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異世界のんびり生活  作者: 鏡つかさ
第2巻【世界は美しい】
6/9

第1章『悩み』

 俺の名前は鍵山拓也。


 日本で生まれ育った日本人。


 鴉の濡れ羽色の黒髪に、吸血鬼のような真紅の瞳。


 十八歳の人間だよ。


 と、前のイントロダクションなんだけど、今は違う。


 謎の心臓疾患で亡くなってしまった結果、天国と地獄を繋ぐ空間ーー『死後の世界』へと召喚されて、アリアと呼ばれる謎の美少女と出会った。


 まあ、件の美少女って実際は、女神というものであり、異世界で蘇生すると申し出をした。


 もちろん、その申し出を俺は受け入れて、異世界に投げられた。





 あれからもう3ヶ月が経っていた。


 その短期間では、いろんな人と出会った。


 まずはましろ。


 森で見つけた狼だ。


 そして現在、俺の嫁だ。


 なんかさ、いろいろあってたまたまだ。


 次はアリス。


 イレナ町の裏路地で見つけた少女。


 そして俺の娘(養子)。


 あとは…アゼリア。


 森で偶然出会った吸血鬼。


 ……………


 そして俺の嫁。


 ましろと同じようにいろいろあってたまたまだぜ。


 最終にアリサ。


 ドラゴンテールを手に入れるために俺ら短い冒険に出て、ドラゴンと出会って、そのドラゴンに挑まれて、勝負に勝って……そしてはい。


 夫婦になった。


 一応、彼女の一族の習慣によって俺はもう彼女の夫だったが、結婚したあと決定済。


 彼女らはいま、イレナ町にいる。


 一方で俺は初めて発見した場所にいる。


 その場所は農場だ。


 農場っていうかむしろ荒野だ。

 

 だからここで、アリアから貰った力を経て、俺は自分の村を作る事にした。


 さて、あいつらがここにいないうちにさっそく始めるか。


 まずは全てを破壊すべきだ。


 そう決めると、俺は左手を差し出して力を集める。


 すると小さな声で、


【消えろ】


 と、そう呟いた。


 すると、周りにあるものが、消えた。


 なくなったんだ。


 ん?


 ついでに木の半分も除くか。


 そうすると、村へと続く道を作ることができる。


 ……………


 うん。


 俺はもう一度左手を差し出して力を集めると、


【伐る】


 と、呟いた。


 俺の命令に風が一気に強くなって農場を取り巻く木々を二つに切った。


 よし!


 成功!


 これで道を作れるようになった。


 さて、ビルとか作ろう。


 アリアによって想像できることを現実にすることができる。


 つまり、俺の想像力によりなんでも作れるって事。


 だったら……


 俺は荒野の中央に目をやって石造りの噴水を想像した。


 すると力を集め、【組み立て:噴水】と言った。


 そしてやはり、想像している噴水がもうじき村の中央に現れた。


 うん。


 この力って、本当に凄いんだな。



 はぁ〜


 疲れた〜


 時間かかったなぁ。


 けれどついに、俺は自分の村を完成しました!


 道もできた!


 それにしても、ましろたちはもうそろそろだな。


 あいつらの到着を待ちながらどうするかな?


 まあ、一応、飯を作るか。


 腹減ったし。


 そう決めて、かつて位置した納屋のところへと向かった。


 そこに立っているのは慎ましい建物。


 あの建物って十人以上収容できるほど大きな建物だ。


 つまり、俺と俺の家族にとって十分だ。


 ドアを開け、中に入った。


 すると台所へと向かった。


 さて、何にしようかな?


 米と焼き魚は問題外だ。


 毎日食ったらつまらなくなる。


 高野豆腐と三つ葉の味噌汁が食いたい気分。


 でも、材料あるか?


 そもそもこの世界で豆腐があるか?


 たぶんないんだような。


 きっと我が力を経て……………いや、やめておこう。


 それにしても、ひさしぶりフルーツサラダを食ったよな。


 俺は台所を見回した。


 ……………


 ……………?


 ……………………あ


 あった。


 そして探しているものを見つけた。


 蜂蜜だ。


 果物ならたくさんある。


 うん。


 これでいける。


 戸棚から大きな器の二つを取り出してカウンターの上に置いた。


 すると材料を集めた。


 葡萄をはじめとして、苺、蜜柑、林檎、ラズベリー、ブルーベリー、芒果、様々果物を集めた。


 蜂蜜と蜜柑の汁とレモンの皮の小片を大きな器の一つに入って、俺はカウンターから泡立て器を拾って混ぜ始めた。


 その後、包丁で林檎と芒果とキウイと蜜柑の皮を剥いて細かく刻んだ。


 するとそれをもうひとつの器に入った。


 さき俺が作ったドレッシングを果物が入っている器に混ぜ、俺はトスした。


 …………… 

 

 よし。


 できたぞ。


 それをカウンターの上に置いて、俺は窓の外を覗く事にしたが、


「何ーー!?!?!?」


 と、誰かの叫び声に遮られた。


 ましろだ。


 つまりあいつらようやく帰ってきたな。


 俺は微笑まずにはいられない。


 家の玄関へと向かって、俺はドアを開けると、「こっちだぞ」と言った。 


 幽霊でも見たかのように、彼女らは茫然とこっちを見てきた。


 俺は手を振った。

 

 と同時に、


「よっ」

  

 と、挨拶をした。


 するとそれに対してましろは、


「よっじゃなくて、ちょっとどういうこと?」


 と、彼女が言った。


 すると俺は、


「見ての通り。村を作る事にしたんだ」


「……………」


「……………」


「……………」


「……………」


「……………」


 沈黙。


 すると、


「あなた……一体何者だ?」

  

 と、ましろが聞いた。


 それに対して俺は微笑んで、


「半神だよ。言っただろう?」


 と、答えた。


 それから長い沈黙が続いた。


 すると俺は、


「ほら、中に入ろうぜ。飯作ったぞ」


 と、うしろにある家を指差しながら言った。



 ……


 …………


 …………………………


 はい?


 その日のうちに、俺が作った飯を食い終わた後、リビングでソファーに座って話しあう事にした。


 ましろの様子に関する全ての真相を究明したのはそのときだった。


「おまえ、妊娠なの!?」


 驚きを隠せずに、俺は声を限りに聞いた。


 俺の質問に応えてましろは俯いて、


「はい」


 と、小さな声で認めた。


 あ、そうだ。


 そうなんだ。


 妊娠か。


 つまり俺、父親になるんだ。


 俺はかすかに微笑んだ。

  

 怒ってるわけではない。


 実際は逆。


 ここまで来たからには、全てを見捨てるなんて問題外だ。


 みんなが無言のまま俺を見上げて、反応を心待ちにしている。


 俺は自分の両親に見捨てられた。


 するとあいつらはどこかに行って、死んでしまった。


 正直に言えば、うちの両親って本当にクズだった。


 そして俺が信じる事の出来た人は妹だけ。


 彼女が唯一だった。


 妹ってある程度まで甘やかされていた。

  

 いい意味で。


 入院された前、俺らは何でも打ち明け合った。


 初恋とか深く心に閉じ込められた秘密とか。


 妹と過ごした時間は本当に楽のようだった。


 まるで、父親と娘の、そんな関係。


 だから死んだとき、俺は鬱病に陥ってしまった。


 何も食ってない。


 ろくに寝てないなど。


 これが数日間続いた。


 忘れられない。


 妹との記憶を、決して忘れられない。


 深く俺の心に刻まれているから。


 幸せ……になってもいいの?



 ………………………………………


 ……………………………………………………


 …………………………………………………………………



 いや。


 幸せになってもいいに決まってるんだろう。


 俺は半神だからと言って、人間ではない事にはならない。


 ……と言っても俺実際は、人間じゃないよね。


 もうわかってる。


 もうわかってるんだけど……



 俺はましろのほうに目をやった。


 彼女は未だ、持っている。


 その可愛らしい女の子に、近づいた。


 すると跪いた。


 彼女の手を自分の手に取って、かすかに冷たい感覚に気がづいたが、それを無視して俯いた。


 すると心の底から俺は、次々に本当の気持ちを伝えた。


「俺はおまえが好きだ。

 これからも、あくまでも。

 妊娠って言っただろう?

 おまえのお腹にいる子は俺のに決まってるんだ。

 だからいい父親のように……

 俺の親父じゃないように、

 相応しく育つ。

 お願いだから安心して。

 俺がずっとおまえのそばにいるから」


 と。


 それにましろは微笑んだ。


 それにアゼリアもアリスも、アリサまで、微笑んだ。



「旦那さまが新しい村を作ったと広告すべきだわ!」


 突然、アリサがそんなことを言い出した。


 月曜日?


 それとも土曜日?


 わからない。


 でもそんなことはどうでもいい。


「え?

 いきなり何を言ってるんか?」


「言った通りだよ。

 こんなに広い村を作ったのに〜。

 違うか?違うならもったいないわよ」


「いや、

 そこまで言ってないんだけどさ。

 で、どうするつもり?」


「どうするつもりって、

 そこまで考えてないよ」


「お前なぁ」


「みんな落ち着いてください」


 と、ましろが言う。


 俺たちはいまリビングにいる。


 膝の上にアリスが俺の胸に寄り添っている。


 一方で俺は彼女の金色の髪を軽く撫でている。


 リビングの真ん中にはテーブルがあり、そしてそのテーブルの向こうでアリサがラブチェアに座っていた。


 テーブルの左側にある小さなソファーでましろが座ってお茶を啜って、一方でアゼリアがテーブルの右側にあるソファーで座っていた。手にあるのは本。


 慎ましい。


「………」


 まるで考えているかのようにましろはじっとテーブルを見つめた。


 5ー6秒が経つと、


「やっぱりなにも考えつかない」


 と、言った。


 それに俺はため息をつきながら言う。


「じゃあ、

 ほっとけばいいんじゃない別に」


「いいんじゃない別にじゃないよ。

 もっと肯定的に考えればきっといいアイデアを思い浮かぶ」


 そういうキャラタイプが嫌いだ。


 でもアリサだからこそ許す。


 それにしても、寒いなぁ。


 俺は暖炉のほうに目をやった。


 ……………


 薪が足りず、はやくも火勢が衰えはじめた暖炉。


 やべいなぁ。


 このままじゃあ凍え死にそう。


「よしみんな。

 俺ちょっと森にいってくるよ。

 薪を集めなきゃ」


 俺が言うと、みんなは素っ気なく頷いた。


 冷たいなぁ、お前ら。


 壁に寄りかかっていた斧を手にとって、俺は玄関へと向かって進む。


 するとドアを開けて、夜の寒さに迎えられた。



 背を這い上がってくる寒さに震えずにはいられなくなってしまった。


 太陽がもう地平線下に沈め始めて、もうすぐ淡い月が取って代わる。


 そのときが来る前に帰りたい。


 それにしてもなんだかんだと生活をしていると、いつの間にか肌寒さを感じ始めた。


 もうすぐ冬かと少し憂鬱になる。


 冬が嫌いというわけじゃないけどさ。


 むしろ、一番好きな季節だよ。


 日本に居たとき、雨が降ってるとも、俺はよく短い冒険に出た。


 季節はもちろん、冬だった。


 世界は静寂に包まれた。


 針の落ちる音も聞こえるほどの静けさだった。


 漆黒に染まっていた冬空から雨粒が音もなく降ってきた。


 大雨に降らないだけましだったが、間もなく土砂降りになるような気がしたんだ。


 記憶が確かなら、俺の最後の短い冒険は2023年12月25日、月曜日だと思う。


 クリスマス。


 そして、俺の誕生日。


 雨が降り始める際に、外に出ずはいられないような気分になるってさ。


 すると知らないうちに、冷たい雨の中を傘をささずに歩いていることに気づく。


 何の目的地もなくぶらぶらして、何か欲しいものに出くわしたらお金があれば買う。


 買ったあと、あてもなく彷徨い歩き続け、知らないうちに千葉の国立公園に着く。


 着ている黒色の長いコートは、体だけを雨から防いでいた。


 髪がすっかり濡れて、前髪は額に張り付いている。


 雨が顔を叩き、容赦なく口の中に侵入した。


 それにしても俺は何もしなかった。


 ただ雨の音を聞きながら空を見上げた。


 ……………


 次々と思い出が胸に蘇ってきた。


 俺は微笑まずにはいられない。


「それにしても、宵闇の森なんて悪くはないなぁ」


 歩きながら、俺は宵闇の森の景色を眺める。


 どれくらい歩いてきたのかはわからないのだけれど、朝の透き通る青空が消えたことに気づいた。


 その代わりに宵闇の色に染まっていた空が頭上に広がっていく。


 星は既に現れ始め、地平線上に登っている淡い月が視線に入ってきた。


 そしていつものように二つが浮かんでいた。




「結構集めたなぁ」


 もちろん、アリアから貰った力を使えば薪を召喚できる。


 けどまぁ、ひさしぶりに森に来たからうっかりして忘れてた。


 さて、帰ろうかと思った瞬間、ドン!とそんな音が聞こえた。


 今はなんだ?

 

 自問すると、調べることにした。


 そう決めて、俺は音がしたほうに向かった。


 そして到着した時、目に入ったのは全裸の少女。


 肩まで伸びた綺麗な赤髪、エメラルドのように緑の瞳。


 月光に輝く雪と同じ色の繊細な肌、幻想の中に出てくる立派な妖精の雰囲気。


 敵か?


 敵だよな?


 それを考えると、手を差し出した。


「誰だ?」


 ぞんなことを尋ねると、もう魔力を集め始めた。


 けれど、


「助けて」


 と、聞いた瞬間、そんなことはないとわかってきた。


 彼女は、敵じゃないことが、わかってきた。



 夜空に浮かぶ満月の位置から判断すると、 帰ってきたのはおそらく00:05くらい。


 つまり、隣にいる少女を見つけてから結構時間かかったな。


 少女は全裸だから自分のジャケットを脱いで渡した。


 ただ、効かなかったみたいだ。


 横目でちらっと見ると、少女はやや震えていることに気づいた。


 どれくらい一人で森の中にいたかな?


 そりゃわからない。


 あと、栄養不足のように見える。


 見つけた時、なにか食えることを探していたところだった?


 それとも、寒さからのシェルター?


 まあ、草臥れる見た目からすると、どっちでもいいかもしれない。


 わけのわからない理由で、少女はつよく、俺の手を摑んだ。


 まるで、お母さんの手を摑んでくる子供のようだが、何かが違う。


 ……………


 なるほど。


 怖いんだ、こいつ。


 怖いから無駄に握力を入れた。


 助けたいと言ったというのに。


 でもそりゃ仕方ない。


 だって、彼女にとって俺はただの他人に過ぎない。


 ……………


 あの世界とこの世界のあまり変わらぬ点だな。


 まあ、正直に言うと、少女の立場に立ったら、俺も怖気づくに違いない。


 油断したら私に何が起こるのか…とか。


 と同時に、誰も頼りにする人がないので全く見知らぬ人に頼らざるを得ない。


 そしてやはり俺は責められない、そんなの。




「お名前は?」


 少女はいま、リビングでソファーに座っている。


 一方で俺は台所でお茶を淹れている。


 俺の質問に、少女が「……………」と何も言わなかった。


 それでもなんか、少女を見ると、笑いを禁じえない。


 初めてアリスと出会った時を思い出させるから。


 淹れ終わって、カウンターに置いたカップの二つに入れて、リビングへと運んだ。


 右手にあるカップを少女に渡した。


 すると俺は自分のカップをテーブルに置くと、取ってきた薪を暖炉に入れた。


 その後、俺は、


「火よ、燃えろ」


 と、小さな声で言うと、命令に従って薪が燃え始めた。


 さてと、


 俺が振り返ると、少女は目を見張ったままこっちを見てくる。


 それに俺は首を傾げる。


 すると聞いた。


「初めて魔法を見た?」


 そっちを見てることに気付いたか、少女は「ふん!」と目を逸らした。


 照れている。


 可愛い。


「べ…別に初めてじゃないから勘違いしないで」


 またツンデレか。


 と、苦笑をしながら思った。


 決して口にしないけど。


 ソファーに腰を掛け、俺は自分のお茶を取ってゆっくり啜った。


 暖かい液体を嚥下して満足な溜息を吐いた。


「うまいなぁ。

 ほら、遠慮なく」


 未だお茶を飲み始めていないことに気づくと、俺が言う。


 すると少女は最初、何もしなかったが、最終的におずおずカップを取って、香りをくんくん嗅ぐと、啜った。


「どうだ? 

 うめいんだろう?」


「普通」


「何?!

 ……………超頑張ったのに〜」


 それに少女は少しだけ微笑む。


 すると、


「くす」


 ……………


「くすくす」


 と、笑い始めた。


 そしてやはり、可愛すぎて笑いを禁じ得ない。


「あ、普通に笑える。

 良かった〜」


 と、俺が無意識に言った。


「あ、そう!クッキー忘れてた!」


 それを言うと、急ぎで台所を駈け戻った。


 カウンターから皿を拾いながら、俺は彼女の後ろ姿を見ながら聞いた。


「で、おまえ本当にエルフなのか?」


 それに少女は、


「……………」


 一瞬黙ってしまう。


 沈黙が支配していた。


 すると少女はこっちを見ると、聞いた。


「なんで、知っているの?

 頑張って隠したのに……」


「なんでって。

 まあ、普通の人間なら騙されたかもしれない。

 魔力流を止めてもいいよ。

 どんな種族でも大歓迎」


 俺が言うと、少女はしぶしぶ魔力流を止めた。


 現れたのは頭から生やす長い耳だった。


「ほら、隠しないほうがいいじゃん?」


「……………」


 沈黙に迎えられた。


 皿を手に、俺はリビングに戻った。


 すると、少女の前にそれを置いて、再びソファーに腰を掛けた。


「さあさあ。

 遠慮なく十分に食って」


 ……………


 おずおず少女は皿に手を伸ばした。


 一個のクッキーを手に取って口に近づけた。


 ストロベリーピンクの口紅に軽くまみれた唇をほんの少し開いた。


 すると、クッキーを噛んだ。


 一瞬、少女の目が大きく見開く。


 美味そう。


 そりゃ良かった〜


 安堵に微笑み、俺はお茶を啜った。


 玉響の静寂。


 すると少女は、


「名前……わたしはティア。アリソン・ガーデンで生まれた、『半エルフ半人』だよ」


 半エルフ半人?


 純種のエルフ……じゃないか?


 最近半エルフ半人のことで悪い噂をちらほら耳にする。


 ……………


 そうか。


 そうだよな。


 だから彼女と出会った時、森にいたんだ。


 体が傷だらけのみならず何日も何も食わずに過ごさねばならないように見えた。


 ようやくわかったんだ。


 ……………


「じゃあ、

 良かったらここの村で俺と暮らしたい?

 もちろん、俺だけではなく、他の人もいる」


 と、俺は無意識に聞いた。


 それに少女は大きく目を見開いた。


 すると驚きを禁じ得ずに言った。


「はぁ?」


 10−14秒が経つと、少女が何も言わなかった。


 すると、


「ほんとうに………

 いいの?」


 と、聞いた。


 すると俺は微笑みながら、


「いいに決まってるんだよ」


 と、優しく言った。


 ……………


 うん。


 間違いない。


 これでいい。





 イレナの街を歩きながら、煙突から漂う烟を吸い込んでしまった結果、その烟が俺の肺を襲って、喉から血が出るほど猛烈に咳込ませた。


 空気には凛とした寒さが漂い、青に染まった冬空には枕みたいな白くて柔らかそうな雲海が目の届かないところへとゆっくりと流れてゆく。


 あの遠い、儚げな空にもあまり効かない光を放つ朝日が浮かび、何もかもをその淡い光に冷たく照らしている。


 周りの人々はふわふわした上着を纏いながら日常の用事を行う。


 子供を養うために母親がイレナの繁華街へと旅して、食料品を買った。


 その一方で父親が金を貯めるために仕事に行って、一生懸命働いただろうが。


 そのとても普通の光景に、俺は微笑まずにはいられない。


 でもさ、今日ってマジで寒いなぁ。


 だから暖かいものを頂くに限る。


 何を買おうかな。


 人と亜人の活動で賑わっている大通りに目を通しながら、俺たちの位置から通りを隔てた真向かいにある店が視線に入ってきた。


 見たことのない店だ。


 つまり、新しく建てられた?


 わかんないけど、店の前に置かれた看板を見るだけで珈琲を売る店であることがわかる。


 俺は振り返ると、うしろにいる女の子たちに目を留めた。


 すると通りを隔てた真向かいにある店を指差しながら、「立ち寄る」と聞いた。


 俺の質問に目が輝きながら、女の子たちは一斉に「うん!」と嬉しそうに返事した。



 今日イレナに来た理由は単純。


 せっかく異世界だし、ギルドに入りたい。


 うん。


 ただそれだけ。


 珈琲を買ったあと、俺たちはもう一度ギルドへの冒険に出た。


 記憶が確かならギルドは町の中央近くにあるはず。


 よし!


 行くぞ!


「で、旦那様、

 どうして急にギルドに入りたい?」


 と、アゼリアが聞いた。


 それに俺はアゼリアに目をやった。


「どうしてって……

 楽しそうから」


 と、答えた。


 俺の何気ない返事にましろは首を振った。


「楽しそう?

 冗談じゃないよね?」


 と、聞いた。


 すると俺は、


「冗談を飛ばす理由がないよ」


 と、真剣に答えた。


 どうしてそんなに驚くの?


 オタクだからこういうことが普通だろ?


 まあ、俺が異世界から来たことを知らないけどさ。


 だから責められない。


 しばらく歩くと、やがてギルドホールへと到着した。


 ギルドの一階は飲食店になっていて、思ったよりも明るい雰囲気だった。


 イメージ的に荒くれ者の酒場、みたいなのを想像していたのだが、どうやら要らぬ心配だったらしい。


 もちろんこりゃアニメじゃない。


 現実だ。


 カウンターへ向かうと、受付のお姉さんがにこやかに微笑んでくれた。


「あの、

 ギルド登録をお願いしたいのですが」


 俺が言うと、受付のお姉さんは優しく微笑んで、


「はい。

 かしこまりました。

 そちらの方も含め、

 5名様でございますか?」


 と、聞いた。


「はい。

 5人です」


 と、恭しく答えた。


「5名様ともギルド登録は初めてでしょうか。

 でしたら簡単に登録の説明をさせていただきますが」


 まあ、説明なんか要らないけれど………


 俺は振り返ると、女の子たちの顔をのぞき込んだ。


 するとやはり、戸惑っているように見える。


 仕方なく俺はお姉さんに向かって、


「お願いします」


 と、言った。


「はい。じゃあ、説明を行います。ギルドとは基本的に依頼者の仕事を紹介してその仲介料を取っります。仕事はその難易度によってランク分けされているので、下級ランクの者が上級ランクの仕事を受けることはできません。

 しかし、同行者の半数が上位ランクに達していれば、下位ランクの者がいても、上位ランクの仕事を受けることができます。依頼を完了すれば報酬がもらえるが、もしも依頼に失敗した場合、違約料が発生することがあります。

 即ち、仕事は慎重に選ばなければならない。さらに数回依頼に失敗し、悪質だと判断された場合、ギルド登録を抹消というペナルティも課せられます。

 そうなると、もうどの町のどこのギルドも再登録はしてくれません。以上。わからないことがあればその都度、係の者にお尋ねください」


 わかりやすい。


「はい、わかりました。

 御説明していただき、ありがとうございました」


 俺が恭しく言うと、受付のお姉さんは微笑んだ。


 うん。


 可愛い。


「では、

 こちらの用紙に必要事項をご記入下さい」


 受付のお姉さんが用紙を三枚、俺らに渡してくれた。


 それを手に取って、俺は用紙に目を通した。


 名前:

 年齢:

 性別:

 能力「必要なし」

 どうして冒険者になりたい?


 など。


 記入した後、お姉さんに用紙を渡した。


 それを受け取ってお姉さんは真っ黒いカードをその上に翳し、なにやら呪文のような言葉を呟く。


 その後小さなピンを差し出し、それぞれ自分の血液をカードに染み込ませるように言われる。


 言われるがままにピンで指を刺し、その指でカードに触れると、じわっと文字が浮かんできた。


【登録済み。大歓迎、レベル1冒険者さん】


「というわけで、

 ようこそ、

 イレナのギルドホールへ。

 そしてこれから宜しくお願い致します」


 と、恭しく頭を下げながらそう言うお姉さん。



「せっかく冒険者になったので記念として依頼を受けて冒険をしよ……!」


 俺が言うと、


「却下。

 わたし妊娠なの」


 と、ましろは口を挟んだ。


「あれれれれれ?」


 そう……なんだ。


「あ……じゃあ、

 おま…」


「却下」


 今回はアゼリア。


「もし旦那様と冒険に出たらましろに目を配ることができない。

 彼女は妊娠だから。

 あと、アリスはまだ子供だから無理」


 え?


 子供なのになんでギルドに登録することができるかな。


 と、そんなことを思ったが、口にしないほうがいいかも。


「じゃあ、

 アリサは?」


「ごめんなさい、旦那様。

 最近、体調がよくない……」


 ……………


「つまり俺が一人で……」


「まだ冒険をしたいなら……」


 そう……なんだ。


 悲しすぎ、この光景。


 でもまぁ、そりゃ仕方ないなぁ。


 よし。


 一人で冒険をしようか。


「わかった。じゃあ、」


 俺は左手を差し出すと、『戻れ』と小さな声で命じた。


 そう言うと、女の子の足元に白い魔法陣が現れた。


「ごめんね、旦那様」


 と言わんばかりの顔をしていたが、それに俺はただ微笑んだ。


 すると小さな声で、


「いいわよ」


 とそんなことを囁いた。


 そしてその次の瞬間、女の子たちが消えた。


 さてと、何にしようか。


 そう言うと後ろにある掲示板の方に目を向かった。


 スライム討伐


 イザヤキ洞窟の奥に住んでいるスライムの死体を望む。


 報酬:35000エリス




 大きなカエル討伐 F


 アザロト草原にカエル死体を望む。


 報酬:35000エリス


 ゴブリン討伐 E


 イレナから少し離れた東の森に生息するゴブリンを十体討伐を望む。


 報酬:35000エリス


 全部討伐か。


 ため息をつきながらそう思っていた。


 もちろん、他にもいろいろクエストはあったが、迷わず《ゴブリン討伐》を選んだ。


 ここからほど遠からぬ所だから。



 東の森はイレナの町から歩いて二時間ほどの距離だったが、瞬間移動魔法を経て1秒足らずで到着した。


 鬱蒼とした森の中へ、周りを注意しながら俺は進んでいく。


 目的地はない。


 周りには誰もいないな


 周囲に気を配り、自分以外誰もいないことを確認する。


 よし。


 とりあえず大丈夫そうだけど、やはり油断しちゃダメ。


 それを頭の中で宣言すると、さらに森の奥に進んでいく。



 ♢


 疲れた。


 どれくらい歩いてきたのか?


 わからないが、時間的にはまだ十分あるし。


 ちょっと一休みすることにすると、木の幹に腰を掛けた。


 すると左手を見た。


 まだ信じられない。


 俺は半神ってことを、まだ信じられない。


 なぜ、こうなっちゃったのだろう?


 そう考えると、俺は目を閉じる。


 すると自分の中の、流れている魔力を、感じる。


 なんかちょっと優しくて、とても暖かい。


 まるで、柔らかいブランケットに包まれていた赤ちゃんが感じられる暖かさのようだが。


 しかし。


 強い。


 感じたことがない強さだ。


 俺はその魔力を集めて広げると、拳にした手を開いた。


 するとそこに、生の魔力が現れた。


 掌に激しく燃える炎のように踊っている。


 それを見ると、燃え盛る火を想像した。


 そして生の魔力の代わりに火が現れた。


 その火は小さくて熱い。


 これが、現実だ。


 俺はもはや人間そのものではなく、完全に別の"物"だ。


 俺は再び手を拳にして魔力流を止めた。


 すると見上げた。


 目が閉じたまま、見上げた。


 ……………


 …………………………


 ………………………………………


 なんだ、こんな不思議な感覚が?


 突然聞こえてくる鳥の鳴き声が必死になって、森の木々を揺らす小動物の心臓の鼓動が疾くなった。


 逃げている。


 何から?


 空気には敵意が漂い……俺のうしろから。


 一刻も早く俺は立ち上がると、後ろにあったなにかから距離を取った。


 と同時に。


 『防衛強化:バリア』


 とバリアを立てた。


 俺は周囲を見回す。


 何もない。


 でもまだ感じられる。


 だから油断しなかった。


 むしろ、武器とか召喚することにした。


 今回は、銃にするか。


 そう決めて、左手を差し出して銃を想像すると、


「顕現」


 とその一言を呟く。


 すると左手に現れたのは、俺が想像していた銃。


 でも普通の銃ではなく、銃剣だ。


 弾の代わりに魔力弾を使うことにした。


 立ち止まったまま、俺は視線で森の奥を指し示すと、戦闘態勢に移行した。


 その動きを見計らってか、森の中から黒い影が飛び出し、俺に襲いかかってきた。


 俺はその黒い影に銃剣を差すと、引き金に指を掛かって撃った。


 バン


 とその音が響き渡る。


 ………


 ………


 俺は死体を見る。


 ゴブリンだ。


 つまり、


 すると頭を上げると、目の前に立ち上がっているのは、2体のゴブリンだ。


 ちょうど良かった。


 左手で銃を持って、俺はまっすぐにそれを差す。


「ごめんな」


 とそう謝る。




 居場所、イレナ町、ギルドホール。


 時刻、午前7:35くらい。


 自分のテーブルに座って、俺は暖かい珈琲を啜った。


 やはりうまいなぁ、これ。


 甘い味がする上に喉越しが良い。


 満足のため息を漏らした。


 依頼を果たしてから1時間がすでに経っていた。


 報酬を受け取って、俺はしばらくの間ギルドに残る事にした。


 早く帰るべきなのに。


 そういえば、あいつら大丈夫かな。


 ましろが妊娠だとわかる。


 でも、アゼリアとアリサは?


 アゼリアってましろに目を配るが、他に理由はあるか?


 そしてアリサって「最近、体調がよくない……」って言った。


 何故、体調が悪いの?


 なんか悪いもん食っちまったのか?


 それでも、ドラゴンだから別に問題ないだろう?


 はぁ〜


 俺はため息をついた。


 それにしても、一体なにやってんだ、俺?


 嫁なのに任務に出掛ける事にしたんだ。


 一人で。


 どう考えてもそれよくないなぁ。


 でもまぁ、物事の明るい面を見れば、金を手に入れた。


 要らんけどさ。


 はぁ〜


 どうしようかな。


 ……………


 …………………………


 ……………………………………………………


 うん。


 やっぱり帰るか。


 確認したいことがあるから。


 あと、特にしたいこことはない。


 この状況では、帰るに越したことはない。


 そう決めて、俺は一気に珈琲を飲み込んだ。


 すると、手に入ったばかりの金をテーブルに置いた。


 そのあと、玄関へと向かって進んだ。


 玄関へと着いた瞬間、ギルドの扉が開いた。


 そして中に入ったのは、鎖帷子(くさりかたびら)を纏った冒険者だ。


 完全に息を切らしていたようだ。


「ギルドマスター!

 ギルドマスターはどこ?

 伝えなきゃいけないことがあるんです」


 と、鎖帷子を纏った冒険者は声を限りに叫んだ。


「一体なにを言ってるんじゃろう、

 アルフォンス?」


 と、うしろから声が聞こえた。


 振り返ると、そこに立っているのは杖を持っているつるっ禿の老人だ。


「ギルドマスター!

 大変です。

 イレナが襲われています」


 え?


 誰かイレナを襲っている。


 よりによってどうしていま?


 で、イレナを襲っているのは一体誰だ?


「イレナが襲われている?

 一体誰に?」 


 と、老人が聞いた。


 それに鎖帷子を纏った冒険者は。


「相手が名前を教えてくれなかったけど、

 『魔王軍司令官(まおうぐんしれいかん)』だそうです」


 魔王軍司令官?


 ……………


 この世界でも魔王とか存在するのか?


 まあ、さすが異世界だな。


 で、何故イレナを襲っているのだろう?


「うん。

 なるほど。

 じゃあ、何故襲っているのじゃろう?」


「言っていない。

 ただ、

 『この町にいる最強戦士をついてこい』

 と……………だからギルドマスターを……」


「すまんな。

 わしには無理じゃぞ」


「そんなぁ…」


「いつかこの体が崩れる。

 死ぬなら自然のほうがよい」


「ギルドマスター……」


 うん。


 じゃあ、カオスの欠片を再構成してやろう。


 この町の最強戦士を倒すために魔王軍の司令官を主張する中ニが現れ、望みが叶わなかったら町に破壊を齎すと誓う。


 それで、町の破壊を予防するには鎖帷子を纏った冒険者は、このつるっ禿(ギルドマスターの上にイレナ町の最強戦士らしい)の老人の力を借りに来たんだ。


 まあ、そんなところだね。


 面白い。


 しかし残念。


 この町の問題に巻き込まれたくないので見逃さずを得ない。


 ごめん。


 それじゃ、いってきまーす!


 そう決めて、外に踏み出すと非日常的な光景に迎えられた。


 太陽が……ない。


 ……………


 いや。


 そんなわけないだろう。


 俺は空を見上げると、見た。


 太陽を遮る馬上の騎士を、見たんだ。


 そのとき、冷たい風が吹き抜ける。


 震えずにはいられなかった。


 くそっ。


 このままじゃ死にそう。


 だから俺は、


「っておい!

 なにやってんの、おまえ!

 36度ちくしょう!」


 と、叫んだが、無視されたようだ。


 聞こえない?


 ……………


 いや、悪魔には強化聴覚があるからそんなはずはない。


 つまり、無視されたに違いない。


「未だ来てないのか?

 じゃあ、仕方ぬ」


 と、声が聞こえた。


 あいつの声か?


 って、一体なにやってんだ?


 そう聞くと、力がみなぎるのを感じた。


 もしかして……


 と、次の瞬間、


『全てを壊して。

 禍害影響(ダークインフルエンス)


 はぁ〜


 やはりなぁ。


 ちくしょう。


 この町の問題に巻き込まれたくないって言ったのに。


 他に選択はないな。


 それじゃあ、


 俺は目を閉じて魔力を集めると、再び目を開くと、


加護(プロテクション)


 と、呟いた。


 するとその魔力を広げて、町の周辺にバリアを立てた。


 そのバリアが騎士以外全てを取り巻き、入射攻撃に対して防がれた。


 爆発。


 けれど俺が立てたバリアに対して効かない。


「え?

 一体なにが……」


 イライラして、騎士が周囲を見回す。


 すると、


「貴様!」


 と、声を限りに叫んだ。


 俺以外、誰も外にいない。


 だから貴様って、明らかに俺のことだ。


 俺は魔力を集めると、冬空へと飛んだ。


 と同時に、


「おまえ、

 もしかしてボクの命令聞こえなかったんですか?」


 と、言った……


 いや、俺じゃない。


 俺の中の、もう一人の俺だ。 


 あの、悪魔のような血と同じ色の瞳に、雪のような真っ白い髪を持つ、俺だ。





 目覚めると、暗い世界があった。


 ……………


 ここは、どこだろう。


「ようこそ、

 ボクの世界へ」


 聞き覚えの声が聞こえる。


 その声の持ち主は…俺の中のもう一人の俺の声だ。


「なぜ、

 俺がここに……?」


「おまえはまだ弱い」


「グッ」


 俺の質問を無視して、もう一人の俺が素っ気なく言った。


「まだ弱い……だと?」


「うん。

 まだ弱い」


 なにを言ってるの?


 この俺が、まだ弱い?


 信じられない。


 アリアからの貰った力は?


 もしかして、


「正解」


 と、彼に遮られた。


「おまえが貰った力とおまえが使ってる力とはだいぶ違う」


 ……………


「このボクの姿を見てご覧」


 それを言うと、どこまでも続く暗闇が無に溶けていった。


 そして目の前に立っているのは、もう一人の俺だ。


 深い海をのぞき込んでいるかのような青と同じ色の瞳に、雪のような真っ白い髪。


 背中から天使みたいな翼が生やして、頭上に浮かんでいるのは眩しい円光。


 白ずくめ服装を纏って、“彼”は冷たい目で、俺を見下ろす。


 ……なんだ、こんな圧倒的な力が?


 もしかして、これが、


「そう。

 これがアリアからの貰ったあの力だ。

 びっくりした?」


 それを言うと、かすかに微笑んだ。


「この力があったら、

 魔王でも殺すことができる」


「魔王?

 つまり、

 この世の魔王が、

 俺の力レベルを匹敵してるって事?」


「うん。

 飲み込みが早いなぁ」


「で、

 あの力を手に入れるために、

 何をすればいいの?」


「単に『ボクを受け取って』」


「……………」


「要するに、

 人間分を見捨てろ。

 おまえは確かに半神半人だが、

 ボクに比べてただの虫にすぎない」


「……………」


「渋ってるか?」


「……………」


「考えてみろ。

 おまえも、神となれる。

 大切な人を守れるために、

 魔王からこの世を救うために、

 力が必要だろう?だったらボクを受け取れば……」


「しつこいなぁ、

 おまえ。

 確かにその力は凄いんだけれど、

 のんびりした生活を送るために異世界に蘇ってもらった。

 そう簡単には全てを見捨てるなんてふざけんじゃねぇぞ」


「……………」


「もう知ってるぞ。

 おまえを受け取れば人間界に残ることができないってこと。

 だから断る。

 守るべきの家族がいるんだ」


「……………」


 もう一人の俺はなにもしなかった。


 ただ笑ったのみ。


 魂を貫けるほどの血と同じ色の瞳で俺を見つめて、そして笑っただけ。


「いいぞ。

 一応、

 おまえの判断を尊重しますが、

 まだ諦めていない。

 もうすぐ、ボクを受け取るから。

 けれど取り敢えず……見てご覧」


 と、彼が言うと……外?


 そう。


 俺はいま、さきの敵を見つめている。


 そして、聞いた。


「命令:死んでくれ」


 と、もう一人の俺が命じた。


 すると手にある剣を振り上げ、魔王軍の司令官を主張する中ニが一気に自分の首を掻き切った。


 そして腐朽した。


 死んだ。


 すると、


「これがボクらの本当の力だ。

 もし、この力が欲しいなら

 ボクを受け取ってこの世の新神となれ。

 待っているよ」


 と、もう一人の俺ゔが、冷静に言った。



 あれから二日間が経っていた。


 ……………


 俺は無言のまま天井を見上げる。


 ……………


 また、あの夢か?


 最近あの同じ夢ばっか。


『おまえはまだ弱い』とか『これがボクらの本当の力だ。もし、この力が欲しいなら、ボクを受け取ってこの世の新神となれ。待っているよ』とか。


 その言葉が延々と頭の中で繰り返す。


 俺を憑いている。


 ……………


 長閑やかな沈黙が俺の部屋を支配していた。


 僅かに開いた窓から冷たい風が吹き込んでくる。


 体が勝手に震え始めた。


 また窓を閉めるの忘れてたか。


 仕方なく俺は隣に寝ているアリスを起こさないようにゆっくり、布団から這い出た。


 すると小さな部屋を横断して、窓をぎゅっと閉めた。


 部屋が一気に暖かくなったが、やはりまだ寒い。


 安堵のため息を漏らす。


 すると、


「喉が乾いた」


 と、囁く。


 頭を掻き、俺はもう一度部屋を横断して、リビングへの扉を開ける。


 そして気づいた。


「どうして、

 アゼリアがここに?」


 扉の向こうでアゼリアが立っていた。


「……………」


 彼女はなにも言わなかった。


 ただ目を逸らした。


 でも、その反応だけからして、もうわかってる。


 俺は微笑みながら、


「血、

 吸いたいか?」


 と、聞いた。


 俺の質問にアゼリアは、「……………」と、なにも言わずに小さく頷いた。


 笑いを禁じ得ない。


「いいよ。

 ついてこい」


 俺は言った。


 するとまだ俯いたままアゼリアはもう一度小さく頷いた。


 静かに扉を閉めて、俺はアゼリアとリビングへと歩き始めた。


 階段を下りるとすぐ玄関で、向かって左手にリビングへの扉がある。


 リビングとキッチンが同じ部屋にあって、マホガニータイルが床に飾られる。


 その扉を開けて、俺たちはリビングに入った。


 扉を閉めた。


「お茶とか飲みたい?」


 俺が聞くと、アゼリアは首を振って「いや、結構です」と、言った。


 しょうがないと台所へと向かって進んだ。


 台所に入って、俺はカウンターから瓶詰めの湧き水を取ってリビングへと戻った。


 するとそれをテーブルに置いて、ソファーに腰掛けた。


 アゼリアも俺と同じソファーに腰を掛けた。


 すると俺を見上げて、「もういいんですか?」と聞いた。


 それに俺は、「遠慮なく」と答えた。


 もう限界を超えたかのように彼女が躊躇わずに俺の上に乗りかかった。


 俺の胸を揉みながら、小さな手が上の方に上げる。


 すると一気に、俺の首を露出した。


 それを見ると、血と同じ色の瞳が赤く光る。


 近づいてきた。


 彼女の暖かい吐息が俺の首筋を擽っていた。


 前と同じように彼女は俺を抱きしめると、艷やかな、ピンク色の唇を開いた。


 そしてその唇をそっと、俺の首筋にあてようとする。


 すると、首筋に湿ったなにかを感じた。


 それが彼女の舌だろ?


 つまり、舐められた?


 すると感じた。


 その鋭い牙が俺の首筋を貫いてくることを、感じた。


 やはりまだ痛いけど我慢した。



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