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やはり予想通り、名前そのままだったのか。
前方に見えるのは、どう見ても牛だ。
まあ、色は白黒では無く、茶色なのだが。
そして、後ろから近づいたためか、まだこちらに気づいていないようで、ゆっくりと草を食べている。
まずは識別しておこう。
<魔物>バッファロー Lv2
レベル2か。
やはり町周辺の魔物はレベル1~3に収まっているのだろうか?
ボスゴーレムはボスだから例外としてもいいだろう。
幸い近くには1体しかいないので、ここはルビーに奇襲をお願いして、耐久力や移動速度を確認しよう。
「ルビー、空から奇襲をお願い。攻撃後は一度戻ってきて。そして、牛が近づいてきた後、止まるか速度が遅くなったところで2人とも攻撃をお願い」
2人に指示を出し、牛に集中する。
もしかして、奇襲の為に伏せたほうがいいのだろうか?
いや、それではルビーに任せきりになってしまいそうだ。
やはりこちらに連れてきてもらって戦闘かな。
ルビーが空から急降下し、牛の頭に攻撃を加えて、そのままこちらへ向かって飛んでくる。
牛のHPバーはまだ見えないので、ダメージは確認できないが、ホークのあの攻撃を受けても耐えるのは凄いな。
牛はルビーに気づいたようで、ルビーを追ってきた。
よしよし、そのまま近づいて来てね。
少し牛が近づいてきたところで、ようやくHPバーが確認できた。
ギリギリ5割を切っているくらいだろうか?
単純に考えて、ウルフの2倍は耐久力があるのか。
移動速度はウルフよりも遅いのだが、たぶん逃げきれる速度ではないかな。
そして、多分攻撃力も高いのだろうな……。
「ゆゆゆ、ユウさん、来ましたよ!」
「分かっていますよ。落ち着いてください。それと、危ないので少し離れていてください」
まだ牛が突進してくるのを見ていることしかできない。
この距離では魔法銃の弾は消えてしまうので、攻撃はできないのだ。
こう考えてみると、魔法銃って案外射程が短いのだろうか?
まあ、他の遠距離武器の最大射程を知らないので、判断はつかないのだけどね。
それにしても、彼はなぜあそこまで慌てているのか?
もしかして、狩りに出たことが無いとか……後で聞いておこう。
よし、牛は彼では無く、こちらに向かってきているな。
正確には、ルビーにだけどね。
もう少し、もう少し……よし、このくらいだろうか?
牛がかなり近づいてきたところで、魔法銃を撃つ。
弾はまっすぐに飛び、牛の頭へと当たった。
ダメージは……少し減っているのが確認できる程度だ。
5%?
いや、それよりも低く見える。
やはり攻撃力不足だろうか?
まあ、魔法銃の強化が完了すれば解決できるだろう。
多分ね。
近づいてくるまでに3発撃ち、回避に移る。
ギリギリでいいだろうか?
いや、初めは大きく回避しておこう。
突進してくる牛は、ルビーからこちらにターゲットを変えているようだ。
その迫力はかなりのものだが、残念ながらゴーレムの振り下ろしにはかなわない。
余裕をもって、突進を避けてみるが、やはりというか軌道修正が少しだけ入っていた。
余裕を取りすぎたようなので、今度はもう少し近づいてから避けた方が良いだろう。
通り過ぎた牛の尻に魔法銃を撃ちながら、そんなことを考えていると牛が向きを変える為に減速し始めた。
そこへ追いかけていたイナバが横腹へ突進を当て、さらにルビーが空から攻撃を行う。
牛は耐えきれず、HPバーが空になり地面へと倒れた。
「や、やりましたね!」
なぜ彼はこんなに興奮しているのだろうか?
やはり……。
「さあ、剥ぎ取りに行きましょうか」
「はい!」
倒れた牛へと向かいながら、気になることを聞いておく。
「ところで、もしかしてチュートリアル以外での戦闘は初めてですか?」
「よく分かりましたね。その通りです」
やはり……。
いや、まあ予想しておくべきことだったか。
普通は、生産職が狩りに出ることは珍しいのだろう。
ミドリさんは普通にゴーレム戦に来ていたので勘違いしていた。
「剥ぎ取りますか?」
「いいのですか!?」
いや、雰囲気がどう見ても剥ぎ取りたいと語っていましたが……。
それに、この先何体も倒すのだから問題は無いだろう。
「で、では、行きますね」
マジックポーチから取り出して剥ぎ取りナイフを両手で握り……牛に刺した。
牛は光の粒子となり、空気中に消え、後に残ったのは……。
「まあ、こんなこともありますよ」
「うう……」
まあ、チュートリアル以外での剥ぎ取りで何も出なかったら残念なのは分かる。
だが、涙目になるのはどうなのだろうか?
「まあ、条件ドロップかもしれませんよ? そうだとしたら出なくてもしょうがないですよ」
「そ、そうですよね!」
「さあ、先へ進みましょう」
さて、あんなことを言ったが、多分通常ドロップだと思うのだよね。
ドロップの可能性があるのは肉、皮、角あたりだろうか?
流石に肉が条件ドロップとは思えないし、牛から肉が取れないとも考えづらい。
まあ、納得してもらえたならいいか。
「うう……どうみても通常ドロップじゃないですか……」
目の前に転がる牛の肉と皮。
あれから3回ほど戦闘したが、全ての戦闘でアイテムがドロップしている。
肉は3個、皮は今回が初で1個だ。
まあ、しょうがないのだよ。
ドロップなんて運なのだから。
そんなことより、先程横を通ったパーティが牛3体と戦っていたのが気になる。
やはり牛は1体だけで出てくる訳では無いようだ。
イナバとルビーに1体ずつ受け持ってもらえば大丈夫だろうか?
もし4体出てきたら彼にも1体受け持ってもらう?
いや、それは無い。
どう見ても戦闘できるように見えないのだ。
それ以前に、武器を出していない。
相手が1体だけなら問題ないと思っていたが、これは注意した方がいいだろうか?
「悲しんでいるところ申し訳ないのですが、先程よこのパーティが3体相手にしていましたので、そろそろ武器を出して頂いてもいいですか?」
「え?」
「3体までなら大丈夫ですが、4体以上になるとそちらに魔物が行ってしまうかもしれません。その場合に備えて武器を出していて頂きたいのですが?」
「武器なんて持っていませんよ?」
「え?」
「だって、私は武器、魔法スキルを1つ取得していないので、持っていても意味が無いですから」
何てことだ……。
流石に予想していなかったよ。
いや、チュートリアル以降魔物を倒していないことを考えると、スキルポイントが足りないのか。
それでも、1つくらいは取っておいてほしかったよ……。
それに、多分スキルが無くても武器は使えると思うのだ。
そうでなければ布のローブが装備できた理由が分からない。
まあ、試していないので言わないが。
「そうでしたか。確かに、最初は生産を補助するスキルを優先しなければいけませんからね。ですがこの先、生産職でも魔物と戦う場面があるかもしれないので、1個は攻撃スキルの取得も考えてもいいかもしれませんね。勿論、生産系だけを取得していくのも一つの道だとは思いますが」
「確かにその通りですね……少し考え直してみようと思います。ありがとうございます」
流石にこの先、町から出ずに進めるとは思えない。
その時の為にも攻撃系スキルは取得しておいた方が良いだろう。
ただ、あくまでこれは戦闘職からの意見だ。
最終判断は生産職である彼にしてほしい。
……あれ?
もしかして、親方に聞いた方が良いのではないだろうか?
このゲームのNPCは優秀だから答えてくれそうな気がするな。
いや、親方だからな……。
「親方に相談するのもいいかもしれませんね」
「もう聞きましたよ。そうしたら、自分の道は自分で決めろ、と言われました」
流石親方!
期待を裏切らない!
「そうでしたか。それならば、自分で考えるべきですね。では、進みましょうか」
「分かりました。う~ん……」
20140915:修正
矛盾していた箇所を修正しました。