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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第三章
22/49

(21)過去のいろいろ

 

 

「俺、昨日のおっさんにときめいちまったんだっ!」

「……お、おう」


 俺の魂の叫びに、おっさんはやっと事態の深刻さに気づいてくれたようだ。

 少し青ざめた顔で俺をまじまじと見ていたけど、さり気なく俺から離れるように椅子を動かして座り直した。

 ……おい、おっさん、ちょっとそれは多感な美少女様に対して失礼だろ!


 でもおっさんは、おっさんなりに生真面目に答えを探していたようだ。

 しばらく考え込んでから、軽く咳払いをした。



「……あー、念のために聞くが、今のは愛の告白か何かか?」

「へ? いや違うけど。……え、えええっ? いや、違うよ! ただの事実報告だよ! マジで違うからなっ!」

「そうか。……はぁ、驚かすなよ」


 俺が首を横にぶんぶん振ると、おっさんはあからさまにほっとした顔をした。

 は、ははは。なんだよ、愛の告白って。

 ……そんなつもりは全くなかったから、俺もびっくりしたじゃねぇか!

 今さら動揺してしまった俺から目を逸らし、おっさんは言葉を探すようにゆっくりと口を開いた。


「……でもアレだ、お前はだいぶ前からハリューズ様にふらついていたよな。だから……ときめくってのはよくわからんが、今に始まったことじゃねぇだろ?」

「うん、まあ、ハリューズ様は男でも惑う美貌だけどさ」

「だいたいだな、お前は今でも巨乳にこだわっているガキだし、以前とたいして変わってないと思うぞ」


 おっさんは言葉を切り、俺の顔をちらっと見た。

 顔色から心情を探ろうとしたようだ。それから一瞬ためらってから、俺の頭に手を置いた。


「女になったと言っても、お前の顔立ちはガキの頃からたいして変わってないぞ。中身もな、昔からお前は、馬でも人でも虫でも花でも、気に入ったらすぐに目をキラキラさせて飛びついていってたぞ」

「……髪の色は激変したよ」

「ああ、確かに髪はずいぶん変わったな。だが他の変化は誤差程度にしか思えねぇよ。ボウズは笑えるくらいにボウズのままだからな」

「おっさん……」

「いつも言っているだろ? ……今のお前は外見は極上の美少女なのに、口を開くと全てが台無しになる」


 大袈裟に眉をひそめたおっさんは深刻そうに声を潜めたけど、すぐにニヤッと笑った。

 軽い。俺の大問題なのに軽く流しすぎ。

 と言うかおっさん、俺のこと、本当は美少女って思ってないだろ!



 ……でも俺は、不覚にもおっさんの言葉にじぃんときた。

 何だよ、この安心感。

 視界が少しぼやけたけど、こ、これは目に汗が入っただけだからなっ! 


 昨日は見世物のように多くの人に見られまくったから、自分で思っていた以上に精神的に弱っていたんだ。きっとそうだ。だからちょっと心が揺れやすくなってるんだろう。

 俺はガキの頃からふらふらしていたらしいしな!

 まあ、これだけははっきりと言える。

 おっさんは、いい男だ。

 今までのも全部含めて、この恩はそのうち必ず返すよ。……あ、そうだ。俺にできること、いや、俺にしかできないことがあったな!



「おっさん! 愛人でも幼妻でもどっちでもいいけど、俺は真面目に奥様業をやるからな!」

「……はぁ?」


 おっさんは手を引っ込め、俺をまじまじと見た。

 今度はどんな馬鹿なことを思いついたんだ?って顔をしてるよな。気持ちはわかる。

 だが、待ってくれ。呆れる前に俺の誠意を聞いてくれ!


「俺は女になってしまったし、おっさんの保護なしじゃ生きていけそうもない。昔みたいに働いて返すこともできないから、申し訳ないなって思ってるんだ」

「そこは気にする必要ないぞ」

「でも、今思いついたんだ! おっさんは独身で、嫁の来手もない。俺はおっさんより二十歳も年下の超絶美少女だ。今はロリコン疑惑しかなくても、あと数年もすれば俺だって外見はいい女っぽくなるかもしれないだろ? そうなれば若い女を連れ歩くって言う男のロマンが……!」

「……ボウズ、ちょっと待て」


 俺が熱く語っているのに、突然低い声に遮られた。

 何事かと口を閉じたら、椅子の位置を俺の近くに戻すおっさんにじろりとにらまれてしまった。


「な、なんだよ?」

「計算が間違っているぞ。俺はまだ三十二歳だ。だからお前とは十六歳しか違わねぇぞ」

「……あれ、そうだったかな。ま、そんなの誤差だな」

「誤差じゃねぇよ!」


 おっさんはムキになって訂正してきた。

 ……ちっ、三十代は男も面倒なんだな。三十二歳も三十六歳もたいして変わらないじゃないか。俺から見たらどっちもおっさん年齢で、見分けもつかない。

 俺のことは誤差だって軽く言い切ったくせに、妙なところで神経質なんだよな!

 でもここはおっさんを尊重して、言い返さずに先を続けた。


「えーっと、つまり、隠し子って設定がダメなら、十六歳・・・年下の愛人とか幼妻としての体裁を整えてみるし、働くのは苦にならないから奥様業も頑張るって言いたかったんだ。料理でも掃除でも荷運びでも馬の世話でも、夜のお勤め以外ならなんでもやるぜ! でも俺の頭がついてこないから、結婚は二十年くらい先延ばししてくれると嬉しい」



 言いたかったことを全て言い切り、俺はふーっと息を吐いておっさんの麦酒に手を伸ばした。

 でも、おっさんはその前に俺から手の届かないところに置き直していた。

 おっさん、ケチ過ぎ!

 ムキになった俺が立ち上がって手を伸ばそうとしたら、おっさんはデカい手で俺の頭を押さえ、ぐいっと座らせられてしまった。


「いてぇよ!」

「俺の酒を取るなって言ってるだろ! ……しかしお前の奥様業はともかく、俺に嫁の来手がないのが前提かよ」

「だって、昨日のおっさんに惚れるような令嬢は、普段のおっさんを見たら絶対幻滅するだろ? 逆にいつものおっさんに慣れている女なら、こっちの生活をやってるおっさんは馴染めないと思うんだよ。俺なんて、髭剃っただけで笑ってしまったもんな!」

「……お前、意外によく見ているな」


 俺は深く考えずに、かなり気楽に言ったんだ。

 ここからちょっと下品な冗談を絡めてみようか、とかも思っていた。

 でもおっさんには思い当たる過去があったようで、妙に傷付いた顔で目をそらしてしまった。

 ……しまった。この手の話題で図星はマズイよな!

 俺は必死でフォローの言葉を並べつつ、目をあっちこっちに向けて話題転換の糸口を探そうとした。


「いやいや、えーっと、おっさんはマジでいい男だし、まだまだ若いし、これからもっといい女と出会えると思うよ! 俺は庶民だから離縁は簡単にできるだろ? 手切れ金と愛人の立場をくれるなら、サクッと離縁してやるから安心してくれ! ……そうだな、おっさんはダライズのご領主様の親戚なんだし、どっかの偉い貴族のお嬢様なんかに見初められるかもしれないよな!」

「貴族のお嬢様か。……昔、婚約直前くらいの令嬢に、髭が嫌だと振られたことがあってな……」

「えっ、それは……でも、ほらっ、髭って男らしさの象徴だよな!」

「……お上品なご令嬢には、そう思ってもらえねぇんだよ」


 いつものおっさんなら、話をそらそうと無駄に慌てる俺を見たらそれに乗ってくれる。

 なのに今日のおっさんは、本気で疲れているのか、朝から麦酒なんてやるから酔っているのか、重いため息とともに話を続けた。

 結果として、俺はさらにヤバイ方向に向かっていたらしい。

 俺は自分の迂闊さに頭を抱えたけど、麦酒をぐいっと飲んだおっさんは長いため息を吐いた。


「……ダライズ夫人経由で紹介されていたんだがな。俺が傭兵の仕事を終えてクタクタで戻ってきた日に、前触れも約束もなく勝手に部屋に押しかけてきたんだよ。それで髭面が耐えられないって泣き出されてもな。戦場でも毎日髭を剃れって言うのか? あの頃は俺も若かったから、しばらくかなり荒れていたな」

「あー……それはご愁傷様で……」


 うん、まあ、普通に荒れるよな。

 本気で同情していたら、ふと古い記憶が蘇った。



 たぶん、俺が牧場に引き取られた年か、その次の年くらいの記憶だと思う。

 まだ体の小さいガキだった俺は、初めておっさんを見た瞬間に立ちすくんでしまったんだ。見上げると首が痛くなるほどデカくて、下から見た人相は最悪で、牧場に来ていた傭兵と言い争っていたのか、胸倉を掴んでにらみ合っていた。


 あれは怖かった。

 半泣きでぶるぶる震える俺に気付いて、舌打ちしながら歩き去っていく姿も怖かった。喧嘩をふっかけてきた馬鹿デカい牧童を、一発で殴り飛ばした光景もメチャクチャ怖かった。

 ……ま、その後おっさんの巧みな馬術に感動して、怖がってた事をコロッと忘れたんだけどな。

 そう言えば、昔のおっさんは不機嫌そうな顔をしていることが多かった気がしてきた。

 そうか、女に振られたから機嫌が悪かったのか……気の毒に。はっはっは。



 でも、おっさんの良さはイケメン仕様のド派手な外見だけじゃない。

 貴族の令嬢って言ったって、外見以外を重視する変わり者もいるんじゃないかな。


「なあ、軍人貴族の令嬢なんかはどうなんだ? 男の現実も知ってるだろうから、一時的に見苦しくなっても大丈夫なんじゃねぇの?」

「……実はもっと昔に……将軍の一人娘に言い寄られて、逃げたことがある」

「逃げたのかよ! もったいないっ!」

「今ならもったいないと思えるがな。……お前くらいの年齢の時に、三十近い女に盛られるのはきつかったぞ」

「……へ、へぇー、さ、サカられたんだ……」


 さすがの俺も、ドン引きだな。

 でもそれを顔に出してはいけない気がして、俺は無理に引きつった笑顔を浮かべていた。それを見ておっさんも笑ったけど、目が虚ろで痛々しい。

 おっさんにも、色々なことがあったんだな……。


「……あー、えーっと、その、もしかして、おっさんが貴族の家を離れた原因って……」

「ああ、言い寄られたことだけが原因じゃねぇぞ。ただ派手に逃げ回ったもんだから、将軍の怒りを買ってしまってしばらく軍に近寄れなくなった」

「うわぁ……」


 俺は心の底から同情した。

 今は楽しそうに傭兵生活をやってるけど、将軍の娘に惚れられなかったら、あるいはおっさんが年上好きでモリモリ食い返していたら、今頃は俺なんて声もかけられない偉い人になっていたかもしれない。

 そう思うと、ものすごく気の毒になる。



 ……でも、当時のおっさんは十五歳とか十六歳とかだろ?

 顔立ちだけは今もイケメンだから、若い頃のおっさんはマジで美少年だったはずだ。そんな美少年が、肉食系な高齢お嬢様に鼻息荒く押し倒されて、青ざめたりしたのかな。

 年増なお姉様に盛られたってことは、服を脱がされたりしたのか? 権力と腕力でねじ伏せられて乗っかられて、その場で美味しく頂かれたりしたのか?

 なんかドキドキするな! ……普通に考えれば未遂で逃亡したんだろうけど。


 でも、そうか。

 肉食系な年上令嬢から逃げた前例があったから、次はお上品な年下令嬢を紹介されたのか。さすがお貴族様。あんなに庶民に馴染みまくったおっさんにも縁談が来るんだな。

 どっちもダメだったのは不幸なことだけど……想像したらワクワクしてくるじゃないか。

 これは詳しく聞かねばなるまい。


 他人の不幸をもてあそぶとかじゃなくて、純粋な好奇心、じゃなくて後学のためだ。俺のこれからの人生の参考になることも、全くないわけじゃないかもしれないし!

 よし、もっと酒を飲ませて酔わせてしまおう。

 そのためなら、絶世の美少女様として笑顔でお酌するぜ!



 俺は、おっさんの酒杯にザバザバと麦酒を注いだ。

 少しあふれさせてしまっておっさんに嫌な顔をされたけど気にしない。さあ、飲め。どんどん飲んでくれ。いっぱい飲んで、もっと口を滑らせてしまえ!


「……おい、人を気軽に酔わそうとするな!」

「細かいことは気にするなよ。酒はまだたくさんあるんだろ? ……あれ、メイドさんがいないな」


 麦酒の追加を頼もうと見回したのに、今日に限って誰もいなかった。

 それとも、この王都のおっさんの定宿は人が少ないのか?

 昨日の夜も、迎えてくれたのは上品そうなおじいちゃんと、上品だけど怖そうなおばさんの二人だけだったもんな。



 ……あ、そういえば。

 昨夜の俺は、ドレスを脱ぐのを手伝ってくれって、恥を忍んでおばさんに正直にお願いしたんだ。そしたら……おばさんとおじいちゃんは一瞬黙り込んで、チラッとおっさんを見た気がする。

 おっさんの部屋の従者用のベッドでいいって言った時も、ジロッとおっさんを見たと思う。

 あれはいったい何だったんだろう。


 念のために言うと、侍従とメイドと言えばお世話係としてはプロ中のプロだ。

 だからあの微妙な反応は、普通の人なら見逃すくらいのほんの一瞬だけのこと。俺じゃなかったら気付きもしないと思う。

 たぶん、俺が王都の流儀に反したことを何かやったんだろう。

 ……迷惑だから泊まるな、って意味じゃなかったらいいな。

 

 

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