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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第二章
16/49

(15)健康診断

 

 

 

「はい、もう目を開けていいですよ」


 落ち着いたアルトの声に従い、俺は長く閉じていた目を開いた。

 すると、三十歳前後のおばさ……お姉さんがにっこりと笑いかけてから離れていくのが見えた。腰のラインがはっきりわかるスカートだから、歩くたびに動くお尻がなかなかに色っぽい。

 女はケツだ!と熱く語っていたマッチョな牧童のことを思い出す。

 俺は胸だと思っていたけど、なるほど、こうして見ると確かに一理ある、かもしれない。

 そんなことを考えながら、横になっていた素っ気ない寝台から体を起こす。それから何度か瞬きをした。


 俺は今、ダライズにある魔導院の分院にいる。

 ハリューズさまと言う怖いイケメンは王都の本院の偉い人らしいけど、この分院にも専用の研究室を持っている。

 そんなすごい魔導師様が、俺のためだけにダライズに来ているらしい。


 そう言うと、俺が独占しているようでちょっとドキドキしてしまうけど、俺のためっていうより、俺が美少女になってしまった「原因」の方が本命なんだよな。

 つまり、ハリューズ様はドラゴン研究の第一人者なんだよね。だから俺は全てを委ねているんだけど。

 ……ハリューズ様、超絶イケメン過ぎるのがヤバイんだよ。肝臓食ってみたいからちょっと分けて、とか言われても「はい」と言ってしまいそうな自分が怖い……!



 そんなとんでもない魔人様の目は、魔力抜きでもいろいろなことを見透してしまうようだ。

 でも学術研究として一度きちんと調べてみようということで、俺は昨日から魔導院のダライズ分院に通っている。

 居候している領主様のお屋敷からはちょっと離れているから、馬車での送迎付き。領主様お抱えの料理人が作ってくれたお弁当とデザートまで付いている。

 すごい待遇だよね。待遇が良すぎてケツがムズムズしてくるよ……。



 初日の昨日は問診が中心だった。

 で、二日目の今日は身長体重の測定から始まって、いろいろな精密検査に突入した模様。

 ちなみに、身長が思いっきり縮んでいて凹んだ。


 俺、昨年くらいにやっと人並みに背が伸びていたんだけどな。

 呪いを受けた後、なんか小さくなったなぁとは思っていたけど、数字を突きつけられるとがっくりくる。マジで子供みたいに小さくなっていたんだよ。

 おっさんがやたらとでかくて威圧的に見えたのは、おっさんが太ったとか人相が悪くなったとかじゃなかったらしい。



 でも魔導院の皆さんが知りたいのは、そういう表面的な数字ではなくて、もっと詳しいことのようだ。

 今は骨格検査とやらで寝台に横になっていた。で、おとなしく目を閉じていたから、何度も瞬きを繰り返してやっと視界が普通に戻った。


 女になってしまってから続いているから慣れてるんだけど、長い時間目を閉じていると、目を開けた時に世界が青く見えるんだ。

 ドラゴンの青い吐息を浴びた瞬間よりはマシだけど、あらゆる色と光が青色の濃淡になってしまう。

 しばらく瞬きをしていると治るから、俺は全然気にしてない。

 このことはおば……お姉さんに伝えてるんだけど、聞いた瞬間のお姉さんの反応からすると、これも特異なもののようなんだ。


 今も視界が青くなりましたって、申告しておくべきかな。

 そう思った時、お姉さんが振り返って首を傾げた。


「マイラちゃん、目はもう直った? やっぱり青くなってる?」

「あ、はい。まだ少し青く見えます」

「じゃあ、今の目の状態も見せてもらおうかな。青く見えるだけで、他は異常なし?」

「異常はない、と思います」


 アルトの声のお姉さんは新しい測定器のようなものを持ってきて、それを近くの台に置いて俺の前に立った。それとは別に持って来ていた魔道具を手にして、俺の目に光を当てながら目の動きを見ているようだ。

 まあ俺としては、お姉さんが前屈みになった瞬間に襟の隙間からチラ見えする胸の谷間をガン見してしまうんですがね。


「右を見てー、今度は左。うん、動きは大丈夫ね。目の色は……少し濃くなったかな。明日また詳しく調べてみたいわね。よし、じゃあ次の検査をしようか。手のひらを上にして、この台に両手を乗せてねー」


 俺のことを「マイラちゃん」と呼ぶお姉さんは、セアラさん。

 お尻だけでなく、胸元もなかなかムッチリしていてエロい体なんだけど、露出はほとんどない。そのストイックさがまたエロいんだ。

 かなりの巨乳なお姉さんは、その胸を押し上げるように小さな台を両手で抱えて持ってきた。……一瞬台に乗った乳に目を奪われたけど、俺は男の子だもん。仕方がないよな!

 で、その台をテーブルに設置して俺の手を乗せ、指や手のひらに何本も線がついた小さな器具をつけていった。


「セアラさん」

「ん? なあに?」

「これって、何を調べるものなの?」

「魔力の変化を見るんだよ。前は全く魔力はなかったんだよね?」

「笑えるくらい全然なかった」

「そうなのね。でも、今はどうかな。よし準備ができたから、始めるねー。ちょっとピリッとくるからねぇ」


 セアラお姉さんは優しい。口調も表情も優しげで、ついでに話す内容も簡単でわかりやすい。

 たぶん、普段は子供相手に仕事をしているんじゃないかな。こういう魔力の有無の検査とかは、だいたい十歳になる前にするものだもんな。

 魔力が全くない俺はもっと簡単な検査で終わったから、こういう精密検査は初めてだ。だからちょっとワクワクしている。

 お姉さんがわりと美人でエロいスタイルなところも、楽しさ倍増だね!

 まあ、今の俺は美少女なんだけど。


 ピリッと来た後、しばらくセアラお姉さんは魔道具らしい石をいろいろ変えながら、手元の紙に次々に書き込んでいる。

 最初は興味津々だったんだけど、俺が見ている範囲では特に大きな動きはない。だんだん退屈になってきてこっそり欠伸を噛み殺していると、壁際に立っていたおっさんが近くまでやってきた。



「セアラ、こいつはどんな感じなんだ?」

「あら、マイラちゃんのことはやっぱり気になるの? ……ふーん、そうなんだ。キルバインは誰も落とせないってみんな悔しがっていたんだけどな。こーんな若い子に引っ掛かったなんてねぇ」

「……頼む、こいつが元々は男だってことを思い出してくれ」

「うふふ、照れなくてもいいのに」


 セアラお姉さんは楽しそうに笑った。

 でもおっさんに向けられた目は全然笑っていない気がする。なんで?

 俺がびくびくしながらお姉さんをそっと見上げると、何を勘違いしたのか、セアラお姉さんは俺の頭を撫で始めた。

 この撫で方は猫相手っぽい。お姉さん、猫派のようですね。


「マイラちゃんは心配しなくても大丈夫よ。魔力っぽいものはないし、あなたはとっても可愛いわ」

「いや、俺が可愛いのはその通りだと思うけど、そうじゃなくて……」

「ただねぇ、どこかにドラゴンの魔力は残っていると思うのよ。髪の毛も調べたいわねー。髪の毛を何本か、もらっていいかしら?」

「どうぞどうぞ。ハゲにならない程度ならいくらでも!」


 勢い込んだ俺が髪の毛を手にいっぱいつかんで差し出すと、お姉さんはうふふと笑ってくれた。冗談ではないんだけど、まあいいや。



 結局、ハサミで毛先をチョキンと切って終わった。

 それをガラス製の容器に入れたんだけど、透明なガラス越しに見ると、改めてあり得ない色で笑ってしまう。

 だって青だよ、青。空の色より濃くて、藍染の色と同じくらい濃いけれど、それよりずっと明るく鮮やかだ。

 俺が知っている花に似た色はないし、大都市ダライズで見かける青いガラスの色とも少し違う。敢えて言えば、青いガラス越しの光が当たった銀食器の色に似ているかな。

 そんな見たこともない色のくせに、俺の頭皮から生えていて、時間が経つと伸びていく髪の毛なんだよ。


 俺って、こんなに変な……じゃなくて特異な人間になったんだなぁ。

 最近は普段から髪の毛を隠す頭巾を被っているから、自分の髪だけどあんまりじっくりと見ることはない。だからお姉さんが持って行くまで、ガラス容器に入った髪の毛をしげしげと見てしまった。


「きれいだけど、変な色だよなぁ……」

「ドラゴンの呪いだからな」

「そうだよな。ドラゴン自体も希少なのに、俺はさらに希少な女体化呪いを受けたんだもんなぁ。ここまで来ると俺ってすごいよね。……あ、そうだ。おっさん、知ってる? 実は俺、髪だけじゃなくて体毛全部・・・・が青いんだぜ!」

「……すまない」


 意味深長にニヤけながら胸を張ったら、おっさんに謝られてしまった。

 ……えっ? いやいや、そんなに深刻にならなくても。


 俺は暢気で微笑ましい冗談を言ったつもりだったんだ。

 で、美少女の下品な言動を嫌うおっさんなら、ほのかに匂わせたシモネタに顔をしかめて、ため息をついたり説教モードになったりすると思っていたんだよね。


 なのに、おっさんは生真面目な顔でうつむいていた。

 予想外過ぎる。

 えーっと、うーん、参ったな……。


 念のために言うと、俺は基本的に落ち込むことはないんだ。外見的な女体化と髪の変色以外にも、呪いは精神にも作用しているらしい。

 まあ時々は凹むけど、気がつくと前向きになっている。

 もしかしたら呪い云々じゃなくて、女体化したことによる女性の強さが出ているのかもしれないな。


 とにかく、衣食住に不安はないし、愚痴はおっさんが聞いてくれるし、体調は相変わらず絶好調だし、現状はそんなに悪くないと思ってるんだよ。

 本当に。

 だから俺は、できるだけ軽い表情でおっさんの肩をペチンと叩いた。



「おっさん、そんなにグダグダと悩んでいるとハゲるよ! 白髪も相当増えてるんじゃねぇの?」

「……バカ言うな。俺の家系はハゲねぇよ。それに白髪はいうほど多くないだろ」


 おっさんは苦笑しながら顔を上げた。

 そうそう、おっさんはこうやって俺に呆れているくらいがいいんだよ。元気で神経質なおっさんは好きだぜ!

 おっさんの復活が嬉しくて、俺はニヤニヤしながらおっさんのこめかみを指差した。


「おっさん、鏡を直視してないだろ? こめかみのこのあたりは白髪だらけだよ!」

「いや、そう多くはないだろう」

「多いって。だって、黒髪の中にはっきりくっきり、白い髪がいっぱい……」


 ニヤけながら言いかけて、俺は口を閉じて首を傾げた。

 改めて見ると、確かにそんなに多くはないかもしれないと思ったんだ。

 あれ? おかしいなぁ……?


 現在のおっさんと無意識に比較してしまうのは、俺がガキの頃に見たおっさんだ。

 二十代前半の頃と三十代前半の今を比べれば、白髪の割合が圧倒的に増えていてもおかしくはない。

 だから増えているのは間違いないんだけど……いっぱいと言うほどじゃない気がしてきた。

 真っ黒な髪の中に、キラッと白い髪が混ざる程度だから、おっさんの年齢なら普通くらいだろう。少なくとも「いっぱい」ってほどじゃない。



「……うん、確かにそんなに多くはない、かな。うーん、おかしいな、さっきは目茶苦茶たくさんあるように見えたんだけどな」

「今はそう見えないのか?」

「うん、全然多くはなかったよ。ごめんな、おっさん。俺の勘違いだったみたいだ」

「……ボウズ、もしかしたらなんだが……」


 そう言いながら、おっさんはちらちらと壁にある鏡を見ている。

 あーごめん、マジでごめん。

 本当におっさんは、まだ全然白髪多くないよ。

 もちろんハゲてもいないから、そんなに鏡を気にしなくても大丈夫だよ!


 心の中で謝り倒していたら、さっと周りを見たおっさんがすっと顔を寄せてささやいた。


「……もしかして、お前の視力に変化があるんじゃないのか?」

 

 

 

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