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悪役令嬢の弟ですが、姉の婚約者の執着王子様に甘いお菓子で餌付けされています。  作者: 藤海さや


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06 第一王子に食べられる。2


 僕は王子の言葉を聞いて青ざめた。

 実はここに来る前に、砂糖をたっぷりまぶしたかりんとうをつまみ食いしてしまったのだ。恐らく僕の身体にはそのときの甘い香りが付着しているのだろう。かりんとうは香ばしくて軽快な食感が魅力的だが、一度食べだしたら止まらないのが困りもので、つい食べすぎてしまいがちだった。

 どうやら王子の狂乱は僕のつまみ食いが原因だったようだ。僕の存在が更に禁断症状を悪化させてしまったとしたら責任重大だ。


「ごめんなさい。僕のせいでこんなに殿下がおかしくなってしまって……。あの、僕が殿下に隠れて甘味を楽しんでいたから、怒っていらっしゃるのですよね?」


「え? ああ、そうだよ。最近君に会えなくて辛かったし、カミルをこっそり餌付けしていたコルネリウスも許せない。カミル。お菓子くれるからって何でも許したら駄目だよ。カミルは流されやすいから心配だ」

「……は?」


 神妙な面持ちで反省していた僕は、王子から言われた言葉にショックを受けた。

 お菓子をくれるから許すって何だ、それ。僕のことをそんな風に思っていたのだろうか。


 僕は確かに甘味が大好きだが、お菓子をくれる人とそうでない人を区別して接したりなどしていないつもりだ。けれど、王子の言葉から察するに、甘味に釣られて王子の元へ来ていると思われているのだろうか。


 王子は、アリシアという婚約者がいるのに、最近はいつもシャルロッテと一緒にいる。自分は自由にしているのに、僕の行動は制限するのだろうか。自分勝手すきる。


 僕のことは放置したくせに。

 ずっと会えなくて寂しかった僕の気持ちは、偽物だと言うのだろうか。心が痛いのも気のせいなんだろうか。



 ああ。ダメだ。僕もまた糖分が不足していたようだ。今まで我慢できていたが、急に感情の収拾がつかなくなってしまった。悔しくて悲しくて、涙が溢れて止まらない。


「う……うぅ……ぐすっ……」

「え?カミル?」


 王子は突然僕が泣き出してしまったのを見て、ようやく冷静になってきたようだ。慌てて僕の顔を覗き込んでいる。


「カミル? えっ? あれっ? 俺やり過ぎた? ついに嫌われたか?」


 僕は涙を止められないまま首を横に振った。嫌いになった訳ではない。王子は少しホッとしたような表情を浮かべた後、僕の首筋や肩に付いた自分の唾液をハンカチで拭き取りながら、謝罪してきた。


「すまない、カミル。色々欲求不満で興奮してたから自制が効かなかったんだが……。怖がらせてしまったかな。泣かせてしまって申し訳ない」

「……ううっ、違います。僕も多分糖分不足なんです。それで勝手に情緒不安定になってるんです。ごめんなさい……」


 僕は涙を拭いながら王子を見上げた。王子は「うっ」と小さく呻いて顔を逸らした後、急に咳払いをした。


「……とりあえず、甘いものでも食べて落ち着こうか」


 王子は自分に言い聞かせるように呟いているが、僕の腰に絡みついた腕は強固なままで解放してくれる様子はない。さっきは優しく拭き取ってくれたと思った王子の手が、ハンカチを置いた後で今度は僕の頬や鎖骨辺りを執拗に撫で始めた。そのときである。




 



「やっと発見しましたよ、殿下」



 

 何もない場所から突然、声がした。暫くすると空間が歪み、この学園の制服を着た男子生徒が現れた。ネクタイの色から下級生だと分かる。

 年下だからか、やや幼い顔立ちで、フワフワな栗色の髪に灰色のパッチリした目をしている。背丈は王子より少し低く、細身だ。


 僕は呆然としていた。状況が分からないが、おそらく転移魔法を使ったのだろう。転移魔法は高等魔法だ。移動先に術者以外の人間がいると失敗しやすいので熟練者でなければ使えないと聞く。少なくとも一般の学生が使える魔法ではないので、僕は目の前に現れた少年が一体何者なのか分からなかった。


 少年は僕を膝に乗せたままの王子の隣に立つと、呆れたような顔をした。


「護衛振り切って姿眩ませてるなんて最悪ですぜ。フランツ先輩がブーブー言いながら探してましたよ。誰の命令で皆が働いてると思ってんですか? やっと気配見つけたと思ったら、結界張ってまで何してんですか?」


「その発言は嘘だな。フランツなら、俺が勝手にいなくなったのだから仕方ないと言い訳を垂れ流しながら、自由時間をフルに満喫してるはずだ。実際奴が本気を出せば俺の逃亡はそう簡単には成功しない。騙されるな。奴の場合は探してるフリだ。とりあえず俺は忙しい」


 王子は再び僕の首筋に顔を埋めると、そこに強く吸い付いた。


「んんっ……」

 

 僕は身体を震わせながら、その痛みになんとか耐える。思わず変な声が出てしまった。


「いやだから!! 何の忙しさだよ。婚約者とイチャイチャするのはいいけど、場所と時間考えろ……、と、あれ?」


 栗毛の少年はシャツがはだけた僕の方をまじまじと見て、首を傾げた。


「殿下の婚約者殿が貧乳という情報はありましたが……、ここまでぺったんこだとは……」

「アロイス。お前、どこ見てるんだ」


 王子は心底軽蔑した眼差しで、アロイスと呼ばれた少年を睨みつけた。


「どこ見てるって、アンタがこんなとこで婚約者をひん剥いて、ヤろうとしてたからでしょうが?」

 アロイスはボソボソ不満気に呟いている。


「カミル、ごめん。邪魔が入ったから、続きはまた今度ゆっくりさせてくれ」

「殿下? 続きって何でしょうか?」

「……カミルを食べさせてもらうことだよ」

「!!」 

  

 不味い、王子はまだ正気に戻ってない。誤解を解かなければと口を開いた僕の目の前に、いろとりどりのフルーツが乗ったタルトが出現した。王子が今日持参してくれた甘味だ。


 パイ生地の上に鮮やかな果実たちが宝石のように並べられている。輝くような美しさに眩暈がしそうだ。サクサクのタルト生地に爽やかな果汁が混ざり合い口内を楽しませてくれるのだろう。想像しただけで涎が出てきた。


「今日は食べさせてあげるから、口を開けて。カミルはいろいろ悩まなくていいよ」


 王子が満面の笑みで僕の口元にタルトを運んできた。僕は抗いきれずに口を開けてしまう。うま。口の中が芳醇な甘味で溢れる。自然と頬が緩み表情筋が解ける。


「……分かった!! 殿下、彼はカミル・ローズハート公爵令息ですよね? 回復癒しキャラが浮気相手かよ? つか殿下、アンタ婚約者の弟に手出してるんすか? 同じ顔なのに!?……下道っすね」

「煩い。まだ手は出してない。カミルは特別なんだよ」

「おいっ! やっぱり手出す気じゃねえか!? 最低かっ!!」


 王子はアロイスの言葉を無視して僕にタルトを食べさせていく。先ほど何か気になるワードが耳に入ってきた気がするが、僕はタルトの誘惑に負けて考えることを放棄してモグモグしていた。甘味を咀嚼することで僕の心も身体も癒されていく。タルトサイコー。


「うん。可愛いね。カミルはやっぱり癒やされるなあ」


 僕の表情を見た王子もなんだか幸せそうに微笑んでいる。ちなみに王子の腕は未だに僕の腰に巻き付いたままだ。時々、僕の口にタルトを入れるタイミングが悪いのか、唇の端にクリームが付着してしまうことがあった。それをペロリと王子が舐め取ってくれるのはありがたい。けれどその瞬間はちょっとだけドキドキする。


「アンタ、婚約者姉弟丼食う気かよ……」

「下賤なことを言うな。俺はカミル専用だ」

「あ〜。そっすか〜」


 栗毛の少年アロイスはゲッソリとした顔で、僕と王子を見比べている。彼が発した謎のワードに王子は機嫌を損ねたようだ。僕も先ほど彼が発した言葉に気になるものがあったのだが、フルーツタルトの誘惑に負けたまま、問い質すことは出来なかった。



「……けど、まあ確かに殿下が味見したくなる気持ちもわかりますよ。癒やしキャラと言われつつ、双子なのに逞しい姉に比べて、庇護欲をそそられるっつーか、エロいんすよね。このお坊ちゃま」


 アロイスは僕の顔をしげしげと眺めながら呟いている。なんか怖い。よくわからないが、その発言に腹を立てた王子がアロイスを鋭い眼光で射抜いていた。


「次に不届なことを口走ったら、お前の舌を引っこ抜くぞ。そもそも何の用だ?」

「あ、すみません。クソ忙しいときに色ボケ王子が浮気相手と堂々とイチャついてる現場を目撃して、怒りで目的を忘れるところでした。調査報告がいくつかあるんですけど……」

「……このまま聞く」


 王子は僕の背中を撫でながら話を促した。


「へ、この状況で?!」

「ああ」 


 アロイスはチラッと僕の方を見て口を開いた。


「じゃあ、まずはプライベートで依頼されていたアリシア・ローズハート公爵令嬢の悪事についてですが……」

「待て。その話ならやっぱり後で聞く」

「は?」


「カミル、悪い。次はちゃんとゆっくり時間をとってお菓子食べさせてあげるからね」


 王子は僕を抱き寄せたまま、僕の唇をペロリと舐めてきた。どうやらまだクリームが残っていたらしい。


「ふふ。カミルの味もとっても甘くて美味しいよ。また今度ゆっくり味わわせてくれ」


 僕は王子に頬を撫でられながら、愛おしげに見つめられる。


「あのでんか~? 何してんすか~? 僕はまた、何を見せられてるんすか~? いつ報告すればいいんすか~? 自分勝手も大概にしろよ~?」


 アロイスがゲンナリした様子で、台詞を棒読みする。


「うるさい、生徒会室で聞くから」

 

 王子はアロイスに冷ややかな一睨みをすると、僕を再びギュッと抱き締めた。


「カミル、本当にありがとう。おかげでちょっと回復したよ。怖がらせてすまなかった。あと、くれぐれも今日のことはアリシアには内密に。また今度」


 王子は爽やかな微笑みを浮かべると、死んだ魚の目をしているアロイスの首根っこを掴んで引き摺りながら、去っていった。


 嵐のような出来事に、僕はベンチの上で放心していた。

 気がつかないフリをしていたが、やはりあのアロイスとか言う少年は聞き捨てならない台詞を吐いた気がする。頭から離れない言葉が、気になって仕方ない。



「……うわき、あいて」


 僕の呟きは、誰もいない中庭に虚しく響いた。

 アロイスの発言の全ては理解できなかったが、おそらく僕のことをそう評した。婚約者に内密にしなければならない関係とは、つまり、そういうことなのだろうか。


 僕はこれからどうすればいいんだろう。アリシアには報告しろと言われているが、王子からは口止めされてしまった。

 僕は今後のことを思って頭を抱えた。


 

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