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弱小魔術師の生存譚 ~死亡フラグが見える魔法で何とか生き延びます~  作者: 南 茶手


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僕の主人はマッドサイエンティスト

「レオ、お腹すいたー。なんか持ってきてー。あと肩も凝ったー」


本の山と怪しげな実験器具が散乱する部屋の奥から、気の抜けた声が聞こえてくる。

僕の主人、宮廷魔導士のファウスティナ様だ。


御年二十六歳。

魔法工学と魔薬学の分野じゃ王宮でも指折りの天才だけど、その実、研究以外には一切興味がなく、倫理観も生活能力も壊滅的なマッドサイエンティストである。


「ファウスティナ様、今はまだ朝の四時ですよ。それに夕食はきちんと召し上がったじゃないですか。夜食は体に毒です」


「むぅ……レオのけちんぼ。いいでしょ、ちょっとくらい。脳みそ使うとお腹が空くの!」


「はいはい。温かいミルクでもお持ちしますから、それまで研究室の片付け、少しでもいいので進めておいてくださいね。昨日も足の踏み場もありませんでしたから」


僕はため息をつきながら、軋むベッドから体を起こした。

僕の名前はレオ。十五歳。


表向きは宮廷魔導士様の小間使い。

その実態は、五年前に没落した商家から売られてきた借金奴隷だ。


僕が彼女に買われた理由は単純だ。

ファウスティナ様の実験で、これまでの助手兼奴隷がことごとく死んだり再起不能になったりして、人材が枯渇していたから。


全ての魔法属性を扱え、魔力もそこそこ、何より「丈夫そう」という理由で、僕は新たな消耗品としてここにいる。


「幸い」だったのは、僕がこれまでの奴隷より危機察知能力に長けていたことだろう。

おかげでこの五年、なんとか五体満足で生き延びてこられた。

まあ、給金も人権もないのは変わらないが。


「んー、じゃあこれだけ……」


研究室から聞こえてくるのは、本を数冊持ち上げて、どさりと別の場所に置く音だけ。片付けとは到底呼べない。

どうせミルクを届けた頃には、また別の研究に没頭しているに決まっている。


これが僕の日常。常に死と隣り合わせの、綱渡りのような毎日だ。

こんな危険な環境で僕が五年も生き延びてこられたのには、もちろん理由がある。

それは、僕だけが持つ、とある禁忌の魔法のおかげだった。


その魔法を手に入れたきっかけは、ファウスティナ様に命じられて王宮書庫へ資料を探しに行った時のことだった。

彼女の研究に必要な古代文献を何日もかけて探すうち、僕は書庫の片隅で一冊の古びた魔導書を見つけた。


埃をかぶったそれを何気なく開いて、僕は目を疑った。

そこに記されていたのは、荘厳な古代文字のはずなのに、なぜか僕の頭に直接流れ込んでくる、ふざけきった口調の文章だった。


『ヤッホー!この魔導書を手に取ったそこのキミ、超ラッキー!人生ハードモードからの大逆転、しちゃう?♡』


……なんだこれ。古代の魔導書って、もっとこう、威厳のあるものじゃないのか?


半信半疑でページをめくると、最後まで胡散臭いテンションのまま説明が続き、最後はこう締めくくられていた。


『あ、言い忘れてたけど、最後まで読んだ君には自動的に私の魔法がインストールされますっ!やったね!※なお、習得条件を満たしていない場合は死にます(ガチです。)』


全然「やったね!」じゃない!というか「ガチです」ってなんだ!物騒すぎるにもほどがある!


僕が内心で絶叫したのも束の間、魔導書は光の粒子となって消え、僕の脳裏に直接その知識が刻み込まれた。

そうして僕が強制的に習得させられた魔法の名は、【死亡フラグ】。


ちなみに死亡フラグの由来は謎のまま。(あのノリだからあまり深い意味とかなさそうだけど…。)


このふざけた名前とは裏腹に、その効力は本物だった。

生物、無機物を問わず、対象に死が訪れる危険性が高まった時、その未来を文字で教えてくれるというとんでもない代物だった。


そして今、僕の目には、はっきりと〝それ〟が見えていた。


「よし、レオ!見ててごらん!新しい魔力圧縮循環式の増幅器がもうすぐ完成するんだから!」


ファウスティナ様が興奮した様子で指さすのは、研究室の中央に鎮座する、水晶と銀色の金属でできた複雑な機械。

その上部に、陽炎のようにゆらりと揺らめく、血のように赤い文字が浮かび上がっていた。


【魔力暴走による爆死】


ひゅっ、と喉が鳴る。背筋に氷を流し込まれたかのように、全身の血の気が引いていく。

来た。死亡フラグだ。


しかも、これまで見てきた中で最大級のやつ。

今まではせいぜい「魔力酔いによる窒息死」とか「実験器具の落下による圧死」とか、まだ回避の余地がありそうなものだったのに。


今回は【爆死】。冗談じゃない。僕も巻き添えだ。


僕が習得してしまったこの【死亡フラグ】の厄介なところは、その危険度によって文字の色が変わることだ。

普段よく見るのは灰色の文字で、これは「低い確率で死に至る危険性」を示唆している。注意深く行動すれば、まだ回避できるものだ。


しかし、今見えている文字は、血で書いたように禍々しい赤色。

これは、何もしなければ未来が確定している、回避困難な「確実な死」を意味している。


「どうしたの、レオ?顔色が悪いわよ?」


「い、いえ!素晴らしい発明ですね!それで、その、循環式ということは、魔力の逆流を防ぐための制御機構も?」


「もちろん!そこが今回のキモなんだから。古代ルーンを応用して、魔力の流れを一方通行にした画期的な……」


まずい。ファウスティナ様は完全に自分の理論に夢中になっている。

今「その機械、爆発しますよ」なんて言おうものなら、不敬罪で地下牢行きか、最悪、僕の首が飛ぶ。

僕は奴隷なのだから、主人の発明にケチをつける権利なんてない。


考えろ。

ファウスティナ様にいつもからかわれる、僕の優柔不斷で考えすぎな性格が、今この時だけは唯一の武器だ。


死亡フラグには【魔力暴走】とあった。

つまり、動力源の大きな魔力結晶から機械に流れ込む魔力が制御不能になるということ。


ファウスティナ様は逆流防止に自信があるようだけど、どこかに見落としがあるはずだ。

僕の貧弱な魔力じゃどうにもならない。直接的な干渉は不可能だ。


知識を使うんだ。

付け焼き刃でしかないけど、ファウスティナ様にあれこれ手伝わされるうちに叩き込まれた魔法工学や魔薬学の知識が、唯一の活路だ。


「さあ、いよいよ起動実験よ!歴史的瞬間を見逃さないでよね!」


ファウスティナ様が機械の起動スイッチに手をかける。もう時間がない!


どうすればいい?直接止めることはできない。

何か……そうだ、「事故」だ。

この足の踏み場もない研究室で、ドジな僕が何かをひっくり返す。それなら不自然じゃない。


でも、ただの事故じゃ意味がない。

暴走を止められる何かを、都合よく機械の近くでぶちまけないと……!


僕は必死に視線を研究室内に巡らせる。

試薬の瓶、乾燥された魔草の束、作りかけの魔道具……。何か、魔力の活性を阻害できるものは……!


あった。棚に並ぶ無数の試薬瓶の一つ。ラベルには『月長石ムーンストーン粉末』と書かれている。

魔薬学の初歩で習う、ありふれた触媒。でも、極端に細かく砕いたこれは、魔力の流れをわずかに鈍らせる効果がある。

これだ!賭けるしかない!


僕は一瞬で計画を組み立てる。

棚の試薬瓶を掴む。床の魔導書にわざと足を引っ掛けて転ぶ。その勢いで瓶を手放し、機械の足元で割る!

これなら完璧な事故に見えるはずだ。


「うわっ!」


僕は計画通り、棚にあった月長石の粉末が入った試薬瓶を掴むと、すぐさま床に落ちていた分厚い魔導書に足を引っ掛けた。

計算通りにバランスを崩し、派手に転倒する。


「レオ、このドジ!何してるの!」


ファウスティナ様の怒声が響く。

僕の手からすっぽ抜けた試薬瓶は放物線を描いて飛び、機械の足元に激突して砕け散った。

白い粉末が宙に舞い、その一部が機械の魔力吸気口に吸い込まれていく。


「も、申し訳ありません、ファウスティナ様!すぐに片付けます!」


僕は可能な限り深く頭を下げ、必死の形相を隠す。

頼む、効いてくれ!


甲高い駆動音を立て始めていた機械が、ふっと静かになる。

結晶内の不安定な魔力の光が、穏やかで安定した輝きへと変わった。


機械の上に見えていた血文字の死亡フラグが、一瞬ぐにゃりと歪み、そして掻き消えるように消滅した。


「……ふむ。なるほど。月長石の粉末が魔力吸気に混入したことで、触媒反応が抑制され、暴走が止まった、か。面白いデータが取れたわ。レオ、よくやったじゃない」


「は、はい……申し訳……」


「謝る必要はないわ。むしろ褒めてあげる。おかげで貴重な失敗データが手に入ったんだから。……そうだわ。罰として、今度新しく開発した『活力が三倍になる薬(副作用不明)』の被験体第一号にしてあげる。光栄に思いなさい」


「そ、そんなぁ!?」


情けない悲鳴を上げながらも、僕の心臓は別の意味で激しく高鳴っていた。

生き延びた。また、なんとか生き延びることができた。


これが僕の日常。

平穏な日々の裏側で繰り広げられる、命がけのサバイバルゲーム。

そして僕の武器は、死亡フラグを映し出す禁忌の魔法と、必死に詰め込んだなけなしの知識だけ。


僕の失態なんてとっくに忘れ、安定した実験結果に上機嫌でメモを取る主人を見ながら、僕はとてつもなく深いため息をついた。


僕の奴隷としての日々は、まだまだ平穏とはほど遠いらしい。

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