20 主人公に餌付けされる?2
「え、えっと僕やっぱりシャルロッテさんとお茶会したいなぁ。よ、良かったらクラウスさんも一緒に……ね?」
慌てて提案してみると、シャルロッテの顔がぱあっと明るくなった。
「ほんとですか? 嬉しいですっ。ありがとうございます! カミル様とお茶できるなら、私この国でもう少し頑張ってみようかなっ」
シャルロッテは嬉しそうにはしゃいでいる。
(クラウスさんが隣国へ連れて行くルートから逸らせば、何とかなるんじゃないか? よく分からないけど。そもそもシャルロッテから僕に好意を向けてもらうのが一番良いって、アリシアも言ってたし……とりあえず僕と仲良くなってもらえばOKだよね?)
無邪気に喜んでいるシャルロッテを前にすると、人の気持ちを弄んでいるようで少しだけ胸が痛んだが、これもアリシアや皆を救うためだと心を鬼にする。
「カミル殿……本当に大丈夫ですか?」
クラウスはは心配そうに僕の耳元で囁くと、僕の身体をますます抱き寄せてきた。クラウスの大きな胸板に押し潰されるような格好になり、僕は息苦しさを覚えながらも必死に平静を装う。
(やたら僕の身体を引き寄せすぎじゃないか?)
内心冷や汗を流しつつ、僕はクラウスの腕の中に抱き込まれたままシャルロッテに向き直る。彼女は何故かジーッと僕達の様子を凝視していて、目が合うと頬を染めてソワソワしながら視線を左右に泳がせている。
「そ、それじゃあお茶の用意始めましょうか。私特製のクッキー食べてみてくださいね! 」
シャルロッテは花が咲くような笑顔を見せると、近くに置いてあったバスケットを手に取った。クラウスが僕を降ろしてくれる気配は一向に無い。どうやらしばらくこの体勢で我慢しなければならないようだ。
「見てください!! 頑張って作ったんです!! カミル様のお口に合えばいいんですけど」
シャルロッテはニコニコしながら、僕にクッキーの入ったバスケットを差し出した。
僕はその物体を見て、ゴクリと唾を飲む。そこには、紫色をした毒々しい見た目の物体が盛られていた。
え、何これ。ダークマター?
僕は冷や汗をかきながら、背後にいるクラウスの方をチラッと見た。クラウスは僕の視線に気付くと、柔らかな微笑みを返してくる。
僕のヘルプに気が付いていないようだった。
いや、タスケテ。
「カミル様、召し上がってみてください!! はい、あーん」
シャルロッテは満面の笑みを浮かべながら、僕にクッキーという名の紫色のブツを差し出してくる。その無邪気な笑顔が恐ろしい。
(こんなの食べたら確実に死ぬ。せめてクラウスさんに毒味を……。でも本人すごく楽しみにしてるみたいだし……)
僕は背後のクラウスに助けを求めようと再度振り返るが、彼はこちらに一切意識を向けていない様子だった。それどころか僕の首筋に鼻を埋めて匂いを嗅いでいる有様だった。嗅がないでほしい。
今度は腕だけでなく首元まで彼の逞しい身体に拘束されて、完全に逃れられなくなった。
「遠慮しないでくださいね!! 全部食べてもらって構わないですから」
シャルロッテは善意100%の表情で僕を見ている。断れない空気を感じ取って絶望した。クラウスは依然として僕の項に顔を埋めたままだ。つまり助けてはくれない。
僕は覚悟を決めた。一口サイズのその紫色のブツを口に含む。異臭が口の中いっぱいに広がり吐きそうになったが、気合で耐える。咀嚼するとジャリっとした粉っぽい舌触りがあり、形容しがたい苦味とエグミが襲ってきた。だがここで吐き戻したらシャルロッテがショックを受けるだろう。必死に嚥下しようと努めるも難航する。ヤバい、これ。
激マズだ。
こんな凶器みたいな代物を、どう調理して作成したのだろう。製造過程に毒が混入してはいないだろうか。
僕の脳内では、警鐘がガンガン鳴り響いている。生物としては即刻口から排出すべきだ。生命維持システムが危険信号を発している。だが僕は精神力の限りを尽くして全て飲み込んだ。
「カミル様、美味しいですか? うふふ」
シャルロッテはニコニコしながら、僕の様子を見守っている。彼女はとても嬉しそうだ。
「う……うん、美味しいよ」
僕は震える声で大嘘をついた。なんとか笑顔を作ってみたが、あまり上手く笑えている自信はない。
「嬉しい! まだまだたくさんあるんです!! いっぱい食べてくださいね!!」
シャルロッテは更に紫色の物体を僕の口に押し込んできた。僕は涙目になりながら、必死に咀嚼し続ける。早く、一刻も早くこの苦行が終わって欲しい。
「うふふ、カミル様ったら、可愛い」
シャルロッテはうっとりとした表情で僕を見つめている。僕はなんとかその物体を飲み下すと、無理矢理笑顔を作った。おそらく涙目のままだろうが。
「ありがとう……美味しかったよ……」
僕が絞り出すように呟くと、シャルロッテは更に笑みを深めたのだった。
「カミル様は本当にお優しい方なんですね。私、幸せです! レオ様は、私の作ったものなんて絶対召し上がらないでしょうし。アロイスもクラウスも、いつも私のこと避けますの。……でも、カミル様はちゃんと食べてくださるんですね」
シャルロッテが僕を見つめながら嬉しそうに笑うので、僕もつられて微笑む。彼女の笑顔が天使のように眩しくて、僕はクッキーの衝撃を若干和らげた。
「カミル様、私、カミル様に是非お伝えしたいこととお願いがありまして。聞いてくださいますか?」
シャルロッテがそう言うと、僕はコクリと頷いた。するとシャルロッテは頬を赤らめて、恥ずかしそうにしている。そして両手で顔を覆うと、指の隙間からチラリと僕の様子を垣間見た後に、覚悟を決めた様子でギュッと両拳を握りしめてこう叫んだのだ。
「カミル様、私どうしても叶えたいことがあって、その、私、まず結婚したいと思っているんです!!!」
シャルロッテの声は、薔薇の庭園に響き渡った。僕はパチパチと瞬きする。
……ん?何の話だ?
「えっと……うん、そう……? 誰と結婚したいの?」
僕は戸惑いながらも、なんとかそう答えた。
「それが、頑張ってるんですけど、ものすごく邪魔されていて、このままじゃ夢を叶えられそうにないから……だから、クラウスに頼んで強硬手段に出ちゃいました……えへへ」
シャルロッテは恥ずかしそうにモジモジしている。
視界が揺れる。僕は違和感を感じて、瞬きをした。
「カミル様、男娼ってどういうお仕事なのか、ご存じですか?」
シャルロッテは笑顔で突然そんなことを言い出した。心臓が早鐘をうち、身体中から冷や汗が噴き出してくる。
「えっと……それは……」
僕は返答に困って、言い淀んだ。
「うふふ、カミル様は本当に優しい方なんですね。こんな状況なのに、私に気を使ってくださってる」
シャルロッテは悪戯っぽく微笑むと、僕の手からクッキーのバスケットを取り上げて地面に置いた。そして僕の両手を掴んで、じっとこちらを見つめてきた。
その表情は、さっきまでの無邪気な少女の顔ではなかった。
「男娼は愛を鬻ぐ者ですよ。カミル様はとっても魅力的ですもの。きっとこの先、皆から愛されますわ」
シャルロッテは妖艶に微笑むと、僕の唇を指でなぞった。僕は金縛りにあったように動けなくなってしまった。心臓がバクバクと音を立てている。
「私……夢があって。……なんとかしてレオ様と結婚したいと思ってるんです」
シャルロッテは、少女とは思えない艶のある声で本性を曝け出した。
「だから、レオ様がカミル様を自分専用の男娼にするつもりだって気が付いた時、私すごくショックで……。レオ様からカミル様とのことをお聞きした時も、裏切られたような気持ちになりました」
クラウスが震えている僕の肩をゆっくり摩ってくれる。まるで慰めているようだ。
シャルロッテは構わず、僕を見つめながら言葉を続ける。
「カミル様は、レオ様専用の男娼になりたい訳ではないですよね?」
「ち、違……っ、僕は……」
僕は何と答えればいいかわからなかった。
クラウスは表情を変えずに、僕を見つめている。シャルロッテは再び僕の両手を握りしめ、顔を近づけてきた。
「カミル様……良かったあ。きちんと理解されてるんですね。男娼は専用じゃダメです。レオ様以外の人もちゃんと相手しなきゃ。たくさんの人に愛されなきゃ、ダメですよ」
シャルロッテが僕の目をジッと見つめながら、可愛らしい顔でニコニコと微笑む。僕は背筋が寒くなった。彼女から底知れぬ恐ろしさを感じる。
「……悪役令嬢が、第一王子から婚約破棄されてしまった後のカミル様の運命をご存知?カミル様は皆に愛される存在になるんですよ。それなのにみんな抗いすぎです。卒業パーティーで絶望するカミル様も見たかったけど……レオ様ったら、カミル様を監禁して、自分の専属の男娼にしようと企んでますのよ。許せませんわ。このままカミル様をひとり占めするなんて。……カミル様はみんなに平等に愛を分け与えるべきなんです。……ね? カミル様?」
シャルロッテは可愛らしく小首を傾げながら、僕の両手をギュッと握る。僕に顔を近付けたまま、耳元で囁いた。
「大丈夫ですよ。レオ様のことは私に任せてください!! 王子の専属なんてつまらない人生なんてやめて、たくさんの方に可愛がられて、愛される素敵な男娼になりましょうね。運命を受け入れましょう。カミル様なら大人気になりますわ。私、お手伝いしますから!」
現実感がなくて、頭がぐるぐるする。目眩がしてそのまま後ろに倒れ込むと、クラウスが僕の身体を優しく受け止めてくれた。




