俺と彼女とアクマの契約
「悪魔の正体って知ってる? 知らないなら教えてあげる。悪魔っていうのは、人の精神の余波の集合体。無意識の余り物なのよ。ソレこそが悪魔。だから、本来悪魔って言うのはとても虚ろで弱い存在なの。人間の魔術師は、私たちの事を第六架空要素ってよんだわ。架空って付くのよ? 酷いと思わない? 私は確かに此処にいて、此処でこうして思考している意識ある存在だって言うのに」
「……いや、知らんがな」
何時ものように、バイトと大学を往復して、何時ものように布団でゴロゴロと惰眠を貪っていた休日の朝。気付いたら、ビキニみたいな服を着て、三対の蝙蝠の羽と一本の尻尾を生やした、いかにもな格好をした悪魔っ子に散々愚痴られるというこの状況。全く持って意味がわからない。意味がわからないのだが、……至福を感じるのは俺が悪いわけではない。そのけしからん悪魔っ子が悪いのだ。
「……それで、その悪魔のお嬢さん。アンタは一体何故、土曜日の早朝から、こんな学生の自宅の私室に上がりこんで、眠っていた俺をたたき起こして愚痴なんか語ってるんだ?」
「それはね、貴方に責任を取って欲しいのよ」
「責任?」
責任。嗚呼、なんと嫌な言葉か。責任。社会で生きていくには背負わねばならない重荷。背負う覚悟を求められるソレ。正直、擦り付けられる責任は全部擦り付けたい。楽な生き方を目指して何が悪いというのか。そもそも人類の発展はいかに楽しようかと言う点で発展してきたのだ!
「そう、責任」
「然し、責任といっても、俺がキミに何か悪いことをしたような覚えは無いんだけれども」
「覚えは無くても、結果としてあるのよ」
はて?
言っておくが俺は超能力者でも魔術師でも、宇宙人でも異世界人でも怪人でも魔物でも天使でも悪魔でも神でもない。極々普通の、大学一回生だ。
……いや、一回生と言う割には、なんだかよく草臥れていると評価される事が多いが。
「貴方、物凄くエッチいでしょ!!」
「――は?」
いきなり何を言い出すんだ、この悪魔っ子は。いや、なんか字面が可愛くない。アクマっ子としよう。
「女の子が大きな声でエッチいとか言うな。声を小さくな」
「あ、ご免……じゃない! 質問に答えなさい!」
「――まぁ、具体的な回答は拒否するが、大まかにエロいかと聞かれれば否定は出来まい」
ロリから始まり獣耳コスプレなんでも御座れの俺だ。ジャンルは幅広く、深く愛する。
あ、でもガチホモとババァは勘弁な。ロリババァは可。
「然し、俺がエロイというのと、キミへの責任と言うのは如何関係しているんだ?」
「言ったでしょ、アクマは人の心の断片だって」
確かに言っていたが。
「まさか、俺の妄想がキミに悪影響を与えたと?」
「その通りよ!!」
「んな馬鹿な」
思わず否定すると、アクマっ子は不意に頬をプクーと膨らませ、頬を高揚させた。
やばい、俺好みだ。なるほど確かに俺の妄想っぽい。
だが然し、単純に納得すだけでは芸がない。先ず最初に対立意見をたたせて、ソレを解決して初めて結果として表せるのだ。
「然し、アクマと言うのは、人間一人の意識で如何こうできるような存在なのか?」
「まさか。アクマは人の精神の余波から生まれるけど、生まれた悪魔は精神生命体。人間よりもよっぽど上位の存在なのよ!」
ふん、と膨らみかけの胸を張って威張るアクマっ子。だからそう一々萌える仕草をしないで欲しい。
此方は鼻の血管が弱いのだ。興奮すると漫画の如く鼻時が出てしまう。
「ならば、そんなアクマっ子が、俺の妄想で悪影響を受けることなんかありえるのか?」
「……私が形になったのは一年前だけど、私が生まれたのはつい最近なのよ」
「?」
「アクマとして生まれることが確定したのは一年前。実際に生まれたのが最近って事!」
うーん、要するに、世界がこのアクマっ子を孕んだのが去年で、産み落とされたのが最近という事か。
だが、ソレが如何関係して?
「私だってね、本来ならちゃんとした立派な悪魔になるはずだったの。最近は恨み辛みなんてそこ等中に溢れてるから、ソレを吸取る事で、一気に偉大なアクマを目指す事だって簡単な筈だったの! 実際、私だって生まれてすぐに此処まで力を持ってるんだから!」
言って、三対の蝙蝠羽をパタパタと動かしてみせる。だから萌えるモーションは勘弁してくれと(ry
「うむ。まぁ現場、政治不信だとか海外の情勢不安だとか、経済は鬱だとか就職氷河期だとか、色々と鬱要素は充満しているわな。だが、それだと益々俺が与えた悪影響って言うのが判らなくなるんだが」
「貴方の妄想が! その恨み辛みを全部上書きしちゃったのよ!!」
両腕を伸ばして「怒ってるんだからね!」とポーズをとるアクマっ子。なるほど、確かにコレはアクマかわゆす。俺なら間違いなく誑かされる。というか寧ろ誑かして欲しい。
「私が形を結んだのは、この部屋のちょっと上。丁度この街の中心くらいなの」
「ああ、此処は住宅街の端っこだけど、町から見れば真ん中だからな……」
「そこで不の感情を蓄積して、この調子ならあっという間に上位アクマの仲間入り。そんな夢を見ていたある日、不意に足元から放たれた物凄いピンク妄想! 抗う術も無く流れ込んできたソレに、影響されずになんていられなかったんだから!!」
おかげでこんな有様よ! と自分の身体を見せ付けてくるアクマっ子。
なるほど、だからそんなロリボディーなのか。育ちかけの、ゼロとも言わず豊満ともいえない、未成熟な少女だけが持つ禁断の果実の香り。くそう、確かに俺の妄想にありがちだ!
「――なるほど」
「なるほどじゃないの!! おかげで今の私には、アクマらしい力なんて殆ど無いんだから!!」
言ってプンスカと頬を膨らませるアクマっ子。
「いや、その容姿だけで十分だ」
「何がよ!!」
「今のこの国は病んでるからな。ロリコンなんて山ほどいる。そいつ等がお前を見れば、一発で魂なんか投げ売るだろうさ」
「一発で?」
「そう、一発で。……あ、別にシモネタな意味で言ってるんじゃないぞ? そういう場合はカタカナ表記すブハッ――!!」
頬と頭に走る鈍痛。どうやら殴られたらしい。
身体を起こすと、拳を振りぬいた体勢のアクマっ子が、肩息荒く顔を真っ赤にしていた。
「下品!」
「いや、君アクマなんでしょ?」
「品が無いのは嫌い!」
ヤバイ、萌える。コレまでのやり取りだけで、魂を差し出してもいい位だ。
「けほ。それで、責任って一体何をすればいいんだ?」
「聞いてくれるの?」
「事と次第にはよるが」
というか、俺は現場でかなりの至福を得ている。コレで無対価というのは、割に合わない。
「さすがに魂寄越せ、なんていわれれば拒否するが」
「そんな事言わないわよ。貴方には、私の食事を手伝ってもらいたいの」
「食事?」
アクマの食事。ふむ、知らんな。アクマ……魔女……黒ミサ!?
黒ミサといえばヤギの頭とか血のワインとか、……うぇ。
「さすがにヤギの頭なんて用意できないな」
「そんな物いらないわよ!! 私が欲しいのは、大きなエネルギー。人の生気でもいいし、魔の力なんていうのでもいいの。そう言うのを集めて欲しいの!」
「アクマって嘆き哀しみを糧にするとか言ってなかったっけ?」
「それは初期の、自分を確立させる為の素材の話。入れ物の話よ。今欲しいのは、入れ物に入れるグザイよ!」
「スープでも作るつもりか……」
然し、何故ソレを俺に持ちかけるのか。
確かに形成時に俺の妄想が邪魔したのはあるかもしれないが、別に俺でなくとも、もっといい条件の人間なんてほかにゴロゴロしているだろうに。
「それはね、貴方のココロが物凄く力を秘めていたから」
「……は? 俺、ヘタレ大学生だぞ」
間違っても、ヒーローとか主役を張るようなタマではない。かといって、シンジくんみたいなアンチヒーローでもない。あそこまで根性は無い。
「でも、貴方の妄想が、多くの人の恨み辛み、その全部を上書きしたわ」
「――童貞の妄想力ってすごいんだぜ……」
じゃなくて。……まぁ、いいか。
「いいよ、どうせ大学いってバイトしてるだけで、あとは暇だし」
「じゃぁ、付き合ってくれるの!?」
「オツキアイは喜んで……嘘嘘。ちゃんとキミの食事に付き合うって」
振り上げられたこぶしに、思わず両手を振って静止する。
アクマっ子は返事に満足したらしく、途端に四方をきょろきょろと伺いだした。
「何してるんだ?」
「んーと、契約の為に使える道具がないかなーって」
「契約……というと、アクマの」
「そうそう……あった!」
と、アクマっ子が取り出したのは、俺の持つ最大の刃物。出刃包丁だった。
「ちょ、こっち向けるな!」
「うわ、凄いわねコレ。なんだか今の時代には無い、職人の業物って感じがするわ」
「生まれたばかりの癖にそういうのわかるのな」
まぁ、職人の技というのも間違いではない。
コレは俺の友人で、日本刀に憧れるあまりに職人に弟子入りした馬鹿が、その修行の過程で生み出した、日本刀の技術で作られた包丁だ。
切れ味だってほら、俎板だってスッパリという出来である。
――危なすぎるので俺の部屋になめし皮の鞘に包んで保管してあるのだ。
「はい、指きって」
「エンコっすか!?」
「そうじゃないの! ちょっと血が欲しいの!!」
なるほど。なんだか本格的にアクマの契約っぽくなってきたな。
包丁を取って、軽く、本当に軽く指に当てる。ソレだけで結構出血してしまうのだ、この包丁。
まぁ、切れ味が良すぎるおかげか、すぐに傷も塞がってしまうのだけれども。
「ほれ、アクマっ子」
「うん。……チュパ」
うをぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!
生ユビチュパだとおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!
「ちゅ……ん? どしたの?」
「いや特に何も。それで次は如何するんだ?」
「次は私の血を舐めるの。…んっ、はい!」
そういって、包丁で切った人差し指を差し出してくるアクマっ子。
ヤバイ。悶絶して気を失いそうだ。心頭滅却心頭滅却。
心を落ち着けて、アクマっ子の指を口に含んで、レロ……。
「んっ……」
だからそういうエロイ声を出されると俺ぁもう、もう!!
我慢だ!!
「はい、これで契約完了。これで貴方は準アクマになったし、私も依り代をえて万々歳ね!」
「――準アクマって何?」
「その名のとおり、アクマの一歩手前。アクマの力が供給されてるから、老いたりしないしパワーもアップしてるよ」
聞いてネーヨ。
「……デメリットは無いんだろうな?」
「宗教とか信仰してる?」
「盆とかクリスマスは親族で集まるが、特には」
「じゃ、大丈夫。十字架で怯えるのは吸血鬼だし、念仏で消えるのは怨念だしね」
なるほど。まぁ、デメリットが無いというなら、貰える物は貰っておこう。
「――そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はソウイチ。小神宗一だ」
「私に名前は無いよ」
「? ……あぁ、生まれたばっかりなんだったか」
「そ。だから名前をつけてくれると嬉しいよ」
気軽に言ってくれるがアクマっ子め。……名前ねぇ。実際に呼ぶ名前なのだ。あんまり厨二病っぽいのは勘弁したいし。
厨二? ……それだ!
「んじゃ、リリで」
「何か由来でもあるの?」
「んー、ほら。一番最初のアクマが」
「あー」
理解してくれたらしい。生まれたばかりだというのに博識な。
「んじゃ、リリ、これから宜しく」
「ん、此方こそヨロシクね、ソーイチ!!」
言って握手を交わす。物凄く軟らかい。止まれ、俺の妄想!!
「……と、こんなところか。他にする事はある?」
「急ぎのは特に無いわよ」
「なら、そろそろ寝てもいいか?」
そう、忘れてもらっては困る。
俺はつい先程まで惰眠を貪っていたのだ。それをこのアクマっ子改め、リリにたたき起こされたおかげで、今現在物凄く眠くて仕方ないのだ。
「ん、寝るの?」
「出来れば。布団に入ってゴロゴロしてたい」
「ん……なら、折角だし一緒に寝ようか」
「はぁ!?」
いやいや、何を言い出すんだこのアクマっ子は!?
いや、待て落ち着け息を吐くんだ深呼吸だ俺! そうだリリが言っているのは本当に一緒の布団で寝ないか、というお誘いだ。意やソレだって十分魅力的な誘惑だ。おのれアクマっ子め。生まれたばかりでそれ程に人を誘惑する技術を備えているとは。恐るべし!!
「そうじゃなくて、ソッチの意味で。ネ」
「え、ええっ!?」
「ほら、私誰かさんの影響で、淫魔属性も持ってるから」
ソッチも私のゴハンになるんだよ、と。
いやいやいや、それは不味いでしょう。何が不味いって、いろいろな意味で!! 年齢制限とか……え、人外だから問題ない? いやいやいや、倫理を! 倫理を呼んでくれ!!
生憎俺はエロイ男ですから! 俺だけだと逃げ切れないよ!(欲望的な意味で)!!
「それじゃ、イタダキマース!!」
「ちょっ、おま―――アーーーーッ!!!!」
結局、美味しく頂かれてしまいました。
そんなのが、俺とリリの、エロまじりの愉しい日々の幕開けだった。
ついカッとなって書いた。反省はしていない。
とりあえず短編として投稿。続きは書くか不明。気分次第ではありえる。その場合伝奇かファンタジーかコメディーかは謎。
お読みいただき有難う御座いました。