08 魔術師団長の息子に餌付けされる。2
アロイスは僕を抱えたまま、ベッドに乗り上げると、そのまま横に寝転んだ。僕は慌てて離れようとしたが、腰を掴まれて動けず、一緒にベッドに横になってしまう。
「は~、楽になった。これで落ち着いて会話できますね」
アロイスは結局僕を後ろから抱き締めたまま、離れないつもりのようだ。先ほどより密着している気がする。抱きまくら扱いなのかもしれない。
「はあ……もう、いいや。このまま話すよ。アリシアの悪事のことなんだけど…殿下に何を報告したの?」
僕は諦めてそのままの状態で訊いてみた。アロイスの吐息が耳にかかる。
「レオンハルト殿下から、何も聞いていないんですか?」
「うん。何も」
「……」
アロイスはしばらく黙っていたが、やがて諦めたように溜息をついた。
「……分かりました。じゃあ、少しお話ししますね」
アロイスは僕の髪に顔を埋めながら、静かに語り始めた。
「僕は生徒会メンバーなので、レオンハルト殿下から命じられて、いろいろ諜報活動というか、……調査を担当させられているんです。アリシア嬢については、誰かを階段から突き落とした、とか、水をかけた、とか噂はいくつかありますが今のところ決定的な証拠はありません」
「そう……、んっ」
アロイスは大真面目な声で語っているが、僕の首筋を何故かまだペロペロ舐めている。ひょっとしてアロイスも王子と同じ、甘味欠乏症なのだろうか? 白雪姫を結局僕一人で全部食べてしまったのはマズかったかも。
「ただ僕は殿下から、卒業までに絶対に悪事の証拠を見つけろと命じられていまして」
「どうして? 殿下はやっぱりアリシアを疑って……」
「違いますよ。殿下は婚約破棄したいので、アリシア嬢に何らかの罪を被せる気です。たとえ潔白であっても」
「そ、そんな!」
「殿下が、そこまでして婚約破棄したい理由を、先輩は聞かされてないんですか? 本当に?」
「……し、知らな……、あっ」
アロイスは呆れたような顔をして言うと、僕の首筋に齧り付いてきた。そのまま強く吸い付かれる。ヤバい。やはりアロイスも甘味欠乏症の禁断症状により、幻覚で僕が甘いお菓子に見えているようだ。僕は当たり前のようにケーキを一人で食べ尽くしてはならなかったのだ。
「殿下は、アリシア嬢と結婚するつもりはないみたいですし。他にご結婚したい方がいらっしゃるようですよ」
「えっ?! それって誰!?」
僕は驚いて、思わず振り向いてアロイスの顔を見た。すると、至近距離で目が合う。
「本当に分からないんですか? カミル先輩は鈍いなぁ。いやちゃんと伝えてない殿下がバカなのかな……」
アロイスは呆れたような顔をして僕を見た。
「そりゃあ、殿下は僕に直接は教えてくれませんけど……殿下の本命の方のことは知っています。殿下の態度を見ていれば、すぐわかりましたよ」
僕は焦った。まさかとは思うが……
「だって、毎日のように殿下は会いに行っていましたから……」
やはり、もう間違いない。ズバリその人の名前は。
「シャルロッテ……」
「は?」
アロイスは僕の口から飛び出した名前に目を丸くした後、憐れむような眼差しで僕を見ていた。僕はそれに気が付かずにブツブツ分析をはじめた。
「……やっぱり、殿下はアリシアと婚約破棄してシャルロッテと結婚したいんだ。殿下の寵愛を受けているし、あの2人は既に恋仲なんだよね……」
どうやら、アリシアが恐れていた『ゲーム』の『シナリオ』どおりに物事は進んでいるようだ。僕はその事実に気が付いて胸が苦しくなる。
「……えーっと。ちょっと僕、あのサボり王子に同情しちゃいました。……カミル先輩のあまりの鈍さに、哀れみを覚えますよ。いや~、まさかの方向に勘違いされてるんですね」
アロイスは額に手を当てて天井を見上げている。どういうことだろう。
「それにしてもカミル先輩。『シャルロッテ』をご存知なんですか?」
「あ、うん。でも最近は会ってない。連れていかれちゃって……」
同じクラスの『シャルロッテ』が僕と会話をしていると、いつもレオンハルト王子がどこからか現れて、シャルロッテを引き摺っていってしまう。多分シャルロッテが僕と仲良くするのが嫌なのだろう。
最近の2人は僕なんかより、ずっと長い時間を一緒に過ごしているようだ。僕は悲しくなって俯いた。
アロイスはそんな僕の様子をみて、「マジか、カミル先輩はアレが本命なのか? じゃあ、殿下は無理矢理襲ってんのか?」と呟いていたが、よく聞こえなかった。
「……カミル先輩、これから俺が言うことは絶対に秘密にして欲しいのですが」
「……?」
アロイスは僕を腕の中から開放すると、身体を起こしてベッドに座り、真剣な表情になって言った。僕は戸惑ったが、同じように起き上がって、アロイスと向かいあわせになり、小さく肯く。
「『シャルロッテ』はエルスハイマー男爵家で虐待されていた可能性があります」
「ええっ!?」
僕は驚愕してアロイスを見つめた。
「……どうも言動がおかしくて、心を病んでしまったかもしれず……、今は男爵家から保護されて、その、レオンハルト殿下の……管理下にあります」
アロイスは言いにくそうに言葉を濁した。
「そ、そうなんだ……」
「はい」
レオンハルト王子が、わざわざ男爵家の彼を匿っているということは、それだけ彼は王子にとって大事な人なのだろう。
やはり、アリシアと婚約破棄して、主人公である『シャルロッテ』と結婚するつもり、ということに間違いはないようだ。
心臓が痛くて泣きそうになる。この気持ちは何だろう。僕はギュッと目を瞑った。
「カミル先輩、一応確認しますけど、レオンハルト殿下に脅されたりしていませんよね?その……、昨日も先輩、泣いてたし」
「い、いや、されてないよっ。……大丈夫だよ?」
僕は赤くなりながらも慌てて否定したが、アロイスはまだ疑いの目で見てくる。
「もし、本気で殿下から逃げたいなら、相談してくださいね。絶対に一人で行動しないでください」
「ありがとう。でも、今のところ逃げるつもりはないよ」
「……そうですか。でも、カミル先輩が逃げたくなったときは、僕、力になりますし。オススメはしませんが……もしシャルロッテと会いたいなら、……一応連絡はとれるので、なんとかできると思いますし」
「ありがとう……」
僕はアロイスの気持ちが嬉しくて微笑んだ。
しかし、アロイスはなぜか苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……涙が出てますよ、先輩」
「あ、これは……」
いつの間にか、僕は泣いていたらしい。慌てて目元を拭う。
アロイスは軽くため息をつくと、手を伸ばして僕の頬を撫でてきた。そのまま腕を引き寄せられ、抱き締められる。
「先輩、これからもここに来てくれたら、美味しいお菓子も準備しますし、情報も流しますよ。ただ、僕も自分の命は惜しいので、レオンハルト殿下には僕の部屋に来たことは黙っていてくださいね」
「……ん」
耳元で低く囁かれ、僕は身体が震えた。意識がふわふわしてきて、力が抜ける。
みんな、なぜこんな僕に秘密を作らせるのだろう。僕は上手く立ち回れないのに。
僕はぼんやりしていた。
「先輩?眠くなりましたか?また横になりますか?」
目を閉じると、アロイスが優しく頭を撫でてくれる。いろいろともう考える気力は残っていなかった。
扉が破壊されるようなものすごい音がして、不意に薔薇の香りに包まれた。頭を撫でてくれていたアロイスの手がとまる。
そういえば、この部屋には季節はずれの薔薇の花が飾られていた。懐かしい。王子と一緒に過ごした王宮でも、学園の庭でも、いつもこの香りが漂っていた。薔薇の香りに包まれているうちに、眠気が襲ってきた。
「……やばい、魔王降臨じゃん。なんで連れ込んでるのがバレたんだろ。……詰んだ」
僕の意識はそこで途切れた。
最後に聞こえたのは、絶望に塗れたアロイスの声だった。
僕がアロイスの部屋を訪れたのはその日が最初で最後になった。
僕はその後、学園でアロイスの姿を見ることができなくなった。
僕はその時、まだ知らなかった。
僕の知っている『シャルロッテ』と、アロイスが語っていた『シャルロッテ』が別の人物だったことを。




