(1)ことの始まり
この話は「性転換」「TS」「女体化」「精神的ボーイズラブ」の要素を含みます!
苦手な方はご注意ください!
「……姐さん、引き返しませんか?」
「馬鹿もの。配達の途中で何を言っている? それより、話の続きを聞いてくれ」
なけなしの勇気をかき集めての俺の進言を、バズーナ姐さんは一瞬で却下した。つまり話題逸らしは失敗してしまった。
◇ ◇ ◇
俺たちは、森の真ん中を突っ切る旧道を進んでいた。本当は四十三歳やもめの親方が中心となる三人旅の予定だったんだけど、親方は森の手前の町フォンズに居残り中だ。
まあ、あれだよ。
元々腰を痛めていた親方が、ちょっと腰をやったんだ。
一人で宿屋を切り盛りしている婆ちゃんの手伝いしてたのは、親方らしいお節介というか親切でいいんだ。俺も手伝ったし。でも根菜満載の重い木箱を持った瞬間にグキッとなってしまって、動けなくなった。
最低数日は動かさない方がいいだろうってことで、親方はしばらく宿屋に泊まることになった。でも馬の配達の途中だから、絶対に先に進まなければならない。それで下働きというか、荷物持ちというか、馬にだけは受けがいいということで同行していた俺は、姐さんと先を急ぐことになったんだ。
二人っきりで。
……まあね、俺も十六歳の思春期な男だから、キレイなお姉さんは好きだよ?
バズーナ姐さんは間違いなくすごい美人だとは思う。でも、アレを女と見ることができるほど人間ができていないというか。
ああ、うん、年齢のことじゃない。姐さんは単純に怖いんだ!
熊のような大男の親方よりは低いけど、バズーナ姐さんは普通の男より背が高い。やっと平均的な身長まで伸びつつある俺なんて、余裕で見下ろされてしまうんだ。
だからと言って、目の前の巨乳を凝視すると殴られる。
ついうっかり年齢を聞いてしまった時は、胸倉を掴まれて俺の体が一瞬浮いた。
ご飯を食いそびれてお腹を鳴らしていたら、鬼のような顔でパンを押し付けてきたこともあったなぁ。
つまり悪い人じゃないんだけど、それ以上に怖いからあんまりお近付きになりたくないんだよ。
でも幸いなことに、バズーナ姐さんは見かけの割に可愛い姐さんだった。
……うん、正直に言おう。
親方が腰を痛めて、姐さんが俺と二人で配達を続行すると言い出した時。俺は姐さんに食われると思いました。
今までは親方やら馬蹄の爺さんやら近所のおばちゃんやらに守られてきたけど、俺も十六歳。年下好きにはたまらない年齢になっている。ついでに言えば、俺の顔は死んだ母さんそっくりで、母さんは近隣一帯でも類を見ないほどの美人だった。
そう言う俺だから、ものすごい鼻息とギラつく目の姐さんに「二人で行こう」と言われ、絶対に食われると思ったんだよ。
でも、喰われなかった。よかった。
ただし、事態はもっと思いがけない方向に行っている。
街を出て森を抜ける旧道に入った途端、俺はいきなり姐さんに肩を押されて木の幹に押さえつけられたんだ。
これはヤバイ!と血の気が引いたけど、姐さんは急にもじもじとし始めた。
「マイル。お前、親方と親しいよな?」
「えっ、まあ、そこそこは。でも弱みなんて知りませんからっ!」
「私が知りたいのは弱みじゃない。その、親方に特定の女性はいると思うか?」
「……へ? いや、水商売のお姉ちゃんたちと盛り上がっている以外は見た事ない、かなぁ」
「そうか。では……どんな女性が好きだと思う?」
「親方はスケベだから、女の人なら誰でも……え、ええ?」
えっと、これは……親方をハニートラップで陥れて次の親方に成り代わろうとしているのか?
いや、それにしてはいきなり殺気が消えたぞ? と思ってたら、再び殺気倍増で俺をにらんできたっ!
「……で?」
「で……って?」
「親方について知っているのは、それだけなのかっ!」
「いや、ちょっと待ってよ、姐さん落ち着いて! ええっと、親方のことだよね! うん、話すよ。話すから、首っ! 首締まってるから服から手を離して!」
姐さんから向けられた殺気に押され、俺はひたすらしゃべり始めた。
何年か前に奥さんと別れてから女っ気がないとか、以前は再婚を進める親戚に喧嘩を売っていた一人娘さんも、十代半ばになった今では父親を心配していて「早く再婚すればいいのに」と言っているとか、姐さんのことはとても信頼しているとか、そういうことを俺はひたすら喋った。
酔うと服を全部脱いで寝ているとか、親方の家庭内限定の姿を暴露してしまった気がするけど、お嬢さんがいつも愚痴っていることに似ているし、まあいいよね。
クソ忙しい作業中にわざわざやってきて、シモの毛に白いものを見つけてしまった!とかこの世の終わりのような顔で嘆いていたことは言ってないし。
俺は思いつくまま、時々スレスレのネタをうっかり漏らしたりしながらしゃべり続けていた。でもふと気づくと、姐さんがデレていた。
殺気が消えている。視線も動揺を表すようにさまよっている。
うわ、真っ赤になって目を伏せた?
俺、いったいどんな反応したらいいんだよ!
「あ、あの、姐さん?」
「親方って……やっぱりいい人だな」
「えーっと、まあそうですね。親方はいい男ですよね」
「そうか、マイルもやっぱりそう思っているのか! 私も初めて出会った時からずっとそう思っているんだ!」
そして、バズーナ姐さんは親方がいかに素晴らしい男性かを喋り始めた。
初めて知ったんだけど、どうやら姐さんは親方に片想い中らしい。もう十年越しの片想いっていうから、一途だよな!
でも姐さんの話は、一方的に途切れる間もなく続いていた。馬を歩かせながら、あるいは軽い休憩で木陰で座りながら、とにかくずっと話は続いている。
俺も、最初はきちんと相槌打っていたんだよ。相手が他でもない姐さんだから。
でもあまりにも長く続いているから、だんだんため息のような気の抜けた声しか出なくなっていた。
……マジで辛い。
何が悲しくて、四十過ぎたおっさんの優しさとか、たくましい筋肉の魅力なんかを聞かされなければいけないんだろう。笑い皺に男の色気を感じる!……とか言われてもなぁ。
俺、男なんだけど。
というか、なんで親方? もっと若い男じゃなくていいのかよ?
見た目だけで言うと、体がデカくて丸顔が髭と髪で縁取られていて、のっそり立っているとマジで熊だよ? しかも四十過ぎたオジサンだよ?
若い牧童たちに混じって力仕事をしているからお腹は出ていないけど、顔は全然イケメンじゃないんだぞ!
好みなんて人それぞれだろうけど、そこで引っかかった俺は頭がよく動かないままだ。
でも、これっていわゆる恋バナだよな?
俺が働く牧場には若い女の子とか全然いない。だから全く縁がなかったけど、若い女の子たちの恋バナってこんな感じなのかな、とか妄想をしてみた。
……そこまで逃避しても話はまだ続いていて、終わる気配はない。
たぶん、俺が親方の事をいい男と言ってしまったのが失敗だったと思う。
でも「いや、奥さんに捨てられたダメ男ですよ!」なんて反論できる空気じゃなかったし、今さらそんなことは言い出せない。
まあね、親方がいい男なのは間違いないんだ。
母さんが死んだ時、俺はまだ役に立たない非力で体の弱い子供だった。そんな俺を住み込みの条件で牧場に雇ってくれた人なんだ。
今思うと、雇われたばかりの頃は全く役に立たなかったと思う。
なのに、将来への投資だとか言ってたっぷりの食事を出してくれて、服も新しいのを支給してくれた。読み書きも算術も普通以上に教えてくれた。
だから本当に感謝しているんだ。孤児になった俺が今まで健康でいるのは親方のおかげだって断言もできる。
酒に酔うと酒場のお姉ちゃんたちに絡んで嫌がられたり、すぐに服を脱ぎ散らしたり、普段の服がだらしないと一人娘さんに叱られたり、女顔の俺のことを心配して「いっそ女装させた方が安全じゃないか?」とか本気で言ったバカ野郎だけど、基本的に懐がデカくて陽気ないい男なんだ。
……だから、バズーナ姐さん。
お願いですから、姐さんの熱い恋心はさっさと親方に直接ぶつけてください!
「……あのー、バズーナ姐さんなら攻めまくれば余裕だと思うよ。例えば、重要な話があるとか言って親方を個室に誘い込んで、壁に追い詰めて、そのまま襲ってしまえば……」
「バ、バカモノ! 襲うなんてそんな破廉恥なことができるか!」
「え? その反応って……もしかして姐さんって、ショ、ジョ……?」
「処女の何が悪いっ!」
「いや、だって、姐さんって肉食系っぽいというか、年齢がけっこう……じゃなくて経験豊富なのかなって思ってました!」
「おまえ、私の話を聞いていなかったのか? 私は十五の年から親方一筋なんだ! 親方以外の男などクズだ! 虫ケラにも劣る者どもに発情などできるかっ!」
姐さんは熱く語る。
熱すぎて怖い。でも美人だ。
筋肉もついてるんだろうけど、バズーナ姐さんって出るべきところがバッチリ出ている悩殺ボディなんだから、壁ドンやっておっぱい押し付けたら……俺は怖いけど、親方ならいけると思うんだけどなぁ。
親方、たぶん気の強い女は好きだよ。あと、巨乳はもっと確実に好きだわ。