第18話 補正、再び
翌週、田辺が戻ってきた。
怪我が治ったと橋本から連絡があって、農地の作業に復帰した。中村と二人で働く体制になった。
大島は農地で田辺と話した。久しぶりに会う田辺は、少し痩せていた。
「体は大丈夫ですか」
「なんとかなりました」田辺は言った。短く。
「無理しないでください」
田辺は大島を見た。少し意外そうな顔をした。
「心配してくれるんですか」
「当然です」
田辺はまた畑の方を向いた。
「珍しい人やな、大島さんは」田辺は言った。ぼそりと。
「なぜですか」
「こういう商売の人間で、怪我した現場の人間に声かける人、あまりおらんから」
大島は何も言わなかった。
田辺は黙って畑に入っていった。
その日の午後、大島は橋本から電話を受けた。
「話がある。急ぎや」
難波の、いつもとは違う場所に呼ばれた。橋本が待っていた。顔が硬かった。
「竹内組が、また動いた」橋本は言った。
「山田さんから釘を刺されていたのでは」
「上は抑えた。でも下の若い衆が、山田の兄さんに無断で動いとる。今度は吉岡やない」
「誰ですか」
「田辺や」
大島は少し間を置いた。
「田辺に、何をしたんですか」
「接触して、こっちの情報を売るように言うとる。田辺は断ったらしいが、しつこく来とるらしい。田辺から俺に連絡があった」
大島は考えた。
田辺が橋本に報告した。つまり田辺は、こちら側に留まることを選んでいる。
竹内組の動きは、山田の介入にもかかわらず収まっていない。組織の下層部での離反が続いている。
「山田さんには」
「言うてある。今夜にも話がつくはずや」橋本は言った。「ただ、大島はん」
橋本の声が、少し変わった。
「これで二度目や。竹内組は、あんたのことを諦めとらん。何かあんたに、そこまで執着する理由があるはずや」
大島は橋本を見た。
「心当たりはないですか」と橋本は言った。
「ありません」
「ほんまに」
「ほんまに」
橋本はしばらく大島を見た。
「わかった」橋本は言った。「信じる」
信じる、という言葉が、大島の中で小さく引っかかった。
夜、大島は一人で歩きながら考えた。
竹内組の動きは、シミュレーターの補正アルゴリズムが作動していることを示している可能性があった。
大島がこのシステムに与えている影響が大きくなりすぎた場合、周辺環境が統計的に不利な方向へ収束する。それが補正アルゴリズムだ。
竹内組の執拗な干渉は、その補正の一つかもしれない。
俺を排除しようとしている。
しかしそれは同時に、別のことを意味していた。
俺はそれだけ、この世界に大きな影響を与えているということだ。
当初の目的通り、システムのテストは進んでいる。
補正に対してどう動くか。それもまた、現実世界で使えるデータになる。
大島はそこまで考えて、止まった。
俺は今、田辺のことを心配したか。
しばらく前、田辺に「無理しないでください」と言った。
あれは、データ収集のための発言だったか。
田辺という人員を維持するための、合理的な言葉だったか。
そうではなかったかもしれない。
大島は歩き出した。
そうではなかった。
その事実を、大島は静かに確認した。
追い払わなかった。
初めて、追い払わなかった。




