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きっとこれが本当のはじまり

 エリザベートはパチリと目を開けた。

 なんだか頭がスッキリしていて、非常に気分がよかった。生まれて初めてかもしれない程爽快感に溢れていてとても心地いい。思わず笑みが零れる

 もぞもぞと動きだしたエリザベートに気付いたのか、誰かが近寄ってきた。

 足早に近付いてきた人物ーーミレナは、エリザベートが目を覚ましているのを見て安堵の息をついた。


「リーザ、気付いたかい? 意識はハッキリしてるか? 今までの記憶は? ……あたしのことは、わかる?」


「あらミレナ様。おはよう、ございます?」


「おはよう」


 心配げに顔を覗き込んでくるミレナにエリザベートは首をかしげる。

 そんな不安げな顔をされなくても、ミレナの事を忘れるわけがないではないか。困惑するエリザベートに気付いたのか、ミレナは少しだけ微笑んだ。


「そう、だね。記憶が飛ぶわけじゃないのは知ってたんだけど……。動揺してたみたいだ。変なことを聞いてごめんね」


「なんだい。効果は保証するって言っただろうに。まぁいい。念のため少し診せておくれ」


 ミレナの後ろからひょいと覗き込んできたリリスに簡単な診察をされながら、エリザベートは状況を整理した。

 今までの記憶はすべてある、と思う。自分がアランを好きだったこともちゃんと覚えている。だが、以前までのようにアランのことを考えるだけで感じた胸が締め付けられるような感覚はなく、特に何も感じない。どうでもいい人の事を考えているような、いっそ素っ気ないような感慨しかわかないのだ。あの薬はきちんと効果を発揮しているようだった。


「問題ないようだね。気分はどうだい?」


「とっても良好ですわ! これほど調子がいいのは初めてかもしれません」


 上機嫌で答えるエリザベートを見て、ミレナはほっと表情を緩めた。リリスも心なしか安心した雰囲気を出しているような気がした。

 ソファから身を起こし、エリザベートはキョロキョロと周囲を見回す。先ほどまでの風景と変わったところはない。ここはまだリリスの部屋の様だった。


「私、どれくらい眠っておりました?」


「そんなに経ってないよ。小一時間くらいかな」


「まぁ、それだけですか? そんな短時間で効果を発揮するなんて、魔女様のお薬はすごいですわね」


「まぁそれ程でもあるよ。……そういや聞いてなかったね。お嬢さんは恋い慕う相手を誰に変えたんだい?」


 エリザベートはパチリと目を瞬かせた。

 そういえば話していなかった。ミレナも気になっているようでそわそわした様子なのがなんだかおかしくて、エリザベートはふふふ、と可憐に笑った。

 試しに変えた対象を思い浮かべてみる。それだけで心がポカポカと温かくなって、とても幸せな気分になれた。


「ねぇミレナ様。鏡はありますか?」


「鏡?」


「なるほどね。こちらに姿見があるよ」


 思いがけない言葉にきょとんとしたミレナではなく、納得した様子のリリスが姿見を指差す。

 礼を言って姿見に向かうと、エリザベートはじっくりと自身を観察した。思えば自分の容姿が好きではないから、しっかりと見るのは随分と久しぶりかもしれない。


 鏡の中のエリザベートは、少しくたびれた雰囲気を醸し出していた。肌や髪が手入れ不足のせいで傷んでいるせいだろう。

 だが、それを除けば思っていた程悪くない。姉の愛くるしいたれ目とは違う切れ長の目は、ハッキリとした印象があり涼やかだ。スッと通った鼻筋も、薄めではあるが形のよい唇も別に悪くない、どころかパーツだけ見たら整っていると言ってもいいだろう。

 そばかすを隠すため濃い目の化粧をしているが、そのせいで全体的に印象がぼやけている気がした。元の良さを活かさず、どうにかして可愛らしい印象にしようとしている化粧ははっきり言って全く似合っていない。フリルがたっぷりついた春に咲く花のようなドレスも同じく。

 姉の甘く柔らかな顔立ちに似合う化粧もドレスも、シャープで怜悧な印象の顔立ちであるエリザベートには似合うわけがなかったのだ。だが、それは別にエリザベートの容姿が姉に劣っているわけではない。全くタイプが違うというだけなのだ。


 エリザベートがそっと微笑みかけると、鏡の中の少女も笑みを返す。

 幸せそうな微笑みはとても可憐で美しく、エリザベートは鼓動を高鳴らせた。

 この子に似合う化粧もドレスも、こんな可愛らしいものではない。元の涼やかな印象を活かせばきっと美しくなるだろう。それに、痛んだ肌や髪もきちんと手入れさえすればもっと美しくなれる。

 嗚呼、本当になんて勿体ないのだろう! こんな磨かれていない原石が今まで捨て置かれていたなんて、周りの人達の目は節穴だったのではないだろうか。


「ねぇ魔女様」


 姿見を覗き込んだままのエリザベートに声をかけられ、リリスはなんだか嫌な予感がした。

 思わず一歩後じさりながら、慎重に返事をする。


「……なんだい」


「魔女様はこんな素晴らしいお薬が作れるのですもの。さぞかし薬草などの知識が豊富なのでしょうね」


「まぁ、そこらのヤツとは比べ物にならんだろうね」


「そうですわよね! もしかして、化粧水や洗髪料なども作られておりますか?」


「多少は作ったことはあるが……」


 それを聞いて、くるり、とエリザベートが振り返った。キラキラした目にさらに嫌な予感が増したリリスは逃げようとしたが、その前にエリザベートに手を掴まれてしまった。


「魔女様、お願いがございますの! 私と一緒に化粧品を作りましょう! 既存の化粧品では私の美しさを活かせません。一からすべて作り上げましょう!!」


「はい?」


「快諾いただけて嬉しいですわ! ではまずは化粧水からでしょうか。ふふふ、目星はつけてありますのよ。今まで知識を身につけてきたのはこの為だったのですね!」


「違うと思うが。いやそうじゃない。さっきのは別に了承したわけではなく」


「そうだ、ミレナ様! 私しばらく王妃教育はお休みをいただいてもよろしくて? 進捗は順調すぎる程だと言われておりますの。少しばかりお休みさせていただいても問題ないかと存じますわ」


「あ、あぁ。構わないと思う。むしろ最近の君の様子から休みを入れた方がいいのではと言われてたくらいだから……」


「ありがとうございます!」


 勢いに気圧されたミレナが頷くと、エリザベートははじけるような明るい笑顔を見せた。

 それを見てミレナの目が潤む。


「よかった。リーザ。こんなに元気になって……」


「元気すぎてこっちは大変なことになりそうなんだがね……」


「そうだ。必要な物があったらなんでも言ってくれ。個人予算を使ってなさすぎていつも怒られるんだ。丁度いい。大概のものはジェイドに頼めば何とかなると思う」


「待ちな。あいつに手を出されると本当に収拾つかなくなるだろうが」


「ありがとうございますミレナ様! 私も使う機会がなく余らせている小遣いがありますのでまずはそちらを使いますわ。でも、国王陛下の伝手は是非使わせてくださいませね」


「こら、あんたら人の話を……。まぁいい。こうなったらもう止まらんだろうよ」


 リリスは深く深くため息をついた。そんなリリスを気にせず、エリザベートとミレナはこれからの計画を話し合っていた。

 具体的に進んでいく話には、アランの名は一切出てこない。エリザベートはそれに気付く様子すらなかった。

 楽しげに微笑む少女には、先ほどまでの壊れかけの人形の様な雰囲気は欠片も残っていなかった。それを見てリリスは目を細める。


 しばらくして話し疲れたエリザベートとミレナに、リリスは茶を出してやった。楽しげな二人に巻き込まれないよう逃げることはとっくに諦めた。どうせ暇を持て余してる身なので少し位協力してやるか……。と思ってしまったのだ。少しではすまない気もしたが、まぁそれも一興である。

 礼を言って茶を飲み一息ついたミレナが、ふとエリザベートに視線を向ける。


「そういえば、リーザは結局恋心をどうしたんだい?」


「あぁ……。そういえばお答えするのを忘れておりましたわね」


 そう言ってエリザベートは、ミレナに少し微笑んでみせた。


「私、今まで自分のことが大嫌いだったのです。おそらくそれも冴えない容姿の一因だったんだと思いますの。それでも、どうしても好きになれなかった。努力しても努力しても、どうにも出来なかったのです。お姉様の様になれない自分が厭わしくて情けなくて、世界で一番嫌いでしたわ」


「リーザ……」


 痛ましそうにエリザベートを見るミレナに、エリザベートは飛び切り美しく微笑んだ。


「だから、アラン様への恋は、すべて私自身に捧げましたの。ふふ、幸い恋の方が勝ってくれましたから初めて自分の容姿を好意的に見れましたわ。私、案外悪くない顔ですのね。これから磨くのがとっても楽しみです! 魔女様、宜しくお願い致しますね」


「……はぁー。早まったかねぇ」


 エリザベートの輝くような笑みを見てリリスは大きくため息をついた後、仕方なさそうに微笑んだ。


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