定期試験(1)
ざわざわと落ち着かない生徒たちを余所に、無慈悲にも着席を促すチャイムが鳴る。前の黒板にはでかでかと「一時限目:数学」と書いてあった。不思議なことに、試験時間については何も書いていない。生徒全員が席に着いたことを確認すると、教師は機械を操作してスイッチを押した。途端、教室の風景が激変し、古代ローマの円形闘技場のようなだだっ広い場所に生徒たちが放り込まれることになった。
「今から、定期試験一日目、一時限目の数学を始めたいと思う」
だだっ広い場所に、教師の言葉が響く。
「使用可能なのは数学のみ。他の教科の使用は禁じられている。万が一他の教科を使用した場合、この試験は無効となる」
生徒たちが準備運動をしながら円形の広場の中央を見ていると、急に空間が捻じ曲げられ、巨大な異形のモノが現れた。巨大な赤黒い体躯は見る者を圧倒し、恐怖心を植え付けるのに然程の時間はかからなかった。数人の生徒が今にも倒れそうな様子である。
「なお、得点は使用した数学の内容と、攻撃力、他者の補助、被撃数などを総合してつける。試験中に続行不能となった場合、それまでの行動で点数をつける。それでは、健闘を祈る」
教師によるアナウンスが終わると、如何にも好戦的な怪物は雄叫びをあげた。その声の大きさから、会場がビリビリと震える。生徒たちは一瞬それに怯みはしたものの、皆思い思いの場所に立ち、それぞれ「数学」を使う準備をし出した。
「取り敢えず様子見で因数分解してみるか・・・」
一人の男子生徒が怪物の方に向かって走り出す。獲物の姿を認めた怪物が口を開き、火の玉を連続で吐き出した。巨大な火の玉は男子生徒に当たるかと思いきや、毎回僅かに逸れる。
「怪物に言って聞くのかは分からないが・・・単純に確率の問題だ」
そう呟くのは、別の生徒。彼の掌からは薄い青色をした数字が大量に溢れていた。
男子生徒が怪物のもとに辿り着くと、早速宣言通りに因数分解をしだす。彼が因数分解をするたびに、怪物の体から光が散っていった。とはいえ、それほど大きなダメージを与えているとも思えない。彼は他の生徒の方を振り向くと、
「誰でもいいから指数関数頼むわー!!」
そう叫んだ。すると、一人の女子生徒が数式の定義をし、指数関数を完成させた。完成した指数関数は緑色に明滅し、男子生徒を包む。光が消えると、男子生徒は素手で怪物を殴りだした。しかも、殴るたびにそのダメージは大きくなっていっているのか、怪物が悲鳴をあげだした。
「yを攻撃力、xを攻撃回数にしてy=10のx乗とでもすれば、3発も殴ればあの怪物に1000ダメージ。殴る回数が増えれば増えるほど攻撃力はそのまま恐ろしいほどに跳ね上がる、ということね」
女子生徒がにっこりと笑う。
怪物自身も自分がそう長くないことを知っていたらしく、せめて生徒数人を巻き込んで自滅してやろうと考えたのか、赤黒い体躯が急激に膨張し始める。殴り続けていた男子学生も逃げようとしたが、時すでに遅し。その怪物の体が風船を割るときのように弾け、肉片が辺りに飛び散り、体液がばらまかれる。
全ての生徒がその衝撃に身を伏せたが、攻撃は一向にやってこない。恐る恐る顔を挙げてみると、怪物は跡形もなく、肉片や体液は全て謎の球状の物体に阻まれていた。
「x軸周りに関数を回転させた場所を防御。これで皆を守ることが出来た」
そんなことを言ってのける男子生徒の足元には、いつ書いたのか皆目見当つかないが、
V=∫(上部:b、下部:a)π{f(x)}2乗dx
という式が書かれていた。そして複数人の手によって数値が入力され、正確に計算が終わっている。
円形闘技場に、チャイムが鳴り響き、再び元の教室へと姿を変えた。
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