絶望と、終わりと
その日は王妃教育が早めに終わり、エリザベートは一人帰路についていた。
皮肉なことにアランとの交流の機会が減って空いた時間を自習に当てていることもあり、王妃教育は頗る順調だった。今日もあまりに順調すぎて予定時間より早く終わってしまったのだ。
(そうだ、ミレナ様に会いに行こうかしら)
ふと気紛れにそう思い立ち、エリザベートはミレナに伝言を頼んだ。ミレナにはいつでも来てくれていいと言われているが、礼を欠くわけにはいかない。
返事があるまで近くの部屋で待機させてもらえることになり、エリザベートは柔らかなソファに座り、息をついた。
(……こういう時、本当なら婚約者であるアラン様のところに行くべきなのかしらね)
仲のいい婚約者ならそう出来ていただろうか、とエリザベートは自嘲するように笑った。
このところアランはますます忙しく、交流の機会はさらに減っていた。手紙のやり取りはしているが、仲睦まじいとはとても言えない有様だ。
ミレナに少し相談しようかとぼんやり考えていると、賑やかな声が近づいてきた。
その声を聞いて、エリザベートは咄嗟に身を隠した。
間違いない、アランの声だ。その声を聞くだけで、胸が温かくなるのを感じる。思わず隠れてしまったけど勇気を出して話しかけてみようかしら、と考えていると、一際大きな声が耳に飛び込んできた。
「しかしアラン、本当に婚約者がハズレ姫の方でいいのか? 妖精姫には似ても似つかないだろう? 素直に妖精姫を娶った方がいいと思うけどなぁ」
エリザベートは息を呑んだ。思わず息をひそめ、見つからないように出来るだけ気配を消した。
今のは恐らくデビットの声だろう。揶揄するような声には隠し切れない悪意が滲んでいた。ハズレ姫というのは初めて聞いたが、間違いなくエリザベートのことだろう。
(……なんだ。デビットもお姉様の方がいいと思って、私が辞退するように仕組んでいたのね)
ため息を呑み込みながら、エリザベートは納得した。
デビットに嫌われる覚えはなかったが、何のことはない。彼も妖精姫の信奉者だっただけのようだ。真相がわかってしまえばあっけないものだ。本当に、どこまでもこの容姿は足を引っ張ってくれる。
アランであればすぐに否定してくれるだろうと思ったが、彼は何も喋らなかった。胸を騒めかせるエリザベートを嘲笑うように、デビットがさらに言い募る。
「妖精姫も成績優秀だったし、ハズレ姫の方を選ぶ意味が俺にはわからないよ。陛下が決めたことだとしても、アランが言ったら変えられるだろう」
陛下が決めた、という言葉が胸に突き刺さった。痛い程脈打つ心臓を宥めるように、エリザベートはドレスの上から胸部を握りしめる。
(大丈夫、大丈夫……。アラン様が私の事を話されていたとおっしゃっていたもの。それで選ばれたのだから、アラン様が選んだのとほとんど変わらないわ)
懸命に自身に言い聞かせるエリザベート。今まで必死に縋ってきた土台が、脆くも崩れていくのを感じる。それは耐え難い苦痛だった。
どうか、アランが否定してくれますように、姉の方がいいなんて馬鹿げた言い分だと言ってくれますように、と心から祈った。そうすれば、きっと立て直せる。今まで通り、頑張れるはずだ。
だが、無情にもエリザベートの祈りは届かなかった。
「……一理あるかもしれない」
アランの声を聞いてエリザベートの心臓が跳ねる。あ、と思わずか細い声が漏れた。この声が聞こえていればいいのに、私に気付いて、それ以上言われないでくれたらいいのにと願ったが、どうやら儚い声はアラン達に届かなかったらしい。残酷な言葉は止まることはなかった。
「確かに姉妹どちらでも国にとって問題ないだろう」
これ以上聞きたくないと思った。
アランの声で、自分を否定してほしくなかった。エリザベートを選んだのだと、美しい姉よりも私を選んでくれたのだと思わせてほしかった。
凍り付いたように動かない身体では耳を塞ぐことも出来ず、エリザベートはただアランの言葉を聞くことしか出来ない。
「……エリザベート嬢とはうまく交流できていないし、姉君の方がよかったかもしれないな」
パキリ、と何かが割れた音がした気がした。
心から熱が失せていくのがわかる。まるで膜を張ったように、世界から切り離された気がした。アラン達はまだ何か喋っているようだが、もう誰の声も聞こえなかった。徐々に遠ざかっていく声に何かを思うこともない。ただ、心の痛みだけがこれが現実だと思い知らさせるように鮮明にエリザベートを痛めつけた。
ぽろりと涙が零れ落ちる。それは止まることなく、エリザベートの頬を流れ続けた。もう、何も考えたくなくて、エリザベートは瞳を閉じた。
ぽたぽたと涙を流すだけの人形のようになっていたエリザベートを見つけたのは、ミレナだった。
エリザベートに会いたいと言われていると聞いて自ら足を運んだミレナが見たのは、ソファの陰にうずくまるようにして座るエリザベートだった。
「……リーザ?」
ミレナが声をかけても、身じろぎ一つしない。明らかに様子がおかしかった。
そっとエリザベートの顔を覗き込むと、声に反応したのか薄っすらと開かれた瞳はぼんやりとしていて、何も映していないようだった。凍り付いた表情の中、涙だけがずっと零れ落ちている。
まるでそれが血のように見えて、ミレナはひゅっと鋭く息をのんだ。
「エリザベート嬢! エリザベート!!」
ゆすぶってみても反応はない。ミレナは戦場で心を壊してしまった人を見たことがある。エリザベートの状態は、それによく似ていることに気づいてしまった。
ミレナの決断は早かった。エリザベートを抱きかかえると、すぐに動き出す。
「あたしはエリザベート嬢をこの国一番の医師に見せてくる! ジェイドには知らせてくれ!! ……アランには伝えるな!!」
お付きの者にそう言い残して、返事を待たずミレナは駆け出した。
出来るだけ気遣ってはいるが走るミレナの腕の中は振動がひどいだろうに、エリザベートは何も言わない。ただ涙を流すだけだ。温かい身体をぎゅっと抱き締めながら、ミレナは全速力で走った。息はある。なら、まだ希望はあるはずだった。
王城の奥、王族以外は入れない場所までたどり着いたミレナは胸元から鍵を出した。その鍵をさすと、何もなかった空間に扉が現れる。
「魔女殿! 緊急だ! 面会を頼みたい!!」
蹴破るようにその扉を開き中に入ると、ミレナはほとんど怒鳴りながら魔女を呼んだ。
「騒がしいねぇ。一体どうしたんだい」
「魔女殿! お助けいただきたい!! リーザを、エリザベートを診てくれ!」
どこからか姿を現した魔女にまだ泣き続けるエリザベートを見せると、魔女の雰囲気が変わった。
「ここに置いとくれ。早く!」
指示されたソファにエリザベートを置くと、魔女がすぐに診察し始めた。
固唾をのんで見守るミレナの前で、魔女はエリザベートをつぶさに観察した。少ししてため息をつくと、棚に行ってなにやら薬を取ってくる。
ミレナはそれを見て眉をしかめた。見覚えがある。確か心を麻痺させる薬が入っていた瓶がそれだったはずだ。
「なんだい。心が壊れかかってるんだ。一度麻痺させなきゃ話も出来ないよ。それに、これはあんたに飲ませたより軽い、心の痛みだけを紛らわす薬さ。一時的なもんだから、すぐに切れる」
「……失礼した。何もわからない私が口出しすることではないが、大切な子なんだ。何かあったら、私は冷静ではいられないと思う」
「脅しかい。心配しなくても、変なことはしないさ」
ふん、と鼻を鳴らすと、魔女は慎重な手付きでエリザベートに薬を飲ませる。
しばらくするとエリザベートの涙が止まり、何も映さなかった瞳の焦点が合う。エリザベートは何があったかわからないとばかりに、パチパチと不思議そうに瞬きした。
「あれ、ここは……?」
「あぁリーザ! 大丈夫、ではないな……。すまない。気分はどうだい?」
エリザベートは困惑していた。気付けば全く見覚えのない場所に寝かされていたからだ。天井からは恐らく薬草だろう乾燥途中の草花が規則正しく吊り下げられ、壁を埋め尽くす棚には様々な本や鉱物などが綺麗に整理され置かれている。王城の中でこんな部屋を見たことはなく、まるで異空間に迷い込んだかのようだった。
目の前には泣き出しそうに目を潤ませたミレナと、見たことがない黒いフードを被った人物が居た。顔はわからないが、フードの奥から微かに覗く瞳は金色に煌めいていて、何もかも見透かしているような不思議な雰囲気がある。
そして、心からは死んでしまいそうな程の痛みが綺麗に消え去っていた。何も感じないことを不思議に思いながら、深く息をつく。久しぶりにしっかりと呼吸が出来た気がして顔が綻んだ。
それを見て、ミレナは痛ましそうに眉を顰めた。
「ミレナ様、ここはどこなのでしょうか。私、先ほどまで王城に居たはずなのですが……」
「あぁ、ここも一応王城の中だよ。……前に話した魔女殿のことは覚えているかい? ここは魔女殿の領域なんだ」
「まぁ。それでしたらそちらにいらっしゃるのが魔女様ですね! 初めてお目にかかります。私、エリザベートと申します」
ソファから降り、指先まで計算された美しい礼をしてみせるエリザベートに、魔女は少したじろいだ。
「なんだい、この状況でまず挨拶とは肝の据わったお嬢さんだねぇ……。まぁいい。あたしのことは聞いてるみたいだね? はじめまして、代々この国に仕えている魔女、リリスだ」
古式ゆかしい礼を返す魔女――リリスに、エリザベートは二コリと微笑んでみせる。
「リーザ、立って大丈夫なのかい!?」
「えぇ、問題ございませんわ。それよりも、何故私はここにいるのでしょうか?」
心配げに寄ってきたミレナにエスコートされソファに座り直しながら、エリザベートは小首をかしげた。
気付いたらここにいたので状況が全くわからなかった。エリザベートの疑問を聞いて、ミレナは困ったように笑ってみせる。
「あぁ、あたしがここに連れてきたんだ。リーザに呼ばれてるって聞いて行ってみたら、ずっと泣いてるしこっちの言葉に反応しないしでびっくりしたよ。尋常じゃない様子だったから魔女殿のところに連れてきたんだけど……」
「心が壊れかかってたから、応急処置で痛みを麻痺させてもらったよ。でも、長くはもたない。今のうちに何があったか話しておくれ」
性急なリリスの言葉に、ミレナは眉をしかめた。
「魔女殿、リーザにも心の準備をする時間が必要だと思うが」
「効果時間が短いんだからさっさと手を打たないと効果がきれちまうよ。弱い方の薬とはいえ、連続使用はオススメしない」
「しかし……」
「大丈夫ですわ、ミレナ様。魔女様のおかげで私今とてもスッキリした心地ですの。お話しいたしますわ」
心がズタズタに傷ついた記憶はある。その痛みも思い出せるのに、今は何も感じない。魔女の薬とはすごいものだとエリザベートは感心した。
何より痛みが麻痺しただけで、体が軽く頭まで冴えわたっている気がする。アランへの恋はとっくに重荷になっていたのだと気付いてしまい、エリザベートは苦く笑った。
自嘲しながらも、エリザベートは簡単に事情を説明した。それを聞いて、ミレナは怒りを露わにする。
「あんの大バカ野郎ども……。少し話してくるよ」
「やめな。時間の無駄だよ。それよりも、この子をどうするかだ」
「どうするか、と言いますと……?」
「今は薬の効果で心の痛みを一時的に麻痺させているだけだからね。効果が切れたら、お嬢さんの心は多分壊れる」
リリスの言葉を聞いてミレナは息をのんだが、エリザベートは特に何も思わず受け入れた。自覚はあったのだ。恋心にヒビが入っただけで、息が出来ない程の苦しみに見舞われた。文字通り、胸が潰れるような苦痛だったのだ。
あれはきっと、心が崩壊する際の予兆だったのだろう。
「お嬢さんは自尊心が大分低いみたいだけど、それを恋心で補っちまってるんだよ。他にも、大事なとこの源が恋心に繋がっているから、それがなくなれば崩壊しちまうんだ。……なんでこう、皆命をかけて恋をするのかねぇ……。まぁいい。対処法は二つだけあるよ」
「二つ、ですか」
「一つ目は恋心の修復だね。あんたが好きな相手に拒絶されて壊れかけてるんだから、それを治してもらえばいい。これだけ命をかけて愛してる相手なんだ。優しい言葉の一つや二つで治るだろうさ」
「わかった、すぐにアランを取っ捕まえてくる」
血気盛んすぎるミレナに、リリスは顔が見えなくてもわかるほど呆れた様子でため息をついた。
「待ちな。ちゃんと最後まで話をお聞き。……正直これはおすすめしないよ。今後何かあってまた恋心にヒビが入ったら、お嬢さんは今度こそ壊れる可能性が高い。問題の先送りにしかならないからね。お嬢さんにも、自覚はあるだろう?」
「そう、ですわね」
わかっていた。もうとっくに限界だったことなんて。
エリザベートは今はリリスの薬のおかげか、自分を客観的に見ることが出来た。縮まらない距離に疲れ果てていたことだってわかってしまう。
そこにアランの言葉でトドメを刺されてしまったのだ。もし亀裂が修復されたとしても。傷が消えるわけではない。もうボロボロなのだから、また何かのきっかけで容易く壊れてしまうだろう。
今回たまたま助かったのは、ミレナが居たおかげだ。そう何度も幸運が続くわけがないと、わかっていた。
それに、エリザベートは将来王妃となるのだ。こんな状態で国を背負って立つ立場になどなれるわけがない。
一人の言葉に振り回される王妃なんて、許されるわけがないのだ。
そっと息をつくと、エリザベートはひたとリリスを見つめた。覚悟は決めた。きっともう、この道しかエリザベートには残されていない。
「魔女様、私にもミレナ様と同じ薬を授けてくださいませ」
「なっ!? リーザ、急に何を言い出すんだ!」
驚くミレナに、エリザベートは悲し気な笑みを向けた。
「急ではございません。……ずっと、考えておりました。私は、私の心はあまりに脆い。国王陛下とミレナ様が必死に護ったこの国を、私は愛しております。アラン様と共に盛り立てていくにあたって、この恋心は足枷にしかならないと、わかっていたのです。……ごめんなさい、ミレナ様。私などでは、アラン様に愛を教えて差し上げるなんて、出来ませんでした」
「リー、ザ……」
申し訳なさそうに謝られ、ミレナは言葉を失った。
自分の望みが、身勝手な思いの押し付けが、可愛がっていた少女を追い詰める一因になっていたのかと思うと目の前が真っ暗になった。
だが、その絶望を歯を食いしばって押しやる。後悔なんて今すべきことではない。誰よりも傷ついているのは、目の前にいるエリザベートの方なのだから。
「申し訳ない、エリザベート嬢。貴方を追い詰めるつもりはなかったんだ。不甲斐ないあたしの後始末を押し付けて本当に悪かった。……アランのことは、もう気にしなくていい。それよりもあの薬は絶対に駄目だ! あたしの時は国が亡ぶ可能性があったからこそ、あの手しかなかったんだ。エリザベート嬢には当てはまらない。他の方法を探そう」
「いいえ。恋に惑う愚かな王妃が生まれることこそ、国の危機ですわ。このままでは稀代の愚者として歴史に名を残してしまいます。大丈夫ですわ。この恋の熱量だけは誰にも負けないと自負しておりますの。……アラン様に受け取っていただけないなら、せめて、この国の為に使いたいのです……」
「リーザ……」
「盛り上がっているところ悪いんだけどね」
言い合うミレナとエリザベートに割り込んだリリスは、呆れた雰囲気を隠そうともしていなかった。
「あの英雄に作り変える薬は出せないよ」
「どうして!?」
エリザベートの悲鳴のような声に、リリスは大きくため息をつく。
「あれは本当に劇薬なんだ。国が亡びる瀬戸際でもないと出さない。絶対にだ。お嬢さん相手には脅されようが何しようが処方しないよ」
「……ですから、私の愚かな恋心で国の危機を招く可能性があると言っております」
「そこだよ」
リリスはひたとエリザベートを見つめる。気圧されたように黙ったエリザベートに、リリスは微かに笑いかけたようだった。
「お嬢さんは英雄になりたいんじゃなくて、恋心をどうにかしたいだけだろう? 誰も恋心に影響のある薬があれだけなんて言ってない。二つ目に提案しようと思っていたのはそれだ。お嬢さん、あんた恋を利用してみないかい?」
「利用、ですか?」
目を瞬かせ聞き返すエリザベートに、リリスは頷いてみせる。
「そう、利用だ。その熱量を向ける対象を変えてしまえばいいんだよ。報われないからこそ傷つくんだ。なら確実に報われる相手に、恋をすればいい」
思わぬ言葉に、パッと目の前の霧が晴れたかのようだった。エリザベートは胸に希望が満ちていくのを感じた。だってそんなことが出来るなんて考えたことすらない。何よりこの恋心を、エリザベートの初めての宝物を失わずにいられるなんて、とても素敵なことに思えた。
逸る気持ちを抑えながら話の続きを待つエリサベートに、リリスは誘惑するように言葉を紡ぐ。
「恋する相手を自分で選べたらと、考えたことはあるかい? 報われない思いに疲れ果て、消すことも出来ない恋心を重荷に感じたことは? ……そんな乙女にうってつけの薬さ。効果は保証するよ。なぁに、簡単なことさ。替えたい相手を想いながら、これを飲めばいいだけだ。それで悩みはすべて消える」
ことり、と置かれた小瓶にエリザベートの視線は釘付けとなった。
それはごく普通の小瓶のように見えたが、中にはキラキラ輝きながら次々と色を変える、不思議な液体が入っていた。キラキラキラキラ、輝きながらその色を青から赤、紫から緑へと変え続ける薬は美しいけれどどこか怪しげな雰囲気があり、魅入られたように目が離せない。
こくりと喉を鳴らしたエリザベートに、魔女は謳うように囁いた。
「もう少しで心の痛みを麻痺させる薬の効果は切れる。決断は早めにしなさい。……でも、後悔だけはしないよう気を付けて」
震える手を伸ばし、エリザベートは小瓶を手にする。心はもう決まっていた。迷いはあるけれど、この機を逃せばもうエリザベートには壊れる未来しかないだろうという確信があった。
それでも不安になりちらりとミレナを見ると、哀し気に微笑まれた。
「あたしには止める権利なんてない。どんな決断をしようと絶対に受け止めるから、エリザベートが幸せになれる道を、選んでくれ」
「ミレナ様……。ありがとう、ございます」
何度も考えたことがある。この気持ちをどうすればいいのか。どうすればエリザベートは幸せになれるのか。いっそすべて捨てた方が、この国は、アランは幸せになれるのではないかと。立派な王妃に、なれるのではないかと。
だから、躊躇いは捨てた。
エリザベートは一息に小瓶の中身を呷る。最後に思い出したのは、アランに優しく微笑まれ、お世辞にも綺麗とは言えない手を美しいと褒められたあの瞬間だった。




