第11話 上層部
橋本から連絡が来たのは、最初の出荷から三週間後だった。
「会うてほしい人間がおる」
それだけ言った。
指定された場所は、大阪市内の、表向きは建設会社の事務所だった。ビルの五階。エレベーターを降りると、スーツを着た若い男が待っていて、無言で奥の部屋に案内された。
部屋には、男が一人いた。
六十代。小柄だが、座っていても圧があった。白髪を短く刈り込み、薄い色のスーツを着ている。手元に茶碗があった。
橋本がその男に、「山田の兄貴」と呼んだ。
山田は大島を見た。値踏みする目ではなかった。もっと別の、距離を測るような目だった。
「座り」
大島は座った。
山田はしばらく何も言わなかった。茶を一口飲んだ。外で車の音がした。
「橋本から話は聞いとる」山田は言った。「おもろい人間が来た、と」
「過分な評価です」
「ええ答えするな」山田は言った。「頭のええ男はな、大抵二種類や。頭がええのを隠せる奴と、隠せへん奴と。あんたはどっちや」
「隠せる方だと思っています」
「そう思っとる時点で、少し隠せてへん」
山田は小さく笑った。笑うと、少し人間らしい顔になった。
「竹内の若い衆が動いたこと、橋本から聞いたか」
「はい」
「あれは俺が止めた。なんでか、わかるか」
大島は少し考えた。
「組織の秩序を守るためだと思います。上に話を通さない動きを許せば、統制が崩れる」
「それもある」山田は言った。「でもな、それだけやないねん」
茶碗を置いた。
「あんたがおもろい人間やからや。面白い人間は、雑に扱うと壊れる。それは勿体ない」
大島は黙っていた。
「何をしたいんや、最終的に」
直球だった。
大島は一瞬、答えを選んだ。
「もっと大きくしたいです。大阪だけじゃなく」
「どこまで」
「やれるところまで」
山田はまた少し笑った。
「橋本が気に入るわけやな」山田は言った。「ええやろ。やってみ。ただし」
声のトーンが、わずかに変わった。
「俺の顔を潰さんといてくれや。それだけ言うとくわ」
大島は頷いた。
「はい、承知しております。」
「承知しとる、かぁ」山田は言った。「わかりました、と言うのは簡単や。俺が言うとるのはな、大島はん、本当にわかっとるか、ということや」
大島は山田の目を見た。
六十代の、小柄な男の目。その目の奥に何かがあった。取り返しのつかない何かを見てきた目であり、危険を乗り越え生き延びてきた人間の目だと大島は思った。
このエージェントの設定を、俺は何と定義した?
大島は思い出そうとした。
出てこなかった。
六十代、反社会的組織の上層部、保守的、組織の安定を優先。それだけだったはずだ。
しかし今、目の前にいる山田という男は、その設定よりずっと複雑な何かに見えた。
「わかっているつもりだと思っています。」大島は言った。
山田はもう一度、大島を見た。それから視線を外して、茶を飲んだ。
「橋本、このあんちゃんの面倒ちゃんと見たれ」
「はい」橋本が答えた。
それで、会合は終わった。
ビルを出て、橋本と並んで歩きながら、大島は言った。
「山田さんは、どういう人ですか」
「どういう、て」
「裏の世界で長く生きてきた人だというのはわかります。でも、それだけじゃない何かがあるように見えまして」
橋本は少し沈黙した。
珍しかった。橋本が言葉を探すのを、大島は初めて見た。
「若い時に、大事な人間を何人か亡くしとる」橋本はゆっくり言った。「この商売でな。それからずっと、同じことを繰り返さんようにしとる人や」
「それでも、この商売を続けているんですか」
「本人の意志だけではやめられへんねん」橋本は言った。「そんだけの話や」
大島は歩きながら、その言葉を聞いた。
やめられない。
エージェントの出力にしては、重い言葉だ。
重い、と感じた自分に、大島は気づいた。
感じるな。
大島は内側に向かってそう言った。
ここは予行演習だ。感情を持ち込むな。データを取れ。現実に持ち帰れるものだけを見ろ。
しかし、橋本の横顔が、視界の端にあった。
五十代の男の、少しだけ疲れた横顔が。




