04 宰相の息子に餌付けされる。
鼻息の荒いシャルロッテから昼食を一緒に食べたいと言われた。アリシアから仲良くするよう命じられていた僕は、それを了承していたが、結局一緒には食べられなかった。
昼休みになると、レオンハルト王子が突如教室へ現れ、ものすごい形相でシャルロッテを何処かへ連れて行ったからだ。
「ちょ、何だよ、この人攫い?! お前、一人でも対応できるだろ?! 俺は忙しいんだよ!! カミルたんとのランチタイムという貴重な時間を奪おうとするなっっ!」
「貴様、自分の役割を忘れたのか? 勝手な行動は許さん。そもそも、なぜこのクラスに編入している?! 馬車馬のごとく働く予定だった貴様がなぜここに居るんだ!!」
「うぎゃああああっ!! カミルたん! 明日は必ずお昼一緒に食べようね?! 薔薇の花束と甘いオヤツ持ってくるから……」
王子にズルズルと引き摺られたシャルロッテが、去り際に何か叫んでいたが、苛ついた様子の王子に遮られ最後まで聞こえなかった。
というか、鍛えていそうな体形のシャルロッテを簡単に引っ張っていけるなんて、王子は優美な外見に似合わず、意外と力持ちなんだ。それに、あんなドスの効いた低い声を出す王子の声もはじめて聞いた。
僕は意外と王子のことを知らないのだと思い知らされた。
次の日も、そのまた次の日も、レオンハルト王子が休み時間になるとシャルロッテを攫っていくため、僕たちは一緒に食事をすることはできなかった。それどころか、放課後も2人でどこかへ消えて行く。
2人はよく一緒に行動している姿が目撃されていた。シャルロッテは聖魔法の使い手らしいのだが、実は聖魔法は扱える人物はそう多くない。数少ない聖魔法の使い手の一人がレオンハルト王子で、どうやら王子はシャルロッテの指導役になっているらしい。王子が忙しくなると言っていたのはこのことだったのか。それにしても何故シャルロッテと?
僕は最近レオンハルト王子とお茶をすることがなくなり、寂しい思いをしていた。甘味が足りていない。
アリシアが提案した作戦通りにシャルロッテと仲良くできていない状況もあり、非常に憂鬱だ。
しょんぼりしていると、コルネリウスに学園の中庭に来るよう呼び出された。いつも王子と一緒にお茶をしていた場所だったので、少しだけ期待してしまったが、そこにいたのは無表情のコルネリウスだけだった。
「レオンハルト殿下が最近忙しくて一緒にお茶ができてないから、お前にって。なんか甘味らしい。まったく。人を伝言係にしやがって」
「あっ、ありがとう」
僕が礼を言うと、コルネリウスは気まずそうに頭を掻いて視線を逸らした。
僕は渡された包みを持って、庭のベンチに腰掛けた。そして、包みの中身を見て思わず顔がほころぶ。カラフルなマカロンだった。
「これ、見た目も華やかだけど、すごく美味しいんだよね。僕が以前また食べたいって言ったの、殿下覚えてくれてたのかなあ」
僕は嬉しくなりながら、紅茶の準備を始めた。
「コルネリウスも一緒にどう?」
「……菓子はお前がもらったものだから、いらないけど、お茶はもらおうかな」
僕が誘ってみると、コルネリウスは隣に座ってくれた。僕がお茶を入れる準備をしている間、彼は何も言わずに待っていてくれていた。いつも王子に厳しく、憎まれ口ばかり叩いているけれど、根は優しい人だということを僕は知っている。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
僕が差し出したカップを受け取ったコルネリウスは、ゆっくりと口をつけた。
「……うん、うまいな」
「良かった」
コルネリウスが満足してくれたことにホッとして、僕は自分も一口飲んだ。それから、王子からもらったマカロンを自分で口に入れた。甘くて美味しい。でも以前王子から食べさせてもらったときの方が、もっと甘かった気がする。
王子と一緒にお茶をしていたときは、この庭も様々な花が咲き誇っていた。今は少しだけ閑散としている。枯れた薔薇が目についてしまい、痛々しい気持ちになる。
やっぱり王子が一緒にいないのは寂しいな。
そんなことを思いながら、もう一つマカロンを口に入れた瞬間、目から涙が零れ落ちた。慌てて拭ったが、後からどんどん溢れてきて止まらない。
「……おい、カミル。どうしたんだお前、大丈夫か?」
コルネリウスが心配した様子で、僕の顔を覗き込む。
「ごめん、自分でお菓子食べるのが久しぶりで、ちょっと寂しくなって……」
こんなことで泣いてしまう自分が情けなくて、僕は乱暴に目を擦った。
いつもこの中庭では、王子が甘いお菓子を僕に食べさせてくれていた。僕の幸せな時間は、王子とセットだったのだと気が付いてしまった。
「……食べさせてやれば、泣き止むか?」
「……え?」
聞き間違いだろうかと思い、顔を上げると、コルネリウスの真剣な表情とかち合った。
「口を開けろ」
「えっ、あ、あの……」
戸惑っているうちに、コルネリウスが手に持ったマカロンを、僕の唇に近づけてきた。
「開けろって」
「え、あ、うん、……」
言われるままに僕は口を開けると、そのまま口の中にマカロンを押し込まれた。甘さが口に広がっていく。優しい味だ。僕は再び涙腺が崩壊しそうになりながらも、必死に耐えた。
「……どうだ?」
「う、うん。おいしい」
「そっか。じゃあもう一個食べるか?」
「え、う、うん…」
僕はそのまま、しばらくコルネリウスにマカロンを食べさせられた。コルネリウスは無表情だが、やっぱり優しい奴だ。いつのまにか涙は引っ込んでいた。
「ありがとう、コルネリウス。やっぱり自分で食べるよりおいしいかも……」
僕はコルネリウスの優しさが嬉しくて、笑顔を浮かべた。すると何故かコルネリウスは視線を逸らして、目を泳がせ始めた。耳が赤い。
「ヤバい、レオンハルト殿下の気持ちが理解できてしまった」
「え?」
「……いや、何でもない。それよりカミル。お前、殿下にいろいろされてるけど、嫌ならはっきり言った方がいいと思うぞ。無理強いはよくないし」
「……うん、でも未来の……えと、弟?として可愛がってくれてるというか」
僕の言葉を聞いた途端、コルネリウスは大きくため息をついた。呆れた顔をしている。
「お前、本当に鈍感だよな。殿下はお前のことを義理の弟だと一度も思っていないぞ。自分でもそう言ってただろ? むしろ……」
コルネリウスが言いかけて、言葉を切った。多分気をつかってくれたのだろう。はっきり言われなくても分かっている。王子も僕のことを弟だと思っていないことは。
「……わかってるよ。僕が王子にとって、単なる『ペット』的な存在だってことぐらい。……それでも、僕はいいんだ」
僕は憂いを帯びた表情で空を見上げた。空の青さが眩しくて目を細めてしまう。
「は?」
コルネリウスは怪訝そうな顔をして間抜けな声を出していたが、僕は気づかないフリをした。
王子には想い人がいる。そう考えるとまた胸が苦しくなる。きっとそれはいつも一緒にいるシャルロッテだろう。アリシアの言っていた『ゲーム』とやらの通りになるのであれば。
「……お前の精神状態というか、頭の理解度は少し心配だが、まあいい。それより殿下は穏やかそうに見えて結構独占欲が強いから、騙されないようにな。気をつけろよ」
「え? どういうこと?」
「なんでも簡単に許すなってことだ」
コルネリウスは僕の肩をポンポンと叩くと立ち上がった。
「俺で良かったらいつでも一緒にお茶してやるから。明日はなんかまた別の菓子持ってきてやる」
「ええっ、ありがとう! 楽しみにしてるね」
僕は笑ってお礼を言った。するとコルネリウスが一瞬だけ微笑んで、手を伸ばしてきた。僕の頬に手を添えたかと思うと、親指で唇を優しく撫でられた。
「……!?」
驚いて固まっている間に指先は離れていき、コルネリウスはその親指をぺろりと舐めた。そしていつも通りの無表情に戻ってこう告げたのだ。
「ごちそうさま」
「へっ?! ちょ、ちょっと待って!! 今の何!?」
「……クリーム残ってたから味見しただけだ」
「あ……そ、そうなんだ……」
僕は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。顔も熱い。なんだかドキドキしてきた。コルネリウスは平然としているけれど、これって普通のことなんだろうか。いや、普通って?
でも、レオンハルト王子は直接僕の口を舐めてくるぞ、あれ?
「……少し枯れてていも、一応まだ薔薇の生垣があるしな。それなりの効果があるってことか」
コルネリウスが庭園の隅にある小さな薔薇の木を見つめながら、ボソリと呟いた。
「え?コルネリウス?」
「ああ、別に何でもない。カミルとお茶できて楽しかったよ」
「う、うん……」
コルネリウスは僕の頭をそっと撫でると、僕の目をみて、また一瞬だけ微笑んでくれた。
「じゃあ、また明日な」
なんとなく落ち着かなくて、コルネリウスが去った後、僕はもう一度マカロンを頬張った。甘い味が口いっぱいに広がる。
貴重なコルネリウスの笑顔が見れたのと、久しぶりに頭を撫でてもらって、僕は寂しい気持ちが少しだけ薄れていた。
だけど、やっぱり。
「レオンハルト殿下に会いたいな……」
思わず口に出していた。




