201―ダンジョンB8―
ユウ君が攻撃を避け続け、10分程が経過しただろうか?
だが、ユウ君は攻撃をしていない。
「少年、残念です。避けることしかできないのですね」
避けられるだけでも十分に強い。
だが、確かに攻撃を行えなければ勝つことは出来ないだろう。
そして10分もの間攻撃が出来ていない。
私から見ても攻撃できるタイミングは無かった。
しかし突然、アリサさんが地面へ倒れた。
ユウ君は鞘から刀を抜き放ち、その首元へ当てた。
「終わりですね。これで納得いただけましたか?」
「ど、どうして?」
本当にどうして?
ユウ君は何もしていなかったはずだ。
「言いません。貴方は負けた。それでいいでしょう?」
「これで納得しろと言うのですか?」
「納得できませんか?」
「したくありません。それにその刀は借りた理由が分かりません」
「刀はこれから使うのですよ。さあ、立ってください」
ユウ君が刀を鞘に収め、アリサさんが立ち上がる。
一時的なもの、なのか?
「いいのですか? 勝機を逃してしまって?」
「勝機? 逃していませんが?」
「私ならば何度戦おうと勝てる、そう言いたいのですね」
「そうは言っていません。これでも結構ギリギリですよ?」
アリサさんが目を瞑った。
多分集中しているのだろう。
相手を前にこの行動?
「流石ですね。やはり貴方は強い」
流石?
相手を目の前に視界を塞ぐことが?
「いきます」
凛とした声が部屋へ響く。
その瞬間、アリサさんのランスがユウ君のいた位置に存在していた。
そう、いた位置にだ。
そのすぐ横で、ユウ君が目を瞑って鞘に納めた刀の柄を握っている。
何故、2人とも相手の目の前で目を瞑るのだ?
私には理解できない。
次の瞬間、その刀がアリサさんへと吸い込まれる。
だが、単純なその攻撃は当然当たらない。
……何故、次の行動に移らない?
そう思ったが、答えは示されていた。
アリサさんのHPがほとんど無くなっている。
「わざと急所を外しましたね」
急所を外した?
攻撃は当たっていた?
「違います。僕にはあそこまでしか出来なかった。それが正解ですよ」
あそこまでしかできない?
いったい君は何をしたんだ?
「それにしても何故、君がそれを使えるのですか?」
「たまたま知っていた、それだけですよ」
それ?
何かの技、だろうか?
だが、刀を初めて使ったユウ君が知っている技?
「知っていた? それだけで使えるものではありませんよ?」
「だから完全ではないでしょう?」
完全ではないが、知っている程度で使える技ではないのか?
「2つ目までですら十分な脅威ですよ。そこまで辿り着くのに、どれ程の時間が掛かると思っているのですか?」
2つ目?
「そうですね。才能があったとしても、かなりの時間が掛かるでしょうね」
かなりの時間が掛かる?
ユウ君、君は楓の弟なんだよね?
「それを何故、君の年で使えるのですか? 失礼だとは思いますが、君の刀を扱う才能はそこまで高くないと思っています」
「秘密です。それにこの年で3つ目まで使えていた人もいたのでしょう?」
3つ目?
どこかの奥義なのか?
それにユウ君と同じ年でそこまで使える人物がいた?
ならば、楓と同じ年の私は……刀の才能が無い?
「……何故、知っているのですか?」
「いえ、知らないですよ。ただ貴方が知っていそうな雰囲気をしていたからです」
「……君は不思議な人だ。でも、私は納得してしまったみたいですね」
「そうですね。やっと僕は勝利できました」
「……ふふ。勝機を逃していない、刀はこれから使う、ですか」
ユウ君は、私が手も足も出ない相手に、満足させる形で勝利した?
楓の隣に、私は必要ないのではないか?
……あれ?
何故、私は楓の隣にいたいと思った?
友達、親友、では無く、隣?
「リンカさん、刀を貸してくれてありがとう。おかげで勝利する事が出来たよ」
いつの間にか目の前まで来ていたユウ君が、鞘に納めた刀を私に差し出している。
手が震える。
この刀は、私よりも彼が持つべきものでは無いのか?
そう考えてしまう。
「大丈夫」
その言葉と同時に、私の体は温かい何かに包まれた。
いや、ユウ君に抱きしめられた。
「この刀は絶対にリンカさんを選ぶ。それにリンカさんは強い。今は鎖で縛られているけど、それさえ無くなれば今の僕よりも遥か先へ進める。それは今、アリサさんが証明してくれた」
とても安心する声だ。
それに、暖かい。
「最後に1つ。僕はズルをしていたから、あの技が使えたんだ。本来ならば使えなかったあの技。この事は姉さんにも内緒だよ?」
楓に内緒?
ユウ君が?
私を抱きしめていた手が、体が離れていく。
……思い出した。
これは、楓に抱きしめられた時の感覚に似ているんだ。
流石姉弟、なのかな?
「ところで少年、君はどんな方法を考えているのですか?」
「何も考えていないですよ? だって僕は何も知らないのですから……ランスを突きつけるのを止めて頂きたい」
え!?
「私にあれだけ言っておいてそれですか?」
そうだぞ、ユウ君。
「僕の役目ではない。そしてまだ僕の出番では無い。それだけですよ」
ユウ君の役目ではない?
でも、ユウ君の出番はある?
……待て、何故あの2人がその事を知っている?
「……聞いていいかな?」
「言いませんよ? ご自分で調べたらどうですか?」
「いえ、分かりました。そう言えばあの子だけはここに連れてきてはいけない。そう言われていましたね」
「その忠告、聞いていて良かったですね。僕ほど甘くはありませんよ? 特にリンカさんに害を与える存在には」
「君と戦った私には信じがたいですが、君よりも強いみたいですからね」
「それはそうでしょう。ですが、貴方はその強さを知らないのですか? 知っていると思っていたのですが?」
「私は戦っていないのですよ。ところで君は何故、その事を知っているのですか?」
「当然ともに、いえ、隣にいると考えたからです。知ってはいません」
……話の流れからすると、楓があのユウ君よりも強い。
そう言っているように聞こえる。
「会話を遮って済まない。だが、私と貴方はどこかで戦ったことがあるのか?」
「無いですよ? 貴方は違う。今、そう納得させられましたので」
無い?
違う?
私に似た誰か、そういう事なのか?
「私達は現実で出会った事も無いのか?」
「実際に見に行ったことも何度かありますよ。ですが、今なら分かります。会って話すべきであったと」
見に来られていた!?
どこから?
寝ている時か?
「少年、君は会いに行っていないのですか?」
「そうですよ。場所すら知りませんし」
「それでよくあれだけ……いえ、そういえばよく知っている人物がいるのでしたね」
「それに加えてゲーム内では会っていましたからね。流石に一度も会う事無くあそこまでは予想できませんよ」
予想だけで、私の現状を当てていたのか。
それも正確に。
……いや、楓の弟ならば出来るか。
違うな、この事に関しては楓よりもユウ君の方が上か?
「それでも相当だと思うのですが……」
「それよりも、貴方達の事について少し聞きたいのですが無理ですよね?」
「言えないですね。それに話せていたらここまで苦労していませんよ」
「そうですよね。だからこそ、理由を説明せずにリンカさんと戦っていたのでしょうから」
「その通りです。本当にこの制限は面倒ですね」
「何の制限か知りませんが、普通は知りえない事なのでしょう?」
「そもそも君が予想できている事自体がおかしいのですよ」
「予想、とは違うと思いますよ?」
「近い部分を想像している、そう言う事ですか?」
「秘密です」
「君も秘密が多いですね」
……ついていけない。
床に置いてある刀を手に取り、鞘から取り出す。
その表面は綺麗なものだ。
……ユウ君にあの技を習うか?
「リンカさん、教えられませんよ?」
「心を読まないでくれ」
まったく楓といいユウ君といい、どこの妖怪だ。