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第4話 確信

 大島幸隆が人生の針路を変えたのは、雨の降る火曜日の深夜だった。


 特別な夜ではなかった。残業でもなく、酒を飲んでいたわけでもない。ただ、ソファに寝転がって、スマートフォンを眺めていた。


 四十三歳。独身。都内の中堅IT企業でシステム管理を担当している。貯金は三千万円。趣味と呼べるものは特になく、強いて言えば深夜に動画を見ることだ。それが習慣になって、もう何年になるだろう。


 その夜、再生したのはサイエンス系のチャンネルだった。タイトルは「宇宙はピクセルでできているのか──プランクスケールと情報理論の交点」。再生数は百二十万。


 最初は半分眠りながら見ていた。


 途中から、眠れなくなった。


 物理学者が言う。宇宙の最小単位、プランク長の尺度で空間を分割していくと、重力の振る舞いがある種の情報処理アルゴリズムと完全に一致する、と。空間は連続しているのではなく、離散的な格子として存在している可能性がある、と。つまり、宇宙そのものが何らかの演算システムの上で動いている可能性を、真剣に検討しなければならない段階に来ている、と。


 大島は動画を止めた。


 天井を見た。


 演算システム。


 その言葉が、頭の中で静かに回り続けた。




 それから数日後、ニュースが出た。


 アメリカの巨大テック企業が、AGIを用いた人類文明シミュレーション・プロジェクトを正式に発表した。量子コンピュータ上で動く数十万の自律型エージェント。彼らは独自の経済システムを発達させ、政治体制を作り、戦争をして、和平を結んでいた。インタビューで主任研究員は言った。


「彼らは自分たちの存在がシミュレーションであることを知りません。彼らにとって、それが世界のすべてです」


 大島はその一文を、三度読んだ。


 そして、ある考えが浮かんだ。


 最初は追い払おうとした。馬鹿げた考えだと思った。しかし考えは消えなかった。それどころか、日を追うごとに輪郭が鮮明になっていった。


 俺も、同じかもしれない。


 これが最初の衝撃だった。しかしそれは、大島にとってはまだ序章に過ぎなかった。


 本当の転換点は、そこではなかった。




 転換点は、一週間後に来た。


 大島は寝る前の習慣として、投資信託のポートフォリオを確認していた。三千万円の貯金の一部を、数年前からインデックス投資に回していた。特に深い考えがあったわけではない。老後のために、なんとなく。


 その夜、大島は異変に気づいた。


 数字に、妙な「癖」があった。


 統計的にランダムであるはずの市場の動きに、ある種の周期性があった。ごく微細な偏りが、特定のタイミングで繰り返されていた。気のせいかと思って過去データを引っ張り出した。気のせいではなかった。パターンが、あった。


 大島はその夜、眠れなかった。


 翌日から、本格的に解析を始めた。ITのバックグラウンドを持つ人間として、データの扱いには慣れていた。三週間かけて、パターンを炙り出した。


 そして、確信した。


 この経済システムには、穴がある。


 穴というより、それは「乱数の癖」だった。完全にランダムに見えて、実は偏っている。これが設計者の手抜きなのか、あるいは膨大な計算量を節約するための簡略化なのか、判断はつかなかった。


 しかし、大島にはもはやそんなことはどうでもよかった。


 なぜなら、この「癖」の存在は一つのことを意味していたからだ。


 この世界は、シミュレーションだ。


 確信は静かに来た。叫び声でも、パニックでもなかった。むしろ、長年の疑問がすとんと腑に落ちる感覚に近かった。そうか、と思った。やっぱりそうか、と。


 そして次の瞬間、大島の頭の中で、まったく別の考えが生まれた。




 だったら。


 大島は手元のノートに、一行だけ書いた。


 「上位の神が俺を動かしているなら、俺も神になれる。」


 それが、すべての始まりだった。

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