第一幕 彼の府中入り
七色の紙風船が、風にまかれて飛んでった。
〈鬼の子、鬼の子〉
ちょうど町町の境界辺りに建つ境内のところで、数人の子供が寄り集まってなにかしている。
秋口のうすら寒い風が通る中、にたにた笑いの子供たちが、一人の少年の背中を蹴った。
〈やだ、鬼の子、ここに来るな〉
〈鬼は鬼の村に帰れ〉
投げた石が頭にあたり、倒れたところ腹を蹴られた。
多勢に無勢で少年は丸くなって体を守ることしかままならない。
やがて大人がやってきて、子供を連れて去っていく。
〈鬼の報復がきたらどうする〉
倒れたままの少年にはだれも寄り付かない。
頭からはあったかい血が出ている。あざだらけの体を起こして、少年はよろめいて紙風船を拾いに行った。
〈あ……〉
拾いあげたそれは、ぺろりと開いて一枚の紙になってしまっている。
〈破れてしまってる……〉
少年のぼんやりとした呟きが、曇天の下で、やけに寂しく響いていた。
「困ったな」
からっとした快晴が頭上に広がる。義太郎は額の汗をぬぐい手元の地図にもう何度目か、目を通した。
もう三刻は歩いたのにちっとも目当てのお屋敷が見えてこない。
「天神府中は地形がややこしいというのは本当だったのか……」
ほとほと困りきった様子でため息をつき、ついに目に入った茶屋に腰を据えた。
義太郎。年の程は十六、十七。絣の上に袴といったなりで、道中についた汚れが見える。
「お客さん、どうぞ」
店の娘が運んできた茶を、礼を言ってからいっきに飲んだ。冷たい一杯に気持ちが幾分冷静さを取り戻す。さらに一服を頼んで、ひざの上に地図を広げる。
茶をさしだす娘がそれを見て、
「お客さん、ここらに用事?」
と聞いてきた。年が近そうでいかにも人の良さそうな、言い換えるといなか者といった義太郎の雰囲気に、娘は気が軽い。
「はい、そうです」
義太郎はちょっと照れて丁寧に返した。その態度に娘はさらにこの青年に興味をもったようで、彼の地図をのぞいて見る。
「府中には初めてのようですね」
「ええ、だから迷ってしまって。府中は道が入り組んでいますね」
義太郎は苦笑する。天神府中といえば国の要、つまり大都会である。対して義太郎の故郷は規模は小さく、この都からははるか北にあり、初めて国許を出てきてやって来たのが府中とは、誰が聞いても驚く所業だった。
「どこに行きなさるの?」
「このお屋敷なんですが、わかりますか」
地図の一点を指差して見せると、突如娘の顔色が変わっていく。
「どうなされた」
慌てた義太郎の前で、娘は口を開けたり閉めたりする。そして一回つばを飲み込んでから、
「それならこの道をまっすぐ行って……、広い通りに出たらそこを沿って行かれれば……」
「あ、ありがとう」
それだけ言って娘は逃げるように奥にひっこんでしまった。義太郎が銭を払うときに呼んでみてもいっこうに出てこなかった。
義太郎は娘に教わったとおりに歩を進めているが、先刻の娘の態度の変わりようが気にかかって仕方が無い。彼は目指すその屋敷について何も知らされていないからひどく不安になってきてしまった。
(いったい、これからおれが向かう所はどういった所なんだ)
一抹の危惧を胸に、しかしわずかに高揚する気持ちをもって、義太郎は目的地へと歩く。
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