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苦手な方はご注意ください。

不思議探偵:廃旅館にて人探し

作者: カプリコーン

  手足を少し動かすだけで汗が噴き出す暑い季節がようやく終わりを迎えた頃の丑三つ時、藤沢洋介は連れの仲間二人と共に地元で有名な心霊スポットである廃旅館にいた。動画サイトに動画をあげる為だ。3人とも頭にヘッドライト、軍手を身につけ時々発生する物音に過剰に反応したり、空気が湿った独特のカビ臭い匂いを不気味に感じながら真っ暗な廃旅館を探索していた。右手にデジカメを持った先頭の藤沢が

「ここじゃあボロボロの浴衣姿の髪の長い女の幽霊がヤバいくらい目撃されているらしい、それをこのカメラにおさめるまでは絶対に帰らねえからな、わかったか?」

というと二番目に進んでいた少しふっくらした男が

「エエっ!?もう帰りましょうよ!俺達けっこうな時間ウロウロしてますよ。それにカイもさっきから様子がおかしいし…。おい!大丈夫か?カイ?」

一番後ろにいた長身のカイと呼ばれた男はさっきから話しかけてもまるで反応がなく時折、一点を見つめ両腕を抱えながらブルブルと震え、訳のわからないことをブツブツ言っていた。

「カイ、だいぶひどくなってきたな…。ていうか今何時だ?携帯、携帯……あれ!?ないぞ!でも途中でなんか落とした覚えも無いしな…。車に忘れて来ちゃったかなぁ?まあいいやまた親父に買ってもらおっと。おいユウキ代わりに何時か見てくれよ」

そう言われてユウキと呼ばれた少しふっくらした男が携帯を出した瞬間だった。カイが通路のずっと奥を凄い形相をしながら今まで聞いたことのないような叫び声をあげた。驚いたユウキはカイの目線の先を確認した。怖くて怖くて見るのが嫌だと選択する暇も無かった。()()を目撃した瞬間ユウキも大きな叫び声をあげカイの腕を思いきり引っ張り無我夢中で逃げた。カイとユウキが逃げた方向を向いていた藤沢は声をあげる間もなく背後に恐ろしい気配を感じた。その瞬間金縛りになった藤沢は以外にも冷静に頭の中で何度も何度も言うこと聞かない自分の身体に動け!動け!と叫んでいた…。



  今年から高校生活をスタートさせた学生服姿の小山圭一は学校が終わり目的地へ向かう為、街中のビル群の中を歩いていた。

角をちょうど曲がったところで、黒猫がこちらに背を向けジーっと少し先のビルの上の方を見つめていた。圭一は黒猫の目線の先を追いかけた。

「そうか。もうそんな季節かぁ…。」

呟くと同時にマンションのちょうど10階位の高さのベランダから白いバスローブ姿の若い女性が飛び降りた。

硬い壁に大きな生肉の塊を猛スピードでぶつけたような鈍い音がし、その女性の関節のほとんどがあり得ない方向に曲がり血だまりがじわじわとできてきた。その女性は全身に()()霧のようなものを身に纏っていた

圭一と黒猫は引き寄せられるようにゆっくりと女性に近づいた。女性は呟いていた…、所々しか聞き取れない…。

「許さ……い…………。……ぜっタぃ……。……な…イ……。」

誰かを恨んでいたのだろう。

()()…。相変わらず強い恨みだな。」

しばらくすると圭一はその女性を避けて先を急いだ。黒猫も気づけばもういない。周りの通行人も見向きもしない。振り返ると飛び降りた女性の姿もない。なぜなら彼女はもうこの世にいてはいけない存在なのだから…。


 周囲が暗くなり始め、圭一は大きなビルの中のエレベーターに乗り目的地の階のボタンを押した。エレベーターを出ると廊下を少し進んだ先に入口がとても綺麗で豪勢なクリニックの中に入っていった。受付には顔馴染みの女性スタッフがいて圭一と目が合い軽い会釈をするとそのまま通してくれた。圭一も何も言わず奥へ進んで行き、突き当たりの部屋のドアをノックした。

「はい?」

中から女性の声がした。

「大山です。大山圭一です。」

「入って」

圭一は中へ入っていった。中には白衣を羽織った女性が椅子に座り何枚かの書類を眺めていた。女性の名は手塚詩織。このクリニックの院長の娘であり、ここに勤務している。身長は170センチ位、圭一の身長が現在175センチなのでヒールを履かれると少し圧倒される。年齢は30代前半で黒く長い髪を後ろで括っている。かなりの美形であるが綺麗と言うよりはどちらかといえばかわいい感じの女性である。圭一の雇い主だ。

「あの…。しつこいようで申し訳ないんですけど、できたら仕事内容はメールで送ってくれませんか?ここ家から結構遠いし…。そのままバイクで現地に行けますし。」

詩織は座ったままこちらに姿勢を向けるとまるで聞こえなかったかのように話を進めた。

「こないだね髪が伸びる市松人形の動画を観てたの。なかなか面白かったんだけど…。ほら動画観てたら下に何だっけ…関連動画みたいなの出でくるじゃないそこにね何でかわかんないんだけど薄毛の長所をひたすら言っていく薄毛の中年男性の動画があってね。私その瞬間思い付いたの。薄毛に悩むオヤジに着物を着せてひたすらじっとさせておいたら髪が生えるんじゃないかってね。ねぇどう思う?」

「うーん。もし髪が生えたとしても人形の髪の生えるスピードだったら時間がかかり過ぎると思いますけどねぇ…。」

圭一が適当に答えた後、詩織はジーっとこっちを見たまま止まってしまった。しばらくするとうーんと唸りながら机に突っ伏したと思ったらまた動かなくなった。と思ったらまたこっちに向き直りどこか遠くを見るような目で今回の仕事内容を急に話しだした。

「今回の依頼なんだけどパパの医者友達からよ。その人にね動画サイトにあげる為の心霊スポット巡りをして仕事もせずにプラプラと生きている27歳の息子さんがいるんだけど。今朝早くその息子さんの携帯から一緒に心霊スポットに向かった仲間二人からの連絡があってその息子さんだけが現地で行方不明になったらしいから探して連れ戻して来てくれと言うのが今回の依頼。あと、これが今回の探し人ね」

そう言いながらスマホの写真をかざした。

「時間どれ位たってます?」

「今日の明け方の4:00位だから…ちょうど13時間位ね。」

「すぐに向かった方がいいですね。ていうか連絡があった時点ですぐ向かうべきなんですけどね…。」

「私も色々忙しいのよ。それにきっと大丈夫よ。そういう人間は周りに迷惑をかけながら長生きするんだから。」

「とにかくすぐに向かいます。場所どこですか?」

「何いってるの?私もいくのよ。すぐ着替えなさい準備ができ次第出発するわよ。」

「エ!?僕一人で行きますよ。詩織さん仕事あるでしょ。」

詩織は人差し指を左右に振りながら

「ノン!ノン!ノン!仕事なんて抜け出せるのよ。パパにももう言ってあるし、なんてったって現場はあの有名な県境の山奥の廃旅館ですからね。楽しみだわ。」

「えっ?でもさっき色々忙しいって…?」

「シャラップ!あれはあれ、それはそれよ。」

「どっちでもいいですけどね。詩織さんどうせ怖がって車から降りてこないですから。まあその方が僕的にも助かるんですけど。」

「もう大丈夫よ!こないだの廃病院はダメだったけど廃旅館の方がまだ免疫はあるわ。」

あなた医者なのに廃病院の方がダメってどういうこと?というツッコミをしかけたが話が長くなりそうだったので圭一はグッとこらえた。準備をしている最中、詩織が今回はどれぐらいふっかけてやろうかしら、そういえばちょうど欲しいバックあるのよねぇ…と一人張り切っていた。二人は準備ができるとビルの地下に止めてある詩織の車ですぐに目的地へ向かった。


現地に着くとちょうど車が停めやすいところに黒いワゴン車が一台停めてあった。詩織もその横に車を停めた。圭一と詩織は車を出るとそのワゴン車の中を覗いた…が誰もいなかった。

「あれ?詩織さんそういえばあとの二人ってもう帰ったんですか?」

「依頼者の藤沢さんからは仲間の二人に専門家を呼んだから警察を呼ばずに先に帰れって言っといたって聞いたけどね。もしかしてまだ中にいるのかな?」

「うーん。とにかく中へ行きます。」

「チョイ待ち!置いてかないで!」

「え!?来るんですか?」

「あ、当たり前じゃない!今回は大丈夫よ!」

「しょうがないなぁ…。」

そんなやりとりをしつつ、二人は廃旅館へと向かって行った。

圭一と詩織は安全ヘルメットにヘッドライトを頭につけ両腕にLEDライト、腰にもライトをつけ、手にはゴム性の軍手、何かあった時のための笛、お互いすぐに相手を見つけられるように圭一は派手な全身緑色のジャージ、詩織は全身ピンク色のジャージを着ていた。廃旅館は思ったよりも広かった。部屋の数も多く廊下の奥行きもなかなかの距離があった。一つ一つ部屋を探索し大浴場跡も探索したが藤沢は見つからなかった。最初はビクビクしながら後ろから慎重についてきていた詩織もこの空間に慣れてきた。

「ねぇ、もう15分位たつけどあの息子さん見つからないし、何か幽霊も全然いない感じねぇ」

「いえ、もうさっきからたくさんの幽霊がそこらへんにウロウロさ迷ってるんですけど、触ったり話しかけると家までついてこられるから迂闊にそういうことできないんですよね。それに明らかにこの旅館と関係のない幽霊もウロウロしてるし。」

「え!?うっ…嘘でしょ!?ちょっ、ちょっとそういうことは早めに言っといてよね。」

ちょうどその時である。廊下を進んでいた進行方向の左手のドアがない客室の奥から物音がしたので詩織がそっちの方向を見るとちょうど詩織の腰のライトとヘッドライトに照らし出されたヘッドライトを頭に着けた藤沢の仲間の1人ユウキがいた。二人とも同時に「ギャーー!!」と、とてつもない大声をあげ詩織はその場にヘロヘロとへたりこんだ。圭一は急いでかけよると部屋の奥からもう1人の仲間も出てきた。圭一は二人に自分達の自己紹介をしてから、今まで何があったのかを聞いてみた。少し落ち着いたユウキが話し出した。

「このカイがね。いわゆる霊感ってゆうの?が強くてこの廃旅館に入ってからも体調は悪かったんだけどまだなんとか平気そうでね、探索を続けてちょうどこの辺りだよ。カイの様子が本当におかしくなって突然叫び声あげたんだ。それで廊下の向こうの方をジッと見てたから俺も釣られて一緒にみたんだ。そしたら()()()()。 」

「何が?」

「少しはだけて薄汚れた浴衣を着た長い髪の女の幽霊だよ。俺も霊感とかそういうの全くないけどはっきり見えたんだ。髪も長くてボッサボサでさぁ、メチャクチャ怖い顔してたんだ。もう怖くて怖くてカイの腕を思いっきり引っ張って無我夢中で逃げたんだ。」

ユウキがある程度話すと今度はカイが話し出した。

「俺達なんとかこの建物から出て車に逃げ込んだんだ。それでヨウちゃんもてっきり一緒に逃げてきたと思ったら姿が見当たらなくてさ。二人であたふたしてたら助手席にヨウちゃんの携帯を見つけてヨウちゃんの親父さん金持ちで人脈も多いからなんとかしてくれると思って親父さんの携帯番号に連絡したんだ。そしたら後は俺がなんとかするからお前らはもう帰れって言われて俺達放心状態でこの旅館から少し走ったところのコンビニでボーっとしてたんだ。」

「その二人がどうして今ここに…?」

今度はユウキが話し出した。

「俺達二人、小さい頃からヨウちゃんと幼なじみでさ。ワガママで傲慢で意地っ張りでいい歳して仕事もしたことない人だけど俺達二人にはいつも優しくしてくれたんだ。こんなとこにヨウちゃんを残したらダメだなと思って太陽が出てから思いきって二人で探しにきたんだ。」

隣にいるケイが頷きながら

「でもこんな時間になるまでほぼ全ての階を探したんだけど全然ヨウちゃん見つからないんだ。もしかしたら逃げ切ったか、もうあの世に連れて逝かれちまったか心配で心配で。」その瞬間、男の野太い声と発狂した女の声が丁度ミックスされたような、けたたましい大きな叫び声が建物全体に響き渡った。この空間の暗闇の深さがより恐怖を引き立て三人をさらにパニックにさせたが圭一だけは冷静に声の発生された場所を予測した、声は15m位先の部屋からした。女の霊はその部屋に縛られている幽霊いわゆる地縛霊というやつだ。

「何よあの声!」

「男の方の声はケイちゃんだ!でも何で女の声も一緒に!?」

「まずい!!とりつかれたんだ!3人は先に車に戻って待っていてください!」

「わかった。」

「詩織さん何ボーっと座ってるんですか!?」

「ショックの連続で腰が砕けて立てないの。テヘ!」

と呑気に照れのポーズをとったので思わず3人ともズッコケそうになった。詩織はケイに背負ってもらい後はユウキ達に任せて声がした方に走って行った。


予測していた部屋にたどり着くとここにあの女の幽霊がいるのは肌で感じた。明らかに他の部屋と空気の重さと寒さが違っていた。入り口から和室の部屋へと続く壁には全く読めず意味もわからない重苦しい言葉が無茶苦茶に書きなぐったようにところ狭しと書かれていた。部屋には汚い襖の戸がピッチリと閉められていた。戸にはハサミで突き刺して伸ばしたようにバツ型に大きく傷がつけられ、その隙間から、とりつかれまいと苦しみ唸っている藤沢さんの後姿が見えた。藤沢さんの身体はとても()()色の空気のようなものに覆われていた…。圭一の経験上この世に恨みが深ければ深いほどその幽霊の身に纏う空気の()()が濃い。いざ乗り込もうとした時、右手側にドアのない狭いトイレと浴室が見えた。狭い浴室か……、こんな状況なのに圭一は少し昔の事を思いだしていた…。


 9歳の圭一は狭い浴室で義父と呼ばれる男に首根っこを捕まれ水の張った浴槽に頭を沈められていた。圭一はこの男が大嫌いだった。七歳の時に実の父が事故で亡くなり、半年ほどすると母はこの義父と呼ばれる男と付き合い始めた。母は圭一が8歳の時にこの男と結婚した。男は結婚したと思ったら仕事もせずにギャンブルに明け暮れた。負けて帰って来るとストレス解消と言いながら圭一を頻繁に殴った。自分を庇ってくれた母も頻繁に殴られた。母も警察などに駆け込んで助けを呼ぼうとしたが義父のひどい暴力にあい、圭一を人質にして脅された。この時圭一はもう死ぬ気でいた。母が稼いできたお金も全部この男のギャンブル代に消え風呂も入れず体臭もひどかったので学校でも服を全て脱がされてから手足を押さえつけられ床を拭いた濡れた雑巾やトイレ用のブラシで頭、顔、身体を思い切りこすりつけられたりとイジメもひどかったし教師は教師で自分をイジメてダシにして他の生徒の機嫌をとったりした。家に帰れば気絶するまで殴られる。圭一が学校へ行って騒ぎにならないように服で隠れたところばかり殴られるので口の中は嘔吐したものでいつも胃液臭かった。助けてくれる者など誰もいない、自分が殺されればこの男は警察に捕まり刑務所にぶちこまれ母も自由になる。小さい身体と頭でようやく絞り出した案であった。今思い返すと他にもいい方法がいくらでもあったと思う。それとも相当参っていて追い込まれていたのか…。この日は義父がいつものようにギャンブルで負けて帰った日だった。圭一は作戦通り今までの鬱憤を晴らすかのように義父を散々罵ってやった。ぶちきれた義父は気絶するまで圭一を殴ると浴槽に水を張りだした。義父は理性を無くしたのか顔まで殴ってきた。

「殺してやる。殺してやるぜ!へへへへへ!」

と笑いながら浴槽に圭一の頭を沈めた。顔は腫れ上がりすぎて何も見えない、目は開けているはずなのに暗闇しか見えない。傷の痛みも感じなくなり、これで苦しいだけの世界からやっと解放されると思っていたら後ろから赤ちゃんのようなひどく高い声とひどく低い野太い男の声を合わせたような声がした。

()()!」

気がつくと動きが止まった義父と頭を浴槽に突っ込まれた傷だらけの自分を後ろから眺めていた。まるで時が止まったようだった。

()()!」

後ろから再びあの奇妙な声がした。この浴室全体に響き渡るような感じだ。振り向くと全身が赤いインクのプールに浸かったかのような真っ赤な色をしてちょうど立ち方を覚えた位の大きさの裸の赤ちゃんが立っていた。目は二重で大きく見開き、物凄く充血していた。

()()()()()()()()()()()?」

圭一は不思議とその赤ん坊に恐怖を感じなかった。むしろ不思議に好感を持った。

「君は誰?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

と言われたが圭一はそういう方法を全く思いつかなかったので自分でもそう言われればそうだなと思い

「そうか。そういう方法もあったね。」

と言った。するとその深紅の赤ん坊は

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

と言ったと同時に目が覚めた。目を開くと圭一は病院のベッドの上で枕元に母が包帯だらけの自分の手を握って眠っていた。母の目には涙を流した後があり寝言なのか「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も呟いていた。あの後の事を母から聞いた。仕事から帰ってくると、自分は義父の後ろで仰向け状態で寝かされていて義父は一点を見つめたまま放心状態で発見され二日後にまるでプツリと糸が切れるように死んでしまったらしい。それが昨日あったことで自分は3日間も眠っていたようだった。畳の上でいつも雑魚寝していた圭一に入院生活は彼にここはひょっとしてもうあの世ではないのかと思わせるぐらい安息感と幸福感を与えた。ベッドで眠れたのがなによりも嬉しかった。母は何度も謝ってきた。今思い返せば母は母であの状況から逃れる方法はいくらでもあった。しかし精神的に追い込まれていたのでまともな判断ができなかったのだろうと、母を攻める気には全くならなかった。それからしばらくしてからだった。入院生活をしばらく続けていると自分の身に不思議な事が起こり始めた。病院内で同年代の子供がいたので話していたら、看護婦さんに一体誰と話しているの?と言われたり全身傷だらけで首にパックリ30センチ位の大きな切り傷がある人が歩いているのを普通に見えるようになっていた。見えるだけならまだしも普通に触れる事もできたし触れた瞬間その幽霊が死んだ時の記憶まで見えるようにもなっていた。はじめのうちはこの能力で苦労することもあったが今ではこの能力のおかげで詩織さんや詩織さんのお父さんと出会い今の仕事?を紹介してもらい、お金も学校に通いながら稼げるようになった…。


 圭一は気を取り直し思いきって戸を開けた。唸っている藤沢に徐々に近づいてゆく。圭一が藤沢の後ろをとろうとした瞬間だった。藤沢が突然振り向いたと思ったら物凄い力でベランダのガラスドアの方にぶん投げられた。強い衝撃を受けた圭一は暫く動けなかった。相手がこっちに近づいてくると身体中に身に付けていたライトが全て消えてしまった。窓から入る月明かりが近づいてくる相手の姿を徐々にうつし出す。相手の手には折れた手摺が握られていた。ちょうどいい距離になると相手は思いきり振りかぶってきた。圭一は咄嗟に横に飛び退いた。叩きつける音がして休む間もなく2発目が頭めがけて振りおろされる。2発目も避けれたが1発目を避けた時の体勢が不安定だったので左足に少しかすってしまい。小さなうめき声をあげた。相手がもう一発振りかぶってきた瞬間、圭一は咄嗟に相手が踏んだ汚れた座布団を思い切り上に引っ張りあげた。相手は転んで折れた手摺が手から離れた。圭一はその瞬間を見逃さなかった。相手の手首をねじりあげうつ伏せ状態にし両手と身体を足で挟み上に乗っかった。圭一は両手で相手の首の後ろを持ち左手で藤沢の魂と身体、右手でとりついている女の幽体を掴み一気に後ろに()()()()()。その瞬間、女の幽霊の亡くなる前の記憶が頭に入り込んできた。藤沢の身体から女の幽霊が離れていく。引き離した衝撃で女の幽霊は壁を貫通し叫び声をあげながら向こう側まで吹っ飛ばされた。圭一の身に付けていたライトが再び点灯した。藤沢は激しくせきこみ圭一をみると

「あれ?ここはあの世?あんた誰?」

「良かった。気がつきましたか?休ませてあげたいけど頑張ってください。またあの幽霊が追ってきますので、ほら立って、走ってここから逃げますよ。」

女のとてつもない叫び声が壁の向こうから聞こえてきた。藤沢はすぐに立ち上がり走って行く。後についていく圭一だったが先程の争いで負傷した左足の痛みのせいで思うように走れなかった。心配した藤沢が駆け寄ってくる。

「おい!大丈夫か?なんか走り方が変だぞ!?」

「さっき、ちょっとヘマしちゃって」

「うわーーーー!」

圭一の肩をとろうとした藤沢が叫び声をあげた。圭一も振り返るとボサボサの長い髪の汚れた浴衣をきて()()空気を纏った女の幽霊が物凄い形相でこっちを睨んでいた。

「僕は大丈夫です!痛みもなんとか我慢できます。早く出口に向かってください!外に出れば助かります!」

藤沢と圭一は必死で走った。

「何で大丈夫って言い切れるんだよ!?俺ずっとアイツに太陽が出て沈むまで追っかけられてたんだぞ!?」

「理由は後で言いますから、話す体力があったら黙って走ってください!」

「ヒエーーー!」

後ろからはあの女幽霊が叫び浮遊しながら物凄い速さで追いかけてきていた。やっと出口が見えてきた。二人は最後の力を振り絞るように全速力で走り抜けた。出口を抜けると体力を使い切った二人は地面に這いつくばりハアハア行きを切らせていた。廃旅館の出口を見た藤沢は思わず息を止めゴクッと唾を飲み込んだ。あの女幽霊が物凄い形相でこちらを睨みつけていた。

「彼女はこの旅館に縛られている地縛霊なんですよ。それも相当強い恨みを持っています。その恨みの強さのせいで縛りが余計に強くなってます。」

「恨みって?」

「さっきのいざこざで彼女の亡くなる前の記憶が少し見えたんですけど、結婚式直前の日に相手の男性に突然結婚できないと言われて理由を聞くとその男性はその女性の職場で大の仲良しの同僚の女性と前から付き合っていてその女性に子供もできたから結婚したいから別れてくれって言われたみたいです。結婚相手にも親友にも裏切られたこの女性はショックでこの旅館で薬の過剰摂取で自殺したみたいです。」

「もしかしてこの旅館がその結婚相手との思い出の場所とか?」

「…みたいですね。断片でしたがこの旅館で二人で笑いあっている記憶が一番頭の深くまで入ってきました。地縛霊の期間が長すぎると記憶が薄れてきて寂しさだけが募っていく。その寂しさに耐えきれず、あなたにとりついて命をとりこもうとしたんです。」

「俺、もうこんな事辞めるわ。本当にごめんなさい。」

そう言うと藤沢は女性の方を見て手を合わせて目をつむった。圭一が藤沢からその女性の幽霊に目を移すと知らないうちに彼女も姿を消していた…。


圭一と藤沢が車の停めてあるところまで戻るとちょうど太陽が登ってくるところだった。藤沢達三人は泣きながら抱き合いしばらくすると圭一と詩織に深く感謝してそのまま別れた。

「あんた今日学校どうするの?今日はもう木曜日よ?」

車内で半分眠りかけになりながら詩織は圭一に尋ねた。

「一応、行きますよ。でも多分授業寝ちゃうでしょうねぇ」

「えっら~。行くだけでもえっら~。」

「詩織さんはどうするんですか?」

「フフン。これが身内の職場で働く者の特権よ!休むに決まってるでしょ!眠た過ぎるわ!」

「でも出発する前色々忙しいって…。」

「あんたワザとそのやりとりまで持っていこうとしてるでしょ?あんまり嫌味を言うと今回の取り分減らすわよ!」

「すいません。二度と言いません。」

「今回は驚き過ぎて腰がおかしくなったからおもいっきりお金を請求してやる!」

二人はそんなやりとりをしながら自分達の家へと帰っていった…。


(後日談)詩織さんは藤沢さんの父に深く感謝された。お金をふんだくったかどうかはわからないが圭一はいつも以上に報酬をもらえた。藤沢さんはあの廃旅館で一人とり残された時、金縛りをなんとか自力でといて逃げまわっていたらしい。逃げきり出口まで行くと待ち伏せされてまた追いかけられてを繰り返しとりつかれたみたいだった。

圭一は休みの日の太陽が出ているうちにあの女性の幽霊と争った部屋までお花と線香を供えにきていた。無心論者だが関わった現場には気休め程度にいつもこうしている。ホント自己満足だなといつも思う…。

廃旅館の入口にすでに別のお花と線香が供えてあった。どうやら藤沢さんが供えたらしい。後で詩織さんから聞かされた。あの女性の幽霊はもちろん部屋にはいたが覆っていた()()空気は少し色が薄くなっていた。圭一が部屋に入るとずっとこっちを睨んでいたがお花と線香を添えて手を合わせて目をつむると畳の上でうずくまりひたすら悲しそうに泣いていた…。彼女の泣き声はこの静寂に不思議と綺麗に響き渡った…。圭一もその泣き声を聞くとなんともやりきれなくなり悲しくなった…。

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