第八話 吉岡の苦悩
代わりの人員は、翌日手配された。
中村と名乗る五十代の男で、田辺より口数が多く、動作が荒かった。農業の経験は田辺ほどではないが、「なんでもやります」という実行力があった。
大島は中村を使いながら、観察を続けた。
田辺の欠落を補えるか。新しいメンバーをどの程度信頼できるか。組織の穴を埋めるプロセスで、どういうリスクが生まれるか?
これもすべて、現実世界に持ち帰るべきデータだ。
そのさらに一週間後。
深夜、工場で作業中に、吉岡が言った。
「大島さん、少しいいですか」
釜の前に並んで立ちながら、吉岡はいつもより低い声で言った。
「橋本さんのこと、信用してますか?」
大島は少し間を置いた。
「どういう意味ですか」
「先週、俺に別の人間が接触してきました。橋本さんのいた組とは別の筋の人間です。大島さんのことを、いろいろ聞いてきました。」
「何を」
「何者なのか?どれくらいの規模でやるつもりなのか。バックに誰かいるのか。そういうことを」
大島は釜の温度計を見た。数値は正常だった。
「その人間に、何と答えましたか」
「何も答えていません。橋本さんにも、まだ言っていません」吉岡は言った。「大島さんに先に話すべきだと思って」
「なぜ先に自分に?」
吉岡は少し黙った。
「橋本さんが呼んできた人間ですけど、俺は大島さんの仕事をしてるつもりなので」
大島は吉岡の横顔を見た。
これは、どのパラメーターの出力だ。
忠誠心。自己保身。それとも、別の何かか?
大島はシミュレーターの設計ファイルを頭の中で参照しようとした。しかし、吉岡のパラメーターの詳細が、すぐには出てこなかった。
膨大な数のエージェントを設計したため、個々の細部は設計時に確認しきれていない部分がある。吉岡の「忠誠傾向」の数値を、大島は正確に覚えていなかった。
つまり、これは想定内とも想定外とも言えない。
「わかりました」大島は言った。「その人間の特徴を教えてください」
吉岡が語った内容を、大島は注意深く聞いた。
別の組からの接触。それはシミュレーター内の競合勢力が動き始めたことを意味していた。大島の動きが、周囲のエージェントたちに認識され始めている。
規模が大きくなってきた。
大島は思った。
そして次の瞬間、もう一つのことを思った。
これが現実だったとしたら、今の俺はどういう状況にある?
その問いが、いつもより長く、頭の中に留まった。




