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『黄金の塊と苦労人のお付き』

掲載日:2026/08/07

国宝「漢委奴国王」の金印は、なぜ志賀島の岩の下から発見されたのでしょう。


歴史に残らなかった名もなき家臣と、少しばかり自由すぎる奴国王。その真相を、想像たっぷりに描いた歴史コメディーです。


※この物語は、金印にまつわる史実をもとにしたフィクションです。実在した人物や出来事について独自の解釈を加えています。


今から二千年ほど昔、筑紫の国(今の福岡県)に、のんびりとした王様が治める「奴国(なこく)」という小さな国がありました。


ある日、海を越えた中国の大帝国「漢」から、輝く遣いがやってきました。


「偉大なる皇帝陛下より、貴国にこの上ない威権の証を授ける!」


重々しく捧げられたのは、純金でできた小さなハンコ――「金印」でした。


「おお、これはピカピカして綺麗だな!」


王様は大喜び。さっそく印面に墨を塗り、そこら中の木や柱にペタン、ペタンとハンコを押して楽しみ始めました。


「王様、何をお戯れを!」


慌てて駆け寄ってきた有能な家臣を近付けると、王様はニヤリと笑って、家臣の額に「ぺたん!」と金印を押しました。


「王様! なにをやっているのですか!」


額に『漢委奴國王』とくっきり書かれた家臣が怒ると、王様は悪びれもせずに言いました。


「なんだ、紙が貴重だから仕方ないだろ。お前のが一番きれいに押せたぞ」


……しかし、そんな楽しさもつかの間。ものの数分で王様は「もう飽きた」とハンコを放り出してしまいました。


代わりに紫の紐を通し、首からぶら下げて城下へお出かけになりましたが、歩くたびに四角い金印がゴツゴツと腰に当たり、地味に痛いのです。重さはなんと108グラム。ズシリと重く、首も凝ってきます。


そこへ、王様の甥っ子がやってきました。


「王様、その変なピカピカ、重そうだね。俺なんて川で拾ったこの丸くて綺麗な石ころ持ってるぜ。これ見せたら、村娘がみんな振り向くんだ!ははは!」


王様はショックを受けました。


(俺のこれ、重くて角が痛いだけで、村娘は誰も振り返ってくれないぞ……?)


急に虚しくなった王様は、城へ戻ると、額にうっすら朱墨を残したままの家臣に尋ねました。


「なぁ、これ食えないし、ぶら下げてると痛いんだが……どう使えばいいんだ?」


「王様! これは漢の皇帝とお友達だという最強の証です! 書類に押すための印鑑でございます!」


「書類? 紙なんて高価なもの我が国にないだろ。さっきお前の額に押したろ。だいいち、民から『役に立たないもの持って、王様バカなんですか』って言われたぞ」


「な、なんてことを! 威厳でございます! 威厳をお保ちください!」


困り果てた王様は、それなら道具として使おうと、領内の工事現場へ出向きました。


住民たちが水路の板が外れて困っているのを見て、王様は腕をまくりました。


「おお、困っているな。これで叩いて板をつなげ!」


「ありがてえ王様!」


住民は金印を受け取り、トンカチ代わりにガンガンと板を叩き始めました。


しかし、すぐにカンカンと首を傾げます。


「王様……これ小さいわりに重いし、あっ、傷がついた! 役に立たねぇ〜! こっちの丸石の方が手に馴染むわ、これ返すね」


「王様ぁぁぁーーーっ!」


家臣の悲鳴が響き渡ります。


ついた傷をさすりながら、王様はしみじみと思いました。


「……やっぱり、石の方がよっぽど役に立つじゃないか」


横で見守っていた有能な家臣は、顔を青くして胃を押さえています。


「お、王様、トンカチじゃありませんとあれほど……!」


「マジでこれ、役に立たねぇな。捨てよ。ぽい」


王様はあっさりと金印を後ろへ放り投げました。


「よし、みんなで飯行くぞー!」


「「おお〜〜っ!」」


「王様ぁぁぁーーーっ! それだけは〜〜〜っ!」


家臣は裾を振り乱して泥の中にダイブし、投げ捨てられた金印を九死に一生の思いで拾い上げました。


息を切らし、泥だらけになった家臣は心に誓いました。


(だめだ……この王様に持たせておいたら、明日には絶対にドブに沈む。絶対に王様が見つけられない場所に隠さねば……!)


その夜、家臣は誰にも見咎められないよう、こっそりと舟を出しました。


めざすは博多湾の沖合に浮かぶ、神の島「志賀島」。


夜陰に乗じて島に上陸した家臣は、大きな岩と岩の小さな隙間を見つけると、汗と涙の結晶である金印を奥深くへ押し込みました。


「ここなら王様もポイッと捨てられない……どうか我が国の平和をお守りください……」


家臣の涙ぐましい努力によって隠された黄金の塊は、王様にも敵にも見つかることなく、そのまま深い眠りにつきました。


そして二千年という途方もない歳月が流れた江戸時代。


志賀島の農民が岩の隙間から、小さな傷のついたピカピカの金属を見つけます。


その金印は、やがて国宝となり、多くの人々に大切にされることになりました。


……もちろん、あの苦労人の家臣の名前を知る者は、もう誰もいません。



おしまい

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