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第十話 収穫

 マオウが育ちきったのは、植え付けから四ヶ月後だった。

 朝の光の中で、細い茎が風に揺れている。田辺の代わりに入った中村が、黙々と刈り取り作業をしている。大島はその横に立って、乾燥した空気を吸った。

 山の朝は静かだった。

 遠くで鳥が鳴いた。川の音がした。

 大島は収穫されたマオウの束を一本手に取って、指で触れた。細くて固い、草のような質感。これが、すべての出発点だ。

 現実世界でも、同じものを使う。

 栽培地の選定。農地の確保方法。老農夫の土地を使うという手法。老夫婦と地元警察の関係性。これらはすべて、現実でも応用できる。

 大島は束を地面に置いた。


 乾燥と粉砕に一週間かけた。

 その後、工場での作業が始まった。

 深夜の工場は、吉岡の指揮のもとで動いた。エタノールを蒸気釜に注ぎ、粉砕したマオウを投入する。間接加熱で温度を上げ、成分を溶出させる。換気扇がフル稼働している。外は虫の声だけだ。

 濾過。濃縮。

 酸塩基抽出の工程に入ると、吉岡の動きが変わった。それまでの淡々とした作業ぶりから、より集中した、緊張感のある動作に切り替わった。

 水酸化ナトリウムの投入量をグラム単位で計量する。有機溶剤を慎重に加える。撹拌槽の中の液体が、透明から濁り、また変化していく。

 大島は横で見ていた。

 吉岡の手が、迷いなく動いている。

「ここが一番神経使います」

 吉岡は作業しながら言った。

「pH管理ですか」

「それもあります。でも、もっと単純な話で、ここで焦ると全部台無しになる。急いでも意味がない工程なんです。待つだけの時間が、意外と一番難しい」

 大島は黙って聞いた。

 吉岡が続けた。

「食品工場でも同じでした。餡子ってのは、煮詰める時間を間違えると全然違うものになる。レシピ通りの温度で、レシピ通りの時間、待つだけのことなんですけど。それが出来ない人間が多い」

「あなたは待てる人間ですか」

「俺は待てます」吉岡は言った。「待つのが得意なのか、それとも他に何もないからなのか、どっちかはわかりませんけど」

 大島はその言葉を聞きながら、何も言わなかった。

 撹拌槽の中で、液体がゆっくりと変化していく。

 一時間が経った。二時間が経った。

 吉岡がpHを確認した。数値を読み上げた。塩酸を加えた。

 液体の中に、白い結晶が析出し始めた。


 計量台の上に並んだ結晶を、大島は見た。

 初回の試験稼働より、量が多い。純度も、上がっているはずだと吉岡は言った。

「想定通りです」吉岡は言った。「本番のマオウを使えば、もっと取れます」

 大島は頷いた。

 第一回の本格稼働、成功。収率、想定範囲内。品質、吉岡の見立て通り。

 現実世界でも、この手順は再現できる。吉岡のような技術者を確保することが、最大の課題になる。

 大島は工場の窓から外を見た。

 夜明けが近かった。山の稜線が、かすかに青くなり始めていた。

 橋本が工場の入り口に立って、煙草を吸っていた。その背中が、朝の光の中で少し丸くなっている。五十代の男の、疲れた背中だ。

 大島はその背中を、しばらく見た。

 AIの背中だ。

 自分にそう言い聞かせた。

 言い聞かせて、視線を外した。

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