07 魔術師団長の息子に餌付けされる。1
その後、コルネリウスから「パワハラ主君から死ぬ程仕事吹っかけられたのと、ちょっと事情があってもう2人で会えなくなった」と申し訳なさそうに言われた。
僕はまた一人でお菓子を食べることが増えた。
僕はどうしても気になることがあって、高等科2年の教室へ向かった。
彼とは初対面がアレだったので、正直気まずいが、今はそんなこと言ってられない。僕は意を決して教室の扉を開けると、目的の人物を探した。
昼休みで騒がしかった教室が、一瞬だけしんと静まり返った。やはり上級生が下級生のクラスに来るのは珍しいようだ。
目的の人物は直ぐに見つかった。彼は窓際の席で一人で魔術書を読んでいるようだった。フワフワの栗毛が陽光に照らされて透けている。
僕は彼の元に歩み寄ると、恐る恐る声をかけた。
「あ、あの」
「はい?」
彼は読んでいた書物から目を上げると、僕の姿を確認して灰色の大きな瞳をさらに見開いた。近くで見ると、彼はとても整った顔立ちをしているのがよく分かる。
「突然、ごめん。ちょっと話したいことがあって…放課後にでも時間もらえないかな?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。僕、寮なんですけど、僕の部屋でもいいですか? 人に聞かれたくない話ですよね? 多分」
「うん、それでいいよ」
「分かりました。では、放課後お待ちしています」
彼はニコリと微笑むと、頬杖をついて僕に意味深な視線を寄越した。
「……何?」
「いえ、カミル先輩。今日はちゃんときっちり制服着てるんすね」
「なっ……!」
確かに前回は王子に制服を乱された状態で遭遇した。僕は真っ赤になって言葉を失う。
「すみません。可愛かったなあと思い出してしまって」
「先輩をからかって楽しいのか?君は……」
「いえ、本音なんですけど……、気を悪くさせたのならすみません。美味しいお茶と甘いお菓子準備しておきますね」
「もういいよ」
僕は居た堪れなくなって、その場を後にした。
「楽しみにしてますからっ」
後ろの方で慌てた様子で彼が声をかけてきたが、僕は無視してしまった。
***
彼の名前はアロイス・ヴェッツェル。学年は1つ下だが、公爵家の子息で、父親は王宮魔術士団に所属している。
王子とは幼い頃からの友人らしい。彼もまた魔力量が豊富でセンスもあるらしく、将来有望な魔術師として期待されているそうだ。
僕は放課後になると、すぐにアロイスの部屋に向かった。
「こんにちは。いらっしゃい!」
アロイスは僕の顔をみると、満面の笑顔で僕の腕を引き、部屋に招き入れた。
「適当に座ってください。今、紅茶を淹れますね」
「おかまいなく……」
僕は所在無く部屋の中を見渡した。
室内は、綺麗に整頓されていて清潔感があり、本棚には難しそうな魔術書が沢山並んでいた。机の上には、実験器具や薬草などが所狭しと並べられている。なぜか、季節外れの薔薇が花瓶に飾られていた。恐らく魔術で咲かせているのだろう。
「あ、これ……」
「その辺の触らないでくださいね。毒草とかヤバいやつもあるんで」
「う、うん」
僕はそっと手を離したが、気が付いてしまった。
机の上に、特定の日の早朝から並ばないと手に入らない城下町の超有名店「シュペヒト」の限定品「白雪姫」の箱があるのを……。
「……」
僕は涎を垂らしそうになるのを必死で堪えた。
「カミル先輩って甘いものが好きなんですよね?」
「めちゃくちゃ好き! 大好物!!」
思わず食い気味に答えてしまった。
アロイスは一瞬キョトンとした表情になったが、次の瞬間にはクスクスと笑っていた。
「そうですか。じゃあ、そのお菓子用意しますね。ただし、条件があります」
「え、何?」
「僕のお願いを聞いてもらえますか?」
アロイスが微笑みながら首を傾げると、サラリと髪が流れた。
***
『カミル。お菓子くれるからって何でも許したら駄目だよ。カミルは流されやすいから心配だな』
王子にそう言われた時は何を言ってるんだとショックを受けて、涙が溢れ出したのだが、結局王子は正しかった。
アロイスの『お願い』を最初に聞いたとき、僕は首を捻った。彼は僕を膝の上に乗せて、甘いお菓子を自ら食べさせたいと懇願してきたのだ。
いつも王子から、同じ状況でお菓子を与えられているが、なぜ知っているのだろう。
「……なんで?」
「いや、昨日殿下に拘束されて、餌付けされながら食べられそうになってたカミル先輩がエロすぎ……あ、いや、小動物みたいで可愛らしくて、僕も同じように癒されたいというか……まあ、そんな感じです」
「君、今、僕に対して不敬なこと言わなかった?」
「気のせいですよ。で、どうしますか?これ、食べたいんですよね?」
菓子箱を持ったアロイスから、笑顔で取引を持ちかけられた。
レオンハルト王子といい、コルネリウスといい、何故みんな僕に餌付けしたがるのだ。最近お菓子を食べさせてもらうのに慣れてしまっているが、僕はこのままで大丈夫なのか不安になる。
一瞬だけ悩んだが、僕は目の前の白雪姫の誘惑にアッサリ負けてしまった。別に減るものじゃないし、レオンハルト殿下からされるのと同じで、ペット扱いなのだろう。
膝の上は恥ずかしいと伝えると、「じゃあ、ここに座ってください」とアロイスの脚の間に座らされ、
「ねえ。これって楽しいの……?」
僕は振り返って、アロイスの顔を見た。
「え、めちゃくちゃ楽しいですよ?それに癒やされる。はあ~、カミル先輩柔らかい。癒し効果すごいや。最高です」
アロイスは蕩けきった顔で、僕の身体を抱き締めると項に顔を埋めてきた。僕は恥ずかしくて固まっていた。僕は今、アロイスに後ろから抱き締められながらベッドに座っている状態なのだ。
「あ、あの、そろそろ、白雪姫を……」
「ああ、そうでした。食べさせてあげますね」
アロイスはニコニコしながら、サイドテーブルの上に置いてあった菓子箱を開けると、限定品のケーキを取り出した。真っ白い生クリームたっぷりで、スポンジは雪のように口のなかで溶けてしまう柔らかさとかで、『白雪姫』と命名されている。
「はい、噛り付いていいですよ」
「え、このまま?」
「はい、そのままどうぞ」
僕は躊躇いながら、恐る恐る口に含んだ。
「どうですか?」
「うん、美味しい……」
口の中で上質なバターの香りが広がっていく。クリームも甘すぎず、ちょうど良い塩梅で、絶妙な味わいだった。
ただ一口が大きかったためか、口周りに生クリームがついてしまっていた。
「いっぱいついちゃいましたね。舐め取っていいですか?」
「へっ?!」
アロイスは僕の顔を覗き込むと、顔を近づけてきた。驚いた僕は固まってしまう。すると突然アロイスが笑い出す。
「……冗談ですよ。どっかの色情魔王子みたいな真似はしませんから、安心してください。ほら、動かないでください。拭いてあげますから」
アロイスは僕の顔をハンカチで拭き取った後、「直接舐め取らせてくれたら嬉しいけど」と耳元で囁いてきた。僕はビクリと震えてしまう。
「はい、もう一口いきますよ~」
「むぐっ……」
僕はまた大きく口を開けてケーキを口に含んだ。そのまま食べさせられるので、必然的にアロイスとの距離が近くなる。
間近で見る彼はとても整った顔立ちをしていると思った。肌は白く滑らかで、長いまつ毛に縁取られた灰色の瞳は僕を見つめながら輝いている。
「はあ~、カミル先輩可愛いなあ。癒やされます。あ、また顔に生クリームついてますよ」
アロイスはそう言うと僕の頬に付いたクリームを指で掬い取り、それを自らの口に入れた。
「あま~。美味しいですね」
「……」
僕は何も言えず黙り込んだ。やっぱりちょっとこの体勢も恥ずかしい。
「カミル先輩、どうぞ。あーん……」
「はむっ……」
口の前にお菓子を出されると、条件反射で口を開けてしまう自分を何とかしたい。
「美味しいですか?」
「うん……美味しい」
「クリーム舐めますね」
「え、あ、だめっ」
アロイスは止める間もなく、今度は僕の頬を直接ぺろりと舐めた。僕は身を捩って抵抗したが、アロイスは腕の中から逃してくれない。本当にクリームなんてついているのだろうか?
その後もずっとケーキを口に入れるたびにアチコチ舐められた。
舐められるたびに無意識に身構えて、身体に力が入ってしまい、食べ終わった頃には僕はぐったりしてアロイスに寄りかかっていた。
レオンハルト王子が食べさせてくれるときは、いつも、当たり前のように、僕の一口になるよう切り分けてくれていたのに。
僕は王子のことを思い出して、泣きそうになった。
別に僕と王子は、婚約者でも、恋人同志でもない。裏切っている訳じゃない。僕は単なる浮気相手だ。必死に自分に言い聞かせる。
でも、せっかく美味しいお菓子が食べれたのに、なんだか心が晴れなかった。
アロイスは僕を抱き寄せたまま、しばらく髪を撫でたり頬擦りしたりしていた。
「カミル先輩、予想はしてたけどチョロすぎますね。薔薇の花に群がる蜜蜂の気持ちがよくわかりますよ。僕の部屋に呼び出したから、かなり抵抗されるかと思いましたが……ほとんど抵抗ないし、心配になるレベルです。ヤバいですね。信用し過ぎです。このままだと、簡単に騙されて襲われますよ」
アロイスが僕の耳元で囁くと、熱い吐息がかかり身体が震える。
「さすがの僕も罪悪感が湧いてきたので、そろそろ真面目な話をしましょうか? お菓子も食べ終わったし」
「え、な、何の話?」
僕は動揺しながら聞き返した。
「そもそも、先輩、何か用があって僕のところに来たんでしょう?」
「あっ!」
そうだ。白雪姫に囚われてすっかり忘れていたが、僕はアロイスに訊きたいことがあったのだ。
「あの、このあいだ、殿下に報告してたことなんだけど……」
「ああ、カミル先輩の姉であるアリシア嬢の悪事のことですね?」
す、鋭い……っ。
「う、うん。その、でもその前にちゃんと話したいから、いい加減離してくれる?この体勢疲れたから……」
僕はアロイスの腕の中でもじもじした。ずっと後ろから抱き締められたまま、あちこち触られっぱなしなのだ。正直、落ち着かない。
「分かりました。僕もそろそろ限界なので、このままベッドに横になりましょう」
「ちょっ! な、なんでそうなるの!?」




