を威圧している。

 神妙な顔で膝にちょこんと座っている俺が、ますます目立つ事態に陥ってしまった。

 ビザーたん様は、ここまでしろって言ったか?

 言ってないよね?



「マイラグラン嬢! お久しぶりです!」


 誰も近付いて来なかったのに、空気を読まずに声をかけて来た人がいた。

 すごい勇者だ!

 俺がそちらを見ると、足早にやって来ていたその人は、さわやかな美貌を薄っすらと赤く染めて目をそらした。

 えっと、この人は……ヴァライズさんだ。

 ちょっと控えめっぽい雰囲気があるのに、堂々と俺の真ん前まで来るんだよな。

 ついでに、流れるように優雅な仕草で俺の手を取って、手の甲に口付けなんてしようとするんだよな!


 や、やめろって!

 青ざめながら唇がかすめる寸前で手を引っ込めると、俺は立ち上がって挨拶を……しようとしたけど、おっさんが腰に手を回してそれを阻んだ。

 ……なんで?


「あの、おっさん、俺、ヴァライズさんに挨拶を……」

「立ち上がる必要はない。俺から離れるな」

「え、ええー……?」

「……キルバイン殿は、もっと寛大な方かと思っていました」


 なんとヴァライズさん、おっさんに食ってかかった。その上、おっさんをにらんでいる!

 騎士様ゆえの勇気だろうけど、ここまで行くと蛮勇としか言えないぜ?

 わりと地位の高い人っぽいし、筋肉系と言うより理性的な人かと思っていたけど、意外に無茶をする人らしい。

 前に一緒にいた美麗な騎士様はいないの?

 ミハリスさん、無謀なことをしでかす前に、この人を止めてあげてっ!



 俺がドキドキしている横で、おっさんはじろりとヴァライズさんを見上げていた。

 しばらくにらみ合っていたけど、おっさんは口元に薄い笑みを浮かべた。


「……悪いが、俺はそんなに出来た人間じゃねぇんだよ」

「他愛のない若人同士の挨拶も許さない、と?」

「ガキ同士なら、保護者の前でお話しするべきだな」

「あなたがそんな態度では、マイラグラン嬢は交友範囲を広げることもできませんよ?」

「こいつに広い交友なんて必要はない。俺だけで十分らしい」



 ……あー、うん、嘘は言ってない。

 俺の主張を、おっさんは代弁してくれた。

 ただし、いろいろ言葉が抜けている。敢えて抜かしているんだろうけど「男とお付き合いする趣味はない!」という俺の主張が、「男はおっさん一人でいいの!」という愛人発言になっている。


 おっさん以外の膝なんて座りたくないから、正しいんだけどさ。

 ……うーん……まあ、いいか。俺もこの辺りで愛人らしい行動の一つもするべきだろうな。

 と言うことで、俺はおっさんの肩にコテンと頭を乗せてみた。



 お、ヴァライズさんが目をむいているぞ。

 そんな傷ついたような顔をしなくても……と言うか、おっさんをにらむのはやめた方がいいと思うよ?

 最近は年取って丸くなったみたいだけど、機嫌が悪い時のおっさんは遠巻きにするのが一番なんだぜっ!


 ひやひやしながらおっさんを盗み見たら、幸いおっさんはヴァライズさんを見ていなかった。はるか向こう側の壁の辺りをにらんでいるようだ。

 何かが向こうにあるのかなって思ってその辺りを見たけど、たまたまその方向に立っていたお兄さんたちが急に浮き足立っただけだった。



 お兄さん方はともかく、おっさんのこの反応、俺の行動は間違っていたんだろうか。

 愛人って難しいんだな……。


 そんなことを考えながら、頭を退けようと動きかけた時、おっさんは腕を動かして俺の頭に手を乗せた。

 なでる、ではない。手をマジで乗せやがった。

 おっさんの手は、ずっしりと重い。

 身長が縮む!と抗議しようとした瞬間、するりと頭をなでられた。



「……ヴァライズ殿。あなたはこれが茶番とご存じか?」

「茶番? いったい何のことでしょう?」

「父君から何も聞いていないのか? 俺は命じられた通りにやっているだけだ。……盛り上げてくれるのはありがたいが、あまり喧嘩は売らないでほしい。つい、買いたくなるからな」

「……喧嘩を買いたくなるって、大人げねぇな」


 俺がぼそっとつぶやくと、おっさんは頭をなでていた手を止めて、がしっと頭をつかんだ。

 本気で力を入れてはいないけど、軽く動けない。


「……あの、おっさん、頭から手を退けて欲しいなぁ……なんて……」

「覚悟しておけよ。ヴァライズ殿が来たってことは、あいつももうすぐここに来る」

「あいつ?」

「……入ってきたぞ」


 おっさんが、俺の頭をぐりっと上座の方に向けた。

 すると、そこではお貴族様たちが、皆一斉に礼をしていた。

 誰か、偉い人が入って来たんだなって思ったけど、俺は立ち上がれなかった。……おっさんが俺の頭を押さえていたから。


 おいおい、こう言う場所って上下関係が厳しいんじゃねぇの?

 にらまれたらやばいんじゃ……って、あれ?


 お貴族様たちから礼を受けていたその人は、立派なマントを翻しながら俺たちのいる場所に向けて歩いて来ている。

 金髪がキラキラしていてまぶしい。

 長身で、堂々とした雰囲気の人物だ。壮年期の男性で、歩くだけでものすごい存在感というか威厳がある。

 肩から胸にかけて、この場にいるどんな貴族よりも豪華な装飾をつけていた。

 でもその人は、呆然としている俺と目が合うと、それまでの厳しい表情を崩してニカッと笑った。



「二人とも、楽しんでいるかな?」

「……えっと、あの……」


 俺がどう答えればいいか、本気で悩んだ。

 あの豪華な装飾のある紋章は……村で祭りの日に必ず掲げることが義務付けられていた旗と同じだ。ダライズの街でも、街門にはダライズ家の紋章の旗と一緒に掲げられていた。

 王都にも同じ旗があった。

 それに王宮に入ってきたときも、城門にあの紋章があった。


 つまり……庶民でしかない俺が、直答なんてしていい相手じゃない、ってことだよな?

 俺が硬直していると、おっさんが椅子に深く座ったままため息をついた。


「ビザイエン三世。それがあいつの公式な名前だ」

「マイりんには、これからもビザーたんって呼んでほしいな!」


 ……えっ?

 いや、この状況になってしまうと、それはますます、ちょっと……なぁ?

 だって、ビザイエン三世って……この国の王様の名前だぜ!



 文字を教わる時に一番最初に覚えさせられるのが、この国の王様のお名前だ。俺も必死で覚えた。

 ……確かに、ビザーたん様って誰かに似ている気はしていたんだよ。

 そりゃそうだ。

 俺と目が合う前の厳しい顔は、村で飾っていた肖像画に似ていた。


 だけど、俺たちの真ん前に立ってニヤニヤしている顔は……いや確かに同じ顔なんだけど。

 あの顔を見て王様だって気付くやつ、庶民にいるわけがないだろ!

 

 

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