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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第四章
34/49

(33)恩寵の真価

 

 

 俺の驚きが伝わったのか、俺の背から手を離したおっさんはやっとニヤッと笑った。


「お前の待遇が破格だってことは、理解してくれたか?」

「……破格過ぎて意味不明だけど……うん、まあ、気を遣ってくれているのはよくわかった」

「向こうにはセアラがいて、準備してくれているはずだ。最低でも一泊することになるが、何も心配はいらない。……と言いたいんだが」


 おっさんは魔法転移の場に入ろうとして、一瞬躊躇した。

 どうやら、話がまだあるらしい。


「何だよ、秘密はもううんざりだぜ?」

「……いや、秘密でも何でもないんだが、まあ、覚悟はしておけって話だ」

「な、何の覚悟?」

「向こうにいるのはセアラ以外は男ばかりだ。しかも、だいたいが若い。……意味はわかるな?」

「……目を合わせるな、ってこと?」

「そうだ。それから感情は抑制しろ。心臓に悪い。……髪もできるだけ隠したいが、そういうわけにもいかねぇんだよな……」

「キルぽんは心配性だなぁ! そんなに心配なら、君がいつも一緒にいればいいよ。目の前で何か無謀なことを考える男なんて、普通はいないから!」


 そんなことを言いながら、ビザーたん……様はすたすたと魔法転移の場に入った。

 あれ、この人も一緒に行くのか?

 ハリューズ様はもちろん一緒だよな。

 それから、俺とおっさんと。

 いかにも強そうな騎士様も、二人ほど入っていった。通り過ぎる時におっさんに目礼をしていたよ。

 ……つまり六人も一気に転移するの? この小さな場で?



 俺が驚いている間に、おっさんが俺を押して場に入った。

 最後に、ハリューズ様が入って来た。

 さあ、魔法がくるぞ! ……と身構えた次の瞬間、金色の光に包まれ、瞬きをしたらもう別の場所についていた。


 ……もうね、一言で言えば早すぎ。お気軽すぎ。

 ハリューズさまの魔法転移は二回目だけど、この早さは異常だ。どんだけ魔力制御がすごいんだよ。

 馬の配達の時に経験した魔法転移は、もっともっとじっくり時間がかかってたぞ。

 こんなのに慣れていたら魔法転移は気楽にできるものって勘違いしそうだけど、普通の転移は、魔導師が五人くらい関わったりするんだ。人数の多い転移になれば、こちらに五人、向こうに五人、合わせて十人とかもある。

 なのに、ハリューズ様は一人で……魔力、無尽蔵すぎ。



「さあ、外へ」


 ハリューズ様の言葉で、俺たちが頑丈そうな石造りの建物の中にいることに気付いた。

 でも、室内なのに恐ろしく寒い。

 俺がぶるっと震えると、おっさんはマントを外して俺の体にぐるぐると巻きつけてくれた。


「取り敢えずこれで我慢しろ」

「あ、うん、ありがとう」

「外に出るぞ」


 おっさんはぽんとまた俺の背中を押した。

 俺も好奇心に突き動かされて、もこもこした格好で小走りに戸口に向かった。

 扉は二重になっていた。

 最初の扉を抜けた時に上を見たら、天井というより頑丈そうな格子になっているだけで、ほぼ真ん中辺りは上から鉄格子が降りてくる作りになっていた。

 どう見ても普通の建物じゃない。

 戦時には、いろんなものが降ってくる場所だ。


 扉には、外側と内側にそれぞれ鉄板が打ち付けられていた。

 さらに、外に繋がるもう一つの扉もやはり頑丈な鉄板が付いていて、おっさんが押すといかにも重そうな音がした。



 外に出た瞬間、赤みを帯びた巨大な太陽が正面に見えた。

 夕刻が近付いた太陽が照らし出しているのは、岩がむき出しで転がる傾斜地だった。


 この建物は、かなり高いところにあるようだ。

 岩場は下方で防御壁や空堀に囲まれていた。大きな岩はやがて消え、なだらかな低地へと繋がり、曲がりくねった川が網目のように広がっている平原が広がっていた。

 平原は、地面のように見える場所も太陽の光をキラキラと反射している。

 俺が知っている草原とは全く違う。

 沼地をもっと大きくしたような……たぶん湿原ってやつなんだろう。


 見慣れない風景に見入っていた俺は、他の人たちが歩き回る音で我に帰った。

 一緒に来た他の四人の他に、見覚えのない騎士様が三人も追加で歩いている。もともとここにいた人なんだろう。

 さらに振り返ると、鉄板と鋭い鋲で守られた扉が見えた。

 二重の扉の間の幅が壁の厚さとすれば、建物自体もとんでもない丈夫な作りになっている。窓は小さく、矢を射かけるための穴もいくつも作られていた。

 お食事会があるはずだった王都のお屋敷に、ちょっと作りが似ている。

 でも、あのお屋敷はこんな重い扉は付いていなかった。

 つまりここは現役だ。場所も見晴らしの利く高地だし、きっと今も現役の要塞なのだろう。



「北の空を見ろ。もう集まってきた」

「えっ?」


 おっさんが指差す方向を見ると、遠い空に何かが飛んでいた。

 空を飛んでいるから、鳥だろうか。

 でも、俺は違うと思った。

 ゆったりと羽ばたく翼があるけど、あれは鳥じゃない。

 ぐんぐん近付いてくるにつれて、その異常さがはっきりと見えてきた。


 翼があるけど、体表を覆っているのは羽毛ではない。

 鳥以外に空を飛ぶといえば、魔獣を思い出すけど、そんな下等な存在でもなかった。

 長い首に、二股に分かれた長い尾。

 馬の何倍もの大きさの胴体と、大きく広げられた翼。

 俺はあの姿を知っている。ほんの二週間前に見た。それより前は、存在すら信じていなかった伝説と化していた幻の存在が、複数飛来していた。



「あれは……あの群れは……翼竜?」


 俺は思わずつぶやいた。

 じっくり見ても、やはり翼竜にしか見えない。

 ほとんど真上の空に、巨大な翼竜が羽ばたいていた。

 一頭でも迫力のあった飛行なのに、複数がそれぞれの高さと速さで俺たちの上空を円を描くようにぐるりと回っていた。


 ものすごい速さで飛んでいる翼竜もいるけど、俺の目は正確に十一頭いることを確認した。

 それぞれが大きい。

 翼竜の生態はほとんど知られていないけど、全ての大きさが同じくらいだから、成体ばかりだと思う。

 オスとメスの違いは、よくわからない。

 大きさ以外のところに性差があるのかもしれない。


 俺が初めて見た翼竜ちゃんは、どっちだったんだろう。

 そんなことを考えていたら、一頭がふわりと舞い降りてきた。

 皮膜の翼が大きく動くと、地表にも大きな風が吹いて、下ろしっぱなしになっている俺の髪の一部がふわりと流れた。

 その髪がまた肩に戻ってきた時、翼竜も翼を折りたたんで地面に立っていた。



 伸びて近づく頭部から、吐息がかかる。

 俺はぐるぐる巻きのマントの中から、そっと手を出した。


「おい、警戒を怠るな」

「たぶん大丈夫だよ。……この翼竜ちゃんは、前に会ったあの翼竜ちゃんだ」


 俺がそう言うと、ハリューズ様がにっこり笑ったのが視界の端に入ってしまった。

 ああ、やっぱりバレている。

 ついでに、俺の判断は正しいらしい。

 正直に言えば、翼竜の個体差はよくわからない。興奮してたから、そこまでじっくり見ていなかったし。

 でも、一頭だけハリューズ様の魔力の名残があるからな。



 手を伸ばしながら近づくと、翼竜ちゃんはばさりと翼を広げ、首を低くしてピーピーと鳴いた。

 頭部を低くして首をさらすのは、普通の動物と似ているから服従の意思かな? とすると、皮膜の翼を地面で広げるのも、弱い場所をさらすから好意の表れ、なのかなぁ?


 翼竜ちゃんは俺をじっと見上げている。

 その大きな目をじっと見つめ返すと、翼竜ちゃんはまたピーピーと鳴いた。

 ……嬉しい、んだよな?

 二週間ぶりに触れた翼竜の肌は、やっぱりざらりと硬かった。



「……ボウズ、ゆっくり上を見ろ」


 おっさんが低い声で声をかけてきた。

 その瞬間、翼竜ちゃんがじろりとおっさんを見た気がした。

 相性悪いのかな。

 そんなことを考えながら上を見たら、はるか上空で舞っていたはずの十頭の翼竜が、いつの間にか高度を落としていた。

 真上を通るときに、硬い皮膚の凹凸まで見えそうだ。ものすごい風切り音は早く飛ぶ翼竜のものだろう。

 上空の翼竜には、ハリューズ様の魔力は一切残っていない。

 と言うことは、本当に未知の翼竜だ。

 巨大な皮膜が次々に俺の頭上をよぎって行って、夕方の赤みを帯びてきた光が遮られて暗くなった。


 真下から見る皮膜は、赤かった。

 夕焼けと同じ色の赤だ。

 俺が次々と過ぎていく翼竜を呆然と見上げていると、俺が触れている翼竜ちゃんがピーと鳴いた。

 振り返ると、おっさんがすぐ近くに立っていた。


「ここまでは予想通りだな。次は……髪をもっと見せるぞ」

「え? 何のために?」

「ドラゴンの恩寵とやらの真価を確かめるんだよ」


 そう言うと、おっさんは俺の頭からピンやらリボンやらを取り除き始めた。

 時々、手が止まって舌打ちしているけど、きっと複雑な編み方をしているからだろうな。それでも全部取り終えてしまうなんて、おっさん、女の髪に触れ慣れているな。

 ……まあ、別にいいけど。

 おっさんの年なら、そんなもんだろうし。


 俺の長い髪は、くるくるに型がついたまま風になびいた。

 それを、おっさんの指が解していく。

 二度、三度と指先が触れて滑るたびに、癖が消えてまっすぐな髪に戻っていくようだ。

 サラサラのストレートに戻った、と思ったら、さらにまた指先が触れてきた。

 一瞬の間の後に、指はゆっくりと撫で付けるように動いた。

 


「……来たぞ」


 少しかすれたおっさんの声が、いつもより近くから聞こえた気がして、俺は一瞬びくりと震えた。

 耳のそばで聞こえた気がしたけど……いや、気のせいだよな!


 だって、おっさんはもう俺から離れていってるし。

 翼竜ちゃんが、きつめの声でピーと鳴いたけど、きっと上空を見ろってことだよな! 翼竜の群れ、さっきよりさらに高度を下げているし!


 俺は空を見上げた。

 ちょうど吹いてきた風が、俺の青い髪をぶわりと吹き広げた。



「マイラグラン。奴らを呼べ」


 ハリューズ様の声が聞こえたけど……呼ぶって、どうやって?

 俺は首を傾げながらも、取り敢えず両手を差し出してみた。


「……おいで」


 空に向かって、ささやく。

 大きな声は警戒されるかなって思ったんだ。

 でも、そう言えば伝説では、翼竜は非常に聴覚が発達しているとあった。空への呼びかけは、それこそささやき程度でいいんだって。

 だから、俺はささやいた。


「おいで。……降りておいで」


 降りてきて、俺にいっぱい触らせて!

 俺は祈りながら待った。

 翼竜たちはバサリバサリと羽ばたき、俺の頭上をびゅんと飛び抜けていく。


 ……やっぱり、無理、かな。

 そう思った瞬間、ぐん!とひときわ強い風が俺に吹き付けてきた。

 俺が一瞬よろめいたけど、翼竜ちゃんが首で俺の体を支えてくれた。

 うん、いい子だな。超かわいい!

 俺がにやけて翼竜ちゃんの首を撫でたら、突然視界が暗くなった。


 驚いて顔を上げると、そこには別の翼竜が降り立っていた。

 一頭だけでなく、十頭すべてが地面に降りているようだ。俺を取り囲むように地面に立っていて、長い首を伸ばしてきている。

 全ての大きな目は、俺をじっと見ていた。



「……これは、見事だ」


 建物の前で二人の騎士を従えて立っていたビザーたん様が、うなるようにつぶやいたのが聞こえた。

 俺と話していた時とは別人のような、真剣な顔をしている。

 隣に立つハリューズ様には目を向けず、食い入るように翼竜と俺を見ていたけど、ふぅっと息を吐いて言葉を続けた。


「伝説は作り話ではなかったのだな。まさに……神代の再現だ」

「それで、どう思われる?」

「……翼竜への騎乗は可能なのか?」

「私の魔力では一頭の制御で精一杯だ。だが、マイラグランが直接関与すれば、あるいは」

「そうか」


 そうつぶやいたきり、黙りこんだ。

 厳しい顔で考えて込む姿は、俺のことをマイりんと呼んでいた変態オジサマと同一人物とは思えない。

 今のオジサマは近づき難くて、ビザー様としか呼べないなぁ……。


 振り返った俺が困惑していると、新たに舞い降りた翼竜がツンと鼻先で俺を突いた。

 あ、ごめん。

 オジサマに気を取られている場合じゃなかったな。

 俺がそっとなでてやると、翼竜はそれでいい、とでも言いたげにピーと鳴いた。



 その時、翼竜たちの向こうからおっさんの声がした。


「ボウズ。そいつらに道を開けさせてくれ。そっちに行きたいんだが、これでは通れねぇ」

「あ、うん。……そこ、開けてくれる?」


 そうお願いしてみてから、人間の言葉が通じるものなんだろうか?と思いついた。

 でも、無用な心配だったようだ。

 翼竜たちはぞわぞわと少しずつ移動して、おっさんが通れるだけの道を開けてくれた。

 ただし、そこを歩いてくるおっさんに対する視線は、全然友好的じゃない。


 なのに、おっさんは平然とその道を通り抜けてきた。

 おっさん、心臓強いな。

 俺、あまり友好的じゃない軍馬様たちに囲まれたら怯える自信あるよ。



「さて、どの翼竜にする?」

「……え?」

「騎乗するぞ」


 おっさんは何でもないようにそう言って左肩に担いでいた絨毯を地面に置くと、右腕で抱えていた革製の道具っぽいものを軽く示した。

 確かに、ハリューズ様が翼竜に乗ってきた時に、似たような道具を使っていたけど……。


「えっ! おっさん、翼竜に乗れるの?」

「俺一人では無理だ。さんざん試したが、ハリューズ様の魔力を使っても無理だった。だが、お前と一緒ならいけるかもしれん。さあ、どの翼竜に乗る?」


 いつの間にか肩などにつけていた金属製の防具を外していたおっさんは、どの馬に乗る?って感じの気軽さで聞く。

 でも……乗るのは翼竜だよな?

 ……危ないんだろ?

 しかも「いけるかもしれない」とか言ったよな?

 かも、ってつけたからには、絶対に大丈夫って感じじゃないんだろ?


 ……翼竜に、俺も乗れるの? 伝説の翼竜騎士ごっこができるってことだよな?

 危険? 何それ。絶対に楽しいだろ!



「……よしっ! 乗ってみようぜ! まずは人を乗せたことのある翼竜ちゃんからだ!」

「それでこそボウズだ」


 乗馬用手袋の上にさらに革製のベルトを巻きつけながら、おっさんがニヤリと笑った。

 

 

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