195―ダンジョンB2―
アオさん達が先頭を進む姉さんのところへ移動した後、交代でリンカさんが僕の隣を歩き始めた。
「ユウ君、さっきはあれで良かったのかい?」
「あれでいいよ。気づいてもいいし、気づかなくてもいい」
まあアオさんだけは気づいていたようだけどね。
まあ姉さんとリンカさんを除いた4人の中で一番僕を知ろうとしているのはアオさんだから、順当なのかな。
「君がそれでいいのならば問題は無い。それよりも、ウルフリーダーの相手をしたのは君かな?」
相手、か。
多分リンカさんが言っているのは、引きつけていたのは誰かなのだろうね。
「引きつけてたのは僕だよ。2回目だから短時間であれば何とかなったかな。リンカさんのように長時間は引きつけられないよ。そちらは多分、アーネさんだよね?」
「よく分かったね!? 今回は強敵相手の練習にアーネが相手をしていたんだよ。アオとフウは流石にまだ早いとは思ったが、アーネであればぎりぎり可能だと思ったからね」
まあアーネさんならば可能だろう。
それでも長時間は厳しいと思うけどね。
「途中で交代した?」
「流石に1割を切る前には交代したよ。視界が封じられた中はまだ無理だろうから。そう言えば君はあの暗闇の中も避けきれたのだね」
「暗闇に入った直後に倒したんだ。だから暗闇の中では戦闘していないよ」
「遠吠えの時の硬直を狙って大きな一撃を当てたのかな?」
まあ姉さん達の場合、訓練も兼ねているのだからこの方法を取らなかったのだろうけどね。
「そうだよ。まあその攻撃は僕のものではないけどね」
「確かに魔法銃では相当チャージしなければ1割は削れないだろうからね。そう言えば、何故君は魔法銃を選んだのだい?」
「カッコいいから、かな? リンカさんはどうして刀を?」
それだけが理由ではないが、それも理由の一部ではある。
「何となく惹かれたから、かな。現実では使ったことが無いのだがね」
これは才能だろうか?
それとも経験だろうか?
まあ確認する手段が無いので諦めよう。
「それでその腕前とは流石だね」
「それはありがとう。まあ私にはこれしかないからね。メルのようになんでも出来る訳では無いよ」
これしかない、ね。
それはどうかな。
少なくとも、姉さんはそう思っていないだろうね。
「姉さんは特別だからね。それでも刀や近接戦闘だけで見ればリンカさんの方が相当上だよ」
「弟である君の目から見てそう感じるかい? それは良かったよ」
リンカさんが見せたその微笑みは安堵を含んでいる。
姉さんは気づていないのだろうか?
いや、見えていないのだろう。
「リンカさん、辛いのならば姉さんに言えばいいよ? もういい、と」
姉さん達に聞こえないように、小さな声でそう言った。
それにしても、焦りであろうか?
普段の姉さんが見落とすはずは無いのだけどな。
「……メルが君に話したのかい?」
メニューからリンカさん宛のフレンドチャットを起動する。
そしてそれはすぐに通話可能状態へと移行した。
『いいや、僕は何も知らない。ただ、負い目を感じるのだよね?』
『何も知らない君に何が分かる?』
『どうかな。ただ、姉さんよりもリンカさんの気持ちを理解できるし、リンカさんよりも姉さんの気持ちを理解できると思うよ?』
姉さんが知らない、姉さんがリンカさんに執着する理由を僕は知っているし、リンカさんの置かれている状況と似た状況を経験しているからね。
『……そうか。だが、そうであれば私がそれを言えないという事も分かるだろう?』
『1つだけ聞かせて。姉さんの行為は迷惑なのかな?』
「そんなわけないだろう!」
反射的に発せられたであろうその言葉はフレンドチャットに留まらず、声として周囲へ響いた。
うん、そうだよね。
リンカさん、貴方が姉さんの親友であり僕はとても嬉しいよ。
「どうしたの、リンカちゃん?」
「ああ、ゴメンね。僕が少し怒らせてしまったんだ。リンカさん、ゴメンね」
「いや、こちらこそ大声を上げて済まないね」
さて、聞きたい事は聞けた。
ならば答えを返すべきだろう。
『ありがとう。だから1つ答えを上げる。姉さんのそれは恩返しなんだ。その恩を返してこそ、対等になれる』
『恩? 恩と感じられる程の事を私はしていないと思うが?』
『恩なんてその人がどう思うかだよ。たった一言、それだけで救われる事もあるんだよ?』
『それでは、返してもらう恩の方が大きすぎるではないか……』
そうだよね。
リンカさんは思い当たる節が無いだろうから軽い恩だと思っているのだろうね。
『そうでもないよ。それに対等な恩を狙って返すなんて、それは違うと思わない?』
『確かにそうだが……』
『リンカさんは気にせず、全力で解決すればいい。それで2人とも幸せに向かって進むことができる』
『……そうだね。そして、もし解決できればその時に恩を聞いてみよう』
聞いても納得は出来ないだろうけどね。
まあ、それは仕方が無い事だ。
それよりも……。
『リンカさん、もし、できれば、ではないよ。必ず解決できるから信じてあげて』
2人ともね。
『私とした事が少し弱気になっていたみたいだね。大丈夫、メルの事は信じているよ』
『それでは足りないかな。まあ後は自分で考えてね。僕がいう事では無いから』
『これでは足りないか……君は結構厳しいね。でも、ありがとう。おかげですっきりしたよ』
『それは良かったよ』
僕もリンカさんには感謝しているからね。
それにこれも1つの恩返しだ。
『ところで――』
『そう言えばリンカさんが僕を誘った理由が知りたいな』
危ない危ない。
どこまで予想できている?
そんな質問がきてしまったら答えなければいけないからね。
『わざと遮らなかったかい?』
『まあまあ。それよりも理由は聞かせてもらえるのかな?』
『ああ、説明しよう。その前に』
「アオ、少しこちらに来てくれないか?」
「何?」
そう言い、アオさんがこちらへと近寄って来た。
そして、僕を挟んでリンカさんの反対側に並んで歩き始めた。
う~ん、パーティチャットかな?
いや、フレンドチャットの同時起動が出来るのならばその可能性が高いかな。
「ユウ君」
アオさんのその言葉にそちらを振り向こうとしたその瞬間、リンカさんとアオさんが僕の手を握ろうとしたので反射的に避けてしまいそうになったが、なんとなそれを抑える。
これは危なかった。
だが、姉さんは見ていなかったようなのでとりあえずは大丈夫だ。
『いきなり手を握られるなんて、照れてしまうよ?』
『私は結構目が良い方でね。そしてこれが理由だよ』
う~ん……海に遊びに行った時だね。
「ユウ君、フレンドチャット」
その言葉と同時に、フレンドチャット受付ウィンドウが表示された。
そして現在のフレンドチャットに追加と、個別が選択できるようになっている。
そうか、切り替えるのか。
まあ今は同時で問題無いだろう。
巻き込んだのはリンカさんなのだから。
それにアオさんにも関係あるのだろう。
ウィンドウから追加を選択する。
『2人とも聞こえてる? 同時にフレンドチャットは初めてだけど、問題無いかな?』
『大丈夫』
『こちらも大丈夫だよ』
どうやら問題無いようだ。
そういえばこの機能はヘルプに書いてあったような気がする。
あまりにも使う機会が無いから忘れていたよ。
『それにしても、普通は美人に手を握られそうになれば緊張するよ? あと、抱き付かれそうになっても緊張するからね』
『行動を読まないでくれ』
『女の子が少し知っている程度の男相手にそんな事をするのは不味いと思うよ?』
『大丈夫だ。君は女の子にも見える』
『先輩、私困ってしまいます』
『先輩? そんなに老けて見えるかな?』
『老けて、ではなく大人に見える、だね』
身長やスタイルなどから考えてリンカさんの年齢を正確に当てるのは難しいと思う。
中身すら全体的に見れば年相応には見えないのだから。
『ユウ君、私は?』
『年相応かな』
どちらかと言えば雰囲気だけ見ると幼く見える。
だが、それも年相応の範囲内と言えるだろう。
『困る』
『大人と安心は別物だよ』
『メル?』
『違うよ』
『何故?』
『かまを掛けただけだよ。安心して』
『すまない、ついていけないのだが』
それはそうだろう。
姉さんですらリンカさんと同じ状況だと理解するのが厳しいはずだ。
『おっと、ゴメンね。ところで理由をまだ聞いていないのだけど?』
分かってはいるのだけどね。
それでも確認はしておきたい。
『自分で制御できるのだから気づいていない、では納得しないよ?』
『ユウ君、説明を』
『少し前までダンジョンに潜っていたから、僕を対象とした行動に対して敏感になっていたのかもしれないね』
『メルに対してはその反応が無かったと思うが?』
『姉さんは別だよ』
そう、姉さんならば別だ。
あの人は特別だから。
『リンカ、比較するならアーネかフウカでないと意味が無い』
『ミドリはダメなのかい?』
『ミドリ姉はこちら側』
『そうだったのか。まあこの前、東の安全地帯でも同じ反応をしたと思うが?』
あの時か。
ちょっと甘く見ていたな。
『突然後ろから手を握られそうになったら少し驚いても不思議はないと思うけど?』
『1人目のシンゲン君に驚かなくて、2人目の私に驚くのかな?』
『考え事をしていたのなら結果は変わると思うけど?』
『ユウ君、私の目を見て』
その言葉に振り向いた瞬間、アオさんの顔が間近まで近づいてきた。
すぐに少し下がってそれを避ける。
……やってしまった。
『アオさん、今回はたまたま気づけたから良かったけど、あまりにも近すぎるとぶつかるよ』
『動揺しない』
アオさんが強敵過ぎる。
絶対に避けなければいけない状況を作り出して動揺しないか確認する。
僕が本当に動揺するか、動揺した振りをすればどうなるか分かっていてもそれを実行するか……。
ああ、リンカさん1人ならまだ何とかなったかもしれないけど、アオさんと2人では無理かな。
それでも真実は話せない。
だから答えだけを用意しよう。
『大丈夫、僕は2人を嫌っていないから安心してほしい』
『それは良かっ――』
『違う、怖いかどうか。嫌われてないのは知ってる』
怖いほどに正確に、真実を突いてくるね。
やはりアオさんが強敵だったか。
『そうだったんだね。大丈夫、僕は2人ともを怖く思っていないよ。そうでなければ普段通りの状態で手をつなぎ続けるなんて無理だからね。そうだよね、リンカさん』
怖いのは2人では無いからね。
『リンカ?』
『確かに一度も心は乱れていないな』
『ならいい。疑ってゴメン』
『いや、謝る必要は無いよ。それで僕を誘った理由は、僕が3人を怖がっているか確認したかった、でいいのかな?』
そう、間違っていないのだから謝る必要は無い。
『私もすまなかったね。私は君に嫌われているかと思っていたから、それを確認したかったんだよ。メルの弟に嫌われているのならば解決しておきたいと思っていたからね』
まったく、姉さんに相談すればすぐに解決したのにね。
まあそれだと僕が少し困るのだけど。
『それではそろそろ解放してもらえるとありがたいかな。それとあの2人にも説明をしておいてほしいな』
少し前でにやにやしながらこちらを見ているアーネさんと、興味津々にこちらを見ているフウさん。
姉さんに相談していないのだから、あの2人に相談しているとは思えない。
なので絶対に誤解している。
それだと後が面倒なので誤解は解いておいてほしい。
『説明? 何故だい?』
『理由を知らない人がこの状況を外から見たらどう思うだろうね』
『……そ、そうだね! 私から説明しておくよ』
リンカさんが手を離してフレンドチャットを終了し、前に向かって走って行った。
そう、リンカさんだけが。
『アオさんもリンカさんの説明を手伝ってくれると嬉しいのだけどね』
『まだ終わっていない』
数回しか会っていないのだけどな。
内面を見る能力だけならマイさんよりも上だね。
『かまを掛けただけ、と説明したつもりなのだけどね』
『そこに辿り着いた理由』
『ミドリさんは姉さんと似ているところがあるからね。それが理由だよ。だからかまを掛けないと分からなかった』
『……納得?』
そこでこちらに聞かれても。
『ユウ君も同じ?』
……まさか。
ミドリさんも姉さんと同じ……いや、僕とアオさんが同じなのか。
……考え過ぎであろうか?
まあ確認したくは無いので諦めよう。
『似ているのかもしれないね』
『仲間』
『それにしても、君は人を信じ過ぎではないかな?』
『ユウ君ほどでは無い。それに人は選ぶ』
おっと、誰かフレンドチャットに参加するのだろうか?
姉さんやマイさんと違い、アオさんは表情に出してくれるから分かりやすいな。
『これは失礼、僕を信じ過ぎではないかな? まだ2回しか会っていないと思うのだけど?』
『ユウ君がそれを?』
そんなフレンドチャットへの参加を許可するタイミングを探さなくても。
仕方が無い、僕が作ろう。
楽しそうだからね!
『確かにそうかもしれないね。あ、ちょっとごめんね。メールを確認させて』
『問題無い』
アオさんとは反対側を向き、メニューからメールを開く。
そして運営からのメールを開き、それを真剣に読んでいると見えるように読む。
これで問題無いはずだ。
さて、参加したのは誰だろうか?
『お待たせ。途中でゴメンね』
『問題無い。ところでユウ君、この中で誰が一番魅力的?』
分かりやすいな。
『みんな魅力的かな』
『一番』
『僕は魅力を数値化できないからね。項目単位なら意見を言えるよ?』
『……容姿?』
これはアーネさんか。
『そうだね……例えばアーネさんならばバランスの取れたスタイルと可愛らしい顔が親しみやすいのではないかな?』
『そう。他は、性格?』
これはフウさんだろうな。
そうなると、後2人かな?
いや、3人か。
『そうだね……例えばフウさんならば真面目で優しく、良いお姉さんタイプではないのかな?』
甘いに片足を踏み入れているけどね。
まあ優しいの範囲内だとは思うから問題無い。
『そう。他は、抱き付きたくなるのは?』
これが姉さんか。
姉さんに返しても面白くないので他の人にしよう。
それにそろそろ逸らさないとばれてしまうからね。
そうなるとここは……先制攻撃かな。
『そうだね……例えば特に何も反応を示さなそうに見えて、実際に抱き付いたら撫でてくれそうなミドリさんではないかな?』
『そう。他は…………』
先制攻撃成功です。
それにしても、この中だと言ったのだからここは否定しなければばれると思うのだけどね。
まあいいけど。
『料理?』
『そうだね……例えば料理が上手く見えても、実際は下手で、それでも頑張って作ってくれそうなミドリさんかな。まあみんなの料理を食べたことが無いから想像だけどね』
勿論、姉さんは別だけどね。
『そう。最後に手を繋ぎたい相手は?』
『そうだね、隠れて会話を聞いている相手の手を気付かれない様に握ってみるのが面白いと思うよ』
『だから言ったのに~。ユウ君にはばれるって』
『そうだけど、ユウ君が恥ずかしがりながら答えるところが見てみたかったんだよ~』
どうやら主催はアーネさんだったようだ。
『アーネとフウは反撃された』
そうだね。
2人とも一瞬動揺したのが見えたからね。
『ミドリちゃんもね』
『え? 最初から気づいてたの!?』
『3つ目と5つ目以外は本人に返ってるでしょ? それにユウ君が言ったのは一般意見の1つだよ』
『恥ずかしいです……』
『まあ隠れて聞いていたこちらが悪いのです』
さて、質問はしなかったけど参加していた2人の内、隠れている1人を炙り出しておこう。
『ところで作業前の気分転換にはなったかな?』
『……あはは』
やはりマイさんも参加していたか。
『ところでリンカさん、説明は終わったのかな?』
『その結果がこれだ。すまなかったね』
『いや、心遣いありがとう』
僕はあくまで姉さんの弟、だからね。
早く馴染めるよう、そういう事だろう。
『私は隠れて君の反応を見ていただけだよ。それにしても少しくらいは恥ずかしがってもいいのではないかな?』
『それも面白そうだったけど、ばれそうだったから止めたんだ』
『まあメルちゃんにはばれるよね~』
残念、姉さんにはばれるのは確定なのでそこで止めたりはしない。
どちらかと言えば姉さんはこちらの味方になってさらに楽しむから。