王都ローレンス
頑張ります!
ここは、王都ローレンス。
都市の周囲を城壁で囲まれた巨大な城郭都市であり、その人口はゆうに500万人を超える。
1000年を超える歴史を持つ魔法国家ローレンスの首都であり、魔法研究は他の国の追随を許さないほどに最先端であり、この都市の随所にその証が見られた。
なかでも極め付けはこの都市の王城から上空にレーザーのように放たれ、ドーム状にこの都市を囲う魔導結界だろう。
魔獣が触れれば一瞬で消滅し、さらに魔獣からはこの都市の存在を感知し辛くするという対魔獣のみでいえばほぼ無敵の性能を持つこの結界は約500年前に伝説の英雄である、騎士アーサーが全魔力を費やして三日三晩をかけ、作り上げたものである。
もう逝去してしまったが、彼の名前を知らぬ者はおらず、彼がいなければ、魔法研究が今のレベルに達するまでにもう500年ほど必要だったと言われるほどだ。
彼に憧れて騎士を志す者も多い。
かくいうシオンもその騎士を志し、騎士養成学校である、王立魔法学院の試験を受けに来たのだが、その理由は騎士アーサーに憧れてというわけではなかった。
田舎の教会で育ったシオンにとって生まれて初めて目にするほどの人の多さに目を白黒させながらシオンはひたすら宿探しに明け暮れていた。
試験は筆記試験と実力試験の2日間に分かれており、王都に家がない限りは、何処かの宿に泊まらなければならなかったのだ。
だが、多くの受験生が上京してくるこの時期は宿の値段が釣り上がっており、マリーから多少のお金をもらっているものの、手持ちの少ないシオンにとって、宿探しは想定より難航を極めるものとなっていた。
「一泊金貨2枚だ。」
「そ、そうですか....あの、少しだけ安くして...」
「金貨2枚」
「ですよね〜.....」
何度目かわからないほどのため息をついてシオンはその場を離れた。
シオンの手持ちは金貨3枚分。
銅貨、銀貨、金貨の三種類の貨幣がこの国の通貨であり、銅貨100枚で銀貨1枚分、銀貨100枚で金貨1枚分の価値がある。
シオンの持ち金は銀貨100枚と金貨2枚、これからの食費等を考えれば、一泊に手持ちの3分の2を手放すことはできなかった。
諦めて野宿にしようかという心をなんとか踏みとどめ、次の宿を探すべく、シオンはまた歩き始めた。
すでに陽は落ちてかけており、街全体が店じまいの様相を見せていた。
「はぁ〜」
何度目かわからないため息をこぼしながら、シオンは空を見上げた。
茜色に染まる空は明日に試験があるというシオンの焦心を煽るかのようであった。
「お兄さん、ひょっとして宿をお探しじゃないかな??」
「えっ」
シオンの振り向いた先にいたのは、ショートボブの髪から1束の三つ編みを風に揺らす赤毛の少女だった。歳はシオンの1つか2つほど下であろうか、大きな緋色の双眸と快活な彼女の笑みからは多少のあどけなさをシオンに感じさせた。
だがシオンはその笑みの端から漏れる少しの違和感を敏感に感じ取っていた。
(ただ、邪悪なものでないな....焦燥感に近い....?)
その違和感の正体はつかめないが、ぼったくりの類ではないとシオンの直感が告げていた。
シオンは幼い頃から修道院で様々な人種を見てきたためか、人の機微に鋭く、特に何か腹に一計を抱える人物を見抜くのは得意であった。
「君は....」
「私はメア!お兄さん、宿をお探しなら宿屋『白楽亭』が安いよ!」
「よく俺が宿を探してるってわかったね」
「あはは、この時期でお兄さんくらいの年齢の人が途方にくれてるのなんて宿探しくらいしかないよ〜」
「ははそれはそうか....あの、言いにくいことなんだけど実は結構手持ちが少なくてね、予算は金貨一枚くらいなんだ」
金貨一枚で数日宿泊したいというのというのは物価の高い王都において聞いた瞬間に一蹴されてもおかしくない値段である。
相場は金貨2枚程、シオンは相当ふっかけたと言っていいだろう。
「いいよ!一泊金貨一枚で受けつけましょう!」
「え!?いいの!?」
「いいって言ってるでしょー!ほら!一泊金貨一枚で泊まるのか泊まらないのか!私の気が変わらないうちに決めなさい!」
そんなの選択の余地があるわけない。王都で一泊金貨一枚なんて破格の値段である。
一片の不安があるのも事実だが、計らいの香りがしないのであればこんな美味しい話を無駄にできるはずがない。
「と、泊まります!」
即答だった。
「じゃあ決まり!!付いてきて!!」
メアはそういうと、笑みを浮かべてシオンを先導し始めた。