18 第一王子に押し倒される。
「カミル、会いたかったよ」
「僕も会いたかっ、ん……っっ!」
アリシアから呼び出された日の数日後の昼休み、学園の中庭で久々に王子と待ち合わせをした。久しぶりに会える喜びから、僕は朝からずっとそわそわ落ち着かず過ごしていた。
待ち合わせ場所に現れた王子は随分憔悴しているようだった。目の下にくっきりと隈ができており顔色も良くない。王子は僕を抱き寄せるなり口付けてきた。数日ぶりに触れた柔らかい唇の感触に胸がときめく。
唇を塞がれたまま何度も角度を変えられるたびに甘噛みされたり舌先で擽られたりして、頭がクラクラしてしまう。
唇が離れるとすぐさま今度は首筋に強く吸い付かれ赤い痕を残された。僕はされるがまま、身体を震わせて王子の服を強く握りしめる。
「今日はレモンケーキを持ってきたよ。あとで食べさせてあげるからね。その前にもう少し癒して」
「えっ? あっ」
レモンケーキの文字を聞いた瞬間、僕の胃がキュンっと疼いた。甘味を求めて空腹が既に限界を迎えつつあったのだ。
最近の王子は禁断症状が酷いようで、僕と会うなり貪るような深いキスと抱擁を求めて来る。王子は僕のために美味しそうなお菓子も毎回持参してくれるのだが、先に僕を存分に堪能してからでないと甘味を与えてくれないのだ。
僕は王子に身体を弄られながら懸命に耐えている。王子に触られるのは嫌じゃないし、むしろ気持ちいいからたくさん触って欲しいけれど、飢餓状態の肉体は甘味を切望しており、崩壊寸前になっているのだ。その日、とうとう僕は限界を迎えてしまった。
「でんかぁ……僕もぉ……こんな生殺し我慢できない……はやくください……」
すぐ傍にレモンケーキがあるのに、与えてもらえないことが辛すぎて、僕はとうとう根を上げた。涙目になりながら王子に腕を伸ばして懇願すれば、何故かその腕を掴んだ王子に芝生の上に押し倒されてしまう。
「………カミル。俺ももう限界みたいだ」
「ひゃぁん!?」
焦ったような早口で呟くと、王子は僕のシャツを捲り上げて下腹部へと手を伸ばしてきた。冷たい手が滑り込んできた感触に悲鳴をあげてしまう。
このまま触られ続けてしまえば昼休みが終わってしまい、時間切れでレモンケーキが食べられない。飢えて死んでしまう。僕は強硬手段に出ることにした。
身体を捩ってうつ伏せになると、四つん這いの体勢でレモンケーキの入っているバスケットの方へ必死に這いずっていく。しかし、王子にすぐ腰を掴まれて捕獲されてしまった。
「ちょ……カミル、なんで逃げるの?」
「助けてえ!!……死んじゃぅ」
半泣きになりながらバスケットに手を伸ばして訴える僕を見て、王子はようやく我に返ったらしい。慌てて僕を抱き起こして再び膝の上にのせてくれた。荒い呼吸を繰り返しながら俯く僕の口の中に、バスケットから取り出した小さな黄色い物体を詰め込んでくれる。なんとか生き延びた。
「ごめん、勘違いした。つい夢中になってしまって……」
王子が申し訳なさそうに謝ってくるけど、僕の耳には届いていない。僕は夢中でレモンケーキを頬張った。口中いっぱいに広がる爽やかなレモンの酸味と甘さに幸福感が溢れ出す。嗚咽を漏らしながら一心不乱に咀嚼している僕を見て、王子が苦笑いしているのがわかるけれど、今は止められない。生きるために必要な行為なのだから仕方がないのだ。
そんな僕を王子は優しく撫でてくれる。それがとても嬉しい。ああ、やっぱり僕はこの人が好きなのだと思い知らされる。
「落ち着いた?」
「あ、はい。すみません、取り乱して泣いてしまって」
ひとしきりレモンケーキを堪能したところで、ようやく冷静さを取り戻した僕は顔を上げた。王子は僕の瞼に溜まった涙を舐めとりながら、小さく笑っている。なんだか気恥ずかしくなって視線を逸らすと、今度は頬に口付けられて耳朶を甘噛みされた。途端に身体が跳ね上がる。
「……カミル、一応確認だけど、他の男からオヤツもらったり、触らせたりしてないよね?」
耳元で囁かれ首を竦める。やや後ろめたい記憶があるので答えに窮してしまう。僕は王子から目を逸らしたまま答えた。
「……してないです」
「本当に? 嘘ついてたらお仕置きするよ?」
「………………しししししししてないです」
喉まで出かかった言葉を飲み込む。お仕置きって何されるんだろう……。考えるだけで恐怖心が芽生えてきた。
しかし目の前に甘味をチラつかせられれば、ついパクついてしまうのは仕方ないことだと思う。決して故意ではないし不可抗力だ。
甘味を拒否するなんて人類には無理なのだ。僕は心の中で必死に自己弁護してみるも、声に出す勇気はない。
青ざめてブルブル震える僕を見かねたのか、王子は困ったように微笑むと僕の額にキスしてくれた。
「怯えさせたい訳じゃないよ。心配してるだけだから。なかなか会えなくてごめんね」
「だ、大丈夫です……」
王子の言葉に胸がチクリとする。心配してくれて嬉しい反面罪悪感もある。それに僕にも気になっていることがあった。シャルロッテのことだ。何故王子が彼女を保護して援助しているのか。アリシアやフランツの言う通りなら、シャルロッテは第一王子のお妃候補でこの世界の主人公なんだし。
しかしそれを尋ねる前に時間切れになってしまった。
「カミル、明日もここへ来れる? 卒業パーティーの打ち合わせがしたいんだ」
「大丈夫ですが……。僕、ですか? アリシアじゃなくて?」
卒業パーティーという公の場なら、普通は婚約者であるアリシアをエスコートするだろうし、それなら色々な打合せは必要だろうが……。
「カミルで間違いないよ。……卒業パーティーは大事なイベントだから、失敗したくないし……きちんとカミルも覚悟を決めて欲しいんだ」
王子は真剣な眼差しで僕を見る。覚悟なんていう大袈裟な表現に戸惑ってしまうけれど、きっと何か大切な話をしてくれるつもりなのだろう。
「……わかりました」
僕は小さく頷いた。




