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アランとジェイドの考え

 アランはジェイドの手伝いをする時間が好きだった。忙しいジェイドと共にいることが出来るからだ。

 それに、乳兄弟で親友でもあるデビットも一緒にいてくれる。二人と過ごす時間はアランの宝物だ。


 仕事は難しいものも多いが、将来国王となるアランがこなせないと困るものだし、詰まっているところはジェイドが的確に教えてくれるから苦ではない。

 国を運営するということはとても遣り甲斐がある。自分だけでは厳しいかもと思うことはあるが、アランは一人ではないのだ。デビットや頼れる側近達もいるし、何よりアランにはエリザベートがいる。


 エリザベートの事を思い出すとアランの胸には温かいものが広がり、自然と笑顔になる。

 頑張り屋のエリザベートは王妃教育も着々とこなしており、教師陣の評価もとても高い。アランとしてもとても誇らしいし、エリザベートの努力する姿勢はいつ見ても尊いと思う。


 初めて会った時、いわれのない中傷を受けても凛と立つその姿勢が美しいと思った。アランの意図をすぐに汲み取った聡明さが好ましいと思った。何より、それらを支えるのがエリザベートの必死の努力だというのが、得難く思った。

 あの時感じた胸の震えを今でも覚えている。恐らく、それは理想の王妃に出逢えた歓びだったのだと思う。今でも努力し続ける彼女は、王妃として誰よりも相応しい人だと感じていた。


 あまり休息をとっていないと聞いているし、少しでも休んでほしくて交流の為の茶会は早々に切り上げるようにしているが、本当はもう少し話したかった。緊張してしまって話すことがあまり思いつかないのだが、エリザベートの話を聞いているだけでも楽しいのだ。

 だが、それではエリザベートの負担が大きすぎる。

 アラン自身日々忙しいのもあり、早めに切り上げられるようデビットに迎えに来てもらっているがエリザベートに引き留められたことは一度もない。だから、今の形が二人にとって一番いいのだとアランは確信していた。


 エリザベートを思い出し少し笑みを浮かべるアランを、ジェイドは感情の見えない目でしばし見つめた。


「少し休憩にしようか。アラン、おいで」


「! はい!」


 パッと笑顔になるアランを席に座らせ、ジェイドはその対面に座る。付き従っていたデビットはアランの後ろに立った。

 すぐに運ばれてきたお茶からは、ふわりとベリー系の爽やかな香りが漂ってきた。ジェイドの目配せで侍女達は退室し、部屋の中にはジェイドとアランとデビットだけになる。


「これは……」


「あぁ、エリザベート嬢のお気に入りの茶葉だよ。ミレナも気に入っているし、最近はこれを飲むことが多いかな」


「そうですか。母上も気に入られているのですね。エリザベートは本当にセンスがいい」


 柔らかく表情を綻ばせたアランを見て、ジェイドはため息をついた。


「やはり、無自覚か……。そういうところはミレナ譲りなんだな」


 アランに聞こえないよう小声で呟き複雑そうに顔を歪めたジェイドだったが、すぐに表情を消す。

 王としての顔に切り替えたジェイドに気付き、アランも姿勢を正した。


「アラン、エリザベートは素晴らしい女性だ。教育も順調のようだね。彼女が次代の王妃となるのに何も問題はない」


「はい、私もエリザベートなら素晴らしい王妃になれると思います」


「そうだな、素晴らしい王妃、にはなれるだろう」


 誇らしげに頬を染めるアランに、ジェイドは感情の読めない微笑みを浮かべる。

 不穏な空気を感じて身を固くするデビットにちらりと視線をよこしたジェイドは、笑みを深めた。


「ねぇアラン。君はエリサベートの姉君でも、いや、そちらの方がよかったと言っていたみたいだね。君がどうしてもと望むのなら今からでも代えられないこともないよ。どうしたい?」


「! どうして、父上がそれを?」


 驚いた様子のアランと顔を青ざめさせるデビットを見てもジェイドは表情を変えなかった。何故か寒気を感じて、アランは少しだけ身を震わせる。ジェイドの雰囲気は柔らかいものだったが、油断してはいけないと本能が告げていた。


「王城とはいえ、不用意な話はしてはいけないよ。どこに耳があるかなぞわかったもんじゃない。今回は私の方で対処したけど、今後は気をつけなさい」


「はい。以後気を付けます。申し訳ございませんでした。……それと、どうやら父上のお持ちの情報は正確ではないようです。訂正してもよろしいでしょうか」


「かまわないよ」


 鷹揚に言うジェイドに礼を言い、アランは当時の会話を思い出していた。

 デビットはどうやら妖精姫の事を随分と評価しているらしい。一旦は彼の言葉に合わせて返事をしたが、アランはエリサベートより妖精姫がいいなどとは全く思っていなかった。


『……エリザベート嬢とはうまく交流できていないし、姉君の方がよかったかもしれないな』


 そう言った後、アランはデビットに笑いながらこう言ったのだ。


『そんなことを言う者もいると思う。だが、私はそうは思わない。たゆまず努力し続けているエリサベート嬢だからこそ、私は王妃になってほしいと望んでいるんだ。他の者にそう思ったことはないし、多分これからもないと思う。僕らの仲を心配してのことだろうけど、あまりそういうことは言わないでくれ』


 その後謝罪したデビットを許し、話はそこで終わったのだ。

 途中を切り取ってしまえば確かにエリサベートより妖精姫を選んだように聞こえてしまうだろう。迂闊だったと謝罪するアランに、ジェイドは一瞬だけ顔を歪めた。


「あぁ、そう、なんだね……」


「父上はご存知だったのではないですか? 私への戒めの為に、知らないふりをされたんですよね?」


 確信しているように聞いてくるアランに、ジェイドは苦く笑った。


「……そうだね。私は、私は知っている。……私だけが、ね」


 後半の言葉はジェイドの口の中で呟かれた為、アランには聞き取れなかった。

 首をかしげるアランに、ジェイドはそっと息をついて再度王の仮面を向け直した。


「アラン、彼女は決心してしまった。私も、その方が国益になると止めなかった。エリザベートは、国と自身の為王妃となる。もう、お前のためではない」


「? はい、そうですね。エリザベートはよく努力していますし、王妃教育を通して自分の価値を高め続けてると思います。そもそも国や自身の為というのは、当たり前でしょう。何も変わらないのでは?」


 不思議そうなアランの後ろで、ジェイドの言葉の意味を察したデビットの顔が真っ青になった。やはり、デビットは気付いていたらしい。エリザベートの一途な恋心と、アラン自身も自覚していない、恋心に。

 アランはエリザベートがアランの為だけに妃となろうとしていたことに気付いていなかったし、それに気付く機会は失われた。二人の恋は、永遠に実らなくなったのだ。


「そう、か。そうだね。…………一生気付かない方が幸せかもしれないな……。手に入らないものに苦しむのは、とても辛いから」


 独り言のように呟かれた言葉を聞いたデビットの顔が紙のように白くなる。

 よくわからないまま戸惑った顔をするアランを見て、ジェイドの微笑みが少しだけ崩れた。困ったように笑うその顔を見たアランは不安に駆られる。何か、絶対に手放してはいけないものを失ってしまったような、そんな嫌な予感が胸に広がった。


「今から言うことはよくわからないと思う。でも記憶の片隅でもいいから覚えておいてほしい。……魔女の秘薬の効果は絶大だ。失ったものは一生戻らない。新たに出来ることも決してない。出来たとしてもすべて変えたものに変換されるんだ。効果は、生涯続く。……アラン、君がこの言葉の意味を知らずに済むことを、祈るよ」


 デビットの顔色はもはや死人のようだった。

 ジェイドの言葉の意味がすべてわかったわけではないが、何か取り返しのつかないことが起こっていることだけは理解できた。それが自分のせいだということも。

 アランが得られるはずだった、愛し愛される幸福な未来を壊してしまったのだということも理解してしまった。


 立っていられなくなったのか、崩れ落ちるように座り込んでしまったデビットに気付き、アランは顔色を変えた。


「デビット!? 御前で無作法を申し訳ございません、父上。デビットの体調が優れないようなので、失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」


「あぁ、私的な場なのだから構わないよ。今日の仕事もほとんど終わってるし、二人ともさがっていい。ゆっくり休ませてあげなさい」


「ありがとうございます。では、失礼いたします」


 慌ててデビットに肩を貸し退出するアランをにこやかに見送り、ジェイドはそっとため息をついた。

 デビットは理解したようだが、アランは全くわかっていなかった。そんなところばかりミレナに似なくてもいいだろうに。

 それに、あの慌てた様子ではジェイドの言ったことを覚えていたとしても意識の外に置かれているだろう。でも、それでいいのかもしれない。永遠に手に入らないものに焦がれるか、焦がれていることにすら気付かないかなら、気付かない方がまだ幸せなはずだ。

 ジェイドはそっと笑みを浮かべた。自分に対する嫌悪を込めた、哀しい笑顔だった。


「ふ……。僕は、やはり国益を優先したな。……結局、いい父親にはなれなかったなぁ」


 初恋の女の子との子どもを授かった時、誓ったのだ。

 いい親になろう、二人とも絶対に幸せにしよう、と。

 どんな思いで誓ったかは覚えていないけど、守れなかったジェイドを責めるように残滓が心を締め付ける。とっくにズタズタな心に久しぶりに痛みを感じてジェイドは眉根を寄せた。

 少しだけ目を閉じ感傷に浸る。次に目を開けた時、ジェイドはいつもと同じ、感情の読めない笑みを浮かべていた。


「さて、やるべきことはいくらでもあるからね。仕事をしよう。とりあえず二人の交流はしばらくなしにしようか。アランには適当な言い訳が必要だけど、エリザベート嬢には……多分、いらないかな」


 流れた時はもう戻ることはない。

 残された時間で出来るだけ厄介なことは終わらせて、少しでもいい状態でアランに引き継ぐ。

 ジェイドにしてあげられることはもうそれくらいしかないから。


「もうひと踏ん張り、頑張ろうかな」

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デビットが何をしたかったのかがわからない。何でショック受けてるの? アラン君は被害者の側面もあるけど、デビットが今までやってきたこと気づかずスルーしてるからまぁ、自業自得かな?
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