15 騎士団長の息子に餌付けされる。
僕と王子が気持ちを確かめ合った数週間後、ちょっとした事件が起こり、解決したらしい。エルスハイマー男爵家の取り潰しが決まったそうだ。
以前から人身売買や違法薬物の取引に関与していたようで、爵位剥奪の上に国外追放、領地は没収とか。なぜかフランツが、僕とアリシアに情報を流してくれた。
「まあ、ひとつ懸念が無くなったんじゃないか? 本物の『シャルロッテ』嬢は既にレオが保護してるから、不正には関わってないとみなされたんだけど、一応修道院に送られるらしい。本物の聖魔法の使い手らしいから、ほとぼりが冷めたら、聖女様として、王都に戻って来る予定なんだと」
「はああ!? 何その激甘処分! 『ゲーム』のローズハート公爵家への仕打ちと比べても、落差激しすぎでしょっ!? 『ゲーム』の私なんか学園内でちょっと主人公の言動を注意しただけで処刑されちゃったんですけど!!」
アリシアがフランツの胸ぐらを掴み、ガクガク揺さぶりながら、殴りつけている。
「まて待て! 俺が降した処分じゃねえだろ!? 親切心から教えてやっただけなのに!!」
フランツは悲鳴を上げながら、抗議していた。アリシアは完全に猫が剥がれてしまっている。
僕達がいるのは、学園の庭園ではなく食堂だ。周囲からチラホラと視線が集まってくるが、誰もアリシアを止める者はいない。
『ゲーム』でアリシアがレオンハルト王子から婚約破棄された場合、不正が暴かれるのは、ローズハート公爵家だったそうだが、現実世界では、アリシアが婚約破棄される前にエルスハイマー男爵家の不法行為が明るみに出た。
ただ、どうやらローズハート公爵家に罪を擦りつけようとした形跡もあったらしく……運が悪ければ『ゲーム』のとおり、僕の実家は不名誉な烙印を押されて、家ごと潰されていたかもしれない。
いずれにしろ、アリシアから伝えられていた未来の不幸な結末がひとつ減ったことになる。
「訳わからん任務がやっと終わったから、なんとか今後は名実ともに『フランツ・アルスラン』に戻れそうだ。あ~疲れた」
フランツは肩を回し、首を鳴らしている。彼も証拠集めに奔走していたそうだ。
僕は知らなかったのだが、フランツは元々レオンハルト王子の護衛として一部の高位貴族の中では有名な人物だったらしい。『シャルロッテ』を名乗って学園に編入したことにより、裏で様々な憶測が飛び交っていたそうだ。例えば彼が偽物であることや、エルスハイマー家を潰すための手助けをしている等々。
結局、今回のエルスハイマー家の一連の不祥事により、極秘任務を遂行するために学園に潜入していたという扱いになったようだ。
『シャルロッテ』に成りすましていた間は、相当ストレスが溜まっていたようで、解放されたような清々しい表情をしていた。
そんなことより、僕はフランツが持参してきた食べ物に釘付けになっていた。『おはぎ』が気に入った僕のため、再び作ってきてくれたらしい。あんこ餅の隣に別の種類のお餅らしきものも並んでいる。「きな粉」と呼ばれるものをまぶしているらしい。
……何だろう、あれ。絶対甘いものだよな。
「まあ、レオの方が残務処理で忙しいけどな、多分卒業式まで出てこれないんじゃないか?」
フランツから王子の名前が出て僕はハッと意識を取り戻した。
ヤバい。また甘味に囚われてしまうところだった。
僕はあの日以来、王子と会うことはなかった。あれ以降、王子だけでなく、フランツやコルネリウスも学園に姿を見せなくなった。少し、いやかなり寂しいけど仕方がないと思う。だってフランツが言う通り忙しいみたいだし、僕に構う暇なんてないのだろう。今日は久し振りにフランツが学園に登園し、事情を説明してくれたのだ。
エルスハイマー男爵家の断罪についての調査は王家の指示だったそうで、レオンハルト王子も中心となって動いていたとか。王子がいつも忙しそうだった原因のひとつらしい。
王子が指示して動いたおかげで『シャルロッテ』は罰を与えられることもなく、修道院に送られるのみで済んだようだ。
やはり王子にとってシャルロッテは大事な人なのだと改めて自覚する。会えない間は心に隙間が空いているようで辛く苦しい。心の奥底にチクチクした痛みが残っていたけれど、僕はそれに気が付かないフリをする。
それにしても、今現在はアリシアが言っていた『ゲーム』とは違う展開になっている。
じゃあ、この後は?
「……もしかして、アリシアの婚約破棄もないんじゃないの?」
僕が恐る恐る尋ねると、彼女は鼻で笑った。
「婚約破棄は決定事項よ。ただ『ゲーム』の強制力が気になるわね。最後まで気は抜けないわ」
そうなると、僕もまだ男娼にさせられる可能性が残ってるってこと?
「コソコソ私の悪事の噂を集めたりしてたみたいだけど……やり口が気に入らないのよね。どんな理由で婚約破棄を突きつけてくるのやら。ここまで来たら、正面から断罪イベントに臨んでやるわ」
アリシアは不敵な笑みを浮かべて宣言した後、ごはんのおかわりを頼みに席を立った。
まだ食べるの!?
「おい、カミル。口開けろ」
アリシアがいなくなると同時にフランツが隣に座ってきた。先程のお餅が目の前に差し出されている。
「う……」
「狙ってたろ?早くしないとアリシアが戻って来るぞ」
「……いただきます」
フランツから腰を掴まれて、逃げられなくなる。薔薇の花は近くにないからいいかな……と僕は素直に口を開けた。すぐにフランツの指ごとお餅が口の中に押し込まれる。
「きな粉も美味いぞ」
「ん」
香ばしい甘みが口の中に広がっていく。美味しい……。
しばらくそのまま特有の風味と食感を味わい、至福の時間を過ごしていたが、何故かフランツが僕の舌に指を押し付けたり、上顎を擦ってきたりしてくる。
きな粉が唾液と混ざり合って、何だか変な感じになってきたので、僕はフランツの指を咥えたまま、ごくんと唾液と共に飲み込んだ。なんとなく顔が熱持っている気がする。
「……カミル、お前レオに調教されすぎだろ……」
「んんっ?」
僕が首を傾げると、フランツは呆れた表情を浮かべた後、ゆっくりと僕の口の中に入れたままの指を動かしはじめた。歯列や舌をなぞったりする度にぞくぞくした感覚が背筋を走る。身体が熱くなって、僕が涙目になった時、背後からアリシアの声が聞こえて来た。
「何やってんのよ」
いつの間にか、大盛りごはんと共に戻って来ていたらしい彼女に声をかけられる。
背中に猫ではなく、鬼が憑いているような気がするのは、気のせいだろうか……。
「……えーと、味見?」
フランツが僕の口から指をササッと引き抜き、ヘラっと笑う。
次の瞬間、アリシアの手からテーブルの上にあったフォークがフランツ目掛けて飛んで行った。
「ぐあっ!?」
フォークはフランツの頰を掠めて、背後の壁に突き刺さっている。間一髪避けたみたいだが、彼の頰からは微かに血が滴り落ちている。
「次やったら、目玉突くわよ」
アリシアは冷たい声音でフランツを威圧しながら、壁に突き刺さったフォークを静かに引き抜いていた。
その様子をガタガタ怯えながら眺めていると、アリシアが振り返りアサシンのように鋭く尖った視線を僕に向けてきた。ひいいぃっっ!!
「あんたも抵抗しなさいよ!! 簡単に餌付いてんじゃないわよ!!」
「ごごごごごめんなさいっっ!」
僕は涙目になりながら、ひたすら彼女に謝り続けた。




