カナガタ・ダンジョン
「旅人さん、この先のダンジョンについて知りたいのかぇ」
道端の岩に腰掛ける老婆が問う。
旅人はコクンと頷き、ギルド銭を一枚渡す。
「ひひひ。この先にはネジぼね遺跡というのがあってね、旧文明の建モンがたくさん残っているのさ。遺跡に入ったらまっすぐ行って、円形の窪地にダンジョンの入口がある」
旅人はスキルで紙を生成してメモする。
「ああ、お前さん、記録士かい。今時このダンジョンに来るモンも珍しくなったが、それなら納得だ」
旅人ことミルキィ。十三才。
【記録士】だ。
記録士は見聞きした興味深いものを記録する習性を持つ。知識を求めて、利益に関係なく旅する者が多い。
「このダンジョンのモンスターは動く石像さ。何の石か分からんが、とにかく硬い。昔は上級の冒険者も攻略に来ていたんだが、誰の攻撃も一切効かなかった」
「ふむ」
(ならモンスターから逃げつつ、離れて観察しよう)
記録士は不相応な高レベルダンジョンにも、つい入ってしまう習性を持つ。
だから逃げ隠れが自然と得意になる。
「宝としては、稀に金属塊が見つかる。けど、とんでもなく硬くて、一流の戦士のハンマーでも、魔法使いが放つ高温でもビクともしない。何にも使えないが、珍しいのでコレクターに高く売れる。【フシギ鉱】という名で取引されているよ」
「金になるのか。でもこの辺りは冒険者を見掛けない」
「一個見つけると、同じ人間が何度潜っても二個目が見つからないんだ。だから冒険者が居つかない。物売りも小屋を畳んじまったよ」
「なるほど」
ダンジョンでは不思議な力が働いている。
ダンジョンにある【アイテム】は、一度誰かが手に入れても、時間が経てばいつのまにか【再出現】する。
原理は謎だ。
誰か一人が手に入れると、二度と出現しないアイテムもある。
ダンジョンの再出現の影響外とでもいうべきか。
【ユニークアイテム】と呼ばれ、効果が高いことが多く貴ばれる。
フシギ鉱はまた別の法則のようだ。
ミルキィは老婆と別れ、道なりに歩く。
のどかな草原。
日差しが暖かく、遠く南には海が見える。
前方には、こんもりと高く突き出た森。
近づくと、それは旧文明の高層建造物に、植物が這っているものだった。
「かなり形が残っている遺跡だ」
直方体の塔が建ち並んでいる。
現代の技術より、はるかに優れた旧文明の痕跡。
崩れた石壁からは、ネジぼねと呼ばれる金属棒が、骨のように飛び出している。
ミルキィはスケッチをしながら、のんびり進む。
老婆が言っていた円形の窪地に着いた。
石造りの広場のようだ。
階段を下りて振り返ると、階段の脇に入口があった。
「ここが【ネジぼね遺跡】のダンジョン……」
中は薄暗く、下りる階段がある。
ミルキィは足を踏み入れた。
【ダンジョン】。
世界各地に存在する迷宮である。
中にはモンスターが生息し、入ってきた者に襲いかかる。
モンスターの肉や皮、ダンジョンだけに落ちている特別なアイテム。
それらを収集して、冒険者は生計を立てている。
不思議な法則を持つダンジョンが、なぜこの世にあるか。
その答えは、旧文明の崩壊で失われた記録の中にあったのか。
誰も知らない――。
「明かりがある。助かる」
壁には発光する石が埋めこまれていた。
やや暗いが、歩ける程度には明るい。
さっそく地図を描きながら探索する。
壁や床は平滑で、ムラのない丁寧な処理がされている。
飾りけは少ない。
「外の建物と意匠が似ている。外も腐食する前はこんな感じだったのか」
「!」
ゴトン、ゴッ。
石の床を、重量物が移動する音。
ミルキィは柱の影に隠れる。
(早速、ゴーレムだ)
岩を重ねたような体で、二足歩行している。
目らしきものはないが、口はパックリと割れて大きい。
そして――立派な顎。ミルキィを一口で磨り潰せそうだ。
まさに石臼。
(とりあえず【イシウスゴーレム】と名付けよう)
他の冒険者が付けた呼び名もありそうではある。
老婆は知らないようだったが、知っている人がいたら、あとで照らし合わせよう。
ミルキィはしっかりと記録する。
「普通のゴーレムとは造りが違う。特に関節」
他のダンジョンのゴーレムは、石同士が魔法でくっついている。
しかしあのゴーレムは、物理的な構造で回転できるようになっている。そして縦の回転、横の回転、伸縮。それらを組み合わせ、動きの自由度を高めている。
「物理的にスムーズにして、魔力を温存しているのか? でも基本動作でそこまで魔力を消費するだろうか。メリットが少ない」
とりあえず見たままを記録する。
そして見つからないよう静かに移動して、その場を逃れた。
「たッ!」
広間を走っていたミルキィは、何かにつまずいて転んでしまった。
慌てて起き上がり、来た道をうかがう。
(イシウスゴーレムは……、来ない)
ゴーレム系モンスターは、音への反応は鈍かったり鋭かったり、差が大きい。魔法で外付けされた能力だからだろう。
イシウスゴーレムは鈍いタイプのようだ。
ミルキィはホッとして、何につまずいたのか確認する。
「変な床の形」
石造りの床に、変わった模様が彫られている。
その凸凹に引っ掛かったのだ。
「三角……いや、台形か」
割れた板のような、中途半端な枠の中に、さらに細かい図形が彫られている。
深さにグラデーションがあるレリーフだ。
記録士にはスケッチが上手くなる特性がある。
そのミルキィから見ても、直線や曲線の精巧さは素晴らしい。
だが、その形に意味が見出せない。
意味不明な図形と、その間を繋いで直線が引かれている。
「記録」
ミルキィは模様をそのまま描き写した。
記録士は記録紙に嘘を書けない習性を持つ。
そのため情報の信頼度が高く、若く無名のミルキィの情報でも買ってもらえる。
旅の記録はミルキィの趣味であり、収入源だ。
探索を続ける。
「うぐぅ――!」
再びモンスターに見つかり追いかけられた。
ハンマーを持って浮遊するゴーレムだ。
大きさはミルキィより小さいが、移動速度が速い。
「とっとととりあえず【トンカチン】と名付けるっ!」
ばたばた走りながら、
(小さいから攻撃が効くのでは?)
と考えがよぎった。
トンカチンが武器を振りぬいた隙を狙い、
「ていっ!」
ミルキィは飛びついて、その右肩の間接に火薬玉をねじ込む。
そしてトンカチンの体をキックして距離を取る。
導火線の火が火薬に伝わり、トンカチンの肩が爆発した。
「どうだ!」
煙がかき消える。
その岩肌は直撃部分さえ無傷だった。
「――情報通りッ。無意味だった!」
確認完了。
必死で走り、どうにか逃げられた。
「モンスターは三種」
あれから、もう一種のモンスターを見つけた。
大猿のように前傾姿勢の二足歩行をしているゴーレム。
立派な前腕。
【マシラゴーレム】と名付けた。
こちらも【イシウスゴーレム】と同じく、口と顎が立派だった。
「地図もできてきた。あとはこの通路だけ」
地図の空白地帯の通路を慎重に歩く。
だが通路の先に、壁が現れた。
「行き止まりだ。あ、何か落ちている」
灰白色の厚い板。
成型されていて、表面はツヤツヤと光を反射している。
見た目より軽い。
「金属塊……ということは【フシギ鉱】!」
このダンジョンを代表するお宝。
淡々としたミルキィも、さすがに胸をときめかせる。
「一回の探索で見つかるとは」
運が良いのだろうか。
「これで全ての場所を回った……。ん? これは……扉か」
正面は壁だと思っていたが、よく見ると中央に開きそうな溝がある。
取っ手はなく、開こうとしても動かない。
「何か仕掛けがあるのか?」
(この先が知りたい)
記録士の習性がうずく。
色々試してみるが、何も起こらない。
「違う場所にヒントがないか探そう」
ミルキィは見落としがないか、ダンジョンをくまなく見て回る。
「まずい……!」
イシウスゴーレムが二匹。
挟みこまれて追いつめられてしまった。
(あっちの通路に!)
焦ったミルキィは、先を確認もせずに通路に飛び込む。
「うわあ! もう一匹!」
そこには三匹目のイシウスゴーレムがいた。
大口を開けて、ミルキィを頭から喰らおうとしている。
「わああッ!」
ミルキィは咄嗟に【フシギ鉱】でガードした。
口に押し込んだフシギ鉱に、イシウスゴーレムが噛みつく。
ガチンッ――!
金属音がダンジョンに響く。
ミルキィはギリギリ免れた。
「危なかったッ」
ポロッと落ちてきたフシギ鉱を拾う。
そしてミルキィは、転がるようにイシウスゴーレムの脇を駆け抜けた。
「はあ、はあ、……逃げられた」
フシギ鉱も回収できたのは運が良かった。
ミルキィは手にしている金属塊を確認する。
「――変形している」
何をしてもビクともしないはずのフシギ鉱が。
「そうか。このダンジョンの硬いモンスターなら、同じように硬いフシギ鉱も壊せるのか」
フシギ鉱に残った跡は、妙な形をしていた。
板の三分の一くらいのスペースが、意味不明な図形のレリーフになっている。
「表は凸面が多くて、裏面は凹面が多い。それと、さっきあった変な床の模様に似ている」
そしてダンジョンをひと通り回ったミルキィには、別のものも見えてきた。
「この形、ダンジョンの地図になっている?」
紙に描いたマップを取り出す。
やや東西に長いマップと、レリーフは一致した。
違う部分はある。
実際の通路が細かろうが太かろうが細く表現していたり、高低差のない部屋に坂があったりだ。
だが大体は合っている。
「もしかして、あのモンスターとフシギ鉱は、ダンジョンの仕掛けなのか!」
ミルキィはその線で考え直す。
「今、地図は三分の一くらい。イシウスゴーレムも三匹。いや、トンカチンとマシラゴーレムで三種類? それに広間の床は……?」
しばらく考えこむ。
「イシウスゴーレムの残り二匹を見分けることは難しい。まずはトンカチンとマシラゴーレムを探そう」
マシラゴーレムとの遭遇地点が近かったので、そちらに向かう。
「いた。素早いから気をつけよう」
(仕掛けがあるとしたら、あの大きな口が怪しい)
「来い!」
マシラゴーレムの前に出て、攻撃を誘う。
だがマシラゴーレムは、大きな前腕でパンチしてきた。
「違う! 噛みついて!」
この素早い攻撃を、望む攻撃がくるまで避けるのは厳しい。
肝を冷やすが、次の攻撃は噛みつきだった。
「いまだ!」
ミルキィはマシラゴーレムの口にフシギ鉱を投げつつ、自身は後ろに下がる。
ガチンッ――!
また大きな金属音がした。
マシラゴーレムは首を振って、口に入ったフシギ鉱を床に捨てる。
ミルキィは一度マシラゴーレムを逆方向へ引きつける。
フェイントに釣られたマシラゴーレムを躱し、フシギ鉱の方へ跳躍して回収する。
「当たりだ」
レリーフが増えている。
三分の一から、三分のニに。
ミルキィは猛ダッシュして離脱した。
「残りはトンカチン。……でもトンカチンは口がない」
頭部が一個の岩でできたゴーレムで、口はなかった。
「あの模様の床の方が、謎解きのピースなのか。いや、それでは挟めない」
ゴーレムのパワーと硬さでプレスしてこそ、変形するのだ。
「一応、自分で押さえつけてみるか」
模様の床がある広間に戻る。
模様の上にフシギ鉱を置き、まっさらな部分を合わせる。
そしてギューッと体重をのせた。
「駄目だ。まるで跡がつかない。どうする。何か重いものは……」
周囲を見回そうとしたミルキィ。
――その目には、間近に迫るトンカチンが映った。
振り下ろされる石のハンマー。
「わっ!」
間一髪で躱す。
ミルキィがしゃがんでいた床に、ビリビリと衝撃が走った。
「浮遊しているから足音がなかった」
気づいたのは偶然だ。危なかった。
「あの体格で、意外と重い攻撃だ」
――重い……。
「まさか!」
ミルキィはフシギ鉱の上にしゃがむ。
ハンマーを振りかざしてくるトンカチン。
そのハンマーの面にある凹凸を、ミルキィの目は捉えた。
「今!」
ミルキィはバック転して飛びのく。
トンカチンのハンマーは、床に置かれたフシギ鉱の上に振り下ろされた。
ガチンッ――!
「完成だ!」
変形したフシギ鉱を回収して、ミルキィは逃げ出した。
フシギ鉱の全面がレリーフになった。
表裏共にだ。
「三つのエリアの継ぎ目が見えない。どういう技術だろう」
色々と疑問はあるが、目的の情報は手に入った。
「ここだ」
完成したレリーフは、やはりダンジョンの地図となっていた。
図形が部屋で、図形を繋ぐ線が通路。
形は実際とだいぶ違うが、位置関係は合っている。
だが一か所、明らかな相違点があった。
フシギ鉱を拾った、閉ざされた扉の通路。
それを引き返すと丁字路に出るのだが、地図では十字路になっている。
「隠された道があるのでは」
ミルキィは壁を調べる。
すると押しこむことができるブロックを見つけた。
さらに力を加えると、壁は魔法のような光を放って掻き消えた。
「あった。通路だ」
現れた通路を進むと、円形の部屋に出た。
広さはほどほどで、高さがある。
発光石が豊富にあしらわれ、神聖な雰囲気を感じる。
部屋の中央に、縦に一筋、きらきらしたものが見えた。
「光が差している?」
見上げるが、それは天井からではなく、空中から突如現れていた。
細くもはっきりした光の直線。
「これも仕掛け? だとしたら、またフシギ鉱に変化が起こるかも」
――ミルキィはフシギ鉱を光に重ねた。
すると光が幾筋にも分かれて、フシギ鉱の薄い面、細い線を切り裂いていく。
「わっ。バラバラに……!」
ばらけたフシギ鉱が光を帯び、宙に浮く。
そしてフシギ鉱は、二つの群に分かれた。
一方はミルキィの手の中に。
もう一方は部屋の中央に。それは風圧を放ち、ミルキィを押しのけた。
「――――!」
後ろにステップして耐えるミルキィ。
そしてフシギ鉱の様子を注視する。
「合わさっていく……」
図形が厚みをもって巨大化し、組みあがっていく。
「ゴーレム? いや、ゴーストアーマーか? なんて精巧な」
まるで、見えない巨人に鎧を着せているようだ。
体高は三メートルを超す。
兜に面頬、小手に脚甲のフルアーマー。
面頬は人を模しているようだが、直線的な造形だ。
こんな造形見たことない。
「カッコいい……」
ミルキィの手の上のフシギ鉱も、カシャカシャと組みあがっていく。
完成すると浮遊の力が切れて、ミルキィの手に落ちてきた。
そして――。
ドオォォン……!
巨大鎧も地面に着地し、大きな振動を立てた。
ミルキィは身構える。
「…………。動かない?」
ミルキィは警戒しつつ、手に握ったもう一つのフシギ鉱を確認する。
手にしっくりくる大きさだ。
印籠か、小物入れの類いだろうか。
刀身を外した柄にも見える。
「とりあえず【グリップ】と名付けよう。……ここ、押せる。カラクリか?」
ミルキィはグリップにあるスイッチを押す。
――そのとたん、巨大鎧が跳びあがった。
「うおうっ! なんだ! アッパーパンチ!?」
巨大鎧がジャンピングアッパーパンチを繰りだした。
ドオォンッ!
その場でジャンプし着地しただけで、また地面が揺れる。
「これはまさか召喚! 召喚か!」
【召喚】とは、モンスターや神仙を呼びだし、その力を借りることである。
冒険者の中でも非常に珍しいスキルだ。
「フシギ鉱は【召喚の儀】の触媒ということかっ」
ミルキィはその場でぴょんぴょん跳ねる。
召喚という大技に、テンション最高潮だ。
記録士の生業も楽しんでいる。
しかし、自分には縁がないと思っていた華やかなる力を得たとなると、童心に返らずにはいられなかった。
グリップにはスイッチが二つある。
「こちらは?」
ミルキィがもう一つのスイッチを押す。
すると巨大鎧が正面にいるミルキィに突進してきた。
「うわあ!!」
ミルキィは斜め前に転がってギリギリ避けた。
「やはり敵か!」
だが巨大鎧は、突進体勢から姿勢を起こして仁王立ちになり、動かなくなった。
「なんだ?」
ミルキィに背後を見せた状態。
敵にしては不用心。
「…………。ポチッ」
ミルキィは再びスイッチを押す。
すると巨大鎧もまた、右腕を前に構えて前方へタックルする。
後ろにいたミルキィに、腰部と脚部から放たれた激しい風圧が掛かる。
しかしそれだけだ。
そして巨大鎧は姿勢を正して停止した。
「これは……グリップのスイッチに込められた命令魔法に従う。ただしグリップの持ち主に攻撃が当たろうと構わない、といったところか」
なるほど。
分かっていれば無差別攻撃はさして問題ない。自分で指示するのだから、事前に避けていればいいのだ。
(このカッコいいモンスターが、ミルキィに従う……!)
ミルキィはたたたっと巨大鎧の前に走りでて、その姿を観察した。
「君の名前は! 名前は……! むむ……。ちょっと待って!」
巨大鎧のカッコよさをどう表現すべきか。
名付けは一旦、保留した。
「他にスイッチはないか」
グリップを探ったり、振ったりした。
だがやはり二個しか見つからない。
スイッチと並んで謎の円形の凹みがあったが、仕掛けはなかった。
「前に進みたいだけなのに、タックルしか方法がないのか。不便だ。……あ、こうすれば」
ミルキィはタックルのスイッチを何度も押す。
「前進。前進っ」
部屋を出て、十字路を直進。
そしてフシギ鉱を拾った場所。
閉ざされた扉の前へ出た。
「この巨体なら! いけぇー!」
扉に向けて、タックルを命じる。
ゴオオォン――!!
扉の石が砕け、ガラガラと崩れていく。
向こうへの道が開けた。
「やったあ! この破城槌のごときパワー……。【メカ・ハジョー】と名付ける! これからよろしく!」
メカ・ハジョーと並んで、ミルキィは先へと進んだ。
「広い」
五十メートル四方ほどの大広間だ。
メカ・ハジョーのタックルが一回五メートル。
端から端まで十回分だ。
しかし広間には高低差がある。深い堀があって、まっすぐ歩けるわけではない。
「何の場所だろう」
ミルキィはもっとよく見たくて、メカ・ハジョーより前へ出た。
シュゥウンッ!
「ッ!」
ミルキィはさっと跳びあがる。
衝撃がミルキィのいた床を撃つ。
「魔法弾!」
ミルキィはメカ・ハジョーの後ろに隠れた。
「――あの高台ッ」
広間の中央奥。
高台の上に大砲が見える。
「砲撃手はどこに……。いや違う。遠距離攻撃ゴーレムだ!」
大砲の頭をしたモンスターだ。
その下にどっしりした胴と足がある。
三メートル超の、メカ・ハジョーと同等の大きさ。
また魔法弾が撃たれ、メカ・ハジョーに当たる。
後ろに下がる術のないメカ・ハジョーは、仁王立ちで衝撃を受け止めた。
「【命量り】ッ」
ミルキィは生成した紙をメカ・ハジョーに投げる。
紙には数字が浮かびあがった。
現在のメカ・ハジョーの耐久力だ。
【命量り】は治癒系や情報系の能力者が使えるスキルで、仲間や敵の体力の確認に使う。今回のように召喚モンスターにも有効なようだ。
「受けたのは魔法弾一撃。最初が全快だったと仮定すると、結構削られた。あと耐えられるのは四回か」
ただ、メカ・ハジョーと共に戦うのは初めてだ。
どの部位を損傷したら、どのくらい動きに制限が掛かるか。ミルキィは召喚スキルに詳しくないので予想できない。
余裕を持って戦いたいが……。
(どうだろう……)
――高台は微妙に正面ではない。
すなわち前進タックルだけでは辿りつけない。
ミルキィは敵を睨む。
「【ヤグラキャノン】と名付ける! わっ!」
ヤグラキャノンの砲撃が、またメカ・ハジョーに当たった。
(あと三発まで)
敵の充填速度は早くない。
ミルキィだけならいつでも逃げられる。
けれど、このカッコいい仲間を手放したくない。
「前進してどこか死角に――」
ミルキィは気づいた。
キイキイと金属が擦れるような音が、断続的に響いている。
「床が、動いている」
板が連続して置かれた床。
それが川のように動いている。
なんて大掛かりな仕掛けだ。
そろそろヤグラキャノンの次弾がくる。
「あそこに乗るんだ!」
ミルキィは前進タックルの命令を出す。
メカ・ハジョーが動き、その影にミルキィもついていく。
「焦らず、タイミングを狙って」
前進タックルを再命令するには、メカ・ハジョーが立ち姿に戻るタイミングを待たないといけない。
「次撃に間に合わないッ。そうだ!」
ミルキィは移動する。
メカ・ハジョーとヤグラキャノンの間へ。
シュゥウンッ!
ヤグラキャノンの砲撃。
今度はミルキィを狙ってきた。
ミルキィはギリギリ躱す。
「やっぱり。近い方を狙ってくる」
囮になって、メカ・ハジョーを守るんだ。
当たればおそらくミルキィは一撃でやられるが、どうにかやってやる。
「メカ・ハジョー前進! よし! 乗れた!」
【動く床】がメカ・ハジョーをゆっくりと運んでいく。
「ヤグラキャノンと角度ができた。これなら」
ミルキィはメカ・ハジョーの後ろに戻る。
ヤグラキャノンが今度はメカ・ハジョーに照準を合わせ、撃ってきた。
「今だ!」
前進タックルするメカ・ハジョー。
砲撃はその後方に落ちた。
「よし。このまま近づければ」
動く床の先を確認する。
カーブになっていて、ヤグラキャノンのいる高台へ向かっている。
ミルキィは安心したが、すぐにその表情は曇る。
「堀がある……!」
動く床の先は、高台の直前で堀にぶつかっていた。
このままいけば、メカ・ハジョーは堀に落ちてしまう。
そうしたらヤグラキャノンに上から狙われることだろう。
「何か方法は」
辺りを見回しても妙案は浮かばない。
悩む時間はない。
ミルキィは覚悟を決めて走りだした。
(利用できそうな仕掛けを探せ)
急いで辺りを探索する。
砲撃のタイミングに気を払い、メカ・ハジョーに避けさせながら。
堀に近づき、覗きこんでみる。
深さはメカ・ハジョーの体高ほどもある。
(ん?)
底の見た目は、動く床に似ている。
「動いていないけど、仕掛けがありそう……あ!」
堀の中に、怪しげな突起がある。
押したらいかにも何か起こりそうな。
「スイッチか? でも下りたら上がるのに時間がかかる」
状況確認やメカ・ハジョーのサポートが困難になる。
ミルキィは火薬壺を取りだした。
「てやッ!」
ボオォウンッ!
ミルキィの見事なコントロール。
火薬壺はスイッチの上で爆発した。
煙が薄っすらただよう中で、ガチャガチャガチャッと何かが動く音がする。
そして、堀の底がせり上がってきた。
「当たりだ!」
メカ・ハジョーに目を向けると、ちょうど堀に差しかかるところ。
「乗れ!」
メカ・ハジョーに前進させ、堀から上がってきた床に乗せる。
床はさらにせり上がり、ヤグラキャノンのいる高さに達しようとした。
――しかしヤグラキャノンに届かないまま、床は下降に転じた。
「そんな……!」
ヤグラキャノンの魔法弾。
メカ・ハジョーは直撃を受ける。
「ごめん……!」
ミルキィは走って近づきながら、悲愴な表情を浮かべる。
しかし、その目の闘志は消えていない。
「充填中のこのタイミングだ! アッパー!!」
メカ・ハジョーは沈んでいく床を蹴り、腕を振りあげて飛びあがった。
高台の高さに並ぶ。
そして――。
(色々と試していてよかった)
メカ・ハジョーを手に入れた部屋で気づいたのだ。
タックル後にタックルするには、基本姿勢に戻るのを待たないといけない。
しかしアッパーとタックルの間なら、待たずに追加命令できるタイミングがあった。
コンボ技だ。
「タックルッ!」
メカ・ハジョーは激しい風を起こし、空中で前進した。
着地時の発動よりも激しい気流が伝わる。
ガキイィンッ!
メカ・ハジョーの肘打ちが、ヤグラキャノンの砲の首を捻じ曲げた。
「どうだ……?」
警戒していると、ヤグラキャノンの体が砂のように崩れて消えていった。
「勝ったー!」
ミルキィは鉤縄を高台に掛けて、せっせと登る。
「メカ・ハジョー、ナイス!」
ミルキィはメカ・ハジョーの腰に抱きついた。
二人が乗っている高台が降下しはじめた。
「今度はなんだ。あ!」
高台の影になっていた壁が露わになる。
そこは壁ではなく、大きな開口部があった。
「先への道だ」
「どうしよう」
メカ・ハジョーは道に対して、左側面を向けている。
とりあえずミルキィだけで覗きこんだ。
「下への階段だ! 一階層のダンジョンだと聞いていたけど、次の階があったのか」
階段は正面。
左右にも目をやる。
「宝箱?」
左手の空間に、怪しげな箱がある。
罠を警戒しながら、前面中央部を押しこむと、シュパッと蓋が開いた。
中身は……。
「何だろう。分銅?」
ただの円柱形の小さい金属の塊があった。
「フシギ鉱以外のアイテムの情報は聞かなかった。もしかしてミルキィが初攻略か? でも何のアイテム……」
円柱の円の面を見て、ミルキィは閃いた。
「もしかして」
グリップには凹みがあって、この円とサイズがぴったり合う。
「はまった。おお――」
接合部が光を放ち、やがて収まる。
「新しいスイッチか!」
ミルキィはメカ・ハジョーに向かい、スイッチを押す。
しかし何も起こらない。
「あれ?」
グリップを傾けて確認しようとすると……。
ガシャン。
メカ・ハジョーが足踏みし、こちらに正面を向けた。
「方向転換! えーっと今のは、押しながら傾ける?」
ガシャッ、ガシャッ。
「おー! 歩けた! すごいぞ、メカ・ハジョー!」
目の前には下りる階段。
「行くぞ!」
記録士ミルキィは胸のわくわくに従い、メカ・ハジョーと共に進んだ。
お読みいただきありがとうございます。