11 転校生に餌付けされる。2
「あっ、ごめん。つい……」
僕は慌ててシャルロッテの手を放した。ダメだ、甘いものを目の前にすると、見境無く行動してしまう。王子やコルネリウスからは当たり前のように見逃されていたが、普通は他人の指なんて舐めないよな、と反省する。
そして、王子の言いつけを破ってしまったことに改めて気付き、青ざめる。
「……もう1個、食うか?」
シャルロッテは誤魔化すように『おはぎ』を差し出してきた。いくらでも食べられるが、僕は泣きそうになりながら首を横に振った。
「……ごめん。食べさせられるの、ダメって言われてたから……」
「は? 何だよ、それ。どういう意味だ?」
シャルロッテは眉根を寄せた。
「えっと……」
僕は説明しようとして、言葉を詰まらせた。どこまで正直に伝えていいのか迷う。
「お前、まさか、変な約束させられてんのか?」
シャルロッテは心配そうな表情になった。僕は黙りこんでしまう。
「……誰に?」
「……」
「なあ、誰に命令されたんだ?」
さっきまで笑顔だったのに、シャルロッテの表情が険しくなった。声も低い。僕は怯えて俯いた。
「……甘いもの、誰かに食べさせてもらうなって禁止されたのか?」
シャルロッテが僕の顔を覗き込んで、先ほどより優しく訊ねた。僕は無言で首肯する。
シャルロッテが溜め息をついた。
「カミル。そいつには気を付けた方がいいぜ」
シャルロッテが真剣な顔で忠告してくれた。僕は顔をあげ、探るようにシャルロッテを見つめた。
「……どういうこと?」
「あそこに咲いてる、薔薇が見えるか?」
シャルロッテは僕を抱き込んだまま、中庭に植わっている薔薇の木を指差した。中庭にある植物はすべて魔法樹だ。薔薇も例外ではない。
「春先とかのシーズンにはまだ早いと思うけど、すごく綺麗だよね。冬でも咲いてる薔薇があるんだってちょっとびっくりした」
僕が感想を述べると、シャルロッテはフッと笑った。
「年中咲くから観賞用にはいいが、普通の薔薇じゃねえしな。あまり知られてねえけど、あの種のやつは花弁と香りに催淫効果のある毒があって……少量なら体内に入れても問題ないが、大量に摂取すると重度の中毒症になる場合がある。中毒症になっても日常生活には支障がないが、糖分を大量摂取すると同時に香りを嗅がせれば、相乗効果で催淫作用が増幅され、一種の魅了魔法というか媚薬みたいな効果がある。麻薬だな。お前、子どもの頃あの薔薇食ったことあるだろ?」
「……あの薔薇かどうかは分からないけど。毒の花を食べたって聞かされてるけど……えっと、つまり、ど、どういうこと?」
僕の頭は混乱していた。シャルロッテの言葉の意味がよく理解できない。
「端的に言うと、あの薔薇の花の近くで、お前に甘いモノ食わせる行為には目的があるってことだ。つまりそれは……」
「カミルの『好感度』をあげるためよ!!」
突然、後ろから聞こえたアリシアの声に僕は飛び上がりそうになった。
振り返ると、アリシアがいつもの腕組みポーズで僕たちを睨んでいた。
「あれ?カミルの姉さんじゃん。なんでここに? レオの断罪は終わったのか?」
シャルロッテが不思議そうな顔でアリシアを見る。
「あんた、不敬ね。レオンハルト殿下のこと、呼び捨てにすんじゃないわよ。身分考えなさいよ。それにいい加減カミルを解放しなさいよ」
僕はアリシアから言われて、慌ててシャルロッテの膝の上から降りようとしたが、彼はまだ僕を離してくれなかった。
「嫌で~す。せっかくどさくさに紛れて密着できたのに、離す訳ないじゃん。それに、本人から、呼び捨ての許可はもらってるよ。カミルの姉さんって、怖いなあ」
シャルロッテは僕を抱き締めたまま、耳元で苦笑しながら囁いた。
僕は真っ赤になって俯いた。
「ガタガタうっさいわね」
アリシアが眉間に皺を寄せて言い放つ。普段は背中に背負っている猫を、今はぶん投げているらしい。
僕の前だけでみせる口の悪いアリシアのままだった。アリシアにとってシャルロッテは、猫を被る必要がない相手のようだ。
「あんた、カミルの好感度のあげ方と、製作陣が無理矢理こじつけた裏設定まで詳細に知ってるってことは、『白薔薇学園』のプレイヤーやってたんでしょ? しかもカミルを餌付けして、好感度上げる行動を自ら実践しようとして。最初から胡散臭いと思ってたのよ。すっかり騙されてたわ。何企んでんのよ」
「……は、マジか」
シャルロッテが目を見開く。
「もしかして姉さんも転生者なの!? 自分以外にも存在しているとは思ってたけど、こんな近くに!」
シャルロッテが叫ぶと、アリシアの眉間の皺がさらに深くなる。
「ま~バレたんなら白状するけど、一応俺、カミルのファンだったから、推しの好感度あげられるか試して、スチルを生で拝みたかったていうか……。それより、姉さんも転生者だったら、事情分かってるんだろ? 俺がカミルのルート入った方が嬉しいんじゃねえの? 唯一の破滅回避ルートじゃん」
シャルロッテは僕の背中を撫でながら、アリシアに向かってニヤニヤと微笑む。
「あんたが本物の『シャルロッテ』ならね。偽物のくせに何言ってんのよ」
アリシアは、シャルロッテを睨みつけながら、吐き捨てるように言った。
「うわ、マジか、そっちもバレてるのか。姉さん優秀だな。……正直さあ、ゲームの姿とは似ても似つかないのに、『シャルロッテ』として学園に編入したら、レオと変な噂たてられるし最悪なんだよ。それってやっぱりゲームの変な強制力あるんじゃねえのかな?」
シャルロッテは、頭を掻きながら首を竦めた。
「あれだけ殿下と一緒に行動してれば噂になるわよ。そもそも殿下があんたの行動を束縛してるように見えるけど。……あんたたち、本当にそういう関係じゃないのよね?」
アリシアが問い詰めると、シャルロッテは苦虫を噛み潰したような顔をした。口がへの字になっている。
「……マジでキモいからその発想やめてくれ。俺、レオの護衛も兼ねてるから、一緒に行動せざるを得ないだけなんだけど。レオが俺の行動を束縛し過ぎってのは多分単なる嫌がらせな気がするし。カミルと約束すると、何かしら用事っていうか、任務を言いつけられるんだよな」
シャルロッテが頭を抱えて王子への文句を呟いていると「なるほど、単なる私情ね」とアリシアが納得したように言った。
2人は軽快な会話を繰り広げていたが、僕は一人状況が分からず頭を捻っていた。
「……2人とも、一体何を言っているの?」
僕が困惑して呟くと、シャルロッテとアリシアは、はっとした顔をしてお互いを見合った。
「え? もしかしてカミルも転生者?」
シャルロッテが僕の頬を両手で挟んで覗き込む。僕は戸惑いながらも小さく首を傾げた。
「ちょ、至近距離でさっきからエロく煽られるし、あざとすぎる仕草も可愛いくて我慢できないんだけど。キスしてもいいか?」
シャルロッテが冗談なのか本気なのか分からない口調で呟き、顔を近づけてきた。僕は理解が追いつかず固まってしまう。
「ダメに決まってんでしょ! 何ふざけたことぬかしてんのよ!!」
アリシアは僕とシャルロッテの間に割って入り、僕を彼から引き剥がすと、シャルロッテの股間を蹴り飛ばした。
「ぐふっ……!」
シャルロッテは悶絶してベンチから崩れ落ち、地面にしゃがみ込んだ。
ア、アリシア……惨い……!!
僕は、股間を押さえて苦しんでいるシャルロッテを呆然と見下ろした。ちょっと、いや、かなり気の毒に感じてしまう。
「カミルは転生者じゃないわ。私の事情は説明してるけどね」
アリシアが僕を庇うように立ち塞がり、シャルロッテを睨みつける。
「カミル。説明するから、あんたも後でちゃんと話すのよ」
アリシアは、僕にベンチに座るよう促してから、自分も僕の隣に座った。
「まず、この男は『シャルロッテ』じゃないわ。本名はフランツ・アルスラン。アルスラン伯爵家の庶子よ。そして、彼は一応乙女ゲームの攻略対象キャラの一人で騎士団長の息子ポジション。」
「一応言うなよ」
地面に蹲っているシャルロッテこと、フランツが不貞腐れた顔でぼやく。涙目になっている。
「まあ……でもよく調べたね。流石、悪役令嬢」
「その特徴的な外見ですぐに気が付くべきだったわ。あと、会話してハッキリしたけど、この男も私と同じ前世の記憶持ちで転生者みたい。で、カミル。あんたからの好感度をあげるべく、何も告げず、私に隠れていろいろと行動した男、……レオンハルト殿下も、多分転生者よ」
「えっ?」
予想もしなかったアリシアの言葉に、僕は驚いて声を上げた。




