193―ユウの世界4―
完全に潜った先に広がっていたのは和風の部屋。
足元を見ると靴は存在していない。
良かった。
部屋の畳に土足は出来るだけ避けたいからね。
あらためて部屋を見渡すと、部屋の隅には少し大きな箱と布団、ちゃぶ台、座布団が存在していた。
それでも、結構広い部屋なのでまだ余裕がある。
さて、他も確認していこうか。
部屋のドアを開け、廊下へと出る。
家全体を確認してきたが、全て問題無く追加出来ていた。
これは快適に過ごせそうだ。
まあそれよりもダンジョンに行きたいのだけどね!
次に家の外を確認する為に玄関から外に出る。
魔物の歓迎を少し期待したが、特にそんな事は無く普通の大地が広がっている。
地面はむき出しの土で、空は少し雲の浮かんだ青空。
家の近くには小さな魔方陣が地面に存在している。
そして遠くを見ると、それはどこまでも続いているように見える。
「遠くに見える空や大地は本当に存在しているの?」
<このエリアの境界から違和感の無いイメージ空間を映し出しているだけです。エリアの端に到達すればそこから先へは進むことができません>
「そうなのだね。ありがとう」
そうなると、西の試練でゴーレムと戦った空間と同じ感じなのかな。
まあ黒い壁が遮ったりしているよりも遥かに良いのでありがたい。
さて、特に何かがあるわけでも無いので元の世界に戻るかな?
集合時間まで残り少ししかないし、余っているポイントも今使う必要はない。
「うん、これは良い世界だね。お勧めを聞いてみて良かったよ。ありがとう」
<喜んでいただけたなら私も嬉しいです>
その声は本当に嬉しそうだ。
やはり、僕専用のサポートAIなのだろうか?
そうなるとプレイヤー全員に専用のサポートAIがついている事になる。
さらに今は時々だが、イベント開始時の言葉から、このイベント中に常時サポートしてくれるようになる可能性は低くない。
まあ楽しみに待っておこう。
「それではそろそろ元の世界に戻るね」
<了解しました>
家の2階、廊下の奥。
そこの床には魔方陣が存在している。
ここに乗れば元の世界に戻れるはずだ。
……やはりこの移動はドアがいいな。
今度ドアを設置しておこう。
外の魔方陣も小屋か何か設置してドアに変更しよう。
ドアを開く手間が無く移動できるのは急いでいる時は便利かもしれないが、ここは安全地帯なので魔物に追われたりしてドアを開く手間が惜しいほど急いで移動する事はあまり無いだろう。
「それでは、またね」
<はい! お待ちしております>
どこで待っていてくれるのかな?
ここの可能性は低いだろうから、新しいダンジョンなのだろうか?
まあ行ってみれば分かるか。
魔方陣の上に乗ると景色が変わり、ドアが沢山ある廊下のような場所に移動した。
どうやら移動元の家の2階、さらに僕が接続したドアの前に戻ってきたようだ。
やはりドアを潜る方がいいな。
次回は忘れずに設置しよう。
まあドア設置して、それを潜っても同じ結果かもしれないのだけどね。
さて、集合場所へ移動しよう。
マイさんは凝る方だと思うので、追加は集合の後にして既に待っているかもしれない。
急ごう。
家から出て神殿を見ると、そこにはマイさんを含む見知った7人の集団が見えた。
そしてその内の1人がこちらに向けて走ってくる。
その1人は僕に近づいてきて、僕を抱きしめた。
「ユウ君~」
「姉さん、こちらに来ていたのだね」
「丁度さっき来たんだよ。そうしたらマイちゃんが神殿でユウ君を待っているって言うから一緒に待っていたの」
僕達と同じタイミングでクリアしたのか、何度か転移先を確認していたら僕がいるエリアに移動できるようになっていたのか、それ以外か。
姉さん達ならば時間は掛からないはずだから、数日前から確認していたのだろうか?
いや、これは……。
「姉さん、もしかして海エリアで少し遊んでた? 確か森の奥の海では魔物が出現しなかったよね?」
「勿論遊んでたよ」
多分、1日単位で遊んでいたのだろう。
それでいてこの速度なので、流石と言うべきだ。
「あれ? メルさんはユウのお姉さんだったの?」
「言ってなかったかな? 私はユウ君の姉だよ~」
言ってないのは知っていた。
それにしても、ゲーム内だから気付かなかったのだろうね。
現実であればマイさんならばすぐに僕達が姉弟だと気づいていただろう。
容姿が変更できるゲームだからこそ、その姿から判断するのは微妙だ。
だからこそ、行動や言動から判断しているのだと思うのだけどそれでは分からないだろう。
「マイちゃん、私とユウ君がどういう関係だと思っていたのかな? 怖くないからこっそり教えてみない?」
姉さんは楽しそうにそう問いかけながら僕を解放し、少しは慣れた位置へ移動して手招きをし始めた。
「知り合いかな~と思っていたよ?」
残念。
それでは姉さんを突破できません。
「知り合い、便利な言葉だよね。親密度合が低くても高くてもその言葉で片付いてしまうからね。ね、マイちゃん?」
うわ~、良い表情だ。
普通に微笑んでいるだけに見えるが、絶対に楽しんでいる。
「友達、親友、恋仲、相棒、姉弟。そのどれをとっても知り合いだね」
ふむ、恋仲だと思っていたのか。
そうだとしたら、いつから演技を始めていたのだろうか?
マイさんと話している時の姉さんは見ていないので分からないけど、マイさんが勘違いする程だから演技をしていたのは間違いないだろう。
それも少し知っているだけを通り越して、さらに友達と親友すらも超えて恋仲。
演技をしていないはずは無い。
「その中なら友達が当てはまると思っていたよ?」
この状況でほとんどいつも通りの表情をしているマイさんも凄いな。
「マイちゃん、私でも違うってわかるよ。さあ、吐いてしまった方が楽になるよ?」
アーネさんも結構人を見ているからね。
姉さんが僕に抱き付いた時に少し動揺したのが分かったのだろう。
「まあまあ、別に恋仲だと思っていても問題無いではないですか。それよりもこの後はどうします?」
ミドリさんが止めを刺しつつ助け舟を出したところ、マイさんが少し涙目になった。
そこに近づく姉さん。
「まあまあマイちゃん。見事なポーカーフェイスだったよ?」
そう言い姉さんがマイさんの肩をポンポンと叩いた。
「うう……そ、そうだよ。恋仲だと思っていたよ」
「マイさん、その2つは両立出来る。だから間違いとは限らないはずだよ?」
「ユ、ユウ!?」
両立しているとは言っていない。
「まあ冗談は置いておいて、ミドリさんの言った通りこの後はどうするの?」
「皆で新しくできたダンジョンに行ってみる?」
「私は自分の世界で生産活動をしたいです」
アーネさんがダンジョン、ミドリさんが生産か。
「私も生産活動をしたいかな。依頼もあるからね」
マイさんはどうやら僕の依頼を優先してくれるようだ。
「私はダンジョン」
「私もダンジョンに行きたいです」
アオさんとフウさんもダンジョンか。
姉さんとリンカさんはダンジョンだろうから、これで決まりかな。
僕は1人でダンジョンに行ってこよう。
「それじゃあミドリちゃんとマイちゃんが生産活動、他の皆がダンジョンだね」
「ユウ君、君はどうするんだい?」
「僕は1人でダンジョンだよ」
「それなら私達と一緒に行かないかな?」
う~ん……リンカさんの頼みは出来る限り聞きたいが、これは難しい。
マイさんならともかく、他の少女と一緒に寝泊りする可能性があるのならばそれは避けるべきだ。
相手側が良く思わないだろうからね。
そして姉さんとリンカさんの友達ならば尚更良くない。
今回は僕を思っての行動だと思うので、気持ちはありがたいが諦めてもらおう。
「誘ってもらえたのは嬉しいけど、今回は遠慮しておくよ」
「リンカちゃん、ユウ君は男の子なんだよ?」
そうなのです。
男の子なのです。
「それは知っているが、何か問題が? 女子に囲まれていても君ならば緊張しないだろう?」
リンカさんの基準は戦闘のようだね。
確かに戦闘中に緊張するようではダメだ。
そして僕はその程度では緊張しないだろう。
なので戦闘面だけで言えば問題無い。
「リンカちゃん、違うよ。ユウ君が気にしているのはそこじゃない。1個目のダンジョンと同じく、同じ場所で寝泊りする事になった時にこちらが気にしないかどうかだよ」
「ああ、それがあったか……考えが至らず、すまない」
「リンカ、レギオン。それで問題無いはず」
アオさんはそれに気づいていたのか。
僕もその案は思い浮かんでいたのだけど、僕から言い出しては意味が無いと思って言えなかった。
だが、あちらの誰かが言ったのならば問題無い。
あとはあちらの2人が賛成してくれるかどうかだ。
「レギオン? ああ、そうか。ありがとう、アオ。皆はそれで問題無いかな?」
「私は問題ありません」
「私も問題無いよ!」
「ユウ君、これでどうかな?」
これならば僕としても問題無い。
それに従魔達も召喚していられるのでありがたい。
「ありがとう、皆。それでは同行させてもらうね」
「うん、決まりだね! それじゃあ30分後にここに集まって出発しようか」
姉さん達と一旦別れた後、マイさんに依頼の素材である浮遊核を渡した。
「それではマイさん、お願いね」
「任せて。君は完成を楽しみにしてダンジョンをクリアしてきてくれればいいよ」
「うん、ありがとう。急ぐ必要は無いから、きちんと休憩と睡眠は取ってね?」
再度、黒騎士と戦えるかすら分かっていないのだから、無理をして急ぐ必要は無い。
それよりも、体調を万全に整えて満足できる加工を行ってほしい。
「君は心配性だね。でも、ありがとう」
そう言うマイさんの表情は柔らかに微笑んでいた。
そこに気負いは無い。
これならばいい結果が待っているだろう。