第5話 設計図
大島が出した結論は、シンプルだった。
この世界がシミュレーションであるなら、自分の人生は誰かに設計されたものだ。四十三年間、自分の意志で選択してきたつもりの人生は、実は上位の何者かが用意したスクリプトの上を走っていた可能性がある。
それは恐怖だった。しかし同時に、解放でもあった。
スクリプトの外に出ればいい。
大島はそう考えた。この世界の「管理者」に対して、自分の存在を異常値として叩きつければいい。そしてその先に、もっと重要な目標があった。
俺自身が、シミュレーターを作る。そこで神になる。
その目標のために必要なものは、金だった。
数十万人規模のAGIを同時に動かせるサーバーシステムを構築するには、個人の試算で最低でも十億円規模の投資が必要だった。現在の三千万円では、話にならない。
大島は計画を立てた。
まず、市場の「乱数の癖」を徹底的に突いて資産を増やす。同時に、需要が確実にあるビジネスを立ち上げてキャッシュフローを作る。目標は、三年で十億円。
そしてその先に、もう一つの計画があった。
こちらは、誰にも言えない計画だった。
大島が画像生成AIとゲームエンジンを組み合わせたビジュアルノベルの量産システムを作り上げるのに、六ヶ月かかった。
ニッチな市場に特化した。競合が少なく、需要が安定していて、価格競争になりにくい分野。一作あたりの制作時間を、従来の百分の一に圧縮した。品質は平均以上を維持した。AIによるシナリオ生成、立ち絵生成、音声合成、デバッグ。ほぼすべての工程を自動化した。
人間がやることは、最初のプロンプト設計と、品質チェックと、マーケティングだけだった。
半年で三千万が七千万になった。
一年で一億二千万を超えた。
そのあたりから、大島は別のことに気づきはじめた。
大量のキャラクターを生成し、彼らの関係性を設計し、彼らが生きる世界のルールを作る。その作業を繰り返す中で、大島はある感覚に慣れていった。
これは、神の仕事に似ている。
しかし同時に、限界も見えた。
ビジュアルノベルの登場人物は、あくまでスクリプトに従って動く。感情があるように見えて、実際には分岐条件の塊だ。驚きがない。予測を外してこない。
本当の自律性が欲しい。
数十万人の、本物の自律型AGIが動く世界が欲しい。
そこで、俺は神になる。
欲望は、資産が増えるほど具体的な輪郭を帯びていった。
二年が経った頃、大島の資産は三億を超えた。
市場の「癖」をさらに深く解析し、投資の精度を上げた結果だった。同時に、ビジュアルノベルのビジネスから得たキャッシュフローを、より規模の大きなAI関連のプロジェクトへの投資に回した。いくつかは失敗した。それでも、資産は増え続けた。
三年目の終わりに、大島は計算した。
現在の資産、五億八千万円。
当初の目標だった「十億円」には、まだ届いていない。しかし、ある事実に気づいた。
シミュレーターの構築と、その後の計画を並行して進めれば、今の資金でも足りるかもしれない。
「その後の計画」というのが、大島が誰にも言えない、もう一つの目標だった。
大島はノートを開いた。三年前から書き続けている、手書きのノートだ。
そこには、二段階の計画が記されていた。
フェーズ1:シミュレーターの構築と、フルダイブによる「予行演習」
数十万人規模のAGIが自律的に動くシミュレーター世界を作る。そこに自分自身がフルダイブし、「縛りプレイ」の状態で特定のビジネスを立ち上げる。失敗と成功を繰り返しながら、最適な手順を学習する。人脈の作り方。資金の動かし方。リスクの回避方法。摘発されるパターンと、されないパターン。
シミュレーターは、巨大なシミュレーション・サンドボックスだ。何度でも死ねる。何度でもやり直せる。そこで得た経験則を、現実に持ち込む。
フェーズ2:現実世界での実行
シミュレーター内で十分に習熟した後、現実世界で同じことをやる。
具体的には、覚醒剤の製造と流通ネットワークの構築だ。
大島は、この計画を「バグの検証」と呼んでいた。この世界がシミュレーションであるなら、法律も道徳も、設計者が用意したパラメーターに過ぎない。パラメーターの外側に出ることを、大島は恐れなかった。
むしろ、それこそが「神に近づく」ことだと思っていた。
シミュレーション内の住人が、世界のルールを破れないように、俺もこの世界のルールに縛られている。だったら、そのルールを破ることで、俺は上位の存在に一歩近づく。
狂った論理だと、大島自身もわかっていた。
しかし、それを狂っていると感じる感覚が、すでに薄れていた。




