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落ち着く。
彼といると妙に落ち着くのだ。
その理由は分かっている。
まず、あの声。
人に安らぎを与えるあの声だ。
そして今のその声は私専用。
本当に僅かな、普通の人であれば気づかない程度の違いだけど、私に合わせてくれているのは理解している。
最初に出会った時や、あの子達や親方が相手の時とは違っていたからね。
これは私だけが友として認められているからだろうか?
ふふっ。
嬉しい事だよ。
それにしても、天性の才能だろうか。
そうであれば、羨ましいな。
私も真似事は出来るがあそこまでは至っていない。
数回しか会っていない相手に合わせて調整する等、どこまでの才能だろうか。
さらに動画でしか見ていないが、あの時は全体に合わせていた。
出来るだけばれない様に声自体を変えて。
一体何人が気づいていたのだろうね。
そしてその効果は絶大であったのだろう。
戦意を喪失している人を立ち上がらせるのだ。
見知らぬはずの、その声だけで。
それだけでは無い。
あの声は動画で見ていた私の心すら高揚させたのだ。
それも違和感なく。
普段の私は高揚することが殆ど無いが故に気づくことができた。
それ程に自然に。
多分、これが無ければ彼と会おうとは思わなかっただろう。
あの子から聞いていた彼女は、私からしてみれば普通の範囲内であった。
あの子のような純粋さは無い。
あの人の様な戦闘力は無い。
親方の様な技術は無い。
そして普通であれば、無理をして会う必要は無かった。
一応、私はこれでも防具作成者として人気がある方だからね。
だけど、あの声には少し興味を惹かれた。
私と同等か少し下程度の能力。
あの時はそう思い、一応確認しておこうと考えていた。
最初の出会いは馴染みの鍛冶屋であった。
あの子が弟子入りし、技術ある親方の鍛冶屋。
そしてそこにやって来たのは白い髪に赤い目の少女。
動画ではよく見えなかった、その顔が露わになった瞬間だ。
今思うと恐ろしい。
事前に違う情報を持っていたとしても、私すら騙せる程の容姿。
あの姿は男の子と言われれば男の子に、女の子と言われれば女の子に見えてしまう。
ただ、彼自身は隠すつもりは無いようだ。
よく観察してみれば、男の子の動きだと分かるのだから。
その少女は多くの素材を準備してきていた。
知っている物が殆どであったが、一部私ですら知らない繊維素材があったのだ。
そこで繊維加工者としての興味を惹かれた。
さらにその少女はそれを使って新たな試みを試してほしいと言ってきたのだ。
繊維加工者としては、引けない。
私が未知の素材を見聞している時、少女はあの子を遊びに誘っていた。
その時は問題無いと思っていたが、今も問題無いと思っている。
それよりも、私も行きたい。
今であれば心からそう願う。
正直に言って、素材を見たくらいでそれが作成できるかは分からない。
今回も一応素材を確認したが、完全に作れるとは言い切れない。
いつもなら断るところだが、この時は作れない可能性がある事を確認して引き受けた。
もしかしたら未知の素材に興奮していたのかもしれない。
……あ!
そうか、この時には既にあの声の罠に掛かっていたのか。
まったく彼は。
そしてその少女はこちらを試すかのように、必要以上の素材をこちらに渡し、最高の物を要求してきた。
まあ、実験用として渡されたのだろう。
さらに新しい道具を考案してきた。
防具用の素材としか見てなかった繊維素材をあのように使おうとは、私では思いつけなかったかもしれない。
あちらが先に知っていたからとはいえ、悔しい事だ。
その後、定期的な素材提供を依頼料にしたのだがその少女は迷うことなく引き受けた。
期限を指定せず、完成するかすら分からないのに。
あの時は不用心だと思ったが、今は違う。
既に私の性格を知られていたのだろう。
そしてここでも試されていたのだろう。
その少女と鍛冶屋で別れる際、予定通りその少女に探りを入れることにした。
一応今後もあの子と繋がりがあるのだ。
もう少し確認しておく必要はある。
この時、口調も変えた。
この年の少女ならばこちらの方が心を開きやすいと考えての事だ。
今思えば、完全に無駄であったが。
場所はお気に入りのカフェ。
あの子が弟子入りした場所だ。
そしてあの子の友達も呼んで準備は万端だ。
少しでもボロを出せばこの子たちは黙っていない。
いきなり、不意を突かれた。
貴重な未知の素材。
その入手方法を教えてもらえるとは思っていなかった。
あの子に好かれる為に、私を味方に付ける?
それとも私自身に好かれる為?
自分で言うのもあれだが、容姿も外向けの性格も悪くは無い。
あの子は人を選ぶが、その先を行く。
そんな私達と仲良くなれれば利用価値は高いだろう。
だが、目の前の少女はそんな事を考えているとは思えない。
疑問に思い理由を聞いたところ、忙しい中依頼を引き受けてもらったからだと言っていた。
どうやら私相手の機嫌取りだったようだ。
その理由であれば教えてもらおう。
この時はそう考えていた。
それにしても、彼は本当に美味しそうにココアを飲む。
見ているこちらの気持ちが緩みそうだ。
……まさかこれも?
いや、流石に無いか。
その少女が一旦店を出た。
少し連絡をしてくると言っていたが、店内を確認しなおしたのだろう。
素材の入手方法を教えてもらう際に周りには詳細が分からない様にしていたところから、周りも気にしている事も分かっていた。
そして、店に入って来た時の動きからも予想は出来た。
そこでバレてしまったのなら早めにと、あの子の話を聞くことにした。
もしかしたら、この時既にボロが出ない事を確信していたのかもしれない。
ばれた。
そう確信できる程にあの子達の動きはバレバレであった。
君達、ばれない様にって自分で言ってたよね?
さて、どうでしたか。
それが話し終えた少女の言葉であった。
これはあの子の近くにいてもいいか、それを聞いているのだろう。
この時、私は彼に酷い人物であってほしいと願っていたのだ。
壊れかけの私は既に限界に近かったのだろう。
それと同時に良い話し相手を見つけたとも思った。
普段、身近にいる相手と話すよりも面白い。
目の前の少女は笑っている。
多分、私も笑っているのだろうね。
別れ際、少女に1つ提案をした。
依頼の防具の1つを服にしないかと。
私としては本職は服なのだ。
全力を出すのならばそちらが良い。
それに、この少女にはもう少し良い服を着てもらいたい。
初期の服装なんて勿体ない!
服にすることを了承してもらい、希望を聞いたところすべて私に任せると。
この時は事前に調べていたのかと思っていた。
そうでなければ私の腕を試しているのだと。
最後に気になることを聞いておいた。
1つ目は何故、同じ依頼をしたあの子に素材の情報を教えなかったかだ。
理由は簡単であった。
目の前の少女はあの子をよく見ていた。
それだけだ。
そして彼は私をよく見ていた。
そうであったのだろう。
2つ目は先程の件。
服の全てを私に任せた理由だ。
その少女は違う言葉を使い、あの子が信じている私を信じると言ってきた。
今思えば、これは危なかった。
あと少しで壊れるところだったよ。
……ワザとかな?
ワザと、私が壊れる直前まで持っていき、そして吐き出しやすいように仕向けられた?
それは考え過ぎかな?
何故、切りがいい数字の時は別視点になるのでしょうか。
あと1話、別視点となります。