03 転校生に手を握られる。
転校生の名前はシャルロッテ・エルスハイマー。男爵家の令嬢で、ゲームの主人公だ。
平民出身だが、男爵家の庶子として引き取られた際、類まれなる聖魔法を持っていることが分かり、それを見込まれて、学園に編入することになったらしい。
学園のクラスメイトから伝え聞いた事実は、アリシアから昔聞いていた内容と一致しており、思わず鳥肌が立った。
ちなみに主人公の攻略対象は五人。第一王子、宰相の息子、騎士団長の息子、魔術師団長の息子、そしてもう1人、ということになっている。これもアリシアから聞いた話だ。
主人公がどのルートを選ぶかによって悪役令嬢であるアリシアの運命は変わる。ただどのルートも結末は悲惨で、特に主人公が第一王子であるレオンハルトを選んだ場合、アリシアは王子との婚約を破棄され断罪、処刑される。唯一アリシアが無難に暮らしていける結末を迎えるのは、主人公が最後の攻略対象を選んだ時のみ。
それがこの僕、カミル・ローズハート。主人公のライバルであり、王太子の婚約者である悪役令嬢の双子の弟だ。
アリシアの妄言をすべて信じている訳じゃないが、全てを否定もできないため、僕はアリシアに従っていた。決してアリシアが恐ろしいからじゃない。うん。
「いよいよ転校生が来るわよ!! いい? 私たちがまともに暮らしていくためには、主人公があんたを選ぶ必要があるの! シャルロッテとかいう庶民が転入してきたら、私も協力するから、なんとか恋仲に持ち込むのよ!」
アリシアは腕組みをしながら僕に命令した。
「うん……頑張る……けど……」
「何よ」
「……アリシアは、最初レオンハルト殿下との婚約を嫌がってたけど、今はこのまま結婚したいの?」
僕はずっと気になっていたことを、思い切って訊いてみた。王子が婚約解消を望んでいることはまだ伏せておくつもりだ。今はとにかくアリシアがどういう反応を見せるのか知りたかった。
「そうね、殿下は嫌いじゃないわ。好みじゃないけど顔だけはいいみたいだし。それに結婚すれば、少なくとも処刑されることはない、となれば当然そっちを望むでしょ」
「そっか……」
アリシアの合理的な考えを聞いて、僕は少し複雑な気持ちになった。胸の奥がモヤモヤする。
「ぶっちゃけ、王妃になんてなりたくないけどね。窮屈すぎるし。王妃教育なんて発狂しそうになったわ。あんな地獄みたいな毎日を続けなきゃならないなんてうんざり」
アリシアはヤレヤレ感あふれる様子で呟いているが、彼女は王妃教育初日で脱落したはずだ。2日目以降は全部僕が受けている。毎日のように無理矢理衣装交換をし、王子が待つ王宮の控室に僕を置き去りにしていたのを、彼女は忘れたのだろうか。記憶喪失か?
「そもそも、あんたはどう思ってるのよ。私と殿下がこのまま結婚してもいいの?」
アリシアに鋭い視線を向けられて、僕は一瞬たじろいだ。
「……アリシアが婚約破棄されたら、アリシアは処刑されて、僕は男娼として娼館に売られちゃうんだろ? それは、嫌だし……だから、アリシアにはレオンハルト殿下と結婚して、幸せになって欲しいと思ってるよ」
僕は俯いて小さな声で答えた。うまく言葉にできていない気がする。心臓がキュッと苦しくなるのを感じた。
アリシアは黙って僕の言葉を聞いていたが、軽くため息をついて立ち上がった。
「ま、殿下の意志は別として、あんたがそう思ってるなら、予定どおり進めていいわよね? とりあえず、シャルロッテが編入してきたら仲良くするのよ。よろしくね」
「……分かった」
そう答えたものの、どう行動すればよいのか正直自信がなかった。
***
シャルロッテが学園に編入してくることになり、僕たちは同じクラスになった。
シャルロッテは教室に入ってきた瞬間、クラス中の注目を一身に浴びた。可愛いらしい名前からは想像もつかない外見をしていたからだ。
燃えるような赤毛に、意思の強さを感じさせる榛色の瞳。健康的な肌に、スラリとした鍛えられた体躯。
「シャルロッテ・エルスハイマーです。これからよろしくお願いします」
堂々とした態度で挨拶をしたシャルロッテは、僕よりずっと背が高い男性だった。
アリシアの話によれば、ゲームの中で、平民出身の主人公は、貴族社会の常識に疎く、貴族の子弟にいじめられるという設定だった。しかし、今目の前にいるシャルロッテはそんな素振りは一切見せていない。
主人公が男性だったことに、僕は内心動揺していた。
あれ、僕はどう行動すればいいんだ?
アリシアからはシャルロッテと恋仲になれと指示されている。しかし、どっからどう見てもシャルロッテは男の人だ。あれ?
とりあえずシャルロッテと仲良くなればいいのかな。
「じゃあ、エルスハイマーさんは後ろの空いている席に座るように」
「はい」
教師に促され、シャルロッテは僕の隣の空席に向かって歩いて来た。彼は隣の席の僕を見た瞬間、目を見開き小さく叫んだ。
「へっ、まさか、カミル?!」
「え?」
急に名前を呼ばれ、僕も驚いて顔をあげた。
「……えっと、どこかで会ったことがありましたか?」
僕が首を傾げて訊ねると、シャルロッテは真っ赤な顔で口を抑えて「くうぅ…」と呻りながら胸を押さえてガタガタ奮え出した。
「……超やばい。推しが動いて喋ってる、生カミルたん、激かわ、尊い。やばすぎ。……ああ、俺もう死んでも良いかも。いや、死んだんだった……」
シャルロッテは早口でよく分からないことを呟いていた。
「あの……」
「っは、申し訳ありません。緊張してしまって。ままままさか同じクラスにマイエンジェルがいるとは思わなかったから」
「はぁ……」
シャルロッテはキラキラした表情で僕を見ていた。
「あ、俺はシャルロッテ・エルスハイマーと言います。フザケた名前なのは横暴な主君のせいです。エルスハイマー男爵家の庶子として引き取られて学園に編入したという設定です。趣味は体力づくりで特技は剣術。好きなものはカミルた…じゃなくて、甘いものと可愛いものが外見に似合わず好きです。家族構成は父と義理の母、義理の姉が2人います。将来の夢は騎士になることで、ゆくゆくは騎士団に入りたいと思っております。学園生活では、ぜひ仲良くしてくださいっっ」
シャルロッテは爽やかな笑顔で一気に自己紹介をすると、僕に向かって右手を差し出した。真っ白な歯がきらーんと光っている。
「あ、はい……。僕はカミル・ローズハートです。よろしくお願いします」
僕は圧倒されながら、差し出された手を握り返した。自己紹介の一部の内容がおかしかった気がするが、突っ込む勇気がなかった。
シャルロッテの手は大きくて温かかった。
「……はあ、カミルたんと握手しちゃった。もう手洗えない」
シャルロッテは感極まった様子で、僕をじっと見つめてきた。手はずっと握りしめられたままで、離される様子はない。というか、なんか、ニギニギされている。
「えーと……」
僕は戸惑いつつ、シャルロッテの顔をチラッと見上げた。するとシャルロッテは顔を背けて机に突っ伏してしまった。
「うう、上目遣い可愛いぃ。顔正面から見れない……」
「え?」
「ゲームのキャラとはいえ、俺の理想そのままが現実として存在してるなんて?! こんなの無理ゲーじゃん。もう直視できない……」
「……」
シャルロッテが何を言っているのか理解できない。僕はどう反応すれば良いのか分からず、固まってしまった。
とりあえず、仲良くなれそう……なのだろうか?




