私のひとひらの愛
黙秘権に関しては完全不可侵の決まりになっている。
表向きは。
『犯罪などで使おうとした輩もいたが、例外なく暴き、処罰していった。』
何故例外なく黙秘権を使った犯罪を検挙出来たか。
実は、王妃と国王には『ウメ』という姿を隠し護衛や、情報を集める存在がいる。
『ウメ』とは、騎士、執事、両方を兼ね備えてるような存在である。
頼んだ情報は1〜2日以内に必ず報告があり、機密事項の調査などは絶対に外部に漏れることはない。
姿を見せずして護衛をし、周りの人だけでなく、護衛されてる本人ですら気づかないこともある。
しかし、明確に騎士、執事との違いがある。
ウメは国王、王妃である言わば主の命を拒否することができるのだ。
彼らは今から200年以上も前の大戦時、当時の国王によって助けられた極東に位置する国の一家である。
この一家は、戦争で大混乱の時期に突然やってきた異国人を受け入れ、住居や食糧、護身用にと多少の武器まで提供した寛大な国王、
そして異国人と、差別をせず温かく接してくれる国民に心打たれ、
国王に、そして国に仕えることにしたという。
この一家のいた国は、サイヴァージ国よりも剣で戦う文化が根強いらしく、そして圧倒的な体術と剣技を兼ね備えていたこともあり、
国王を裏から支える存在になったという。
そして国王に仕え始めて着々と成果を上げていったウメに対し、国王は、
『いつかの時代の王が道を違えそうになった時、止めてもらいたい。』
と拒否権を与えた。
当時の国王は、たとえいつかの王が、身勝手な政治をし、拒否権を撤廃したとして、ウメが反発し武力を行使してきても、ウメなら負けることはない。と信頼していたのである。
未来を見据えた聡明な王の判断により、ウメに与えられた『拒否権』。
それは『黙秘権』ができるきっかけとなった、あの時代に効果を発揮したのである。
独裁政治時代。
A家殺害の混乱に乗じて殺された皇帝。
その皇帝を殺したのは、ウメであった。
案の定、皇帝はウメの持つ拒否権を撤廃し、手駒として使おうとしたが、ウメは、
『主、道を違える時、我が一族抗うべし。』
という家訓に従い、皇帝から逃げ、道を正す為タイミングを見計らっていたのである。
こうしてウメ家の手により、皇帝によって違えた国を正され、かつての王の願いを叶えたのだ。
こうやって裏から国王に、そして国に仕えてきたウメだが、
今はそんな物騒な時代でもなく、至って平和なためかなり重要な事を頼むこともなくなった。
急ぎの調査を依頼したり、最近で主に頼むのは護衛の仕事だ。
普段は騎士がいるが、お忍びで王都に行く時や視察に行く際は、
護衛がいると民達に威圧感を与えてしまい、普段の生活を見ることができなくなってしまうため、ウメに頼んでいる。
こういった陰ながら支えてくれているウメ達の護衛以外の仕事となっているのが、
『黙秘権の内容調査』である。
体裁上は完全不可侵の『黙秘権』。
大っぴらに調査することはできず、ウメが1人で細々と動く為、どんなに優秀なウメであっても、普段の調査より時間が掛かり、知れる情報も上辺だけになってしまう。
まぁ、調査に多少の時間はかかるが、ウメ達の力によって、犯罪は検挙することが出来ていたのだ。
犯罪じゃなければ、何に使おうが自由なので、詳細まで知る必要はなく問題はないが、
結局は大まかな内容は国王や王妃様にバレているため、あまり意味を為していない。
そして、今や王族と貴族の信頼関係もしっかりと基盤を作れてきているため、黙秘権も新たな権利に変えることになり、近いうちに廃止される予定だったのだ。
そんな中、サルビア公爵家に黙秘権を行使された。
ジオラスにはどうすることも出来ない。
国王や王妃はウメを使って調べることが出来るが、王太子であるジオラスは調べる術を持たず、
まず調べることを許可されていない。
そして、黙秘権を行使している間は、大体の家が訪ねることを許さない。
当たり前である。
もし誰かが来てバレてしまっては意味がないからだ。
サルビア家も例に埋もれず、領地へ立ち入ることを禁じた。
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婚約破棄の書状を受け取って3週間。
ジオラスはずっと不安や心配、ベラへの感情でいっぱいになっていた。
しかし執務をおろそかにすることは全くなく、顔に出すこともない。
ベラは大丈夫、と言い聞かせ、仕事で紛らわせていた。
恐ろしい速さで仕事を片付けていくジオラスに、
何処から漏れたのか婚約破棄寸前だと噂を知った貴族らは、
「ベラ様のことなんとも思ってないのね」
「どうせ政略だから愛なんてないんだろうな」
「錘がなくなって仕事に精を出しているのよ」
なんて好き勝手言っている。
思わず鞘に手がかかりそうになるが、どうにかポーカーフェイスで聞こえていないふりをする。
3週間ずっと、サルビア家に行くことが出来ない為、手紙や贈り物を毎日送っていた。
黙秘権により勿論、返事は返ってこない。
それでも必死に
会いに行きたい、
頼ってほしい、
病状を教えて欲しい、
側に居させて欲しい、
思っていることを手紙にし、花と一緒に贈っていた。
病気を患っているのが本当なら。
今、この瞬間を苦しんでいるかもしれない
何よりも大切で愛しい人の、
手を握り、抱きしめることも出来ない自分を
ジオラスは責め続ける。
今日3/29。
婚約破棄の書状を受け取って約1ヶ月が経った日。
ジオラスがこの世に生を受けて16年経った日である。
婚約破棄の話をもらう前、
ベラとジオラスでは、ジオラスの方が誕生日が遅いため、ジオラスが18になった瞬間。
即ち、今日から2年後。
プロポーズする予定だった。
昨日ジオラスはダンロンからウメの報告結果を聞いた。
本来ならば許されない行為だが、婚約者として知った方がいいと言われたのだ。
そして報告結果は、婚約破棄の書状に書いてあった通り、病に臥せており、かなり重症だと言う。
余命宣言を覚悟する程、だと。
殴られたような衝撃がジオラスを襲う。
ジオラスは、表情を取り繕う余裕なんてなかった。
「が、不可解な点がある。
それを今調査中だ。
大分時間が必要だが、
もしウメの調査がしっかり確実なものとなれば、その時は。」
ジオラスを見たダンロンは辛そうに顔を歪め、
「…今後のことを考えねばならない。」
と、そう告げた。
「今後のこと」とは、新しい王妃のことである。
こうなってはベラに王妃は無理だ、と。
そしてサルビア家が王妃を降りることを望んでいるのだ。
両者の意見は一致している。
つまり。
ベラではない、
別の人を妻として迎えねばならない。
これから一生。
ジオラスには、ベラが隣にいない未来はひどく恐ろしく、色のない世界に見えた。
ジオラスは、ダンロンの言葉に返事をせず、
「失礼致します。」
と、自分の部屋へ向かう。
ジオラスは、机に向かい便箋を取り出す。
婚約を申し入れた時の特別な便箋だ。
あの頃、ジオラスは、
『私、ジオラス・ファン・サイヴァージは、
サルビア公爵家御令嬢、ベラ・サルビア様に婚約を申し込む。』
という質素な内容だったが、
婚約をやり直すように手紙に想いを込める。
ダンロンの国王としての一言。
愛する我が子に突きつけるのは、辛い現実でした。
直接的な言葉では言えなかったんです。
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ダンロンって誰?!ってなったかもしれませんが、それもそのはず。
みんな陛下呼びで名前を呼ぶことがあまりなかったからです笑




