―――151―――
初めて会ってから数日後、再度あの少女と会うことになった。
会う理由は以前約束した素材の受け取りだ。
そしてこの時、誰も信じられなかった私は彼を心の底から信じることができた。
カフェに入るとあの少女は椅子に座り、ココアを飲んでいた。
この時はまだ、以前と同じであった。
少女が持ってきた素材の量は常軌を逸していた。
3日。
それだけで以前の数倍の量を入手してきている。
この素材は入手可能な時間が限られているので、最初はログイン時間を分けたのかと思った。
だがその少女は2回で入手したと言う。
言葉だけ聞いていると信じられなかったのだが目の前の少女がこの程度の事で嘘を付くはずがない。
前回でそれは理解していたので自然とその言葉を受け取れた。
どうやらあの子が私達の知り合いだとバレてしまったのは確定だ。
少女は隠す事なく、それを教えてくれた。
そして少女に聞いた、それを教えた時のあの子の反応は予想通りだった。
そう、予想できなくてはいけないのだ。
あの子達の近くにいる為には。
依頼されていた防具の進捗報告。
いくらあの子の知り合いと言えど、順番は守ってもらう。
目の前の少女もそれは理解している。
"私達はもう知り合いでしょう?"
そう、知り合いなのだ。
他人より少し近いだけ。
私の周りは全てそう。
そして、あの時の私はそれすら諦めようとしていたのだろうか。
求めていた色は輝きを増し、望んでいた色にならない事を心の底で理解していたのだろう。
それでも、認めたくなかった。
それが最後の砦であった。
だが、彼はそれを崩してきた。
まるで連れ去られた姫を助けるかの如く、最高の形で。
その時、少女は既に強敵を倒して新たな素材を獲得していた。
私では勝てなかった強敵に。
目の前の少女は戦闘系、私は生産系。
それでも、負けてしまった。
以前は気にならなかった事だが、最近は負ける事を妙に意識してしまう。
少女は強敵の倒し方を私に、教えると言う。
独占も可能なはずだが、少女は繋がりを優先した。
この子は繋がりの大切さを知っている。
そう感じた。
……そういえばこの時、彼は従魔だけを突入させるのが嫌だと言っていた。
私にとってこれは、大事な言葉だったのかもしれない。
無意識へと染み込むその言葉。
彼は意識して発言していたのだろうか?
ふふっ。
彼ならばあり得そうだ。
そして目の前の少女へと依頼をした。
この少女と話していると気が紛れる。
周りの誰と話すよりも、この少女と話している時が一番マシだ。
だからこそ、話す機会を増やす為に依頼をした。
我ながら良い行動であった。
おかげで今、彼と一緒にお菓子を食べることができているのだから。
話しついでに目の前の少女の本音を少しだけ聞き出そうと思っていた。
私ならできる、この時はその自信があった。
私の努力は伊達では無いのだ。
何が起こったのだろうか。
目の前の少女の言葉に、私が困惑している。
あの時以来、一度も無かった事だ。
怖い。
その少女は普通の人には意味の通じないであろう言葉、そして私には意味が理解できる言葉だけを使っている。
確実に、私が意味を理解していると分かっていて使っている。
そしてその言葉は、私の最後の砦へと侵入してくる。
一切迷うことなく、砦の反撃など無意味であるかの如く向かってくる。
私でさえ知り得なかった、本当の私が隠れ住むその場所へと。
逃げ道は塞がれていく。
その少女は入り口以外の全ての扉を消していく。
そして、最後に残った入り口をノックする。
自然と、手が扉へ向かい、その出入口を開いた。
そこに待っていた少女は、手をこちらに差し伸べ、ごく自然に私へと笑いかけてくれた。
今思い返すとあの時の彼は、私の周辺まで考えてくれていたのだろう。
そうでなければ意味の通じ難い言葉を使う理由は無い。
私にだけ分かる、周りには分からないその言葉。
その少女の手を取った瞬間、視界が一気に開けた気がした。
今まで見えなかった事が分かるようになった気がした。
数多の声が聞こえるようになった気がした。
いや、自分で塞いでいたのだろう。
その目を、その耳を。
あの時は塞がれていたその目。
あの時は塞ぎたかったその耳。
あれ以前よりも輝いて見える世界。
あれ以前よりも心地良い音。
今思うとこれで惚れない方がおかしい。
なので私は可笑しいのだろう。
私が彼を信じられる一番の理由。
それは彼が私を理解してくれているから。
そして1人目の友達であるから。
「このお菓子、美味しいね」
「そうだろう? 何と言ってもユリちゃん手製のお菓子だからね」
それにしても、今は怖い程に男の子に見える。
以前は女の子にしか見えなかったのに。
どうなっているんだろうね、これは。
まあ、今の私にとってそこは重要じゃない。
「おや、眠いのかい?」
先程からその傾向は見えていた。
まったく、私にあれだけ無理をするなと言っておきながら、自分が睡眠不足とは。
「ゴメンね。少し、眠っていいかな」
「膝枕をしてあげようか?」
足を膝枕の体勢にし、ポンポンと叩く。
ふふ。
たまには焦るがいい。
「ありがとう」
そう言い彼は立ち上がり、私の近くへと来た。
……え?
ちょ、ちょっと!?
「少しだけ、お願いするね」
そして彼は私の膝に頭を乗せ、眠り始めた。
まさか逆に焦らせられるとは……。
油断ならないな。
でも、嬉しいかな。
彼も私に気を許してくれている。
……あれ、待て。
確かレンちゃんも寝ている場面を見ていたと言っていたね。
……少し、残念だな。
まあそれでも、嬉しい事に変わりは無い。
ああ、なんでこのゲームにはログイン時間制限があるのだろうか。
それさえなければ毎日、終日ログインして一緒に行動し、話していたい。
信じられる相手がそこにいる。
それはこんなにも安心できる事だったんだね。
でもそれは叶わぬ願い。
現実で……いや、それはいけない。
あの自然な白い髪と赤い目。
さらに私と同系統の才能。
そして私を理解できた。
彼も、私と似た境遇では無いのだろうか?
そうなると多分、会ってはもらえないだろう。
それどころか、嫌われる可能性が高い。
そうなればこちらでも会ってもらえなくなるだろう。
現実では無い、仮想の体を持った仮想世界だからこそ、この幸運は成立したのかもしれない。
今を知っていしまった以上、もう戻りたくない。
この幸運、大切にしなければ……。
彼の寝顔を見ていると私も眠たくなってきた。
そう言えばここ最近、あまり寝ていない。
それでも以前よりは眠れている方だが。
……まあ彼も寝ているのだから、少しだけ寝てしまってもいいだろう。
何、彼よりも早く起きればいいだけだ。
そして私が熟睡する事はめったに無いので、私の方が早く起きられるだろう。
少し勿体ない気もするが、この後の時間がさらに快適になるのならばその方が良いだろう。
『……』
『……』
『……』
真っ暗な空間。
聞こえる雑音。
また、いつもの夢だ。
あの日以来見なくなっていたこの夢。
何故、今見てしまうのか。
動かない体で耳を塞ぎたい。
彼のいないこの空間で、さらにこの状況で耳を塞がない理由は無い。
『……』
『……』
『……』
『~~』
あれ?
これはいつもと違う夢?
何て心地のいい音。
悪夢かと思っていたけど、どうやら違うようだね。
これも彼のおかげなのかな。
『~~~~~~』
夢の中でさらに眠ってしまいそうだ。
そういえば、彼も良い夢を見られているだろうか?
そうだといいな。
おっと、本格的に寝ていたみたいだね。
いつ以来だろうか、熟睡できたのは。
そうだ、彼はもう起きてしまっただろうか。
この心地よさにこのままでいたい気持ちはあるが、彼よりも先に起きていないといけない。
それに寝顔をもう少し堪能したい。
意を決し、目を開けると天井が見える。
……天井が見える?
え?
「おはよう」
こちらを覗きこんできたその顔はとても、とても良い笑顔だ。
そう、とてもいい笑顔なのだ。
あれ~?
これは……妖怪の仕業か?
そうに違いない。
「あ、おや」
――その言葉に急いで飛び起きる。
そして部屋を見渡すが、親方はいない。
「どうしたの? それよりもおやつ無くなるよ?」
……お主、謀ったな!
ふふっ。
良い性格をしている。
「そう言えば、先程レンさんが」
――知っている、もう引っかからない。
「来てたよ。ただ、すぐに帰ったから用事があったのかもしれないね」
……。
いや、それよりも不味い。
見られた、だと?
私が、ユウの膝枕で寝ているところを?
不味い、顔が真っ赤になっていそうだ。
……こんな事で気持ちが揺れるのも久しぶりだ。
これが普通の日常なのだろうか。
分からない。
それを知るには今の私は経験が足りていない。
まあそれはこれから経験を積めばいい。
私はもう、それを体験できるのだから。
「まあ、廊下で引き返したから親方に呼ばれた可能性が高いかもね」
私の今の感情、それはさながらジェットコースターのようだ。
本当に、いい性格をしている。
「とりあえず座ってお菓子を食べないかな?」
その言葉にユウの対面へと座ってお菓子へと手をのばす。
目の前にいるユウの表情は、とても嬉しそうだ。
本当に、君は良い性格をしているね。
一部、出す予定の無かった話が含まれています。
申し訳ありません。