199―ダンジョンB6―
「すまない、少しイベントに行ってくる」
「個人イベント? 行ってらっしゃい~」
ログレスを投げ飛ばしながら、リンカさんの言葉に耳を傾ける。
個人イベントか。
そうなるとイベント直前に起こったアレ関係かな?
「個人イベントだ。少し時間が掛かるかもしれないから、私を待つ必要は無いぞ」
「分かった。それじゃあ皆揃ったら村に帰ってるね」
「ありがとう」
視界の隅でリンカさんが消えた。
これは少し気になる、かな?
あの人、リンカさんの弱点を知っているのだよね。
まあそちらはいいとして、あった事が無いはずのリンカさんを何故か知っていた事の方が気になる。
そしてあの人はリンカさんと出会った事がある可能性がかなり高い。
難しいところだよね。
まあ参加できない以上、知るすべはない。
ここは少しの可能性に期待しておこう。
倒れているログレスへ手を差し伸べ、ログレスが手を掴んだところで引っ張り起こす。
「ログレス、大分動きが良くなってきたよ。ただ、少しカウンターだけを狙い過ぎかな。自分から攻撃して相手に隙を作ったり、ワザと隙を見せて相手の隙を誘うのも狙ってみるといい。まあ得意な事を基本にするのは悪くないから、この調子で行けば問題無いと僕は思うよ」
本当は武器有りで対戦したいのだけど、それは危ないからね。
なので僕が有利な素手で対戦する事しかできない。
「お疲れ様、2人とも。少し休憩にしたら?」
「そうだね。ログレスもそれでいいかな?」
そうログレスに尋ね、頷いてくれたのを確認したあと姉さんの近くへと移動する。
「ユウ君、リンカちゃんのイベント少し知ってたりする?」
「可能性の1つとしてはね。運が良ければ僕も参加できるかな」
「いいな~」
「まあ可能性は低いから、このままここでログレスと訓練の続きかな」
「……ユウ君、ありがとうね」
「リンカさんの事?」
「何か、言ってくれたんだよね? 少し吹っ切れた感じがしていたよ」
「そうなるね。姉さんもマイさんの事、ありがとうね」
「いいよいいよ。マイちゃんとは知り合いだからね。あれくらいならいつでもしてあげるよ~」
マイさんの隠していた本音の部分を僕以外の前で吐き出させる。
それもごく自然に、マイさんがあとから"自然と言ってしまった"事に気づくように。
さらに僕が途中で口を挟まなかった事で、僕が仕向けていないと考える可能性は高まる。
これがあの時点で出来たのは姉さんだけだろう。
ありがたい。
<少年、パラスです。少し手伝ってくれませんか?>
休憩を挟みつつ、ログレスと訓練をしていたところでそんな声が頭の中に響いた。
これはどうやって返事をするのだろうか?
念話形式かな?
「ログレス、一旦中断してもいいかな?」
目の前で見合っていたログレスが頷くのを確認する。
「ありがとう、ログレス。それでは少し休憩にしようか」
『内容によります。お聞かせ願いますか?』
ログレスが姉さんとイナバ達の元へ移動するのを見つつ、話しを進める。
<リンカの事なのですが、君にも手伝ってもらいたいのです>
リンカさんの事を、手伝う?
イベントクリアを目指して手伝う、という認識でいいのだろうか?
何か違う気がするな。
『僕は何をすればいいのですか?』
<リンカと戦ってもらいたい。それだけです>
『何故?』
<私ではダメなようなので、リンカを知っていて、さらに戦闘で勝てる君が適任なのです>
『僕とリンカさんはそこまで親しくありませんよ? 多分期待には沿えないかと』
<それでも構いません。君以外に候補はいませんので>
う~ん。
姉さんではダメ、なのだろうか?
いや、あちらが知っている情報の中で僕が適任だっただけか。
ならば僕が行こう。
丁度気になっていたからね。
『受けましょう。少し連れに伝言をしたいので待っていただけますか?』
<この件については秘密でお願いします>
『イベント、と言えばいいのですよね』
<お願いします>
「姉さん、少しイベントに行ってくるよ。僕もリンカさんと同じで、皆揃ったら先に帰ってもらっていいからね」
これで姉さんには伝わっただろう。
「うん、分かった。頑張ってきてね、ユウ君」
「うん、頑張ってくるよ」
『それではお願いします』
<分かりました>
頭の中に声が響き終えた瞬間、景色が変わる。
少し先では刀を持ったリンカさんと、短めのランスを持ったアリサさんが対峙している。
「少年、久しぶりですね」
その声にそちらを向くと赤髪赤目の女性がすぐ傍に立っていた。
「南の試練以来ですね」
その女性は封印の神殿で出会ったあの女性。
何故、いるのだろうね。
「アリサが呼んだのは君だったのですね。とりあえず、あの戦闘を見ながら私と話していませんか?」
「私はそれで構いませんよ」
話し、か。
とりあえず部屋を見渡す。
「と言っても話題は無いのですけどね。何か聞きたい事はありますか?」
ここに出入口は無いようで、ドアどころか外に繋がりそうな場所は無い。
ある程度広く、地面は土、壁は岩と言う修行場を連想してしまうような場所だ。
そして従魔達はいない。
まあ強制送還、かな。
「そうですね、それではあの表情の意味と貴方が犯した間違いを教えて頂きたい」
「表情?」
「北の試練をクリアして封印の神殿へ転送された直後、貴方は悲しそうな表情でログレスを見ていましたよね?」
ログレスかどうかは分からない。
ただ、かまを掛けただけだ。
「……そんな表情をしていましたか?」
「していました」
「そうですか。そちらは無意識です。なので私の犯した間違い、そちらを語りましょう」
「ありがとうございます」
目の前の状況はリンカさんが完全に押されている。
それどころか、アリサさんは確実に手を抜いている。
それが分かってしまうリンカさんは、きっと悔しいのだろうね。
「凛、立ちなさい。まだ終わりませんよ」
「分かっている」
「私の犯した間違い、それは従魔の事です」
「従魔、ですか?」
そうなると、この人も従魔使いなのかな?
「私の従魔の1人、その子がある日、合成進化をしたのですよ」
ああ、これは。
「その結果、暴走して私や仲間の従魔達へと攻撃をしてしまった。そこで私は……その子を倒した」
ここまでは僕にとっては問題無く感じる。
「しかし、その子は再度召喚されました。暴走した状態で」
……。
「私は従魔達と戦わせない為に、その子を幾度となく倒した。そう、気づくのが遅すぎたのですよ」
僕の取ろうとしていた選択肢、その一つは間違いだった様だ。
そして取った選択こそが正解だったのだろうか?
「解決する方法は別にあった。とても簡単なその方法。それに私は気づくこと無く、あの子を倒し続けた」
いや、違うな。
この人は今は悔やんでいない。
「似た従魔を持つ君には同じ過ちを犯してほしくない。ただ、それだけですよ」
似た従魔、ね。
「2つ聞かせてください。まず1つ目。貴方はそれを今、後悔していますか?」
「……しているさ。仲間をこの手で何度も、何度も倒したのよ!?」
「2つ目。その従魔は、貴方を恨みましたか? それとも貴方に感謝しましたか?」
「……感謝していたよ。おかげで仲間を傷つけずに済んだ、とね」
「それでは、貴方の行動は間違いでしたか?」
「正解では無かったと今でも思っているわね。それでも、間違いだったとは思っていないわ。私はあの時点で最高の行動をしたつもりだし、それで最悪の結果は免れている。それでも、後悔はしてしまうのよ」
「そうですか。教えて頂きありがとうございました」
「……一度目で正解を選べた君に、この気持ちは分からないよ」
「どうですかね。それでも、僕は貴方と同じ状況になっても後悔はしませんよ? 私の従魔達は仲間を傷つけるくらいならそちらを望むと知っていますからね」
「……」
「貴方も今は後悔していないのでしょう?」
「良く分かったわね。ハッキリ言ってあの事でさらに従魔達との絆が深まった。そう言っても過言ではないかな」
「先程の意見はイベントの演出でしょうが、もう少し演技を上手くした方がいいですよ?」
「一応事実なんだよ?」
「知っています。まるで今も後悔しているような演技のことを言っているのです」
まったく、茶番の様な悲しい話。
今は後悔していないだけで、以前は凄く後悔していたのが分かってしまう。
それだけに、とても悲しい演技だ。
例えイベントだとしてもするべきではないね。
まあ、同じ後悔をしないように。
それを強く感じさせるためにこのイベントを組んだのだろう。
……それも似た従魔を持つ僕のために。
まったく、優しい人だ。
「くっ」
「その程度なのですか、凛」
耳に届くリンカさんとアリサさんの声。
まだ目的が分からない。
聞いてみるかな?
「ところで、リンカさんのイベントの内容を教えてもらっても良いですか? これから手伝うのならば知っておきたいのですが」
「アリサは言っていなかったのですね。それならば私からは言えません」
「口調、先程のもので構いませんよ?」
「基本はこちらですので」
それは知ってます。
それよりも、イベントの内容は自分で考えなければいけないのか。
多分アリサさんも教えてくれない気がするからね。
目の前で何度も倒れ、その度に立ち上がって再度アリサさんと戦い始めるリンカさん。
やはり目的が……。
いや、待て。
まさか、アリサさんは現実のリンカさんの状態を知っているのでは無いよね?
姉さんの言動。
リンカさんの言動。
アリサさんが今、行っている事。
……。
区切りを良くするため、今週は土曜日も投稿します。