終わらない悪夢
杜乃宮学園二年A組、180に迫る長身と握力198kg、デッドリフト450kg、ベンチプレス260kg、マラソン2時間01分25秒、これをスキルなしでこの記録を打ち出した上これでまだ発達途上の少女がいる。
彼女は運動神経と筋力、動体視力が人並み以上に発達している『超人体質』の持ち主だった。
しかし、彼女は恥ずかしがり屋の若干のコミュ症でもあった。
(ま、また来てるーー)
潤は真那華が自分を何度か訪ねて来た事は知っている。
しかし、このクソガキには関わってはいけないと潤の勘が告げているのだ。
その為、放課後は即刻走って帰宅している。
その走力と持久力は例え陸上部の男子高校生でも追いつけない程に速い。
しかし、今は昼休みのエンカウントを回避する知恵を絞るほど潤は賢くない。
何故なら潤は天然と脳筋のハイブリッドである。
悩んだ時は自分のフィジカルとパワーで解決して来た。
だからこそ、ここの最善の解答は逃げの一手である。
今までこれで、振り切れなかった者などいない。
逃げ足には特に自身があった。
そして、逃げ込むようにトレーニングルームに入る。
(何で?どうして?僕が一体何かした?)
潤は真那華が何度も訪ねて来る理由を考える。
(まさか!お姉ちゃんが何かした?)
潤はバーベルを持ち上げスクワットを開始する。
(いやいや、お姉ちゃんに限ってそんなこと・・・)
潤は悩んだり考え事をする時に筋トレを始める癖がある。
それは彼女の父曰く、「筋トレは全てを解決する」という事らしい。
潤の父は幼い潤に筋肉の素晴らしさを説き、筋肉を鍛える喜びを伝授した結果が今の潤である。
(お姉ちゃん、喧嘩っ早いからなぁ)
潤は姉の性格を熟知しており、戦闘狂なのも理解している。
(ま、まさか、僕と一緒に筋トレしたいとか?)
潤の頭の中は主に姉の事と筋肉の事とプロテインの事しか無い。
まさか、真那華が模擬戦を挑もうとしてるとは思いもしないのだ。
模擬戦の時はスキルをほとんど活かせない武器である剣を使い負け続けていた。
それは彼女の姉が訓練を含む戦いを全て禁じているからである。
その為、まさか模擬戦を挑まれるという考えがそもそもないのだ。
彼女が本来扱う武器は【戦棍術】を活かせるメイスである。
彼女はそのスキルとフィジカルで一撃で相手を粉砕してしまう。
彼女が姉に戦いを止められてる理由は弱いからではなく、一撃の威力を受け止められる学生がいないので止められてるのだ。
つまり、強過ぎるから止められてるのである。
燐が自身の事を最強と呼ばれるのを嫌がる理由は、本当の最強である潤を侮辱されるのが気に入らないのである。
燐が潜行者資格を得た時に潤のトレーニングに付き合う為、初めて立ち会った時、燐は潤の中に最強の片鱗を見たのだ。
その為、学園卒業まで対人戦とダンジョン潜行を禁止している。
(うーん、いくら考えても分からないな)
当然、潤が真那華に目を付けられてる理由に皆目見当が付かないのだ。
(ま、まさか、僕と一緒に筋トレをして筋肉を鍛える喜びを分かちあいたいとか?うーん、もうこうなったら話すしかないのかなあ)
潤はどう考えても分からないので、このままずっと来られるなら、話した方が早いと判断した。
(それにしても、このバーベルこんな軽かったっけ?次からはもう少し、ウェイト増やそうっと。もっと、もっと負荷が欲しいって?分かったそうしよう!僕のバディ達!!)
そして、彼女は残念な事に時折、筋肉に話しかける悪癖がある。
潤にとって筋肉こそが絶対に裏切らない友人であり相棒なのだ。
(ん?そろそろ。シャワー浴びないとまずいね。その前にプロテイン飲まないと)
潤は売店で買ったプロテインを飲み、シャワーを浴びて授業に間に合うように教室に向かう。
「よし、いない」
潤は教室の前に真那華がいない事に安心していた。
しかし、潤の背後に小さい影が迫る。
「やっと、見つけたよぅ。もう、逃がさないからね」
真那華が潤の背後から声をかける。
「・・・・・・ヒイィィィィィィ!!」
潤は突然、真那華が背後に現れたのでビビり散らかす。
「そんな怖がらないでよう。なんかショック」
「それは貴女が悪いわね」
真那華の後ろから聖蘭が現れる。
「聖蘭ちゃん、ウチは普通に近付いただけだよ。どこが悪いのかな?」
「静かに近付いていたじゃない!」
「【感知】してれば気付けたけど?」
「だから、言ったでしょ。この子は潜行者としては落ちこぼれなのよ!・・・・・・あ、ごめんなさい」
聖蘭は本人が目の前にいる事を忘れており、悪口を言った事を謝る。
「まぁ、否定できない事実だからね。気にしてないから謝ることないよ」
実のところ、潤は真那華の存在に気付いていた。
【感知】を使い真那華の存在を捉えていたのである。
潤は真那華の関心を失くす為の演技をする為、わざとびっくりしたフリをしたのである。
しかし、この行為が自らの墓穴を掘る事になる。
「でも、今のビビり方は演技っぽくなかったー?少し間があったし」
「え?」
潤は自分の演技に自信があったが、物凄い大根役者なのである。
むしろ、そういうのが得意なのは姉である燐であったりする。
「もう、そんな事はどうでもいいでしょ。そろそろチャイム鳴るから、教室に戻りましょう」
「えー、それじゃあ。潤ちゃんまた明日ね」
(もう来ないで〜)
真那華は放課後に御鶴城誠との決闘の約束がある為、潤の相手をする事が出来なかった。
潤は姉に止められてるので戦う気がないのである。
燐と潤の両親は父がB級、母がC級の潜行者だった。
両親は主に先遣隊として活動し、その調査による報酬とダンジョンでの報酬で稼いでいた。
ある時、B級のダンジョンに入りボスに挑もうとした時違和感を感じた時にはもう遅かった。
ボスエネミーがレアエネミーな上何の情報も無かった為、燐と潤の両親がいたパーティは全滅した。
そのレアエネミーの名前は『ヒプノティックアウル』
動くものを敵と誤認させる催眠波を放つB級ダンジョンにいてはいけないボスで仲間同士で戦い、弱ったところをやられたのだ。
両親の訃報は二人に暗い影を残し、燐が十五になるとすぐに資格を取っており、潤は将来資格を取るために訓練を続けていたのである。
潤は姉と初めて模擬戦をした時、潤は姉の猛攻を全て防ぎきり、姉が持つ固有スキルですら潤の防御は突破出来ず。その時、姉が一瞬だけ恐怖したのを潤は覚えている。
それから姉は訓練に付き合わなくなったどころか、ダンジョンに潜る事が多くなり、潤に対人戦とダンジョン潜行を禁止した。
昔は二人で両親を殺した怪物に復讐しようとお互いに約束したのに関わらずである。
それ以来、そのダンジョンはS級指定に変更されてしまっており、倒すにはS級になる必要があり燐はS級になると両親の敵に挑みに行き倒したが、その時に燐は壊れてしまったのだ。
潤が昼休みが終わった頃に、燐は目を覚ます。
(・・・・・・随分と懐かしく嫌な夢を見た気がするな)
燐の起きた後のルーティンはとりあえずシャワーを浴びてから考えるというものである。
(・・・・・・弱い者が嫌いか、よくもそんな事が言えたものだよね。分かってんだろう?それが一体誰なのか?)
(・・・黙れ)
頭の中に直接、自分の声で語りかけて来るその声は『ヒプノティックアウル』を倒した後に聞こえるようになった幻聴だ。
最初は『ヒプノティックアウル』が原因かと思ったが『ヒプノティックアウル』にそんな力はなく原因は不明だった。
それから、燐は今まで以上に強さに固執し始めていった。
(あの梟の催眠で何を見た?)
(・・・・・・五月蝿い)
(分からない?そんなはずはない。それを君はハッキリ見ている)
(・・・・・・やめろ)
(目を逸らすなよ。君は見たはずだ)
(・・・・・・・・・お願いだ・・・・・・やめてくれ)
(え?やめろって、仕方ないなぁ)
その声を聞き、燐は安堵する。
(というと思ったかい?君さぁ、ギルマスにこういう事してるの分かってる?だから、僕がギルマスに変わってお仕置きしてるだけさ)
(・・・・・・まったく、どの口が)
(おやおや?いいのかな?そんな口聞いて。君の最も嫌がるやり方をしてあげようか?今度は催眠での幻覚ではなく現実で・・・・・・君の愛する妹を手にかけてやろうか?)
(はっ、この身体を明け渡すと思うかい?前回も言ったが、残念ながらそれは出来ない。僕の身体は僕のものさ)
(いや、なるさ。君は弱いから絶対に僕を呼ぶ。断言してもいい。今度こそ、君の心を壊してあげるよ。君に妹の亡骸をプレゼントしてね。君が絶望に沈む、その時が唯一の楽しみだ)
そう声が言い放つと声が聞こえなくなった。
「ハァハァ、誰が・・・・・・呼ぶもんか・・・・・・絶対に、君の好きにはさせない」
既に返事は来ないが、燐は自分に語る声に答えた。
放課後のトレーニングルームは運動部が使っているので潤は自宅にあるトレーニングルームで筋トレをしていると隣に姉が腰掛ける。
「潤ちゃん、四日後にお姉ちゃん、『深淵の樹海』の第三層に挑戦するから遅くても心配しなくていいよ」
「それがこの前言ってたしばらく帰ってこれないって言ってたダンジョン?」
燐の話に潤は筋トレを中断する。
「そうだね。これをクリア出来たら今度こそゆっくり一緒にいられるからさ。僕を信用して待っててよ」
「うん、待ってるよ。お姉ちゃん、頑張って」
「ありがと、筋トレ中に悪かったね」
そう言うと燐は部屋から出て行く。
(お姉ちゃん、いつもは何も言わずダンジョンに向かう直前に電話で済ませるのに)
潤は普段と違う姉の言動に違和感を感じた。
燐は強くなる事でこの頭に響く声が消えると思っており、それが彼女を死地へと赴くことを彼女自身は知らなかった。
それを望むのは何者でもない頭に響く声とは知らず。




