表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

第11話 上層部

 橋本から連絡が来たのは、最初の出荷から三週間後だった。

「会うてほしい人間がおる」

 それだけ言った。

 指定された場所は、大阪市内の、表向きは建設会社の事務所だった。ビルの五階。エレベーターを降りると、スーツを着た若い男が待っていて、無言で奥の部屋に案内された。

 部屋には、男が一人いた。

 六十代。小柄だが、座っていても圧があった。白髪を短く刈り込み、薄い色のスーツを着ている。手元に茶碗があった。

 橋本がその男に、「山田の兄貴」と呼んだ。

 山田は大島を見た。値踏みする目ではなかった。もっと別の、距離を測るような目だった。

「座り」

 大島は座った。

 山田はしばらく何も言わなかった。茶を一口飲んだ。外で車の音がした。

「橋本から話は聞いとる」山田は言った。「おもろい人間が来た、と」

「過分な評価です」

「ええ答えするな」山田は言った。「頭のええ男はな、大抵二種類や。頭がええのを隠せる奴と、隠せへん奴と。あんたはどっちや」

「隠せる方だと思っています」

「そう思っとる時点で、少し隠せてへん」

 山田は小さく笑った。笑うと、少し人間らしい顔になった。

「竹内の若い衆が動いたこと、橋本から聞いたか」

「はい」

「あれは俺が止めた。なんでか、わかるか」

 大島は少し考えた。

「組織の秩序を守るためだと思います。上に話を通さない動きを許せば、統制が崩れる」

「それもある」山田は言った。「でもな、それだけやないねん」

 茶碗を置いた。

「あんたがおもろい人間やからや。面白い人間は、雑に扱うと壊れる。それは勿体ない」

 大島は黙っていた。

「何をしたいんや、最終的に」

 直球だった。

 大島は一瞬、答えを選んだ。

「もっと大きくしたいです。大阪だけじゃなく」

「どこまで」

「やれるところまで」

 山田はまた少し笑った。

「橋本が気に入るわけやな」山田は言った。「ええやろ。やってみ。ただし」

 声のトーンが、わずかに変わった。

「俺の顔を潰さんといてくれや。それだけ言うとくわ」

 大島は頷いた。

「はい、承知しております。」

「承知しとる、かぁ」山田は言った。「わかりました、と言うのは簡単や。俺が言うとるのはな、大島はん、本当にわかっとるか、ということや」

 大島は山田の目を見た。

 六十代の、小柄な男の目。その目の奥に何かがあった。取り返しのつかない何かを見てきた目であり、危険を乗り越え生き延びてきた人間の目だと大島は思った。

 このエージェントの設定を、俺は何と定義した?

 大島は思い出そうとした。

 出てこなかった。

 六十代、反社会的組織の上層部、保守的、組織の安定を優先。それだけだったはずだ。

 しかし今、目の前にいる山田という男は、その設定よりずっと複雑な何かに見えた。

「わかっているつもりだと思っています。」大島は言った。

 山田はもう一度、大島を見た。それから視線を外して、茶を飲んだ。

「橋本、このあんちゃんの面倒ちゃんと見たれ」

「はい」橋本が答えた。

 それで、会合は終わった。


 ビルを出て、橋本と並んで歩きながら、大島は言った。

「山田さんは、どういう人ですか」

「どういう、て」

「裏の世界で長く生きてきた人だというのはわかります。でも、それだけじゃない何かがあるように見えまして」

 橋本は少し沈黙した。

 珍しかった。橋本が言葉を探すのを、大島は初めて見た。

「若い時に、大事な人間を何人か亡くしとる」橋本はゆっくり言った。「この商売でな。それからずっと、同じことを繰り返さんようにしとる人や」

「それでも、この商売を続けているんですか」

「本人の意志だけではやめられへんねん」橋本は言った。「そんだけの話や」

 大島は歩きながら、その言葉を聞いた。

 やめられない。

 エージェントの出力にしては、重い言葉だ。

 重い、と感じた自分に、大島は気づいた。

 感じるな。

 大島は内側に向かってそう言った。

 ここは予行演習だ。感情を持ち込むな。データを取れ。現実に持ち帰れるものだけを見ろ。

 しかし、橋本の横顔が、視界の端にあった。

 五十代の男の、少しだけ疲れた横顔が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ