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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第三章
25/49

(24)振り回されて

 

 

 降ってきたのは剣だった。

 細くて軽そうなのに恐ろしく物騒な剣が、別の方向からも物凄い速さで降ってくる。

 今度こそ目を閉じてしまったけど、また硬い音がしただけだった。


 いや、音は硬い音だけじゃなかった。

 グシャっとしか言いようのない音が続いて、低い呻き声が聞こえた。さらに、ブツンっとかズブッとか、そんな何かをぶった切る音がした。今度は声は聞こえなかった。



 その後俺はまたぐんと振り回されてしまい、俺は思わず目を開けた。

 おっさんの左腕は相変わらず俺の腰を抱えていて、身をよじって振り返らないとおっさんの顔は見えない。目の前にはお貴族様の優雅な中庭の木々があり、風が枝を静かに揺らしていた。

 正午が近くなったのどかな光に照らされている地面に……胸から腹にかけてを切り裂かれた人間が仰向けに倒れていた。

 太い血管が切れたのか、血が吹き上がっていた。でもそれもすぐに弱くなっていく。

 その向こうにも人が倒れているけど、見開いたままの目はもう動いてない。喉がぱっくり割れていなかったら、よくできた人形のようだった。


 あらわになった青白い顔に見覚えはなかった。

 そのことにホッとするけど、同時に見知らぬ相手に狙われている事実にぞっとする。しかも目の前で命が失われた。

 むせるような血の臭いに俺が身を硬くした瞬間、またおっさんにぐいっと振り回されて向きが変わった。


 そこには黒い液体が広がっていた。

 ところどころが淀んだ緑色になっていて、点々と続くその先に長い毛並みに脚が六本ある動物が転がっていた。


 ……脚が、六本。

 その一本がビクリと動いたけど、その動きは俺の知っている動物にはありえない奇妙な動き方だった。

 あれは魔獣だ。関節のつき方がおかしい。目も三つある。

 ただし、首から上は離れた場所に飛んでるから、本当に目が三つだけなのかはわからない。

 まだ蛇のような尻尾が動いてるけど……たぶん、あれはもう危険はないな。



 ドラゴンの呪いで鋭くなった目で冷静に判断してしまったけど、その間もおっさんは一瞬の停滞もなく動き続けている。

 襲いかかる相手の攻撃を受け止め、弾き返し、隙を見て斬り伏せ、突き倒していた。

 重い剣を片手だけで自在に操り、普通よりさらに踏み込んで敢えて相手の間合いに入って行く。

 切り込まれながらギリギリで避け、迫る刃をかいくぐって目の前の腕へと剣を振るうと、ガツンと骨が砕ける音がした。

 それでもひるまずに切り掛かかってくる相手は蹴り飛ばし、振り向きざまに、いつの間にか背後に迫っていた魔獣のデカイ口を剣で切り裂いた。



 ……おっさん、マジ強いな。

 おっさんの動きに合わせて振り回されながら、俺はぼんやりと考えていた。


 そう言えば、牧場にいる間のおっさんは、居合わせた騎士たちと剣を打ち合わせても、マッチョな牧童のお兄さんたちと格闘しても余裕で勝っていた。

 あの頃も凄いな!と思っていたけど、実戦のおっさんの強さは次元が違う。

 

 こんなに強いおっさんが、なんで今も傭兵をやってるんだろう。

 ダライズの領主様の身内とは言え、王都にも定宿を持ってるってことは頻繁に来ているって事だろ? 王宮の舞踏会にも踏み込んでたし、出入禁止まではいってないみたいだった。


 おっさんは「まだ若い」とか言ってるけど、もういい年だ。

 危険と隣り合わせの傭兵なんて、年取っても続けるようなものじゃないはずだ。なのに今も傭兵ってことは、やっぱり将軍のご令嬢の件のせいなのか?

 多感な少年だったおっさんの人生を狂わせたなんて、将軍のご令嬢様の罪は重いな。……いや、正直に言ってしまおう。罪とかそんなお堅いものより、どんなお姉様だったのか気になるよな!



 おっさんに物理的に振り回されている間、俺はわりとどうでもいいことを考えていた。

 時々おっさんの腕が腹に食い込んで痛かったから、気をそらすために余計につまらないことを考えるようにした。

 見かけ以上に素早く動く六本脚魔獣の生育環境を推理したり、蛇のような魔獣の鋭い牙を見ながら、あの牙から出てくる毒で新しい薬ができないかな、なんてことも考えた。

 だんだん馬車で乗り物酔いをしたときみたいに気持ちが悪くなってきたから、目を閉じたり開いたりして、どっちがマシかも試した。


 ……まあ、逃避だよな。

 俺が振り回され、おっさんが剣を振るうたびに間近で血飛沫があがるんだ。逃避するなって方が無茶だ。

 肉体はおっさんにがっちり抱え込まれて振り回されているから、この場を逃げ離れることはできない。だから、思考で逃避するしかないんだよ。


 で、考える時間があると、俺だって気付く。

 俺はおっさんに守られているけど、同時に囮で、しかも盾なんだ。

 俺を傷つけてはいけないから全力で切りかかれないお客さんを、おっさんは遠慮なくぶった切っている。

 確かに合理的なんだろうけど、俺の扱い、ちょっとひどいよな!



 でもどんなにつまんないことを考えていても、目を閉じていても、嗅覚と聴覚は生きているわけで。

 最近はいろいろ麻痺してきたけど、基本的に荒事に慣れていない俺はどんどん気分が悪くなった。

 もう限界だと思いながら両手で口を押さえたとき、やっとおっさんは動きを止めた。


 これは休憩なのか?

 それとも完全に終了した? ……そうであってくれ。そうじゃないと……俺はもう……もう……おっさんのこと大キライになりそうだっ!



「終わったぞ。……おい、大丈夫か?」

「……大丈夫じゃないかも。ちょっと吐いていい?」

「もう少し我慢しろ。こっちに来い!」


 しゃがみ込みかけた俺を、おっさんはまたひょいっと持ち上げてどこかに運ぶ。

 幸い、移動距離はそんなになかったようで、俺の体はすぐに別の場所への移動を終えた。

 地面に降ろされた俺は、その場でしゃがみこんだ。もはやこれまで……!と口元から手を離したところで、俺はハッと気付いた。



 ……マズイ。ダメだ。

 俺、今、ドレス着ていた。凝った織り模様のスカートは爪先で踏みそうなくらいに長いし、袖口もキレイなレースと宝石のボタンで飾られていたよ!

 この格好で吐いたりしたら、絶対にどこかを汚してしまう。かと言って、今からスカートの裾を抱え込んだり袖まくりしたりする時間はない!


 メイド長のおばさんは戦闘服とか言ってたけど、どう見ても超お高そうなドレスだ。

 見苦しいシミなんて作ったり、宝石のボタンをどこかに飛ばしたりしたら……庶民な俺には弁償できないよっ!


 俺は頑張った。

 もう気力だけで暴れる胃を落ち着かせた。

 なんでそんな芸当ができたのかわからないけど、ひっくり返る寸前だった胃はすーっと落ち着きを取り戻し、口から手を離しても大丈夫になっていた。


 たぶん、アイシスさんのゴミを見るような冷たい目とか、ハリューズ様の超絶美貌を思い浮かべたのが効いたみたいだ。バズーナ姐さんからの手紙の一節を思い出したのも、ちょっとは役に立ったかもしれない。

 あー、親方、元気かなぁ。馬たちにも会いたいなぁ……。



 やっと胃が落ち着いた俺は、周りを見る余裕も出てきた。

 座り込んでいたのは、中庭の端あたりの木陰だった。

 でも、周囲は穏やかな空気が流れている。どうやら、さっきまでおっさんが剣を振り回していた場所から少し離れているようだ。

 だから、おそるおそる周囲を見回してもヤバイものは見当たらない。

 魔獣の脚とか、人の腕とか、赤かったり黒かったり青かったりする水たまりとか、そういうものはこの辺りにはないらしい。


 ほっとしかけた俺の鼻に、わずかな異臭が引っかかった。

 慌てて振り返ると、少し離れたところにおっさんが立っていて、心配そうに俺を見ていた。

 なんだよ、おっさん、美少女が吐くか吐かないかの瀬戸際で孤独に戦っていたのに、背中も撫でてくれないなんてわりとひどいな。



 そう文句をつけようとしたけど、おっさんの格好を見て喉まで出かかっていた言葉をごくりと飲み込んでしまった。

 おっさんは剣を帯びていなかった。

 鞘だけは腰にあるけど、肝心な剣は収まっていない。手にも持っていない。どうやら置いてきたらしい。珍しいこともあるな……なんてことは思わない。


 つまり、剣を鞘に納められないような状態ってことだよな。

 叩き切りまくったもんな。

 だから当然、返り血なんかも衣服にあるわけで……。



「おい、ボウズ、大丈夫か? 顔色がまた悪くなったぞ?」

「……そばに来ないでくれ」

「は?」

「おっさん、臭いよ! 臭いで吐きそう!」

「……えっ……」


 俺のそばに来ようとしていたおっさんは、顔を引きつらせて固まった。

 ごめんな、おっさん。

 今の俺、ものすごく臭いに過敏になっているみたいで、服の端っこにぽつぽつついただけの返り血の臭いで気分が悪くなるんだよ……。

 ……あ。


「お、おっさん、違うんだ! おっさんの体臭が臭いんじゃなくて、おっさんに染み付いた臭いが気持ち悪くなるだけなんだよ!」

「……いや、いいんだ。気を使わないでくれ」

「いや、だからおっさんの臭いじゃなくて、血の臭いだよ! 服に返り血受けてるだろ? 俺、目以外に臭いにも敏感になってるっぽくて、それでダメなんだよ!」

「……そうなのか?」

「うん、そうなんだよ!」


 俺がブンブンうなずくと、おっさんはやっと顔の表情を和らげた。

 そのまま俺の頭をなでようと手を伸ばしかけて、自分の手を見て慌てて引っ込めた。


「おっさん?」

「いや、洗う前の手で触られるのも嫌だよな。メイドを誰か呼んでこよう。……いや、しかしその前に、向こうを片付けないと無理か」


 おっさんはちらっと木立の向こうを見た。

 どうやら、その方向が惨劇の現場というか、俺たちが囲まれて襲われた現場らしい。

 あれ、こっちが風上か。だから血臭がほとんどしなかったんだな。

 つまり、おっさんは俺が切羽詰まっていたあの一瞬で場所を見極めてここに連れてきてくれたのか。

 ん? もしかして、思いっきり振り回していた気がしたけど、実は俺に血飛沫がかからないようにも気を使ってくれてたのか?

 おっさん、めちゃくちゃ有能だな!



 俺は感動した。

 猛烈に感動したから、自分の気持ちは一旦棚に上げて提案した。


「片付けなら、ハリューズ様を呼んだらいいんじゃねぇの?」

「……いや、それはちょっと……」

「あの人、何かあったらいつでも呼べって言ってたよ。俺の事も好き勝手やってるんだし、こっちもギリギリまで利用させてもらおうぜ!」

「お前……意外に図太いな」


 おっさんはぼそりとつぶやいた。

 でも俺の提案そのものは悪くないと思ってくれたらしい。ちょっと表情が軽くなって、取り敢えず葡萄酒でご機嫌を取るか、とかブツブツ言っていたんだけど、突然動きを止めた。

 それと同時に、空気がなんだかピリピリした。

 またお客様が来たのか?とびくりと震えたら、おっさんはガシガシと頭をかきながらはぁっとため息をついてしまった。


「お、おっさん?」

「呼び出す手間が省けたようだぞ」

「……えっ?」


 慌てて振り返り、俺は少しよろけながら立ち上がった。

 俺の背後には誰もいない。

 でも、背後の上空に誰か、いや何かがいた。

 

 

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