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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第四章

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(26)食事会の準備

 

 

 昨日、俺は誰か知らない人との食事に招待された。

 おっさんの言葉を借りるなら、王国でも有数の美味い飯が食えるらしい。

 そういう席だから、きちんとした格好をしなければいけないだろうってことはわかる。美少女になってしまっている今は、きちんとした格好と言えば当然ドレスなんだろうな、ってことも納得できる。


 ……でも、俺は言いたい。

 猛烈に言いたい。


「……新しいドレスを作るなんて、俺聞いてねぇよ!」



 俺がひっそりとつぶやいたのを、メイド長のおばさんはもちろん聞いていた。

 聞いているけど、ただにっこりと笑った。


「先日の舞踏会のお衣装は、ハリューズ様のお見立てだったそうですね」

「あー、えーっと、そう言えばそんなこと言ってた、かな?」

「お嬢様の王宮デビューが他の殿方のお見立てドレスだったなんて、お坊っちゃまにはどれほどの屈辱だったことでしょう!」

「……えっ?」

「ですので、今度の晩餐会では、全てがキルバインお坊っちゃまのお見立てでなければなりますまい。……ああ、でも、もちろんお嬢様にも気に入っていただかなければいけませんので、お嬢様もしっかりお好みをおしゃってくださいませ」

「え、ええー……」


 好み、ですか。

 できれば地味なのがいいです。

 レースはちょっとだけでいいです。

 スカートは裾を踏まない程度に短くて、ボタンに宝石を使わず、お腹を締め付けなくて、露出度はひかえめで、首まわりはちょっと出てもいいかなぁとは思うけど、できればスカートよりズボンがいいなぁ……なんて……無理だよなぁ。



 俺、実は最初に言ったんだよ。

 ドレスじゃないとだめですかって。

 男装案も出したけどダメだった。その場で却下された。

 かろうじて、露出度控えめなデザインってのは採用された模様。


 いや、本当のところはまだわからない。

 なぜって、今はまだ「どんな布で仕立てましょうか?」ってことを決める段階だからな。

 ……新しいドレスって、そこから始めるんだ。昨日の今日で忙しいな。あ、布から仕立てるから時間がギリギリなのか。参ったな。


 そりゃ、夕食会に招待されましたって言ったら、メイド長さんと執事さんが半狂乱になるはずだよ。

 本当は三日後に食事会をって話だったのが、執事さんが逆ギレ気味に「二週間後にさせていただきましょう」って速攻で返事を書きに走ったのには驚いたよ。

 メイド長さんなんて、おっさんが作った血の海を見ても、眉をちょっと動かしただけで、それどころじゃないって顔をしてたし。

 俺が招待を受けるのって、そんなに大変なことだったんだ。は、ははは。



「お嬢様のお顔立ちなら、この辺りがお似合いだろうと思って選んできています。でも、そうですね、確かにこの辺りの少し難しいお色味もお似合いかもしれません」

「ふむ、さすがに良い品揃えですね。わたくしはこちらの感じも悪くないと思っています。さあ、お嬢様もお気に召した物はぜひおっしゃってください」

「……いや、もう何でもいいです」

「まあ、お坊っちゃまが選ぶものなら何でもいいなんて。おほほ」


 メイド長さんはとてもご機嫌だ。

 表情も、いつもよりはっきりと出ている。

 俺には目を剥くような珍しい光景なんだけど、仕立屋のおばさんにとっては普通らしい。

 如才ない笑顔の中に、ちらっと素の笑顔っぽい表情が浮かんだ。


「うふふ。本当にこんなに可愛いらしいお嬢様でございますもの。キルバイン様も選び甲斐がありますわね。ちょっと若すぎる気もしますけれど、雑草のようなふてぶてしさは頼もしいわ」

「そうなのよ。あの子、あんなきれいな顔して、ヘビやカエルを素手で捕まえるのよ。カエルといえば、あなたの弟はお元気?」

「あの子ね、最近娘に恋人ができたようだって落ち込んで、もう面倒臭いったら。あなたの上の娘さんはもう彼氏できたの?」

「それがまだなのよ。あの子もあきらめて適当なところで妥協すればいいものを、変に理想が高いみたいで。この色で刺繍入りはあるかしら?」

「こちらが刺繍入りですわ。刺繍の代わりにこのレースを合わせてもおきれいですわよ」


 どうやら、メイド長さんと仕立屋さんのおばさんは仲がいいらしい。と言うか、幼なじみってやつのようで、さっきから昔馴染みとか家族の近況を報告しあったり思い出話をしたりしている。

 でも、二人とも手が止まることはない。無駄話をしているはずなのに、いつの間にか布の選定に戻っていて、俺が呆然としている間に次々に布を選んでいた。

 ……いや、いいんだけどさ。そんなに選んで、何着作るつもりなんだ?



「さて、あとはお坊っちゃまに選んでいただくだけなんですが。まだお見えになりませんね」

「……あれ、そう言えば俺、おっさんは最近見てないな」

「お仕事が色々増えてしまいましたからね。今日は絶対に来てくださるよう、特にお願いしておりますので大丈夫でしょう。……ああ、お見えになりました。お坊っちゃま、さあ、こちらへ!」


 メイド長さんにつられて、俺も廊下に顔を出すと、向こうからおっさんが歩いてくるのが見えた。

 しかも、おっさんはメイドさんたちに取り囲まれてる。

 ……護送とか、監視とか、連行とか、そういう言葉が似合う状況なんだろうとは思うんだけど。少なくとも、素面のおっさんが若い女の子をはべらせて喜ぶタイプじゃないことはわかってるんだけど。


 一言で言えば、うわぁ……って感じ。

 無精髭のガタイのいいオッサンが、若くて可愛い女の子たちを左右に引き連れている図は、はっきり言って、ものすごくいかがわしい!

 おっさんがイケメンな分、ちょっと腹が立つ光景だ。

 でもよく見ると、印象ががらりと変わる。何というか……おっさんの雰囲気が……。

 いや、まず突っ込むべきところはそこじゃないな。


「……おっさん、髪濡れてるよ」

「ああ、風呂入って臭いを消してきたからな」


 おっさんは羽織っただけのシャツの前をしめながら欠伸をした。

 なるほど、風呂上がりだから髪が濡れているんだな。上質のシャツを羽織る姿は怠惰なお貴族様のお坊っちゃまっぽい。



 ……だけど、おっさんの雰囲気は全然リラックスした感じじゃないんだよな。

 殺気立っているわけじゃないけど、俺がよく知らない傭兵の顔と言うか。

 一言で言えば、荒事と疲労の名残がある。目付きも少し怖い。

 たぶん、俺以外は気付かない程度だけどね。


「あの……何の臭いを消したのか、聞いていい?」

「……お前は聞かねぇ方がいいぞ」


 おっさんは俺をちらっと見たけど、すぐに目をそらしてそう言った。

 あー、やっぱりか。

 ……つまり、そういうことだよな。俺が無駄に鼻がきくから、あんなに疲れた顔をしているのに無理して風呂入って来てくれたってことだろうな。

 優しいなぁ!

 ……とは思うけど、何の臭いなんだろうなぁ。

 やっぱり……このお屋敷にまで入り込んだお客様関係なんだろうな。

 たぶん、おっさんが消した臭いは……血の臭いだ。


 物騒なお客様を迎えた昨日、夜になってもおっさんは部屋に戻ってこなかった。

 今朝も顔を見なかった。昼になってもいなかった。

 つまり……このお屋敷のどこかにある、多分地下室的な牢屋とか拷問室とか、そういうヤバい場所に詰めていたってことだ。


 俺はおっさんから目をそらした。

 でも、そらした先は色とりどりの布が広げられていて、それにレースやらリボンやらが組み合わせ例として載っている。

 サンプルとしてのドレスも幾つか飾っているし、何というか……こっちはこっちで異次元だな!



 俺が視線をさまよわせていると、おっさんがどっかと椅子に腰を下ろした。

 メイドさんに肩に上着を掛けてもらい、一緒に持ってきてもらった水をちびちびと飲みながら、俺と華やかな室内を交互に見ながら首を傾げた。


「で、ボウズが気に入ったのはあったか?」

「俺にそれを聞くのかよ?」

「あー、まあ、無理だよな。だが、できるだけお前が苦痛を感じないものを選べよ」

「……ズボンは却下された」

「そうだろうな」


 苦笑したおっさんは、うつむき気味の俺の頭に手を伸ばした。

 でも頭に触れる直前に、ほんの一瞬、間があいた。

 俺が不審に思って顔を上げた時には、もうデカい手は俺の頭をがしがしとなでたけど。今の一瞬の間は、いったい。

 やっぱり……あれか? あれのせいなのか?


 ……いや、あの時は悪かった。

 俺、本当にいっぱいいっぱいだったからさぁ。普段は臭いとか全然気にならないんだよ。

 ちょっと前まで、俺は馬や家畜たちの下のお世話をしてきたし、鶏くらいいなら解体してた俺だよ? ちょっと血の臭いがしたって平気だったんだよ。

 だから、風呂まで入ってきてくれたおっさんの手は全然問題なしだよ! 本当だからもうあの時の暴言は忘れてくれ! おっさんは臭くないからっ!



 そんなことを焦りながら考えていたら、俺の頭を乱暴に撫でていた手が止まった。

 メイド長さんたちに目を向けたおっさんは、独り言のようにつぶやいた。


「あのな、お前のドレスは普通のドレスにはならない予定だ。だから、安心しておけ」

「……普通じゃないドレスって何だよ? というか、安心って?」

「貴族なんてものは、ただ優雅なだけじゃねぇからな。ドレスにも色々あるんだよ。……お前の場合は、普通に切りつけられても刃が通りにくいとか、普通より軽いとか、まあ、裾も踏みにくいように仕立ててもらうようになるはずだ。あの仕立屋は、そういう訳ありものも得意なんだよ」


 へぇ、ドレスってそんな加工ができるのか。

 ……いや、待て。裾を踏みにくくしてくれるのは嬉しいけど、刃、だと?

 俺がそろっと見上げると、おっさんはちらっと周囲を見てから素早く囁いた。


「予想はしていたが、連中は口を割らねぇ。魔獣も普通の貴族が動かせるレベルじゃなかった。かなり根が深いのは間違いないから、お前も一応覚悟はしておけよ」

「……だったら俺、もうずっと男装していた方がいいんじゃねぇの?」

「すまない。それだけはダメなんだ」


 俺から手を離したおっさんは、ちょっと情けない顔をした。

 まあ、やっぱり、お貴族様のお作法的に無理か。そうだよな……。

 と思ったら、おっさんは深刻そうにため息をついて、一瞬遠くを見た。


「……俺は、メイド長に勝てる気がしねぇんだ」

「敵はそっちかよ!」

「強敵だろ! あいつは俺のガキの頃を知っているから頭が上がんねぇんだよ! その代わり、靴は走れるレベルのを作らせるから、我慢してくれ」

「うん、それは確かにありがたいけど……」


 走りやすい靴に、比較的動きやすくて防御性の高いドレス。それを俺が身につけるのか。まさに戦闘服だな。……それ、マジでドレスである必要はあるのか?



 俺が無駄に真剣に悩んでいたら、ずいっとメイド長さんが真ん前に立った。


「時間は有限でございますよ。さあ、お坊っちゃまのお好みはどれでしょうか?」


 メイド長さんは笑顔だった。でもそのお上品な笑顔に、おっさんは少し顔を引きつらせていた。

 妙に楽しそうな若いメイドさんたちに両手を引っ張られて、豪華な布の海に連れて行かれていくのも、何だかなぁ……。

 これで鼻の下が伸びて楽しそうだったら、まだ男としてマシな気がするけど、ひたすら苦行に耐えているような顔をしているのが何とも不憫だ。

 ……招かれざる客には無敵なおっさんだったのに、これってどうなんだろう。


 普通なら情けないよな。

 確かにかなり情けない。

 でも俺は……やっぱりメイドさんたちに連行されていたから、心底共感しただけだった。



 とは言え、おっさんは真の意味で俺の同志とは言えない。

 俺なら見ただけでめまいがした選抜済みの布の山を、俺が肩に当てるのを見ながら躊躇なしにスパスパと切り崩し始めた。


「どちらがお好みでしょうか?」

「右」

「この中では……」

「左から三番目の青だな」

「こちらのレースの中では……?」

「どれでもいいが、引っ掛けるから袖口を派手に飾るのはやめてやれ」

「おい、俺はそこまでガキじゃねぇよ!」

「今度は飯を食うんだぞ?」

「……うっ……」

「ああ、腹回りを締め付けるのもなしだな。美味い飯を食いそびれたら、ずっとうるさい奴だから」


 さすが、現役の熟練傭兵。

 判断が早い。それに俺の好みも汲んでくれている。ついでに俺の現状と性格まで知り尽くしている。間違っていないけど、ちょっとイラっときた。

 そんなこんなの中、あっという間に絞り込まれ、デザインの方向性も一瞬で決まり、おっさんは「あとは任せた」と言って欠伸をしながら寝室に引っ込んだ。



 おっさん、さすがお貴族様だな。

 俺とは違ってそれなりに見慣れているらしい。

 ただし、おっさんが選んだ布を見て、メイド長さんがちょっと不満そうな顔をした。そのくらいに全部男性用の衣服に使えそうな感じで、つまりロリとかカワイイ系じゃなかった。

 おかげで、出来上がりのイメージはさっぱり浮かばないけど、俺も布としては好きだな。


 ……眠くて、さっさと選んだふりをして逃げたわけじゃない、はずなんだ。

 あとは、出来上がってからのお楽しみだな!

 着るのは俺だけど。……はぁ。

 

 

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