白楽亭
ちょっとずつ頑張ります!
商店街を抜け、住宅地へと差し掛かろうかというそのはざまに宿屋『白楽亭』はあった。
二階建ての木造建築の宿屋であり、決して豪華とは言えないものの、宿屋ならではの温かみのようなものを感じさせた。
「『白楽亭』へようこそ!」
門をくぐるとそこはたくさんの椅子と机が並べられ、酒場のような貞操を見せていた。
だが、この書き入れ時だというのにその酒場には人っ子一人いなかった。
「お兄さんの部屋はこっちだよ!」
メアはこの状況を隠すかのようにすぐにシオンを二階の部屋へといざなった。
そんなメアの背中を追いながら、シオンはこの宿に入ってからずっと感じていた疑問を口にした。
「なあメア、なんでこの宿は人払いの魔法なんてかけてるんだ??」
メアは体をビクンと震わせると、勢いよく振り向いた。その顔に先ほどまでのような取り繕ったような笑顔はなく、素直な驚きに満ちていた。
「ど、どうしてわかったの!?」
シオンはその驚きに小さく肩をすくめることで答えた。
「これだけ濃く出てればわかるよ、一階の奥のほうから魔術の匂いがした。陣はここの事務所からってとこかな」
「す……すごい……」
「図星みたいだね……でもなんでなんだ?宿屋に人除けの魔術なんてなんのメリットもないだろう、むしろデメリットしかないはずだ」
「そ、それは......」
口ごもるメアを見てシオンはため息をついた。
「話したくないならそれでもいい、俺はこの宿に泊まるのをやめて野宿でもするさ」
「ま、待って!!!わかった!.....話すよ」
「ここじゃなんだ、下で話そうか」
メアはおとなしく、シオンについて酒場の席に座ると、訥々と語り始めた。
「一週間前のことなの、それまで『白楽亭』は他の店に劣らないほど繁盛していたわ。でも、あの男が来て....」
「あの男??」
「騎士ベール=アイゼルドートよ」
「貴族騎士か....」
騎士ベール=アイゼルドート、アイゼルドート家、簡単に言えば貴族の騎士だ。
魔法の適性というものは生来の才能として持つものであり、成長するものではない。ただ、この適性は血脈によって色濃く受け継げられるものであり、今の貴族と呼ばれるものはこの魔法の適性を大小なりとも必ず持っている家を指す。有り体に言えば、魔法適性を必ず持つ貴族と呼ばれる家系は、高貴な血脈として扱われているのだ。ここローレンスでは少ない方だが、平民との差別というのも少なからず存在するのが事実だ。
そんな貴族の中でも、アイゼルドート家といえば、代々炎の魔法適性を受け継ぐ家系であり、ベール=アイゼルドートはその家長の一人息子であった。
ここまでがシオンの知るベール=アイゼルドートについての知識である。
「4日前のことよ。ここにあいつが来たんだけど....料理がまずいだの、宿の清潔感がないだの散々文句言われてさ....もちろん貴族様だもの、逆らったらまずいっていうのもわかってる....でもっ.....!」
メアは下唇を血が出そうなほどに噛み締めていた。
「でも?」
「店主を呼べって…それで父さんを呼び出して殴りつけたの....私.....我慢できなくて....」
メアの頬には悔しさの涙が流れていた。
「なるほどね、だいたいわかったよ。君が刃向かって相手さんが激怒、この店に人払いの魔法をかけていったって訳だね」
メアは涙を流しながら小さくうなずいた。
「そうか....君が今店を1人で切り盛りしてる理由もだいたい検討がついたよ、君の父親はどこかな?」
「父さんは....事務所で母さんと一緒にいるわ....」
事務所から目をそらすようにして答えるメアを見て、シオンはそっとメアの肩に手を置いた。
「君は何も悪くないよ。こんなことがまかり通るのは間違ってる。君は正しいことをした」
シオンの言葉にメアは泣きながら首を振ることしかしなかった。それを見てシオンは小さく嘆息すると、メアの両頬を持って無理矢理自分の方を向かせた。
「俺がなんとかしてやる!!!だからめそめそするな!!自分の行動に誇りを持て!!!」
館内に響き渡るほどのシオンの怒声はメアの目の焦点をしっかりとシオンへと向けさせた。
「事務所に案内してくれ」
有無を言わさぬその口調に、メアは涙のせいか、頬をほんのりと赤らめながら小さく頷くことしかできなかった。