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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第二章
11/49

(10)美少女風のなにか

 

 

 

 はぁー……っと気の抜けた長いため息をついたおっさんは、首を振りながら頭をがしがしとかいた。

 でもすぐに気を取り直したようで、おもむろに生真面目な顔になった。そして分厚い封筒と、分厚い紙の束を取り出して机の上にのせた。


「それ、何?」

「手紙はバズーナからだ」

「えっ、また来たの……?」


 鏡の前でいい気分になっていたのに、俺はつい顔をしかめてしまった。


 実は、バズーナ姐さんからは三日と置かずに手紙が届いている。

 体調はどうだ、気分は悪くないか、都会の水はあっているか、近所の酪農家から美味いチーズを手に入れたから送る、もし帰りたくなったらすぐに迎えに行くから……。

 姐さんからの手紙は、いつも俺への心配から始まる。


 ああ、こんなにも俺の事を考えてくれている人がいるのか。……と孤児として心が温かくなった頃に本題が始まるのもいつもの事。

 残りの長い手紙の内容は、今日の親方情報としか言いようのない日常風景だ。


 まあね、俺も牧場生活は長かったし、親方のことは気になるよ?

 気になるけど、後ろ頭の寝癖がかわいかったとか言われても困るわけで。牧場の柵の修理をしていたら同時に紐に手を伸ばしてしまって、手が触れてしまった!なんて事は、できれば知りたくないわけで。

 親方のちょっとした表情の詳細な描写の後に、この時の心情を推理してくれとか頼まれても、俺は親方自身じゃないし。

 恋する乙女への共感なんかも、女の子になって間もない俺には無理だし。


 それでも俺は、確か二回か三回くらいは返事を書いたんだ。でも後は、次々に届く分厚い手紙をただ読み切るだけで精一杯になっている。

 おっさんにわざわざ手紙を持ってきてもらったけど、受け取っていないふりをしたいなぁ、なんてダメな事を考えてしまった。

 急に陰鬱となった俺に同情してくれたのか、おっさんはそれ以上手紙に固執しないでいてくれた。話題を変えるように、手紙から目をそらして腕組みをした。



「あのな、ドラゴン研究を専門にしているハリューズ様が……あー、つまりわかりやすく言えば、偉い魔導師様がお前に会いたいそうだ。いつでもいいと言っておいたが、大丈夫だよな?」

「いつでもいいよ。何もする事ないし」

「数日中に正式な面会日が決まるだろうから、また知らせる」

「うん、わかった。で、そっちの紙束は何なんだよ?」

「アイシスが置いて行ったんだ。面会日までに読んでおけって言ってたぞ」


 俺は巨大な鏡の前から離れ、おっさんが置いた紙束を覗き込んだ。

 高そうな紙に、小難しそうな文字が並んでいる。

 ……これを読むの? 俺が?

 しかもかなり分厚いよ?

 親方の厚意で読み書きはできるけど、さすがにこの分厚さはちょっと弱気になる。口元が引きつりそうになるのを堪え、俺はおっさんを見上げた。


「ちなみに、これは何?」

「ドラゴンの呪いの資料だそうだ。それと……性転換した場合の心得だな」

「心得? ふーん」


 俺はようやく興味を持った。

 紐で閉じた紙束をパラパラとめくって行くと、おっさんの言葉通りの見出しがあった。


「えー、なになに? 性転換とは男性から女性、もしくは女性から男性になることで……この辺はどうでもいいや。……えーっと、女体化した場合の心得……この辺りだな」


 ばさりと広げると、俺は指で文字を追いながらゆっくり読み上げて行った。


「女体化には体表面だけの変化の場合と、内部まで完全に女体化する場合があるので、経過をよく観察すること。なあ、おっさん。内部ってなんだ?」

「……その先を読め」

「面倒だな。おっさんは先に読んでいるんだろ? だったら内容だけ教えてくれよ。……えーなになに、完全に女体化した場合は子宮も成熟して妊娠可能になります……意味わからん……わかったよ読むよ。成熟すると月に一度排卵があって……ああ、つまり生理ってやつだな」


 俺がうなずきながら顔を上げると、おっさんはどこかほっとしたような顔をしていた。

 もっと読むのに苦労すると思ってたのかな。だったら前みたいに簡単にまとめて教えてくれれば俺は助かるんだけど。

 そう言うと、おっさんはちらと呆れた顔をした。


「いや、お前が読み書きはそれなりにできるのは知ってる。ただ、うん、そういう内容の割に意外に落ち着いているなと思ったんだよ」

「俺、馬の世話係やってたんだぜ。馬の交配理論は少し教えてもらってたし、種付けだって見ているって。……ん? もしかしてこれは、俺も子供が生めるかもしれない、という話なの? えっ、マジで?」

「まだ可能性の話だ。今すぐにどうにかするって話じゃねぇから、落ち着け」

「……なあ、おっさん。妊娠ってことは、誰かが俺に種をつけるの?」

「知らん」

「俺、エロいことするなら女の子はいいんだけど、男とやるの? えっ、無茶だよね?」

「好きな男ができたら、無茶じゃねぇだろ」

「俺が……どっかの男を好きになって、種つけをしてもらうの? ……うわぁ、絶対無理!」

「だろうな」


 じわりと青ざめる俺に、おっさんは素っ気なかった。

 それに、なんでそんなにため息を付くんだよ。かわいそうな美少女様が青ざめているんだぞ! 冷たすぎる!

 そこで俺は、ハッと思い当たっておっさんをじろりとにらんだ。


「まさか、おっさん、俺に種付けしようと企んでるのかよ!」

「……アホか。俺はガキに手を出すほど飢えていない」

「ふーん、やっぱりな。おっさんはヒモなんだ。このお屋敷の女主人様とアレコレやって、この部屋をもらってるんだな!」

「はぁ? ヒモじゃねぇよ。そういう関係じゃないって言っただろうが」

「でもおっさんは巨乳好きだろ!」

「巨乳が好きで何が悪い!」

「貧乳差別だ! だから俺も差別してるんだな!」

「巨乳は好きだが、貧乳を差別するほど狭量じゃない! というかお前に手を出す趣味はないからな!」

「おっさん、ホモかよ!」

「ホモじゃないから無理って話だ!」

「訳わかんねぇよ! これだから巨乳好きはダメなんだよ!」

「お前も巨乳好きだっただろう!」

「……あ、そうでした」


 どうやら、女になってから短気になっているようだな。

 無意味に熱くなってしまった。


 冷静になった俺は紙束に目を戻す。近くにあった椅子を引き寄せて腰を下ろしたおっさんは、また長いため息をついた。

 おいおい、そんなにため息ばかりついていると、魂まで抜けるって言われたことないのかよ?

 そう突っ込もうとしたとき、別の誰かのため息が聞こえた。




 ため息が聞こえたのは、扉口の方向だった。

 びっくりして顔をそちらに向けると、扉が開いていた。しかもそこに背の高い女の人が立っている。

 うわぁ、いつからいたんだろう?


 全然気付いていないあった俺は、顔を強張らせておっさんに目を向けた。すると、おっさんも変な顔をしていた。

 その表情から察すると、扉が全開になっていたことにも、そこに人がいることにも全く気づいていなかったらしい。表情が硬いから、自己嫌悪に襲われているっぽい。

 平和に生きてきたど素人な俺はともかく、おっさんは現役の傭兵だろ? お仕事的に大丈夫なのかよ?

 おれはつい真剣に心配をしてしまった。



「入っていいかしら?」

「……どうぞ、ダライズ夫人」


 扉口に立つ女の人に問われ、おっさんは立ち上がって姿勢を正した。

 びしっと直立すると、背が高くてガタイのいいおっさんは見栄えがする。

 いいよなぁ、男っぽくて強そうで、マジで憧れる。ボサボサ髪の無精ヒゲ面だけど、それがまたワイルドでいい。


 ……おっと、いかん。ガキの頃からの習慣で、ついついおっさんへの憧憬を込めて見惚れてしまったけど、今はそんな場合じゃなかった。

 おっさんが改まった姿勢をとったってことは、あの人はおっさんより立場か身分が上の人だ。居候の俺から見れば上の上の人って感じかな。となれば、礼を示してご機嫌を取っておかないとな。

 そう決めれば、俺は速やかにおっさんの横へと移動した。一応遠慮しておっさんより少し下がったところに立ってみたんだけど、突然のお客様はじろりと俺を見た。

 その視線があまりにも冷ややかだから、俺の背筋は一気に伸ばしてしまった。



 お客様は女性だった。

 姿勢がいいから最初は気付かなかったけど、よく見るとオバちゃんと言うよりオバアちゃ……いや、かなりご年配の女性だった。

 昔は物凄い美人だったに違いない。今でも美老女で通る。たぶん俺の四倍から五倍くらい生きているっぽいけど、ゲスな言い方をすれば余裕でヤレるって感じだ。

 ……あ、俺は今は女の子になっていたんだった。残念。


 真面目な話、きちんと年取った容姿なんだけど、その辺のねーちゃんたちより美人だ。

 ただし、目がとんでもなく怖い。

 鋭くて冷たくて、心の中でアホでゲスな事を考えているのまで見透かされているんじゃないかと怯えてしまうくらいに迫力のある目だ。

 その上、男だった頃の俺よりもかなり背が高い。そんな高いところから、身長が縮んでしまった俺をギロリと見下ろしてくるんだ。怖いなんてものじゃない。バズーナ姐さんが可愛く思えるレベルだ。

 俺がかなりビクビクしていると、おっさんが軽く咳払いをした。


「ボウズ。この方はダライズ夫人。このお屋敷のご主人だ」

「えーっと、つまりおっさんのパトロン?」

「……広義の意味ではパトロンだな。というか気づけ。この方はこの街の領主様だぞ!」

「あ、ダライズ夫人ってそういうことか!」


 俺は本気で驚いて、美老女様を見上げた。

 なるほど、女領主という感じだ。威厳があって美人で怖い。

 昔に戦争が起きた時、この国の男性人口は極端に減ったらしい。頑丈な女性が多い国だったから、多くの女性が働き手になった。今でもその名残で働く女性は多いし男装もする。その延長で、俺の感覚では女領主だってそれほど珍しくはない。



 ……でも。

 一つだけ大きな問題がある。

 つまり俺とおっさんは、王国第三の大都市ダライズの領主様の前で巨乳大好き宣言をしていたらしい。

 ため息を吐いていたから、たぶん会話は全て聞かれてしまったと思う。控えめに言ってもあまりいい状況ではないよな。印象最悪とか、今後に響きそうで避けたかった。


 俺は救いを求めて、恐る恐るおっさんを見た。

 でもおっさんの男らしい顔もあからさまに強張っていた。予想通りだけど、全然救いにはならない。……うん、俺たち終わったな。

 

 

 

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