第2章『日々』
「誰だ、おまえら?」
朝。
7時30分くらい。
天気は曇りだ。
今にも雪が降りそう。
早起きをして、俺はなんの理由もなくランニングをする事にした。
それを終え、俺が自宅に戻ると見たことのない人と出会った。
一人は少女だ。
長くて銀白色の髪を持つ、あえて言うなら「アリア」の美しさを匹敵する美少女だ。
瞳の色は、黄蘗色。
肌の色はやはり雪のように真っ白い。
体躯は線のように細く、胸は言うまでもなくデカイ。
要するにとても綺麗な人だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
もう一人は男だ。
髪は少女と同じ銀白色で、瞳の色も黄蘗色。
怖い顔をしてるから避けた方がいいと思います。
「失礼なクソガキですね、君」
「はぁーい?」
おまえ喧嘩売ってんのか?
「いや、失礼しました。口が滑ったんですよ」
そんなわけねぇんだろなぁ、おっさん。
言葉を飲み込み、俺は、
「いや、こちらこそ。やり直してもいいですか」
久し振りに敬語を使ったんだよなぁ。
まあ、仕方ないんだ。
丁寧さは大事だから。
俺の質問におっさんが、
「いいですよ」
と、答えた。
「ごはん」と咳払いをし、彼は恭しく頭を下げて、
「私の名前はラザロ。そしてこっちは私の妻のアモリア。ハイエルフです」
あぁ、ハイエルフか。
うちのティアと同じ…………
ちょっと待って………………………………………
「突然ですが、うちの娘のティアはひょっとして知ってるのでしょうか?」
デ・ス・ヨ・ネ〜
まあ、知ってるよ。
むしろ、町の中央にある噴水の向こうにある家で住んでいるけど教えるべきかどうか困ったなぁ〜
って、もしこいつらがあいつの両親ならどっちが人間か?
いやそんなところじゃねんだけど。
「うん。知ってますよ」
俺が正直に答えると、目の前の夫婦は目を合わせる。
すると俺を見つめる。
「じゃあ、良かったら彼女は一体どこにいることを教えてくれませんか?」
今回は現実離れの美少女が聞いた。
それに対して俺は、
「どうして?」
と、冷静に聞いた。
「やはりおまえがうちの娘を拉致したんだ!」
と、おっさんが急に叫ぶと、俺のとこへ進み始めた。
それに対して俺は、
「立ち止まれ」
と、命じた。
するとおっさんが、痺れた。
口を動かすことすできないはず。
4分が残る。
「喧嘩しないでください」
と、美少女が言うと、俺は、
「そんなつもりじゃなかったんです」
と言った。
「貴様ァァァァァ!
離せ!離せ!」
と、エルフの男―ラザロが烈火のごとく怒りだして言った。
それに対して俺は、
「ちょっと黙ってて」
と、命じた。
そうすると、
「…………………………」
と、ラザロは黙った。
うん。
やはり俺はまだ弱い。
それはさておき、俺は美少女に目を向けて、
「失礼しました」
と、恭しく謝る。
「いや、いいです。ラザロさんは自分の思い通りにならないとすぐに怒りますから」
「大変ですね」
「とても」
と、俺たちのやり取り。
それから長い沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは美少女だ。
「じゃ、じゃあ……………私の娘、どうして会わせないの?」
「一つ聞きたいことがあります」
「え……え?じゃ、じゃあ…」
「もしティアに会ったとして、それから?」
「それからって……」
「そこまで考えてないなぁ。
つまり、
あいつに会うために来なかったでしょう。
で、おまえらの目的はなんだ?」
「目的なんか」
「嘘をつかないよ」
「嘘なんて……」
「ま〜た〜。
じゃあ、
いいことを教えてやる。
嘘をつく相手に気をつけたほうがいいって」
そう言うと、俺は目を細める。
それに対して美少女が、怯んだ。
それから俯いた。
そして低い声で、
「はい。
わかりました」
と、言った。
へらへらと笑いながら俺は、
「じゃあ、
どうしておまえらがここに来たか?
目的はなんだ?
詳しく教えてくれ」
と、言った。
すると美少女が、
「……………」
なにも言わなかった。
ただポケットから手紙を取り出して、俺に見せた。
その手紙を取って、俺は内容を読んだ。
すると、
「最低だなぁ、おまえら。
自分の娘を殺すために来たんだなんて、
繰り返すーーほんっとに最低だなぁ」
「いや!
誤解しないで!
そんなつもりじゃなかったんです!」
「じゃあどうして?」
「ティアにに警告するために来たんです」
と、彼女は必死に言った。
俺はなにも言わなかった。
彼女はさらに続ける。
「自分の娘を殺すなんてそんなことできない。
警告するために来たんです」
「で、その警告は?」
「気をつけるって。
実際はこの任務を失敗したら、
アリソン・ガーデンの参事会が暗殺者を雇う許可をもらっています。
つまり、殺すのはティアだけではなく、わたしたちも」
「即ち、失敗したらおまえらも死ぬ」
「はい」
やべぇなぁ、アリソン・ガーデンって。
いや、ちょっと待って。
記憶が確かならあいつら、外交配なんか嫌いじゃん。
じゃあ、どうして
「おまえがまだ生きている?」
「はい?」
「アリソン・ガーデンって、
外交配なんか嫌いじゃねぇか?
それならどうしておまえがまだ生きている?」
「あ、わたし、エルフだよ」
「それなら……」
俺は隣の男に目をやった。
その動きを見ると、美少女は、
「いや、違うよ。
ラザロさんもエルフだよ。
わたしたちはティアの養父母」
と言った。
「……………」
「アリソン・ガーデンの規定を破ったから二人ともが殺された」
「それにしてもどうしておまえらがまだ生きているのだろう?
半エルフ半人を養った。
つまり少なくともアリソン・ガーデンには、
犯罪とされているだろう?」
「確かに犯罪だが、
誰にも気付かれずにやったら………」
「犯罪じゃないんだろう?」
「図星」
うん。
わかった。
「じゃあ、決まり。
おまえら今日からここに住むことになった」
「……………?」
「はい?」
♢
やはり。
朝、目覚めると地面が“雪”と呼ばれる結晶っぽい真っ白い物質に深く覆われていた。
そしてやはり。
窓を開けっ放しにしたので、俺の部屋がおそらく摂氏25度未満。
このままじゃ死ぬぞ
…………………………
死ねないけど。
仕方なく俺は隣に寝ているアリスを起こさないようにゆっくり、布団から這い出た。
と言っても、アリサがどうにも見当たらない。
ため息をつき、小さな部屋を横断して窓をぎゅっと閉めた。
するともう一度部屋を横断して、リビングへの扉を開けた。
俺の部屋に比べて暖かい廊下に踏み出し、俺は深いあくびをしながら伸びをした。
階段を下りて、リビングへの扉を開けると、馨しい香りに迎えられた。
台所に目を向け、アリサを見た。
彼女はいま、朝飯を作っているようだ。
「おはよう、アリサ」
俺が挨拶をすると、アリサはこっちを見て微笑みかけた。
「おはようございます、旦那様。
朝ごはんはもうすぐ出来上がるからリビングで待ってて」
「はいよ」
言われるがままに俺はソファーに腰掛け、テーブルにある本を取ると、読み始めた。
訂正ーー読み始めようとした。
「で、
みんなはどこ?」
俺が聞くと、アリサは、
「外です」
と、そう答えた。
それに対して俺は、
「雪遊び?」
と聞いた。
するとアリサが、
「はい」
と、素っ気なく返事した。
まあ、そりゃそうだよな。
子供だし。
ましろとアゼリアが比喩的に。
ティアとアリスが文字通りに。
はぁ〜
ぼくも…遊びに行きたいなぁ。
でも朝飯……
「で、アリサ」
「はい?」
「何を作っているんかい」
「旦那様が教えてくれた
『味噌汁』と『お米』っていうやつです」
おいマジで?!
よしゃ!
ぱたぱたとスリッパを鳴らしながらアリサがお茶を運んでくる。
するとすぐに台所に戻った。
目の前のテーブルに置かれた湯飲み茶碗を手に取って、俺はお茶の馨しい香りをくんくん嗅いだ。
するとゆっくり、その暖かい液体を啜った。
体温が一気に上がった。
でも足らない。
次は味噌汁。
けれど、まだでき……
「出来たよ」
と、アリサの鈴のような声が耳に侵入する。
……………
うん。
間違いない。
これが奇跡っていうことだな。
ありがとう!
嬉しすぎて泣きそう。
もう一度ぱたぱたとスリッパを鳴らしながらアリサが一椀味噌汁と一椀の米を運んでくる。
「みんなを呼んできますよ」
「いいよ」
礼を言って、俺はその味噌汁を手に取った。
猫舌なので味噌汁をふーふーと冷ましている。
それを済ませて、口に近づけると、啜った。
……………
………………………………………?
なんだ、この味?
勘違いしないで。
悪くはないけど、日本の味噌汁の味じゃねぇし。
むしろ、味わったことがある。
かなり固くて噛み応えのある肉。
「呼んできました」
突然、アリサの声が聞こえた。
彼女のほうに目を向けて俺が、
「どんな肉を使った?」
と、そう聞くと、アリサは
「ドラゴンテールです」
「ドラゴンテール!」
と、アリスが嬉しそうに叫んだ。
彼女のほうを見ると両目が一瞬煌めいた。
「あ、なるほど」
朝飯を済ませて、俺たちは外で遊ぶ事にした。
見渡す限り、すべては雪に覆われていた。
一面の銀世界だ。
なんかわくわくします。
メンバーはアリスに俺、ティア・ラザロ・アモリアの家族、アリサとアゼリア、それとましろの8人だ。
アリスとティアはすでに雪達磨を作り始めて、アゼリアは相変わらず無表情ですべてを管理して、ラザロとアモリアとましろはなにかについて会話をしている。
一方で俺は、
「……………」
俺はなにもしなかった。
ただみんなを見つめるだけ。
はぁ〜
中に入るか。
そう決めて、俺は自宅に向かって進んだ。
やはり中には暖かいなぁ。
俺は暖炉の前に座っていた。
火の熱さを顔面に味わって、深いため息を漏らした。
誰か入ってきたのはそのときだ。
扉の軋み音を聞いて、俺は振り返るとそこに立っているのはティアだ。
「見つけた」
憔悴しているに違いない。
見ればわかる。
「よっ」
俺が言うと、ティアは無言のままこっちに来た。
すると深々と頭を下げる。
「って、なにやって……」
「礼を言うべきだと思います。
心の底からありがとうございます。
タクヤさんのおかげで両親に再会しました」
と。
「……………」
何を言えばいいのだろう?
誰か俺に礼を言うの初めて。
そもそも俺はなにもしなかった。
おまえを殺すためにあいつがこっち来たんだ。
でもさすがそんなことを言ったらきっと傷をつける。
やめておこう。
取り敢えず、なにかしないと……………
俺はおずおず手を伸ばして、彼女の頭の上に置くと、そっと撫で始める。
すると優しい声で、
「どういたしまして」
と、そう言った。
頭を上げて、心に永遠に深く刻まれる微笑みを見た。
すると彼女は手を伸ばして、
「遊びに行こう」
と、言った。
それに対して俺は、
「……………」
俺はなにもしなかった。
ただ無意識に無言のまま自分の手を伸ばしただけ。
彼女の妙に暖かい手を俺の手を摑んだ。
すると俺たち、玄関へと向かって、再び外に踏み出した。
そして迎えられてきたのは、みんなの笑顔。
それを見ると、微笑まずにはいられない。
♢
夜。
夕飯を食い終わってから何時間がすでに経っていたかなぁ。
「……」
灯りが消えている暗い部屋。
自分の部屋だ。
その暗い天井を見上げながら、
「爆睡しちまった。てか、今何時?」
と、俺は呟いた。
それから上半身を起こす。
ふぅっと小さくため息をつく。
僅かに開いた窓から穏やかな、ほんの少し冷たい風とともに儚げな月光が差し込んでくる。
その薄っぺらいカーテンが翻り、まるで踊っている。
俺はため息をつく。
また窓を開けっ放しにした。
欠伸をした。
俺は隣に寝ているアリスを起こさないようにゆっくり、布団から這い出た。
すると小さな部屋を横断して窓をぎゅっと閉めた。
世界の果てまで広がっていくような星空に浮かぶ淡い光の位置から判断すると、時刻は2:22くらい。
確かベッドに入って目を閉じたのが、十二時をちょっと過ぎたくらいだったから、
「なんだ。三時間しか寝てねぇじゃんか」
と、俺は言った。
まあ、オタクだから睡眠なんて必要はない……と言っても、1週間以上まともに寝ていないので、力を補充するには睡眠って控え目に言っても大事だ。
部屋の玄関のほうへと目を向け、
「あいつら、寝てるかな?」
と、呟く。
扉の隙間から蝋燭の火が入ってこない。
けれど寝たふりをしている可能性もある。
「まあ、どうでもいいけどさ」
そう呟くと、俺は部屋を横断して、もう一度ベッドに横になった。
そして再び目を閉じた。
明日(というか、もはや今日)から冬の始まり。
12月21日。
そしてもうそろそろクリスマスの上に俺の誕生日。
これからなにが起こるのかわからない。
でも、進むしかない。
目を開いた。
そしてやっぱり、暗い部屋に迎えられた。
俺は枕元の小さな手鏡を拾って、開いた。
映っているのは、間違いなく俺だ。
漆黒の深淵を覗き込んでいるという印象を与える黒い髪、血と同じ色の朱い瞳。
まだ子供っぽさの残る表情。
前と変わらない、どこにでもいる、ごく普通の高校生の顔だ。
だが俺はもはや普通の高校生じゃない。
人間ですらない。
半神半人だ。
つまり、この世界の最強人物でもある。
人間であるわけがない。
そして人間に戻れるわけもない。
そんなことがわかっている。
わかっているけど……
「はぁ〜」
ため息を漏らした。
ため息を漏らすしかない。
「………」
沈黙。
針の落ちる音も聞こえるほどの静けさが部屋を支配していた。
すると、
「パパ。
この時間までどうして起きてるの?」
声が聞こえた。
隣に目を向け、小さな体にあまりにも大きすぎるTシャツだけを着た少女が見えた。
俺があげた熊のぬいぐるみを体の側にしっかりと持って、その質問を投げかけた。
「おまえこそ。
なんで、こんな時間まで起きてるの?」
「わからないの………」
「なぜわからないのか」
けど、俺の質問にアリスが首を振った。
すると言う。
「怖い夢を見たんだ」
「怖い夢か?
どんな夢か覚えられる?」
しかし彼女は、
「……………」
彼女はなにも言わなかった。
ただ首を振っただけ。
俺たちの間に沈黙が降りた。
すると、
「はぁ〜。
まあ、しょうがない」
と、俺が言うと、アリスは同意して頷いた。
仕方なく俺は毛布を捲って中に入った。
するとアリスの小さな体を抱きしめる。
「ちょ、なにしてんの、
パパ?」
と、混乱に陥って、アリスはそう聞いた。
それに対して俺が、
「もう二度と怖い夢を見ないように」
と、言った。
「いいじゃん別に。
俺たち、家族だから」
「いや、
そういうことじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「いや、
やっぱり言いたくない」
「え?
なんで、逃げようとしてるんだろう?」
「別に、逃げているわけじゃないし」
「はいはい」
俺はそっと、アリスの髪を撫でる。
これが、女の髪だろうか?
男の子のと比べて、柔らかい。
その上に、いい匂いがする。
と言っても、ただの安い石鹸の匂いのだけれど。
間もなく、アリスの軽い鼾が聞こえてくる。
俺は微笑んだ。
すると再び目を閉じた。
取り敢えず、俺も寝ようかな。
俺は夢を見ている。
その夢の中、世界は真っ暗だ。
岩壁の隙間から冷たい風が入ってくる。
その風に対して俺は震えずにはいられなかった。
ここは……どこだろう?
わからない。
何も見えない。
風の不気味な音だけが聞こえる。
言うまでもなく、これは確かに夢そのものだが……
「助けて……下さい」
と、そんなことが聞こえた。
……………
え?
誰か助けを求めるんだが、一体誰だかな?
そのとても悲しい声から判断すると、相手が女の子。
20前後といったところだ。
俺はその暗闇を見渡す。
けれど、探した挙句、見つからなかった。
つまり、さっきは俺の気のせいかな。
と、そんなことを言った瞬間、
「誰かいるでしょう?お願い、助けて下さい!」
その声が聞こえたが、今回は彼女の絶望が明白だった。
「どこにいる?」
と、聞こうとしたが、声が全然口から出てこない。
その声がさらに続ける。
「お願い!彼が戻る!早くわたしを助けて下さい!」
と。
しかし残念。
俺にはなにも出来ない。
君を助けたいけれど助けられない。
……………
やはり俺は、
まだなにもできない。
♢
玉響の暖かさに包まれて、ふと、目を見開いた。
……………
なんで、夢を見てんの?
記憶が確かなら14歳になってすぐ夢を一つも見なくなってしまった。
理由は知らない。
だからなんで今更?
おかしい。
いや、それはさておき、あの女の子は……………
一体誰だろう?
暗闇の中に包まれていたのであんまり顔を見られなかった。
でもそんな声からすると、やはり助けが必要だった。
助けを求めたんだ。
それでも俺はなにもしなかった。
いや、今回はなにもできなかったのほうがいいと思う。
その窮屈な空間は暗くて、なにも見えなかった上にわけのわからない理由で体を動かせなかった。
空気もかなり重かって息苦しかった。
……………
言い訳だな。
俺はため息をついた。
すると窓のほうに目を向けた。
太陽が冬空に浮かび、何もかもを眩しい光に捉えているが、外の光景が嘘のように中には骨まで凍えされるほどの『冷たさ』が漂う。
俺は震える。
すると盛大なあくびをしながら上半身を起こす。布団から体を無理やり起こして、伸びをした。
寝ぼけ眼を掌で擦ったあと、布団に目を向ける。
そこに誰もいない。
ん?
すると小さな部屋の中に視線を巡らせる。
「アリスのやつ、
一体どこにい………いや、
朝飯を食う可能性がある」
時刻は7:09くらいだし。
安堵のため息をつきながら、押入れから服を取り出して部屋を跨ぐと、扉を開けてあっさりと廊下に踏み出した。
俺の部屋の横に約5歩風呂場。
服を脱ぎ裸になると、風呂場のドアを開けた。
「ん?
湯が張ってある……
なんで?」
もしかして、俺の先に誰かいた?
まあ、そりゃあそうだよな。
小さな御礼をつぶやき、俺はゆっくりと熱い湯に体を沈め、ふぅーと息を吐く。
やはり気持ちいいもんだな、お風呂って。
「いずれにせよ、
あの夢って一体なんなんだろう?
考えれば考えるほど気にならずにはいられない」
突然ーー
ばあんっ! と、派手の音を立てて風呂場のドアが開いた。
「……………」
「……………あ、アリサ。
おはよー」
全裸のアリサが立っていた。
幽霊でも見たかのように、彼女は茫然と立っており、こっちを見つめている。
沈黙。
そしてその後すぐに、
「おはようございます、
旦那様。
お湯はどう?」
と、彼女が聞いた。
すると俺は、
「とても気持ち良い〜。
おまえも入るか?」
と尋ねる。
するとちょっと赤くなったアリサはこう答えた。
「ま……まあ、
差し支えなければ……
いいですわ」
そう言って、アリサは近づいてきた。
それを見ると、俺は立ち上がっては詰めてスペースをつくった。
すると、
「ちょ、
旦那様!
何を見せてくれるワケだッ!?」
と、照れているアリサ。
それに対して俺は首を傾げて、
「ん?
なにを言ってるんだろ、
アリサ?」
と、聞いた。
「……………」
沈黙に迎えられた。
するとアリサ、
「なに……それ?」
と、こっちに指差しながら、聞いた。
……………
迂闊だった。
言うまでもなく、彼女が指差しているとこは俺の胸だった。
もっと正確に言えば、
胸を飾っている傷跡。
そしてそのとき、俺が思い出した。
俺はただの子供だった。
俺はまだの十歳の男の子だった。
「いやああああああ‼ や、やめて 体に触らないで!」
女性の声だった。
その悲鳴がするほうを見て、俺は立ち止まった。
「なんだ、
今のは?」
目を細めた。
「や……やめてください!
わ、私に……触らないでよ! お願い!」
また大きな悲鳴が聞こえた。
なにか悪いことが起ころうとするような気がして、声のほうへと向かった。
声がしたところは暗い路地裏だ。
外壁に身を潜めて、俺は角からこっそり見ると、無意識に目を細めた。
星空の下で、十二、三歳くらい少年三人に囲まれた十歳くらい一人の少女がいた。
少女はズボンと下着を脱がされ、白い肌が露わになっている。
目には恐怖と涙。
「うるせぇなおまえ。
叫ぶなんて。
大人しくしてたらすぐ終わらせっから」
もう一人が続ける。
「叫んだって、
そもそもこんな時間に誰も助けにこねぇぞ」
そしてもう一人。
「そう」
それでも少女は、叫ぶのをやめなかった。
「誰か助けて!
マリア!
助けてください! 誰か誰かーー」
と、叫び続ける。
少女の真正面に立っている少年がぎゅっと歯を食いしばる。
すると、
「がっ」
と、叫び続ける少女の顔を強く殴る。
それで、悲鳴が止まる。
少女の口から血が流れ出し、地面に滴る。
「うるせぇって言ってたんだろう。
なのに……」
「おい、
おまえなにやってんだ! 顔殴んなよ」
「こいつを警告したんだよ」
少女は絶望の顔だった。やはりもう、叫び声はあげない。諦めたのだ。
目には誰も助けにきてくれないという実現は映っている。
我慢できなくなって俺は角から飛び出してきて、全力で走り出した。
「なにやってんだ、
おまえら?」
「え?
ぐっ」
少女の真正面に立っていた少年が振り返ると、強い拳に迎えられた。
でも少年は倒れない。だがダメージはあった。
「おい、テメェ!」
俺が殴ったばかりの少年の後ろにいる少年が反応した。
攻撃を続け、俺はその少年の腹を蹴った。
「ぐっ」
すると距離を取った。
「おまえ、逃げろ」
地べたに座っている少女の目が、まるで光を見上げているかのように、キラキラと輝く。
良かった〜
まだ終わっていない
「あ、あ」
「早く逃げろ!」
それで少女は走り出す。
「おい、テメェ!」
と、さっきほどまで観察していただけの少年は憤怒の声をあげた。
すると、どこからかナイフを引き出した。
冷や汗が俺の額に踊ることを感じたが、俺は逃げなかった。
「なにをするつもり?」
むしろ、立場を堅持して冷静に訊ねた。
それに対してナイフを持っている少年は、
「見ればわかるよ。こいつを使ってお前を殺す」
だそうだ。
すると少年が走り出す。
こっちに来ているんだ。
攻撃を備えて、俺は距離を取ろうようとしたが、
「おっと、どこへ行くんかい」
後ろから少年は彼の腕を捕まえた。
「放せ!
放せないと、ぶっ殺してやる!
てゆうか放さなくても……」
と、そこまで言った。次の瞬間、ナイフが深く胸に突っ込まれた。
それから全てが静かになった。
「………」
「………」
「………」
少年三人が目を合わせる。
「おい、
やりすぎかな」
「あたりまえだ、
バカヤロ!」
「え!
俺に対してなにだ怒ってるんだ⁉」
「さあ!」
と、全てが無に溶けた前にそれを聞いた。
「まぁ、
そういうことなんってさ」
「……………」
話が終わり、アリサはただ無言のまま俺の背中を洗い続けた。衝撃を受けたかどうかわからないのだけれど、彼女はたぶん、深く考え込んでいる。
飲み込みつらそう。
でもまあ、そりゃ仕方ない。
もし俺が彼女の立場に立ってたら、相手の気持ちを考えるに違いない。
けれどそんなことを心配しなくてもいい。
俺は平気なんだからさ。
どちらかと言えば、これを自ら招いた。
力の及ばないことをしようとしてしまいました。
その結果、自分の死刑執行命令書に署名する羽目になってしまった。
冗談抜き、あの少女を助けた理由は単純。
ああいう人って人間のクズなんだからな。
我慢できなくてキレた。
それだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ちょっとした機会さえあれば 、時間を巻き戻してあいつらを殺す。
控えめに言っても、今はできる。
あの世界に繋がる門か何かを作って時間を巻き戻すと目的を果たせるけど、行動には結果が伴うので、もし自分の力を失ったら、ここに戻れなくなる上に、もう一度あのクソみたいな人生を送らざるを得ない可能性があるからまだなにもしていないうちにやめたほうがいいと思う。
最良の選択だ。
「さあ。
俺の番だよ。
向こうを向いて」
俺が言うと、アリサはこっちにタオルを渡して背中を見せた。
タオルを手に取って、
……………
柔らかくて赤ん坊のお尻みたいにすべすべだ。
「気持ちいい?」
と、俺が尋ねる。
それに対してアリサは、
「うん。
とても」
と、返事した。
微笑みながら、
「なら良かった。
でももっと優しくって言っても構わん」
「一体なにを企んでいるのかしら、
旦那様」
「特になにも」
「それ絶対に嘘ですよね」
「いや、
嘘じゃないよ、ほんまに。
落着かない気持ちを和らごうとしてるだけ」
「落着かない気持ちを和らごうとしてる……
何の意味ですか」
「話が終わりアリサは妙に静まりかえった。
大丈夫?」
「大丈夫だよ。
ただ考えている」
「なに考えている?」
「………………………………………朝ごはん」
「……………はぁ?
いや、どう考えてもそれ絶対嘘だ」
「本当だよ」
いや、嘘のような気がする。
でもまぁ、話したくないなら話したくない。
しょうがない。
しかも、人の心を詮索する権利はない。
それはさておき、今何時かな。
「そろそろだな」
「そうな」
……………
……………
まあ、行くか。
そう決めて、俺は立ち上がろうとしたが、アリサは俺の手を摑んだ。
振り返り、彼女の顔を見つめる。
「何?」
俺が聞くと、愧赧しながら、
「お願いがあるんだけど」
と、言った。
目を逸らした。
それに対して俺は優しく微笑んだ。
微笑みながら、
「いいよ。聞かせて」
と、言った。
♢
お風呂から出たあと、俺とアリサは服を羽織ってリビングへと向かった。
ドアを開けて、リビングに踏み入れると、いつもの光景に迎えられた。
「おはよう、みんな」
俺が言うと、自分の活動をやめることなく「おはよう」と、一斉に言った。
ちなみに、アリスは俺が贈った熊のぬいぐるみを弄っている。
アゼリアは本を読んでいる。
そしてましろは台所でなにかを作っている。
俺はましろのところへと向かった。
「なにを作っているの?」
「アリスは突然“甘いもの食べたい”と言った」
「で、作ってやるって……」
「はい」
「ん………で、
なにを作ろうとしてるんかい?」
「それは……」
と、ましろは急に静かになった。
彼女の前にはそれぞれ料理が置いてあり、ナイフで切ってフォークで食べながら、難しい顔をしている。
俺はため息を漏らすと、彼女の手にあるナイフを奪った。
「ちょ、なにしてんのよ?」
怒ってる?
可能性はゼロではないのだけど……………
まあ、それはそれ。
これはこれ。
「見てご覧。
俺の力を」
と、中2のように言った。
さて、何にしょうかな。
クッキー?
いや。
自分で言うのもなんだけど、毎日同じものを食ったらつまらなくなる。
もちろん毎日同じものを食ってないけれど。
アイス?
っんわけねぇんだろ。
季節は冬の上に作り方を知らない。
……………
ちょっと待って。
季節は冬。
つまり、冬デザートを考えれば答えが出るはず。
さあ、考えよう。
……………
……………
……………
……………
と言っても、ケーキが食いたい気分。
うん。
ケーキを作ろう。
そらで作り方も知っている。
これでいける。
さあ、始めよう。
まずは材料。
記憶が確かなら、
2個の卵、砂糖、薄力粉、バター、牛乳、生クリーム、粉砂糖。
全部の材料を召喚し、俺はケーキを作り始めた。
まずは、材料を計量しておきべき。
砂糖は60g、薄力粉は55g、バターは20g、牛乳は15g、生クリームは300cc。
それを済ませて、カウンターにある器にバターと牛乳を入れて、粉を篩った。
その器に卵を割り、軽く召喚したホイッパーで混ぜた。
すると砂糖を加えて湯せんにかけた。
高速で泡立て始めた。
すると空いた湯せんにバターと牛乳を入れて溶かした。
1分後。
それを済ませて、俺は粉を全体に散らばして入れた。
すると混ぜ始めた。
その後、バターと牛乳に生地の一部をとってぐるぐる混ぜて乳化させた。
一部の生地を全体に戻し、シヤが出たまでまぜ合わせた。
それから生地を型に流して、少し表面を均す。
さて、それが終わり、俺は、
「顕現:オーブン」
と、言った。
すると台所の真ん中に小さなオーブンが現れた。
それを180度に予熱して、その中に生地を入れた。
「はぁ〜。疲れた」
俺が言うと、今まで観察したましろは、
「……………」
彼女はなにも言わなかった。
ただ俺を見つめるだけ。
その目には光が輝いている。
「ちょっと時間かかるなんだけど、
ほらリビングに行こうよ」
そう言うと、リビングに踏み入れてアリサのところへと向かった。
彼女を抱き上げ、俺は座って膝に置いた。
程なくましろがリビングに入れてソファーに腰掛けた。
「楽しんでいるんかい」
俺がアリスを尋ねる。
それに対してアリスは、
「楽しんでいるよ」
と答えた。
「ならいいんだ。
たくさん楽しんでな。
おまえが子供なんだからさ」
「わたしは子供じゃない。
もう10歳だもん」
「まあ、
俺が元いる場所によって小学2年生だよ
……………たぶん」
「パパが元いる場所って、
どんな場所だった?」
「それはね、
単に言えばとても素敵な場所だった。
人は優しいし、
生活を楽にするためにいろんな道具は作られたし
……全体的には俺が元いる場所が大好き……」
うん。
日本が大好き。
嫌いのはあの理不尽な世界だ。
「そうなの」
「そうだよ」
「なるほど。
行ってみたい!」
と、アリスは叫んだ。
それに対して俺はなにも言わなかった。
と同時に頭の中で、
いや、そりゃ無理だぞ。
二度と戻らないから。
と、言った。
でも、やはり子供に対してそんなことを言えない。
むしろ、無言のまま彼女の柔らかい髪を撫でることにした。
……………
もうそろそろだろ?
空気にはケーキの匂いが漂い、鼻に侵入していた。
それに加えて、俺がまだなにも食ってないことを考慮すると、餓死しそうということがわかるに違いない。
どれくらい時間が掛かったかはわからないのだけれど、調理している気がする。
膝からアリスを離れ、俺は立ち上がり、台所へと向かった。
するとオーブンからケーキを取り出した。
それをカウンターに置いて、冷やすことにした。
そして15分後。
よく冷えたら上の部分を切り落とし、二枚にスライスした。
そしてクリームを立てた。
さらに7分。
すると下塗りしていった。
ん?
……………
よし、それにしよう。
俺は左手を差し出して魔力を集めると、
「召喚」
と、その一言を言った。
すると俺が想像していたものが現れた。
それが苺だ。
ケーキの上に苺をのせて、ケーキの上の部分をのせた。
するとさらにもっと苺をのせた。
もちろん、クリームで塗った後。
よし!
できたぞ。
あとは出せば無事に終わらせることができる。
♢
温泉に行きたい。
けど知る限り、こっちの世界では温泉なんかないんだろうな。
いや、あるはず。
しかし一体どこかはわからない。
そのおかげで、自分の温泉を作ろうとすることにした。
と言っても、一体どこにするかわからない。
因みに俺はいま、外にいる。
もっと正確に言えば、噴水の上に座っている。
俺の小さな町には100軒の建物がある。
けど各建物は小さい。
小屋みたい。
だから、その中に温泉を作れるなんてそんなわけないんだ。
村に目を通し、然るところに目が留まった。
その然るところはたまたまティアの家の隣にある。
よし。
あっちにしょうか。
いやでも、まずはティアたちに許可を求めたほうがいい。
そう決めると,俺はティアが住んでいる家へと向かった。
着いてドアを叩くと、待つ。
…………………………
………………………………………
「はい!」
と、その中に声が聞こえてきた。
聞き慣れた声だった。
やがて、ドアが開いた。
「あ、タクヤ様。
なにかご用ですか?」
そして目の前に立っているのはティアのお母さん(名前はアモリア)だ。
長くて銀白色の柔らかそうな髪が谷間に零れて、紅玉のような朱い瞳がこっちを見つめて、まるで俺を見透かしているかのようだ。
仕方なく俺は「ごはん」と咳払いした。
目を一瞬閉じて思考を整理すると、
「うん。
差し支えなければ、
隣に新しいビルを創らせてくれませんか?」
と、そう尋ねた。
それに対してアモリアは微笑んで、
「喜んで」
と、返事した。
「あ、でも聞いてもいいかな、どうして新しいビルを作りますの?」
突然彼女がそんなことを尋ねると、俺はこう答えた
「なんかさ、
久し振りに温泉に行ったってさ。
けど季節は冬その上に温泉がある国は知らないので自分の温泉を作ることにした。もちろん、屋内温泉だよ」
と。
俺の言葉を飲み込もうとしてるか、アモリアはなにも言わなかった。ただ俺を見つめているだけ。
「聞いてもいいですか、
温泉って言ったでしょう?」
10〜15秒が経つと、やがて口を動かした。
でもやはり、変な質問だな。
なんで?
興味ある?
それにしても、彼女の質問に俺は頷いて、
「うん。言ったよ」
と、返事した。
そしてあっという間に、アモリアは俺の手をつよく摑んできた。
その双眼には激しい炎が燃えている。
「なんですって?!
温泉を作っている?!
いやあああ、久し振りですね。
アリソン・ガーデンでは温泉なんかないけれども温泉で有名な国がありますね。あ、ルミア王国って知っていますか?
そこ……」
「はいはいわかったわかった。
落ち着けてください」
「あ、ああああ。ごめんなさい」
それを言うと、アモリアは謝った。
でもさあ、いまのって燃え上がっているアモリアだな。
なんか怖んだから二度とそんなことをするな。
余談になるけど、どよめきを聞いたかおっさんとティアはアモリアの後ろにいて一体なにが起こったと把握しようとしている。
「なにもない」と言わんばかりの身振りをした。
すると手を振りながらゆっくりと引いた。
距離を取って、俺は左手を差し出すと、目を閉じた。
……………
すると沈黙。
俺は今のところ考えている。
どんな温泉を作りたいって。
もちろん、大きな建物が重要だ。
それを想像すると、少し魔力を放して広げると、
「創造」
と、その一言を言った。
そしてやはり、大きな建物がティアの家の隣に顕現した。
いいぞ。
あとは、温泉自体。
そう考えると、俺は歩き始めた。
約20歩で、建物の前に到着した。
中に入って、俺は見回す。
なにもない。
けれど中にも広いから満足だ。
さて、混浴にするかどうかわからない。
もちろん、俺には全然大丈夫なんだけど、女の子たちの気持ちも考えなきゃ。
……………
……………
……………
うん。
やはり混浴はダメですね。
そう判断すると、俺はもう一度目を閉じて魔力を集めて広げると、想像している温泉場を作った。
よし。
これでいける。
そう考えると、俺は建物から出て、自分の家へと向かった。
女子たちにいいニュースを告げに行く。
「え?
いまなんって言った?」
俺はいま、リビングにいる。
しかし俺だけじゃなく、みんなを揃えた。
つまり、ティアとましろとアリスとアリサとアゼリアとラザロとアモリアの7人。
そのいまなんって言ったのはましろだ。
「温泉を作ったって言ったよ」
「本当に?」
今回はアゼリア。
それに対して俺はなにも言わずに頷いた。
「もし良かったら一緒に入浴してくれない?
あ、でも安心して、混浴じゃないよ」
それを言うと、みんなが嬉しそうな顔をした。
その光景を見ると、微笑まずにはいられなくなってきた。
みんなが嬉しい限り安心することができる。
「さて、
一緒に行こう」
俺が言うと、玄関へと向かった。
ドアを開けて、もう一度外に踏み出した。
けど今回、俺は一人じゃない。
みんなと一緒だ。
ところで、あいつらはいま、俺の後ろで嬉しそうに話し合っている。
うん。
これでいいよ。
そう考えると、ティアの家の隣にある建物へと向かった。
よし。
フェーズ‐ワン、完成。
計画は単純。
誰にも気づかれずに女子を覗くって。
もうましろとアゼリアとアリサの裸姿を見たことがある。
でもやはり、俺はまだ健全な男だもん。
問題はアリス。
うん。
入浴シーンは大事のだけれど、小学生の裸姿は完全にNG。
やるしかない。
俺の力を使えば「湯気さん」を呼ぶことができる。
ちゃんと仕事してくれたらアリスのちっちゃい胸とアソコを視線から遮るはず。
つまりギリギリセーフだ。
あとはおっさん。
女子の中であいつの超美人の妻がいる。
自分の妻を守りたいという男として、やはりバレたら俺を殺す。
まあ、殺そうとする。
とにかくあいつが危険だ。
俺が死ねないことを知っているというのに間違いなく殺すまで襲うのをやめてくれない。
だから繰り返す。
あいつが危険だ。
因みに、俺らはいま、俺が作ったばかりの温泉にいる。
俺とおっさん。
そしてましろとアゼリアとアリスとアモリアとアリサ。
もちろん、男女は壁で区切られている。
その壁の向こうで女子の楽しそうな声が聞こえる。
「い……いやぁ、あそこは禁止」とか「気持ちいいんでしょ」とか。
あそことは?
一体なにが気持ちいいんですか。
すごく気になっているよ。
お願い。
詳しく説明してくれませんか?
「貴様。
一体なにを想像してるんか?」
と、そんなことをおっさんが尋ねた。
「いや。
とくになにもない」
と、俺が素っ気なく答えた。
「ウソつき。
貴様のその目に映っているぞ。
鷲を詳しく説明してくれないか?
その代わりに……いいことを教えてやる」
「いいことって一体……」
「まず、
貴様が企んでいる計画を聞かせてもらう」
やはり、こいつが危険だ。
なんだ、その説得力。
本当に恐ろしい。
けれどそう簡単には諦めない。
「じゃあ、勝負しよう。
負け方は全部漏らす」
「ようかろう。
因みに、勝ち方は?」
「そこまで考えていない正直」
「じゃあ、
提案を持ちかけてもいいか」
「いいよ。教えて」
「うん。じゃあ、
もし貴様が勝ったら然る秘密を教えてやるのみならず、
我が娘と結婚することを許される。
だが、もし貴様が負けたら一体なにを企んでいることを教えてもらう。
しかしそれだけでなく、鷲の命令の一つを聞かせてもらう」
「え。
その命令って一体なんなんだろう?」
「ネタバレは禁止」
「…………………………」
「…………………………」
「実際はなにも考えていないんだろう?」
「…………………………………………………………………はい」
馬鹿か、あいつ。
「まあ、いいわ。
おまえの提案を俺は受け入れる。
ゲームはジャンケンだ。
知ってるか?
ジャンケン」
「ジャンケンーー?
それは……まあ、知っているよ」
「うん。
この世界にもあってよかった。
じゃあそれで勝負。ただしーー」
もうそろそろだな。
俺は3本の指を立てて、言う。
「俺はパーしか出さない」
「ーーは?」
「俺がパー以外を出したら、俺の負け。
それ以上でもそれ以下でもない」
「……おまえ、馬鹿か?」
と言わんばかりの顔をしながらため息をつくおっさん。
「さあゲームを始めよう」
俺が言うと、手を立てて、
「盟約に誓って、アッシェ……いやいや、やめておく」
俺とおっさんは一斉に手を立てて握ると拳にした。
すると一緒に
「じゃーんけーんーー」
ーーぽん、と。
と言った。
「…………………………」
「…………………………」
沈黙。
すると、
「ウソつき!!!!」
と、声を限りに叫んだ。
どうやら引っかかったらしい。
ありがとう、そ○
うん。
パーを出す代わりにグーを出した。
「はい。俺の勝ちだぞ」
「いやいやいや。
記憶が確かならパーしか出さないって」
「言ったっけ?
ごめん、思い出せない」
「グッ…そんなあ」
「はい。じゃあ、
おまえが賭け物全部もらうよ。
ありがとう。
それと、いまここから出ていけ」
「はぁ?」
「ほら、
わしが負けたら然る秘密を教えてやるのみならず、
我が娘と結婚することを許される上に、
貴様の命令のひとつに従うって」
「そんなぁ~。
本当に言ったっけ?」
「本当だよ。
さっさとここから出ていけ」
「……………」
するとなんの抵抗もなく温泉から出た。
だまされやすいやつだな。
なんか彼を気の毒に思わずにはいられない。
……………
まあ、いいけどさ。
さぁて、ここから本番だぞ。
俺は壁に目を向ける。
あとはおまえか。
どうすればいいかな。
と言っても、俺には女神の力がある。
単に透明になったらいいんじゃん。
そう判断すると、俺は魔力を放して広げると、
「インビジブル」
と、言った。
……………
するとなにもない。
本当に透明になったのかどうかわからない。
でもやはり、試せばすぐわかるぞ。
そう言うと、俺は目を閉じて魔力を集めると、
「ゲート」
と、言った。
うん。
移動魔法って本当にすげぇだな。
狙っているのは壁の向こうだ。
……………
……………
着いたか?
自問をすると、ほんの少し目を開く。
飛び込んできたのは、温泉だ。
けどなにかが違う。
……………
みんな一体、どこに行っちゃっただろう。
えちょっと待って。
本当に女子の温泉にいるの、俺?
いや、記憶が確かなら一瞬なにも聞こえなくなった。
つまり、
……………
間に合わなかった。