剃刀に託した願い
誰かのふとした一言に、自分の世界が揺らぐことがあります。
それは客観的な事実なのか、それともただの悪戯なのか。昭和の香りを残す名前と純粋すぎる心を持つ主人公・京子が、現代の無神経な言葉とAIの回答に振り回される、少し奇妙で切ない日常の断片をお届けします。
鏡の前に立つ彼女の戸惑いと覚悟を、どうか静かに見守っていただければ幸いです。
京子は、ひとつ、溜息をつく。さっき買ってきたばかりの剃刀を手にして、ドレッサーの三面鏡を見る。
自分が3人に分身していた。
剃刀の刃を覆い隠す保護カバーを取り外す。刃先は不気味に明るい銀色に光っていた。
━━でも、なんだかリアリティがない。
朝からの自分の行動に一貫性はなく、リアリティを感じさせてくれない朝なのだ。
京子は自分の名前が気に入らなかった。キラキラネームをつけろとは言わないにしても、この昭和の面影が残るような古風な名前がたまらなく恥ずかしいのだ。
すべてが気に入らなかった。朝ご飯のメニューも、昨日レポートを提出しろと強く言ってきた教授の顔も。無愛想なコンビニ店員も。今日に限って9時前にやって来た可燃ごみの収集車も。あいつの態度も。
京子は、覚悟を決めた。あいつに遭ったら文句のひとつも言いたくなるだろう。
まず、お湯に浸したタオルで顔の素肌を蒸らしていった。柔らかくなったと思えたところで シェービングフォームを塗った。それから、剃刀を再び手に取った。
あいつ=カレシは昨日の夜にメッセージを、スマホに送ってきた。
━━お前最近、やんか毛深いな
いいなりそんな不躾なことを言ってきたのだ。
え?
わたしは呆気に取られた。そんな言われ方をはれたことなど未だかつてなかった。
半信半疑で頬に指を這わせてみたが、確かに産毛が生えているようにも感じた。しかし、言われる程でもないよな気もした。━━こんな顔でわたし、表を歩いていたんだ……。顔が赤くなる。
━━明日のデートの時までには剃っ説いてな。
彼は優しく言う。そうしてこんなことをつけ足したのだ。
「俺、パイパンが好きねん。そっちの方面もきれいに剃っといてえな。よかろ?」
、と。
「ぱいぱん?」
京子が問い返すと、
終話のあとで、言われた通りAIに訊いてみたが、その答えは京子には、センセーショナルなものであった。
これはもしかして彼からの悪戯だったのではないかと思いながらも彼に嫌われるのが怖く、入浴中にその要望に応えるべく、剃刀を素肌に当てたのだった。
AIによればそれはそんなに珍しい行為でもないらしい。
京子は純真無垢に近いのだ。そんな熟語 も 最近はあまり聞かないけれど、京子というのは名前に負けず劣らず性格も古風で純粋な女なのかもしれなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
今回は、純粋でどこか古風な主人公・京子が、恋人の何気ない(そして少し不躾な)一言に戸惑いながらも健気に立ち向かう(?)日常のひとコマを描いてみました。
「パイパン」という衝撃的なワードに翻弄され、素直にAIに検索してしまう京子の純朴さと、三面鏡の前で葛藤するリアルな心理描写を楽しんでいただけていれば幸いです。
昭和的な名前にコンプレックスを持ちつつも、どこか憎めない彼女の恋の行方を、これからも温かく見守っていただけると嬉しいです。
次回もぜひお楽しみに!感想や評価もお待ちしております。




