『黄金の塊と苦労人のお付き』
国宝「漢委奴国王」の金印は、なぜ志賀島の岩の下から発見されたのでしょう。
歴史に残らなかった名もなき家臣と、少しばかり自由すぎる奴国王。その真相を、想像たっぷりに描いた歴史コメディーです。
※この物語は、金印にまつわる史実をもとにしたフィクションです。実在した人物や出来事について独自の解釈を加えています。
今から二千年ほど昔、筑紫の国(今の福岡県)に、のんびりとした王様が治める「奴国」という小さな国がありました。
ある日、海を越えた中国の大帝国「漢」から、輝く遣いがやってきました。
「偉大なる皇帝陛下より、貴国にこの上ない威権の証を授ける!」
重々しく捧げられたのは、純金でできた小さなハンコ――「金印」でした。
「おお、これはピカピカして綺麗だな!」
王様は大喜び。さっそく印面に墨を塗り、そこら中の木や柱にペタン、ペタンとハンコを押して楽しみ始めました。
「王様、何をお戯れを!」
慌てて駆け寄ってきた有能な家臣を近付けると、王様はニヤリと笑って、家臣の額に「ぺたん!」と金印を押しました。
「王様! なにをやっているのですか!」
額に『漢委奴國王』とくっきり書かれた家臣が怒ると、王様は悪びれもせずに言いました。
「なんだ、紙が貴重だから仕方ないだろ。お前のが一番きれいに押せたぞ」
……しかし、そんな楽しさもつかの間。ものの数分で王様は「もう飽きた」とハンコを放り出してしまいました。
代わりに紫の紐を通し、首からぶら下げて城下へお出かけになりましたが、歩くたびに四角い金印がゴツゴツと腰に当たり、地味に痛いのです。重さはなんと108グラム。ズシリと重く、首も凝ってきます。
そこへ、王様の甥っ子がやってきました。
「王様、その変なピカピカ、重そうだね。俺なんて川で拾ったこの丸くて綺麗な石ころ持ってるぜ。これ見せたら、村娘がみんな振り向くんだ!ははは!」
王様はショックを受けました。
(俺のこれ、重くて角が痛いだけで、村娘は誰も振り返ってくれないぞ……?)
急に虚しくなった王様は、城へ戻ると、額にうっすら朱墨を残したままの家臣に尋ねました。
「なぁ、これ食えないし、ぶら下げてると痛いんだが……どう使えばいいんだ?」
「王様! これは漢の皇帝とお友達だという最強の証です! 書類に押すための印鑑でございます!」
「書類? 紙なんて高価なもの我が国にないだろ。さっきお前の額に押したろ。だいいち、民から『役に立たないもの持って、王様バカなんですか』って言われたぞ」
「な、なんてことを! 威厳でございます! 威厳をお保ちください!」
困り果てた王様は、それなら道具として使おうと、領内の工事現場へ出向きました。
住民たちが水路の板が外れて困っているのを見て、王様は腕をまくりました。
「おお、困っているな。これで叩いて板をつなげ!」
「ありがてえ王様!」
住民は金印を受け取り、トンカチ代わりにガンガンと板を叩き始めました。
しかし、すぐにカンカンと首を傾げます。
「王様……これ小さいわりに重いし、あっ、傷がついた! 役に立たねぇ〜! こっちの丸石の方が手に馴染むわ、これ返すね」
「王様ぁぁぁーーーっ!」
家臣の悲鳴が響き渡ります。
ついた傷をさすりながら、王様はしみじみと思いました。
「……やっぱり、石の方がよっぽど役に立つじゃないか」
横で見守っていた有能な家臣は、顔を青くして胃を押さえています。
「お、王様、トンカチじゃありませんとあれほど……!」
「マジでこれ、役に立たねぇな。捨てよ。ぽい」
王様はあっさりと金印を後ろへ放り投げました。
「よし、みんなで飯行くぞー!」
「「おお〜〜っ!」」
「王様ぁぁぁーーーっ! それだけは〜〜〜っ!」
家臣は裾を振り乱して泥の中にダイブし、投げ捨てられた金印を九死に一生の思いで拾い上げました。
息を切らし、泥だらけになった家臣は心に誓いました。
(だめだ……この王様に持たせておいたら、明日には絶対にドブに沈む。絶対に王様が見つけられない場所に隠さねば……!)
その夜、家臣は誰にも見咎められないよう、こっそりと舟を出しました。
めざすは博多湾の沖合に浮かぶ、神の島「志賀島」。
夜陰に乗じて島に上陸した家臣は、大きな岩と岩の小さな隙間を見つけると、汗と涙の結晶である金印を奥深くへ押し込みました。
「ここなら王様もポイッと捨てられない……どうか我が国の平和をお守りください……」
家臣の涙ぐましい努力によって隠された黄金の塊は、王様にも敵にも見つかることなく、そのまま深い眠りにつきました。
そして二千年という途方もない歳月が流れた江戸時代。
志賀島の農民が岩の隙間から、小さな傷のついたピカピカの金属を見つけます。
その金印は、やがて国宝となり、多くの人々に大切にされることになりました。
……もちろん、あの苦労人の家臣の名前を知る者は、もう誰もいません。
おしまい




