宣言!
玉座の間は、異様な静寂に包まれていた。
殿閣を埋め尽くすほどの家臣たちが、荘厳な王座へ向かい、一様に深く頭を垂れている。
王座に座すのは、齢二十三とは思えぬ威厳を纏った若き皇帝――暁辰。
王袍の金糸が燭光を反射し、青の刺繍が龍のごとく揺らめく。
その瞳は、金と青が入り交じる蒼麒麟のような色を宿し、家臣一人ひとりを射抜くように見渡していた。
やがて、ゆっくりと立ち上がる。
空気が凍りつく。
「王命である」
低く、しかし殿内の隅まで届く声。
「近く、後宮に四妃より位高く、王妃に次ぐ妃を新設する。名を――中央妃。称号は黄龍妃とする」
ざわり、と衣擦れの音が広がる。
だが暁辰は構わず続けた。
「黄龍妃は後宮より、女官長・琳を推戴する」
一瞬、時が止まった。
「異論は聞かん。心して拝命するように」
勅紙に王印が押される音が、やけに大きく響く。
そして、どかりと玉座に腰を下ろした。
――前代未聞。
ざわめきはもはや抑えきれなかった。
「陛下!そのような前例はございません!」
「下女上がりの女官を、四妃より上に据えるなど――!」
「後宮の秩序が崩れます!」
高級官僚たちが次々と声を上げる。
だが暁辰は、ただ視線を向けただけだった。
それだけで。
喉元に刃を当てられたかのように、声は途切れる。
その決意を覆そうとすることは、死を意味する。
誰よりも家臣たちが知っていた。
暁辰は、決めたことを曲げない。
そしてその決断は、常に国を動かしてきた。
やがて誰も口を開かなくなる。
玉座の上の若き皇帝は、ただ静かに言い放った。
「次」
朝議は、それで終わった。
その勅令は、嵐のように後宮へと広がる。
まずは皇后の耳へ。
白磁の茶杯を持つ手が、ぴたりと止まった。
「……中央妃?」
静かな声。
だが侍女たちは震えた。
「四妃の上、王妃に次ぐ位だそうで……」
皇后はゆっくりと茶を置く。
「琳……あの女官長を?」
その瞳に浮かぶのは怒りではない。
測るような光。
「面白いことをなさるわね、陛下」
だが、その微笑みは冷えていた。
青龍妃・蒼麗は書簡を読み終え、静かに目を伏せた。
「秩序の再編……」
怒りはない。
ただ計算している。
「四妃を飛び越える人事。これは後宮のみならず、朝廷への宣戦布告」
すぐに理解する。
――皇帝は、本気だ。
朱雀妃・紅蘭は、文を握り潰した。
「どうして……!」
頬が紅潮し、金の瞳が揺れる。
「私は、あの方のためにここにいるのに……!」
悔しさと、焦燥と。それでも胸の奥でわかっている。
琳は、ただの女ではない。
それが余計に苦しい。
玄武妃・玄珠は、薄く笑った。
「なるほど」
盤面がひっくり返った。
「駒ではなく、盤を変えるつもりなのね……陛下」
そして静かに呟く。
「琳。あなた、生き残れるかしら?」
興味が、灯る。
白虎妃・白玲は目を輝かせた。
「えっ!?琳が一番えらくなるの!?」
侍女が慌てて口を塞ぐ。
「声が大きいです!」
「だって面白そうじゃない!」
無邪気に笑う。
「琳、きっと困ってるだろうなぁ」
その予想は正しかった。
そして。
当の本人は、後宮の一室に軟禁されていた。
「……あの人、何考えてんだァ……」
琳は扉を背に、ずるずると座り込む。
護衛は増やされ、出入りは制限。
名目は“保護”。実質は隔離。
「中央妃?黄龍妃?……は?」
理解が追いつかない。
四妃より上。王妃に次ぐ位。しかも後宮指南役。
(それってつまり――)
後宮の秩序を、全部任せるってことじゃない。
「いやいやいや無理でしょ」
頭を抱えるが、胸の奥が揺らめいているのがわかる。
それは闘志の炎だ。
玉座で見た、あの目。迷いのない決意。
「……私を、そこまで信用してるの?」
ぽつりと呟く。
扉の向こうで、足音が止まる。
誰かが来た。敵か、味方か。
深呼吸する。
泣く暇も、迷う暇もない。
立ち上がる。
「……中央妃、ね」
自嘲気味に笑う。
「ブラック企業どころじゃなくなったな」
外では、後宮の空気が変わり始めていた。
派閥が動く。陰謀が巡る。
そして玉座では、若き皇帝がただ一人、静かに呟く。
「逃がすと思うなよ、琳」
その声を、誰も知らない。
――後宮は今、歴史を変える夜を迎えていた。




