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カナガタ・ダンジョン

作者: 小川礼衣

「旅人さん、この先のダンジョンについて知りたいのかぇ」


 道端の岩に腰掛ける老婆が問う。

 旅人はコクンと頷き、ギルド銭を一枚渡す。


「ひひひ。この先にはネジぼね遺跡というのがあってね、旧文明の建モンがたくさん残っているのさ。遺跡に入ったらまっすぐ行って、円形の窪地にダンジョンの入口がある」


 旅人はスキルで紙を生成してメモする。


「ああ、お前さん、記録士かい。今時このダンジョンに来るモンも珍しくなったが、それなら納得だ」




 旅人ことミルキィ。十三才。

【記録士】だ。

 記録士は見聞きした興味深いものを記録する習性を持つ。知識を求めて、利益に関係なく旅する者が多い。




「このダンジョンのモンスターは動く石像ゴーレムさ。何の石か分からんが、とにかく硬い。昔は上級の冒険者も攻略に来ていたんだが、誰の攻撃も一切効かなかった」

「ふむ」


(ならモンスターから逃げつつ、離れて観察しよう)


 記録士は不相応な高レベルダンジョンにも、つい入ってしまう習性を持つ。

 だから逃げ隠れが自然と得意になる。


「宝としては、まれ金属塊インゴットが見つかる。けど、とんでもなく硬くて、一流の戦士のハンマーでも、魔法使いが放つ高温でもビクともしない。何にも使えないが、珍しいのでコレクターに高く売れる。【フシギ鉱】という名で取引されているよ」

「金になるのか。でもこの辺りは冒険者を見掛けない」

「一個見つけると、同じ人間が何度潜っても二個目が見つからないんだ。だから冒険者が居つかない。物売りも小屋を畳んじまったよ」

「なるほど」


 ダンジョンでは不思議な力が働いている。

 ダンジョンにある【アイテム】は、一度誰かが手に入れても、時間が経てばいつのまにか【再出現】する。

 原理は謎だ。


 誰か一人が手に入れると、二度と出現しないアイテムもある。

 ダンジョンの再出現の影響外とでもいうべきか。

【ユニークアイテム】と呼ばれ、効果が高いことが多く貴ばれる。


 フシギ鉱はまた別の法則のようだ。






 ミルキィは老婆と別れ、道なりに歩く。


 のどかな草原。

 日差しが暖かく、遠く南には海が見える。


 前方には、こんもりと高く突き出た森。

 近づくと、それは旧文明の高層建造物に、植物がっているものだった。


「かなり形が残っている遺跡だ」


 直方体の塔が建ち並んでいる。

 現代の技術より、はるかに優れた旧文明の痕跡。

 崩れた石壁からは、ネジぼねと呼ばれる金属棒が、骨のように飛び出している。


 ミルキィはスケッチをしながら、のんびり進む。 




 老婆が言っていた円形の窪地に着いた。

 石造りの広場のようだ。

 階段を下りて振り返ると、階段の脇に入口があった。


「ここが【ネジぼね遺跡】のダンジョン……」


 中は薄暗く、下りる階段がある。

 ミルキィは足を踏み入れた。






【ダンジョン】。

 世界各地に存在する迷宮である。

 中にはモンスターが生息し、入ってきた者に襲いかかる。

 モンスターの肉や皮、ダンジョンだけに落ちている特別なアイテム。

 それらを収集して、冒険者は生計を立てている。


 不思議な法則を持つダンジョンが、なぜこの世にあるか。

 その答えは、旧文明の崩壊で失われた記録の中にあったのか。

 誰も知らない――。






「明かりがある。助かる」


 壁には発光する石が埋めこまれていた。

 やや暗いが、歩ける程度には明るい。

 さっそく地図を描きながら探索する。


 壁や床は平滑で、ムラのない丁寧な処理がされている。

 飾りけは少ない。


「外の建物と意匠デザインが似ている。外も腐食する前はこんな感じだったのか」




「!」


 ゴトン、ゴッ。

 石の床を、重量物が移動する音。

 ミルキィは柱の影に隠れる。


(早速、ゴーレムだ)


 岩を重ねたような体で、二足歩行している。

 目らしきものはないが、口はパックリと割れて大きい。

 そして――立派な顎。ミルキィを一口でり潰せそうだ。

 まさに石臼。


(とりあえず【イシウスゴーレム】と名付けよう)


 他の冒険者が付けた呼び名もありそうではある。

 老婆は知らないようだったが、知っている人がいたら、あとで照らし合わせよう。

 ミルキィはしっかりと記録する。



「普通のゴーレムとは造りが違う。特に関節」


 他のダンジョンのゴーレムは、石同士が魔法でくっついている。

 しかしあのゴーレムは、物理的な構造で回転できるようになっている。そして縦の回転、横の回転、伸縮。それらを組み合わせ、動きの自由度を高めている。


「物理的にスムーズにして、魔力を温存しているのか? でも基本動作でそこまで魔力を消費するだろうか。メリットが少ない」


 とりあえず見たままを記録する。

 そして見つからないよう静かに移動して、その場を逃れた。




「たッ!」


 広間を走っていたミルキィは、何かにつまずいて転んでしまった。

 慌てて起き上がり、来た道をうかがう。


(イシウスゴーレムは……、来ない)


 ゴーレム系モンスターは、音への反応は鈍かったり鋭かったり、差が大きい。魔法で外付けされた能力だからだろう。

 イシウスゴーレムは鈍いタイプのようだ。



 ミルキィはホッとして、何につまずいたのか確認する。


「変な床の形」


 石造りの床に、変わった模様が彫られている。

 その凸凹に引っ掛かったのだ。


「三角……いや、台形か」


 割れた板のような、中途半端な枠の中に、さらに細かい図形が彫られている。

 深さにグラデーションがあるレリーフだ。


 記録士にはスケッチが上手くなる特性がある。

 そのミルキィから見ても、直線や曲線の精巧さは素晴らしい。


 だが、その形に意味が見出せない。

 意味不明な図形と、その間を繋いで直線が引かれている。


「記録」


 ミルキィは模様をそのまま描き写した。



 記録士は記録紙に嘘を書けない習性を持つ。

 そのため情報の信頼度が高く、若く無名のミルキィの情報でも買ってもらえる。

 旅の記録はミルキィの趣味であり、収入源だ。






 探索を続ける。


「うぐぅ――!」


 再びモンスターに見つかり追いかけられた。

 ハンマーを持って浮遊するゴーレムだ。

 大きさはミルキィより小さいが、移動速度が速い。


「とっとととりあえず【トンカチン】と名付けるっ!」


 ばたばた走りながら、

(小さいから攻撃が効くのでは?)

 と考えがよぎった。


 トンカチンが武器を振りぬいた隙を狙い、


「ていっ!」


 ミルキィは飛びついて、その右肩の間接に火薬玉をねじ込む。

 そしてトンカチンの体をキックして距離を取る。


 導火線の火が火薬に伝わり、トンカチンの肩が爆発した。


「どうだ!」


 煙がかき消える。

 その岩肌は直撃部分さえ無傷だった。


「――情報通りッ。無意味だった!」


 確認完了。

 必死で走り、どうにか逃げられた。






「モンスターは三種」


 あれから、もう一種のモンスターを見つけた。

 大猿のように前傾姿勢の二足歩行をしているゴーレム。

 立派な前腕。

【マシラゴーレム】と名付けた。


 こちらも【イシウスゴーレム】と同じく、口と顎が立派だった。




「地図もできてきた。あとはこの通路だけ」


 地図の空白地帯の通路を慎重に歩く。

 だが通路の先に、壁が現れた。


「行き止まりだ。あ、何か落ちている」


 灰白色の厚い板。

 成型されていて、表面はツヤツヤと光を反射している。

 見た目より軽い。


金属塊インゴット……ということは【フシギ鉱】!」


 このダンジョンを代表するお宝。

 淡々としたミルキィも、さすがに胸をときめかせる。


「一回の探索で見つかるとは」


 運が良いのだろうか。


「これで全ての場所を回った……。ん? これは……扉か」


 正面は壁だと思っていたが、よく見ると中央に開きそうな溝がある。

 取っ手はなく、ひらこうとしても動かない。


「何か仕掛けがあるのか?」 


(この先が知りたい)

 記録士の習性がうずく。

 色々試してみるが、何も起こらない。


「違う場所にヒントがないか探そう」






 ミルキィは見落としがないか、ダンジョンをくまなく見て回る。


「まずい……!」


 イシウスゴーレムが二匹。

 挟みこまれて追いつめられてしまった。


(あっちの通路に!)


 焦ったミルキィは、先を確認もせずに通路に飛び込む。


「うわあ! もう一匹!」


 そこには三匹目のイシウスゴーレムがいた。

 大口を開けて、ミルキィを頭から喰らおうとしている。


「わああッ!」


 ミルキィは咄嗟とっさに【フシギ鉱】でガードした。

 口に押し込んだフシギ鉱に、イシウスゴーレムが噛みつく。


 ガチンッ――!


 金属音がダンジョンに響く。


 ミルキィはギリギリまぬがれた。

「危なかったッ」

 ポロッと落ちてきたフシギ鉱を拾う。

 そしてミルキィは、転がるようにイシウスゴーレムの脇を駆け抜けた。




「はあ、はあ、……逃げられた」


 フシギ鉱も回収できたのは運が良かった。

 ミルキィは手にしている金属塊インゴットを確認する。


「――変形している」


 何をしてもビクともしないはずのフシギ鉱が。


「そうか。このダンジョンの硬いモンスターなら、同じように硬いフシギ鉱も壊せるのか」


 フシギ鉱に残った跡は、妙な形をしていた。

 板の三分の一くらいのスペースが、意味不明な図形のレリーフになっている。


「表は凸面が多くて、裏面は凹面が多い。それと、さっきあった変な床の模様に似ている」



 そしてダンジョンをひと通り回ったミルキィには、別のものも見えてきた。


「この形、ダンジョンの地図になっている?」


 紙に描いたマップを取り出す。

 やや東西に長いマップと、レリーフは一致した。


 違う部分はある。

 実際の通路が細かろうが太かろうが細く表現していたり、高低差のない部屋に坂があったりだ。

 だが大体は合っている。


「もしかして、あのモンスター(イシウスゴーレム)とフシギ鉱は、ダンジョンの仕掛けなのか!」


 ミルキィはその線で考え直す。


「今、地図は三分の一くらい。イシウスゴーレムも三匹。いや、トンカチンとマシラゴーレムで三種類? それに広間の床は……?」


 しばらく考えこむ。


「イシウスゴーレムの残り二匹を見分けることは難しい。まずはトンカチンとマシラゴーレムを探そう」






 マシラゴーレムとの遭遇地点が近かったので、そちらに向かう。


「いた。素早いから気をつけよう」


(仕掛けがあるとしたら、あの大きな口が怪しい)


「来い!」


 マシラゴーレムの前に出て、攻撃を誘う。

 だがマシラゴーレムは、大きな前腕でパンチしてきた。


「違う! 噛みついて!」


 この素早い攻撃を、望む攻撃がくるまで避けるのは厳しい。

 肝を冷やすが、次の攻撃は噛みつきだった。


「いまだ!」


 ミルキィはマシラゴーレムの口にフシギ鉱を投げつつ、自身は後ろに下がる。


 ガチンッ――!

 また大きな金属音がした。


 マシラゴーレムは首を振って、口に入ったフシギ鉱を床に捨てる。

 ミルキィは一度マシラゴーレムを逆方向へ引きつける。

 フェイントに釣られたマシラゴーレムを躱し、フシギ鉱の方へ跳躍して回収する。


「当たりだ」


 レリーフが増えている。

 三分の一から、三分のニに。

 ミルキィは猛ダッシュして離脱した。






「残りはトンカチン。……でもトンカチンは口がない」


 頭部が一個の岩でできたゴーレムで、口はなかった。


「あの模様の床の方が、謎解きのピースなのか。いや、それでは挟めない」


 ゴーレムのパワーと硬さでプレスしてこそ、変形するのだ。


「一応、自分で押さえつけてみるか」




 模様の床がある広間に戻る。

 模様の上にフシギ鉱を置き、まっさらな部分を合わせる。

 そしてギューッと体重をのせた。


「駄目だ。まるで跡がつかない。どうする。何か重いものは……」


 周囲を見回そうとしたミルキィ。


 ――その目には、間近に迫るトンカチンが映った。

 振り下ろされる石のハンマー。


「わっ!」


 間一髪で躱す。

 ミルキィがしゃがんでいた床に、ビリビリと衝撃が走った。


「浮遊しているから足音がなかった」


 気づいたのは偶然だ。危なかった。


「あの体格で、意外と重い攻撃だ」


 ――重い……。


「まさか!」


 ミルキィはフシギ鉱の上にしゃがむ。

 ハンマーを振りかざしてくるトンカチン。

 そのハンマーの面にある凹凸を、ミルキィの目は捉えた。


「今!」


 ミルキィはバック転して飛びのく。

 トンカチンのハンマーは、床に置かれたフシギ鉱の上に振り下ろされた。


 ガチンッ――!


「完成だ!」


 変形したフシギ鉱を回収して、ミルキィは逃げ出した。






 フシギ鉱の全面がレリーフになった。

 表裏共にだ。


「三つのエリアの継ぎ目が見えない。どういう技術だろう」


 色々と疑問はあるが、目的の情報は手に入った。


「ここだ」


 完成したレリーフは、やはりダンジョンの地図となっていた。

 図形が部屋で、図形を繋ぐ線が通路。

 形は実際とだいぶ違うが、位置関係は合っている。


 だが一か所、明らかな相違点があった。


 フシギ鉱を拾った、閉ざされた扉の通路。

 それを引き返すと丁字路に出るのだが、地図では十字路になっている。


「隠された道があるのでは」


 ミルキィは壁を調べる。

 すると押しこむことができるブロックを見つけた。

 さらに力を加えると、壁は魔法のような光を放って掻き消えた。


「あった。通路だ」



 現れた通路を進むと、円形の部屋に出た。

 広さはほどほどで、高さがある。

 発光石が豊富にあしらわれ、神聖な雰囲気を感じる。


 部屋の中央に、縦に一筋、きらきらしたものが見えた。


「光が差している?」


 見上げるが、それは天井からではなく、空中から突如現れていた。

 細くもはっきりした光の直線。


「これも仕掛け? だとしたら、またフシギ鉱に変化が起こるかも」


 ――ミルキィはフシギ鉱を光に重ねた。


 すると光が幾筋にも分かれて、フシギ鉱の薄い面、細い線を切り裂いていく。


「わっ。バラバラに……!」


 ばらけたフシギ鉱が光を帯び、宙に浮く。


 そしてフシギ鉱は、二つの群に分かれた。

 一方はミルキィの手の中に。

 もう一方は部屋の中央に。それは風圧を放ち、ミルキィを押しのけた。


「――――!」


 後ろにステップして耐えるミルキィ。

 そしてフシギ鉱の様子を注視する。


「合わさっていく……」


 図形が厚みをもって巨大化し、組みあがっていく。


「ゴーレム? いや、ゴーストアーマーか? なんて精巧な」


 まるで、見えない巨人に鎧を着せているようだ。

 体高は三メートルを超す。

 兜に面頬、小手に脚甲のフルアーマー。

 面頬は人を模しているようだが、直線的な造形だ。

 こんな造形見たことない。


「カッコいい……」




 ミルキィの手の上のフシギ鉱も、カシャカシャと組みあがっていく。

 完成すると浮遊の力が切れて、ミルキィの手に落ちてきた。


 そして――。

 ドオォォン……!

 巨大鎧も地面に着地し、大きな振動を立てた。


 ミルキィは身構える。


「…………。動かない?」


 ミルキィは警戒しつつ、手に握ったもう一つのフシギ鉱を確認する。

 手にしっくりくる大きさだ。

 印籠か、小物入れのたぐいだろうか。

 刀身を外したつかにも見える。



「とりあえず【グリップ】と名付けよう。……ここ、押せる。カラクリか?」


 ミルキィはグリップにあるスイッチを押す。

 ――そのとたん、巨大鎧が跳びあがった。


「うおうっ! なんだ! アッパーパンチ!?」


 巨大鎧がジャンピングアッパーパンチを繰りだした。

 ドオォンッ!

 その場でジャンプし着地しただけで、また地面が揺れる。


「これはまさか召喚! 召喚か!」


【召喚】とは、モンスターや神仙を呼びだし、その力を借りることである。

 冒険者の中でも非常に珍しいスキルだ。


「フシギ鉱は【召喚の儀】の触媒ということかっ」


 ミルキィはその場でぴょんぴょん跳ねる。

 召喚という大技に、テンション最高潮だ。


 記録士の生業なりわいも楽しんでいる。

 しかし、自分には縁がないと思っていた華やかなる力を得たとなると、童心に返らずにはいられなかった。



 グリップにはスイッチが二つある。


「こちらは?」


 ミルキィがもう一つのスイッチを押す。

 すると巨大鎧が正面にいるミルキィに突進してきた。


「うわあ!!」


 ミルキィは斜め前に転がってギリギリ避けた。


「やはり敵か!」


 だが巨大鎧は、突進体勢から姿勢を起こして仁王立ちになり、動かなくなった。


「なんだ?」


 ミルキィに背後を見せた状態。

 敵にしては不用心。


「…………。ポチッ」


 ミルキィは再びスイッチを押す。

 すると巨大鎧もまた、右腕を前に構えて前方へタックルする。

 後ろにいたミルキィに、腰部と脚部から放たれた激しい風圧が掛かる。

 しかしそれだけだ。

 そして巨大鎧は姿勢を正して停止した。


「これは……グリップのスイッチに込められた命令魔法に従う。ただしグリップの持ち主に攻撃が当たろうと構わない、といったところか」


 なるほど。

 分かっていれば無差別攻撃はさして問題ない。自分で指示するのだから、事前に避けていればいいのだ。


(このカッコいいモンスターが、ミルキィに従う……!)


 ミルキィはたたたっと巨大鎧の前に走りでて、その姿を観察した。


「君の名前は! 名前は……! むむ……。ちょっと待って!」


 巨大鎧のカッコよさをどう表現すべきか。

 名付けは一旦、保留した。






「他にスイッチはないか」

 グリップをさぐったり、振ったりした。

 だがやはり二個しか見つからない。

 スイッチと並んで謎の円形の凹みがあったが、仕掛けはなかった。


「前に進みたいだけなのに、タックルしか方法がないのか。不便だ。……あ、こうすれば」


 ミルキィはタックルのスイッチを何度も押す。


「前進。前進っ」


 部屋を出て、十字路を直進。

 そしてフシギ鉱を拾った場所。

 閉ざされた扉の前へ出た。


「この巨体なら! いけぇー!」


 扉に向けて、タックルを命じる。


 ゴオオォン――!!


 扉の石が砕け、ガラガラと崩れていく。

 向こうへの道がひらけた。


「やったあ! この破城槌はじょうついのごときパワー……。【メカ・ハジョー】と名付ける! これからよろしく!」


 メカ・ハジョーと並んで、ミルキィは先へと進んだ。






「広い」


 五十メートル四方ほどの大広間だ。

 メカ・ハジョーのタックルが一回五メートル。

 端から端まで十回分だ。


 しかし広間には高低差がある。深い堀があって、まっすぐ歩けるわけではない。


「何の場所だろう」


 ミルキィはもっとよく見たくて、メカ・ハジョーより前へ出た。




 シュゥウンッ!


「ッ!」


 ミルキィはさっと跳びあがる。

 衝撃がミルキィのいた床を撃つ。


「魔法弾!」


 ミルキィはメカ・ハジョーの後ろに隠れた。


「――あの高台ッ」


 広間の中央奥。

 高台の上に大砲が見える。


「砲撃手はどこに……。いや違う。遠距離攻撃ゴーレムだ!」


 大砲の頭をしたモンスターだ。

 その下にどっしりした胴と足がある。

 三メートル超の、メカ・ハジョーと同等の大きさ。



 また魔法弾が撃たれ、メカ・ハジョーに当たる。

 後ろに下がるすべのないメカ・ハジョーは、仁王立ちで衝撃を受け止めた。


「【命量り(ライフスケール)】ッ」

 ミルキィは生成した紙をメカ・ハジョーに投げる。

 紙には数字が浮かびあがった。

 現在のメカ・ハジョーの耐久力だ。


命量り(ライフスケール)】は治癒系や情報系の能力者が使えるスキルで、仲間や敵の体力の確認に使う。今回のように召喚モンスターにも有効なようだ。



「受けたのは魔法弾一撃。最初が全快だったと仮定すると、結構削られた。あと耐えられるのは四回か」


 ただ、メカ・ハジョーと共に戦うのは初めてだ。

 どの部位を損傷したら、どのくらい動きに制限が掛かるか。ミルキィは召喚スキルに詳しくないので予想できない。

 余裕を持って戦いたいが……。


(どうだろう……)


 ――高台は微妙に正面ではない。

 すなわち前進タックルだけでは辿たどりつけない。

 ミルキィは敵を睨む。


「【ヤグラキャノン】と名付ける! わっ!」


 ヤグラキャノンの砲撃が、またメカ・ハジョーに当たった。

(あと三発まで)

 敵の充填速度は早くない。

 ミルキィだけならいつでも逃げられる。


 けれど、このカッコいい仲間(メカ・ハジョー)を手放したくない。


「前進してどこか死角に――」




 ミルキィは気づいた。

 キイキイと金属が擦れるような音が、断続的に響いている。


「床が、動いている」


 板が連続して置かれた床。

 それが川のように動いている。

 なんて大掛かりな仕掛けだ。


 そろそろヤグラキャノンの次弾がくる。


「あそこに乗るんだ!」


 ミルキィは前進タックルの命令を出す。

 メカ・ハジョーが動き、その影にミルキィもついていく。


「焦らず、タイミングを狙って」


 前進タックルを再命令するには、メカ・ハジョーが立ち姿に戻るタイミングを待たないといけない。




「次撃に間に合わないッ。そうだ!」


 ミルキィは移動する。

 メカ・ハジョーとヤグラキャノンの間へ。


 シュゥウンッ!


 ヤグラキャノンの砲撃。

 今度はミルキィを狙ってきた。

 ミルキィはギリギリ躱す。


「やっぱり。近い方を狙ってくる」


 囮になって、メカ・ハジョーを守るんだ。

 当たればおそらくミルキィは一撃でやられるが、どうにかやってやる。




「メカ・ハジョー前進! よし! 乗れた!」


【動く床】がメカ・ハジョーをゆっくりと運んでいく。


「ヤグラキャノンと角度ができた。これなら」


 ミルキィはメカ・ハジョーの後ろに戻る。

 ヤグラキャノンが今度はメカ・ハジョーに照準を合わせ、撃ってきた。


「今だ!」


 前進タックルするメカ・ハジョー。

 砲撃はその後方に落ちた。




「よし。このまま近づければ」


 動く床の先を確認する。

 カーブになっていて、ヤグラキャノンのいる高台へ向かっている。

 ミルキィは安心したが、すぐにその表情は曇る。


「堀がある……!」


 動く床の先は、高台の直前で堀にぶつかっていた。

 このままいけば、メカ・ハジョーは堀に落ちてしまう。

 そうしたらヤグラキャノンに上から狙われることだろう。


「何か方法は」


 辺りを見回しても妙案は浮かばない。

 悩む時間はない。

 ミルキィは覚悟を決めて走りだした。


(利用できそうな仕掛けを探せ)


 急いで辺りを探索する。

 砲撃のタイミングに気を払い、メカ・ハジョーに避けさせながら。




 堀に近づき、覗きこんでみる。

 深さはメカ・ハジョーの体高ほどもある。


(ん?)


 底の見た目は、動く床に似ている。


「動いていないけど、仕掛けがありそう……あ!」


 堀の中に、怪しげな突起がある。

 押したらいかにも何か起こりそうな。


「スイッチか? でも下りたら上がるのに時間がかかる」


 状況確認やメカ・ハジョーのサポートが困難になる。

 ミルキィは火薬壺を取りだした。


「てやッ!」


 ボオォウンッ!

 ミルキィの見事なコントロール。

 火薬壺はスイッチの上で爆発した。




 煙が薄っすらただよう中で、ガチャガチャガチャッと何かが動く音がする。

 そして、堀の底がせり上がってきた。


「当たりだ!」


 メカ・ハジョーに目を向けると、ちょうど堀に差しかかるところ。


「乗れ!」


 メカ・ハジョーに前進させ、堀から上がってきた床に乗せる。

 床はさらにせり上がり、ヤグラキャノンのいる高さに達しようとした。




 ――しかしヤグラキャノンに届かないまま、床は下降に転じた。


「そんな……!」


 ヤグラキャノンの魔法弾。

 メカ・ハジョーは直撃を受ける。


「ごめん……!」


 ミルキィは走って近づきながら、悲愴な表情を浮かべる。

 しかし、その目の闘志は消えていない。


充填じゅうてん中のこのタイミングだ! アッパー!!」


 メカ・ハジョーは沈んでいく床を蹴り、腕を振りあげて飛びあがった。

 

 高台の高さに並ぶ。



 そして――。


(色々と試していてよかった)


 メカ・ハジョーを手に入れた部屋で気づいたのだ。

 タックル後にタックルするには、基本姿勢に戻るのを待たないといけない。

 しかしアッパーとタックルの間なら、待たずに追加命令できるタイミングがあった。

 コンボ技だ。



「タックルッ!」

 メカ・ハジョーは激しい風を起こし、空中で前進した。

 着地時の発動よりも激しい気流が伝わる。


 ガキイィンッ!

 メカ・ハジョーのひじ打ちが、ヤグラキャノンの砲の首を捻じ曲げた。


「どうだ……?」


 警戒していると、ヤグラキャノンの体が砂のように崩れて消えていった。


「勝ったー!」






 ミルキィは鉤縄かぎなわを高台に掛けて、せっせと登る。


「メカ・ハジョー、ナイス!」


 ミルキィはメカ・ハジョーの腰に抱きついた。




 二人が乗っている高台が降下しはじめた。


「今度はなんだ。あ!」


 高台の影になっていた壁が露わになる。

 そこは壁ではなく、大きな開口部があった。


「先への道だ」




「どうしよう」


 メカ・ハジョーは道に対して、左側面を向けている。

 とりあえずミルキィだけで覗きこんだ。


「下への階段だ! 一階層のダンジョンだと聞いていたけど、次の階があったのか」


 階段は正面。

 左右にも目をやる。


「宝箱?」


 左手の空間に、怪しげな箱がある。

 罠を警戒しながら、前面中央部を押しこむと、シュパッと蓋が開いた。

 中身は……。


「何だろう。分銅?」


 ただの円柱形の小さい金属の塊があった。


「フシギ鉱以外のアイテムの情報は聞かなかった。もしかしてミルキィが初攻略か? でも何のアイテム……」


 円柱の円の面を見て、ミルキィは閃いた。


「もしかして」


 グリップにはへこみがあって、この円とサイズがぴったり合う。


「はまった。おお――」


 接合部が光を放ち、やがて収まる。


「新しいスイッチか!」




 ミルキィはメカ・ハジョーに向かい、スイッチを押す。

 しかし何も起こらない。


「あれ?」


 グリップを傾けて確認しようとすると……。

 ガシャン。

 メカ・ハジョーが足踏みし、こちらに正面を向けた。


「方向転換! えーっと今のは、押しながら傾ける?」


 ガシャッ、ガシャッ。


「おー! 歩けた! すごいぞ、メカ・ハジョー!」






 目の前には下りる階段。


「行くぞ!」


 記録士ミルキィは胸のわくわくに従い、メカ・ハジョーと共に進んだ。

お読みいただきありがとうございます。

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