ダズンローズ
殿下に仕え始めて間もない頃。
殿下は私が朝、ご挨拶をし、お召し物を用意し予定を告げるも、頷くようにしか返事されなかった。
しかし連絡や夜、報告に伺ったときは淡白ながらも「あぁ。」と返事をしてくださった。
まだ仕えて間もない頃だったのもあり、心を許されていないのか、とか、
もしかして朝は機嫌が悪いタイプなのでは、なんて色々考えていた。
そんな中、ある日使用人の間で
『王宮に夜、苦しみ呻いている男の霊が現れる』
という噂を聞いた。
こういった噂話は侍女達は特に好んでおり、私は「所詮噂だ」としか思えなかった。が、
火のないところになんとやら、というようになにか原因があるのではないか。
ここは王家の方々が住まわれている場所である。
霊相手に何ができる、なんて言われてしまえばそれまでだが、
その日の夜、万が一何かあってからでは遅いと見回りをすることにした。
裏庭、資料室、図書室、来賓室、謁見室、夜会場、etc…
王宮はものすごく広く、部屋数も多いため、一使用人が全ての部屋に入れるわけではないが、回れるかぎりの部屋を片っ端から見回った。
しかし、案外拍子抜けで何かがいるような気配もなければ、全く何も聞こえない。
なんだ、と思い、このまま戻ろうと考えていた時。
丁度その時、殿下の部屋の前を通り過ぎた。
すると、
「うぅ……あぁ……だれ、か…ぁ…」
さっきまで何も聞こえてこなかったはずが、声が聞こえてきた。
すぐにこれが霊と噂されているものだ。と思ったが、
この声は聞き間違えるはずもない。
我が主のものだった。
「だれ…か、ぼく…を…み…とめ……」
霊だと恐れられているものは、我が主が魘されている声だったのだ。
誰にも努力を認められず、
この頃から殿下は無意識のうちに心がすり減っていた。
そしてその時。
朝、殿下が頷きしかしない理由に気づいた。
声を『出さない』わけではなく、『出せない』のだと。
当たり前だ。
殿下の私室は広い。
そんな広い部屋の奥の方にベッドがあるにも関わらず、
微かだが、扉越しにも声が聞こえてくる。
確認をしたが、2、3時間はずっと魘されていた。
そんなに長い時間、しかも結構な声量で魘され続ければ。
朝に全く声が出ないはずである。
殿下もそれがわかっているのだ。
しかし悪夢はどうにもならないらしい。
朝食の時に水を飲めば直るので諦めているらしかった。
噂に関しては、夜は殿下の部屋周辺に近寄ることを禁じたため自然になくなっていった。
殿下の悪夢をどうにかする術もなく、
なにか声をかけることも立場上許されない。
そして殿下は悪夢に魘されていると誰にも知られたくなかったのだろう。
いや「弱さを見せてはいけない」という後継者教育により、話したくても話せない。
という方が正しいだろう。
そんな殿下に私ができること。
それは何も言わずに。
朝、水を用意することだけだった。
―
「明日の朝、お飲み物をお持ちいたしますか。」
私の問いかけに、
殿下は、笑顔でこう言った。
「明日は、いや、
明日からは。
飲み物の用意は必要ない。」
この日は。
私が殿下に仕えて、
殿下の最も、辛い顔を見た日でもあり、
同時に、
最も、幸せに笑う顔を見た日だった。
ラダが殿下に仕えて1番辛くもあり、そして1番嬉しかった日です!
今日か明日にもう1話投稿予定です。




