第4章『ドラゴンを飼いならす』
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俺と俺のペット/奴隷のましろと、裏路地で見つけた娘のアリスとともに、森を彷徨っているんだ。
目的地は2000メートル西にある洞窟だ。
あの洞窟は龍の巣穴と呼ばれている。
娘のために俺らは、神話や伝説の中に出てくる『ドラゴン』を討伐するには冒険を始めた。
そして狙っているのは、あのドラゴンのテールだ。
…………
どれくらい歩いてきたかな。
夜……ではないが、間もなく。
俺は空を見上げようとしたが、葉が厚すぎてうまく見えない。
まあ、そりゃそうだな。
はぁ〜
俺はため息をついた。
すると歩くのをやめた。
「さあ、
ここで陣を張ろうか?」
俺が聞くと、振り返った。
するとましろとアリスはもう陣を張っていることに気がづいた。
早なぁ、おまえら。
まあ、今朝からずっと歩いてきたからしょうがないな。
俺はこの間雑貨屋から買ってきたバッグを脱いで、地面に置いた。
その中に入っているのは食料や水。
明日までに目的地へと到着するはずだが、止まることなく歩いてきたから休むに値すると思う。
♢
ましろとアリスはいま、焚き火の側に座って話している。
一方で俺は夕飯を作っている。
今回は前と同じように焼き魚と白い米を作っている。
まずは米。
米の汚れや余分なぬかを落とすために米を水で洗って、水が入っている鍋に入った。
するとその鍋を焚き火へと運んでその上に置いた。
次は魚。
新しいナイフをバッグから取り出し、俺は皿の上に置かれた魚のところへと移動して、手にあるナイフで魚の一喉を切り裂き、内臓と骨を除いて、捨てると、繰り返す。
空っぽな魚を拾って、俺はもうひとつの鍋に魚を入れて、その鍋も焚き火へと運んで置いた。
すると俺も、木の幹の上に腰を掛けた。
二人の女の子を見ると、なんか嬉しそうように見える。
気になってる。
「随分楽しそうじゃないか。
で、何の話?」
とりあえず、聞いてみよう。
俺の声を聞いたか、二人の女の子はこっちを見てきた。
するとましろは口を動かし始めた。
「何の話って。
魔法の話だよ」
「魔法についての話か?
意外だな。
どうして二人ともが魔法について話してるんだろう?」
「こいつ、
魔法を使えるそうだ」
と、言った。
…………こいつ?
つまりアリス?
………………
ありえない。
まあそれでも、こっちは異世界だから何だってできるさ。
俺はクスッと笑った。
すると魚の匂いを嗅ぎ取って、立ち上がると、魚が入っている鍋を拾って木の幹の上に置いた。
すると米が入っている鍋も拾って繰り返す。
「できたぞ」
俺が言うと、ましろとアリスは立ち上がり、こっちへと来た。
「いつもありがとうね、パパ」
と、アリスが言う。
「ありがとうございます、マスター」
と、ましろが言う。
俺たち三人は焼き魚を拾って別の皿に置いた。
すると、俺はバッグを開いて杓文字を取り出した。
それから米の塊を掬い上げて皿に置いた。
俺は杓文字をましろに渡して、するとましろはアリスにそれを渡した。
やがて、俺たち三人は食い始めた。
沈黙。
しかし、沈黙が破られたのは間もなく。
ばきっ!
と、木枝の折れる音が聞こえた。
…………
…………
…………
誰も何も言わなかった。
ばきっ!
と、また木枝の折れる音が聞こえた。
こっち来てる。
どうしよう?
何をすればいい?
……………………
俺はましろとアリスの方に目をやった。
あいつらも音の原因を探しているようだ。
念のため、俺は、
「ましろ。変身しろ」
と、命じた。
そしてやはり、
「かしこまりました」
と、ましろは素直にそう言うと、狼に戻った。
ひさしぶりその真っ白な毛皮を見たんだ。
アリスは、
「…………」
アリスは何もしなかった。
まるでましろの本当の姿は狼だと知っていた。
いや、その場合じゃない。
今は集中しなきゃ。
………………
………………
………………
「来たぞ」
俺がそう言うと、振り返った。
そしてそこに立っているのは………女の子だ。
♢
「誰だ、おまえ?」
俺が冷静に尋ねると、見たことのない少女は頭をゆっくり上げた。
赤色の瞳が周囲に目を通す。
すると、
「妾の名は、アゼリア。
闇の世界の住人だ」
と、真剣に言った謎の女の子。
……………何?
厨二病か?
「あぁ~。
で、何か用?」
その厨二病くさい自己紹介を無視して、俺が聞いた。
「何故、汝が此処に居るのかしら?」
俺の質問を無視した、完全に。
「えっと。
俺の質問……」
「何故、
汝が此処に居るのかしら?」
「……………」
「何故、
汝が此処に居る……………」
「お前の言うことはとっくに聞いたよ!」
ってか、なんなんだろう、こいつ?
なんかちょっとムカつく
「もう聞いていたら何故、
妾の質問を無視したのか?」
「俺の質問を無視してたんだから」
「……………」
「……………」
「何故、
汝が此処に居るの?」
「もううるせぇ!わかったわかった。
明日こいつらとドラゴンを討伐するつもり。
だからここまで来たぞ。満足か?」
「龍を討伐する?莫迦な事云わ無いで。
ただの人間の己が龍に対して勝ち目は無い」
「おい……」
「己が本当に伝説の生物に勝てると空想するのなら、
頭の鈍い“人間”ダヨナ」
「喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩?
己との喧嘩はまるで蠢いてる蛆とのに違いないなんだけど、
真相に対して勝ち目はあると空想するなら、覚悟を決めナサイ」
アゼリアと呼ばれる少女は自信満々に言うと、構えを取った。
……………
ちょっと待って。
真相?
つまり、吸血鬼?
「い…いや、
喧嘩なんかやり過ぎだろ?
ほら、飯を食いながら話をつけようじゃないか」
「ハナシ?
特にハナシたい事は無い」
「おい、お前ちょっと。
落ち着け。ほら……」
「先手必勝だ」
「え?」
少女がそう言うと、視線から消えた。
おい!本気でやるの?
どこだ?
そう言うと、必死に周囲を見回し始めた。
ましろとアリスは………あいつらも周囲を見回している。
いいぜ。
こんなにたくさんの人に勝てるかと思う?
笑わせるな。
でもあいつは恐らく、俺を狙ってるんだ。
油断しちゃダメ。
さぁ、一体どこだ?
そんなことを聞くと、周囲を分析し続ける。
いざとなると、逃げる。
…うん。
やるしかない。
と、そう決めた瞬間、とてつもない激痛が全身に蔓延っていた。
え!?
なにこれ、この痛みが…?
爆発寸前であるかのように内臓が激しく燃える。
その痛みが全身を支配していて、止めることなく意識を襲い掛かっていた。
息ができない。
まるで、深い海に溺れているかのようだ。
咳き込み、喉を這い上がってくる暖かい血液を吐き出す。
それを見ると、急速に意識が遠のいて行く。
もはや自分を支えることができなくなって、崩れ落ちて膝をついた。
眼前、先程喀出してしまった血がぼんやりとした視線に見えた。
あぁ~
たくさんあるんだ。
わけのわからない理由で、なんかちょっと疲れた。
永遠に寝ることができるという錯覚に陥りながら、痛みがするところに震える手を伸ばした。
そして感じた。
なにか刃物が心臓がある位置を貫いてきた。
あ、そういうことか。
心臓が鼓動する度に途轍もない痛みに襲われている理由はそんなことだ。
「パパ!」
「マスター!」
アリスとましろの声が微かに聞こえた。
あそこを見ると、憂苦に歪んでいる二人の顔をぼんやり見た。
すると全てが無に溶けていった。
♢
……
…………
ここって?
「情けない」
急に、そんなことを聞いた。
はぁ?
誰かいる?
と、そう聞こうとしたが、口のほうが動かなかった。
どうして?
そして気付いた。
体を全然動かせない。
ちょっとなんなんだろう?
「君、
力が欲しいのですか?」
ちょっと待って、一体どういうつもり?
「いいから早く答え。
時間を無駄にしている」
……
「繰り返す。
君、
力が欲しいのですか?」
と、再びそんな質問を尋ねる。
力が……欲しいか?
そんなに力が欲しいのか。
わからないが、無意識にうなずく。
うん。
力が欲しい。
「かしこまりました。
それでは、これを君にあげる」
そういうと、一縷の光が暗闇から飛び出して、胸を貫く。
しかし今回、痛みはない。
代わりに、不可避な暖かさが全身を支配していた。
♢
静寂。
すると、
「何故、
まだ生きているのか?」
と、アゼリアと呼ばれる女の子の声が聞こえた。
うしろから。
いまのって、一体なんなんだろう?
わからないが、はっきりしない理由でなんでもできるような気がする。
「ばーか。
俺に勝てると思ってた?
ふざけんなよ」
と、そんなことを言ったのは本当に俺なのか……?
なんかちょっとわかんないけど…まあ、それはとにかく、試してよう。
この力を。
俺は見下ろした。
鋭い剣が俺の心臓を貫き通していたことに気づいた。
それを素手で剣を摑んで、ちょっと圧力を加えると、びしっと剣が真っ二つに割れた。
その後俺は、
「風よ、流れ」
そう唱えると、風が強くなってきた。
なんで、呪文でもわかるのか。
どんどんおかしくなってくるが、とりあえず無視する。
「何やってんだ?」
と、アゼリアが聞いた。
でも動かなかった。
その場に立ちすくみ、俺を見つめているだけで。
「驚いたか?」
俺が聞くと、アゼリアは現実に目をようやく見開いたかのように距離を取ろうとしたが、
もう遅い。
その強い風で摑まれ、アゼリアは後ろにある木に激しくぶん投げられた。
強風を弱めることなく、俺は周囲を見回すと、無意識のましろとアリスを見つけた。
二人の体が傷だらけだ。
それを見ると、アゼリアと呼ばれる謎の少女に目をやった。
そして俺はゆっくり、彼女のところへと進んだ。
「あぁ~、
酷いことしちゃった。
そう簡単に許さないよ……
とは言っても、
あいつらの心臓の鼓動がまだ聞こえる。
殺す気はなかった。
でもまあ、見逃すかと思ってたら、それ全く違うよ」
俺が言うと、アゼリアは無表情になった。
「貴様。
一体何者だ?」
と、そう聞いたアゼリア。
首を振った。
「何者?」
そう、そんな質問は確かに出るだろう、こんな状況で。
でもそれを無視して、俺は聞いた。
「君、
腹減っただろう?
だから俺らを襲った?」
「!?」
「図星……か?」
「……」
アゼリアは何も言わなかった。
照れてる。
「まあいいわ。
手伝ってやる」
そう言うと、俺は風を弱めた。
すると、シャツの襟をめくって首筋を露出した。
「ほら、
飯あげるよ」
それを見ると、アゼリアは目を大きく見開き、うっとりと我を忘れたようにこっちへと進んでくると、俺を抱きしめた。
すると彼女は艷やかな、ピンク色の唇を開いた。
そしてその唇をそっと、俺の首筋にあてようとする。
すると、首筋になにかが突き刺さる感触がして、
「大丈夫だよ。
要るだけ取れ」
と、俺が言う。
すると彼女は俺の首筋に噛み付いたまま、はぁはぁはぁと喘ぐ。
彼女のその吐息が首にかかって、俺は体を強張らせる。
そして何の警告もなく、俺の血を吸い始めた。
吸い始めてからどれくらい時間が経っていたのわかんないが、アゼリアはようやく俺の血を吸うのをやめた。
「満足か?」
と、俺が聞くと、返事としてアゼリアは頷いた。
俺から離れ、やはり嬉しげな、艶めかしき顔をした。
前のと比べてこっちの方を好む。
俺が頭の中で言うと、
………
「何してんの?」
と、跪いているアゼリアに声をかけて。
するとアゼリアは、
「死ぬかと思ってた。
感謝!」
と、土下座をしながら言う。
よく見てたら、かなり可愛い。
肩まで流れるような短い銀髪、血のような真っ赤な瞳。
頬が熱くなったのを感じた。
「いえいえ」
「だからもし良ければ、
命の恩人様の恋人になってください!」
「喜ん…………はい?」
♢
目覚めるとみんなが未だ寝ていることに気付いた。
はじめに嗅ぎ取ったものは植物を飾っている朝露だった。
前夜といったところで雨が降ったようだ。
深い霧の立ち込めた森の奥。
起き上がり、盛大なあくびを漏らした。
立ち上がると伸びをした。
目の前の咲いている樫を見つめながら、俺はため息をついた。
着ている黒色のコートは、体だけを世界の寒さから防いでいた。
俺の短い黒髪は穏やかな、ほんの少し冷たい風に踊っていた。
深淵を刺せるような俺の赤い瞳は、鏡のように世界を反映していた。
辺りを観察すると、目の届かないところへと広がっていく木々だけが見える。
木々の鬱蒼とした葉を通して、透き通る青空はほとんどが見えない。
そこにゆっくりと流れているのは、枕みたいな雲々だ。
どこからか森を占めている野生の動物の鳴き声が聞こえてくる。
「はぁ〜。
寝た寝た。
未だ眠いけどさ」
自分に話しかけ、まだ目の前の樫を見つめたまま俺は微かに微笑む。
ふと、俺は世界の果てまで広がっていくような空を仰ぐ。
周りの野生の動物の鳴き声とともに、俺の静かな呼吸音だけが森を支配していた。
すると空気を斬り裂くように、俺の声が静寂を破った。
「もうそろそろだな」
♢
「………」
「………」
「………」
「………」
間違いない。
あいつら怒っているんだ。
朝、6時30分くらい。
俺たちはいま、森を歩いている。
起きたら、新しい女の子が俺の“ハーレム”に入ったことに気付くと、ましろ『ペット/奴隷』とアリス『娘』はわけのわからない理由でキレて、今朝からずっと無言のまま。
そしてアゼリアが俺の腕にしがみつくことはさらに火に油を注いだ。
はぁー
とため息をつく。
それはさておき、俺らのグループは結構増えたなぁ。
最初は俺だけ。
次はましろとアリス。
そしていまはアゼリア。
それは俺を含め、四人。
それを考えると、首を振った。
俺に言わせれば、日本の人生と比べてこの人生ってもっと楽しいのだと思う。
俺は自由に動くことができるし、可愛い女の子に囲まれているし(ありがとうアリア)……やはりこれって最高だぜ。
心地良いそよ風と森を支配している静寂を味わい、俺は微笑まずにはいられない。
♢
しばらく歩くと、俺たちはやがて、龍の巣穴を発見した。
洞窟の奥から不気味な音が聞こえる。
俺は振り返ると、女の子の三人の様子を分析した。
……………
うん。
表現だけから判断して、静かに落ち着いたようだが、それは事実とは違う。
びびってる、全員。
俺も含まれている。
だって、現実で伝説のドラゴンを見るの初めて。
でもそりゃ仕方無い。
せっかくここまで来たから諦めることは無意味だ。
………
うん。
前に進むしかない。
俺は彼女たちを見る。
震えている。
でもやはり、俺はなにもできない。
だからこそ無視することにすると、洞窟の入口に向かった。
そして後ろか、足音が聞こえてきた。
明らかに彼女たちの足音だ。
俺は首を振った。
来なくてもいいよ。
俺は一人で十分だ。
♢
洞窟に入った。
そして暗闇に飲み込まれた。
松明はない。
つまり、光の原因もない。
このようなときに魔法使いとか便利だな。
だから俺は、
「アリス」
と、アリスの名前を呼んだ。
するとアリスは、
「はい」
と、答えた。
「おまえ、
魔法を使えるって言ったんだろう?
じゃあ、闇をおまえに任せて」
「うん。
パパの仰せのままに」
「ありがとな」
するとアリスは、
一瞬静かになった。
そして目を閉じたまま、唱え始めた。
「光よ、現れ、光沢」
と。
そして光が生まれた。
えええ?
本当だ。
魔女だ、アリスのやつ。
控えめに言ってもびっくりした。
もちろん、自分でやれたが…まあ、やるかどうかぶっちゃけどうでもいい。
これで闇に見えるようになった。
そして俺らは、さらに洞窟に進んだ。
空気にはカビ臭が漂っている。
その臭いが俺たちの鼻に侵入してきたが、それを無視して俺らはさらに洞窟に進んだ。
♢
どれくらい歩いたのかわかんないのだけれどラスボスルームに繋がるドアへとついに着いたようだ。
この洞窟にはゴブリンとか一体も居なかった。
もう殺されたようだ。
屍に埋め込まれたのは剣や槍の尖端、踏み躙られて爆ぜたように頭もなく、脳味噌が床と壁を飾っていた。
俺らの先に誰かが来てドラゴンを倒そうとしたが、失敗したようだ。
何故、そう思う?
敵はもう死んでいるのみならず、鎧を纏った骸骨もばっかりだから。
何度もドラゴンを倒そうとしたがやるたびに失敗した。
そして失望に自殺したかもしれない。
それとも、敵に殺されたかもしれない。
俺も含まれてみんなは、おろおろしてしまっている。
誰でも一言も言わなかった。
無言のままここに着いた。
「……………さ…さあ。
みんな調子どう?」
一応、俺が聞くと、
「……………」
「……………」
「……………」
沈黙に迎えられた。
けれど今度こそ、あいつらを責められない。
人間じゃないからと言って未だ普通の女の子というわけじゃない。
……………
迂闊した、俺。
それ以上でもそれ以下でもない。
これは完全に、俺のせいだ。
そして俺は、義務を背負わなきゃいけない。
しかしどうすればいいのかわかんない。
謝罪しかできない。
だから俺は頭の中で「ごめんな、みんな」と囁いた。
♢
暗い。
何も見えない。
ラスボスルームへのドアを開けて、俺ら四人が暗闇に呑み込まれた。
もしアリスの光が無かったらすごく困るんだ。
俺らは前に進んだ。
すると、
【誰だ?】
と、誰かにそんなことが聞かれてきた。
獣じみた一喝だった。
すると光が生まれた。
小さな蝋燭が壁に据えつけられていた。
その上、一つじゃない。
蝋燭は間隔をあけていくつも、ずっと向こうまで並んでいた。
そしてようやく見えた。
♢
不気味で圧倒的な雰囲気が小さな空間を支配しており、かび臭い空気があちこち漂っていた。
そのかび臭い空気が鼻に侵入してきて、俺らの嗅覚を擽っていた。
…………
何も言えない。
声が口から出てこない。
まるでなにかに喉が絞められているかのように、息もほとんどできない。
息苦しい。
………
こいつって、伝説のドラゴンなの?
考えるまでもなく目の前の、あえて言うと『従神を凌駕する聖獣』はドラゴンそのもののだけれど、やはりわけのわかんない理由で確かめずにはいられなくなって愚問をした。
緑色の鱗状の皮膚、獲物に忍び寄るような大きくて獣的な黄色の瞳。
その伝説のドラゴンは「我輩の微睡を邪魔するのは一体誰だ」と言わんばかりの顔をして、俺らを睨みつけてきながら首を傾げた。
姿勢を正した。
その動きだけが天を震えさせ、普く恐怖の種を獲物の心に植え付けてゆくようだった。
言うまでもなく、俺のうしろにいる女の子たちは余りにも怯えて口がきけなかった。
ある程度まで俺もかなりびびったが、次の行動を決めるのは俺だ。
俺は姿勢を正して、咳払いをすると、
「貴様のテールを、
俺がもらう」
と、躊躇わずに宣言した。
……………
……………
……………
……………
……………
そして誰も何も言わなかった。
まあ、そりゃそうだ。
けれど、この任務を早く終わらせて平凡な人生に戻れる為に、こういう状況ではやはり、直接に越したことはないと思う。
だって、異世界に召喚された理由は安全な人生を送るってこと。
つまり、俺の望みが現実にする為にアリアは俺を半神として甦ってくれた気がする。
アリスとの会話を思い出したのはそのときだった。
♢
『よほー!あたしだよ!』
………………
何?
声?
しかも聞き覚えのある声。
俺は周囲を見回すと、見る限り荒野のような光景が広がっていた。
ん?
気のせいかな。
まあいいや。
さて、さきほど言ったように 、
『おい!
無視すんな!
アリアだよアリア』
アリア?
誰?
『もぁー。
いい加減覚えなさい!
アンタを異世界で甦ったそのアリアだよ』
あっ、あ〜。
クソ女神か。
おっすー。
調子どう?
『え……
今なんって言ったおい?』
いや、何も。
で、俺に何か用?
『失礼な虫ゴミだなぁ』
今のは聞かなかったことにしておきましょう。
で、マジで何か用?
『いや別に何も』
じゃあ、何故俺を……
『言い忘れたことがある』
言い忘れたこと?
何?
『覚えるでしょう?』
覚えるって……何を?
『はぁ〜。
使えねぇなぁ、アンタ』
気をつけたほうがいい。
『ええ?
脅迫か?
じゃあ、
あたしの援助……』
え?
援助?
どういう意味?
『いいことをあげるって』
いいことをあげるか。
確かに前にもアリアがそう言ったが…………なんで、いきなり?
『アンタには【神の加護】がある』
【神の加護】ってなにそれ?
『要するに、
あたしのおかげでアンタが死ねないっていうことだ。
なにか再生治癒力みたいなことだよ。つまり、傷を受けるたびに、急に治癒する。
え?
つまり俺は不死……だよな?
『うん。
その通りだ。
しかしそれだけではなく、アンタの体の中でわたしの力が流れている。
即ち、アンタはもはや人間じゃなくて、神だ。
いや、人間の魂が未だ残っているので、
半神のほうが正しい』
…………
え?
ええええええええええええええ?!
『うるさいわね』
おい、ふざけないで!俺は本当に半神なの?
『ええ。
言ってたでしょう?
まあ、
全潜在能力はまだまだのだけれど、そうよ。
半神だよ』
な、なんで、俺を?
『さあな。
特別だから』
特別?
『まあいいよ。
それはさておき……あの子のためにドラゴンテールを取って来るでしょう?
そのときまで使わないで。
アンタは未だ素人だし……死ねないけれど痛みを未だ感じられる』
…………うん。わかった。
あ、そうだ。どうやって使うの?
『考えだけでいいよ』
つまり、
『火よ、来たれとかを言ったら火が現れる』
す……すげぇ。
『でしょう。
さぁて、さっそくスタートします。
アンタの位置から約2000メートル西、
洞窟がある。
あの洞窟は龍の巣穴ドラゴンデンと呼ばれている』
そこに龍が住んでいるだろう。
『うん。
その通りだ。
しかも女の龍だ。
よく考えれば、アンタのハーレムのメンバーになれる』
ハーレム?
俺の?
『他は?』
いや、そうじゃなくて…
『そんなことはどうでもいいけどさ。
早く現実に戻れ。
あいつら、待っているぞ』
あいつら?
…………
返事はない。
はぁ〜
まあいいや。
俺はため息をついた。
すると、
「よし。
さぁて、ドラゴンテールを取ってこよう」
と、そう言った。
♢
神の力を振るい、どんな挑戦でも乗り越えられる……どんな壁でも乗り越えられる……自由になんでもやれるーー即ち俺は【この世の最高人物】という。
そしてこの世の最高人物として、人間の人生と違って俺は弱いじゃない。
人間の人生と違って俺は生きることができる。
せっかくここまで来たなんて諦めることは問題外だ。
そう簡単には諦めないから。
だから俺は、
「もしかして、
ボクの命令を聞かなかったのですか?
それとも、誤魔化してるのですか、この単細胞め」
無意識に言ってしまった。
グッ。
と、うしろから呑み込む音が聞こえた。
ましろだ。
なんで、あいつらがまだここにいるの?
邪魔をするつもり?
だったら、早くあいつらを殺さなきゃいけないってあれ?
一体なにを言ってるのか、自分?
あいつらを殺すことができない。
しっかりしろ。
「面白いやつだな、
貴様」
声。
それがドラゴンの声だよな?
思考から脱出し、ドラゴンに目をやった。
「どういう意味ですか?
面白い?ボクが?」
俺が聞くと、ドラゴンは首を傾げながら、
「他は?」
と、聞いた。
やはり俺なんだ。
ってゆうか、何故急に“ボク”と敬語を使っている?
わかんない。
けれど一つのスペキュレーションがある。
「……………」
それにしても何を言ってるのか、こいつ?
「で、
私のテールを貴様にあげるとしましょう。
手に入ったらどうする?」
と、ドラゴンがそう聞くと、俺はこう答えた。
「娘にあげるに決まってます」
と。
するとドラゴンは、
「おぉ、
娘はどっち?」
と俺を尋ねた。
すると俺は、
「金髪のほう」
と、答えた。
「金髪か……あ、
見える。可愛い少女だな」
「とても……」
と、俺たちのやり取り。
って、今のはなんだっただろう?
俺にはさっぱり。
すると、
「貴様のテールは食べられるらしいので、
取ってきましたのですが、
譲りますか譲りませんか?」
と、俺が聞いた。
それに対してドラゴンは、
「ほぉー。
やっぱり面白いわね、貴様が」
と、褒めてきた。
俺のどこが面白いかな?
まあ、それが現在状況において無意味なんだけど。
俺は目を閉じた。
わけのわからない理由で痛いから。
2ー3秒が経つと、再び目を開いた。
するとドラゴンは、
「いいわ。
譲るわ。けど、一つの条件がある」
と、そう言った。
譲ると嬉しいのだが、一つの条件って一体なんなんだろう?
さっぱり。
だから俺は、
「条件?
なんの?」
と、聞いた。
すると俺の質問にドラゴンは、
「条件?
まあ、そりゃ『私との勝負』ってことだ」
と、そう答えた。
「貴様との勝負?」
「ええ。
ひさしぶり誰かと戦ったので。
もし貴様が勝ったら、私のテールをあげる。
しかしそれだけでなく、
私の身も心も全てを吝かで無く貴様に捧げる」
「うん」
「しかしもし貴様が負けたら、
貴様ら全員、殺戮する」
「……………」
と、ドラゴンが言った。
確かにもし俺が人間だったら、全力で断ると説得しようとするのだけれど、俺はもはや人間じゃない。
だからそれに対して俺、
「うん。
わかった。
じゃあ、貴様の条件を受け入れます」
と、勝負を受けた。
それに、この力をまだ試していないので、これはチャンスだ。
俺は無意識に微笑んだ。
すると、相手に顔をあげた。
そして、
「さあ、勝負を始めよう。
ましろ、アリス、アゼリア。いいか。
安全な場所を探し隠れ」
と、俺が振り返ることなく命じた。
すると、ドラゴンは息を吐いた。
そしてかすかに、微笑んだ。
その後、部屋が眩しい光に包まれていた。
俺は反射的に目を閉じた。
「この部屋はとても手狭なので、
もっと相応しい格好に変身しよう」
と、声が聞こえた。
それがドラゴンのだとわかってる。
♢
どれくらい時間が掛かったかわからないが、やがて、その光が弱くなってきた。
すると、
「はぁ〜。
これでよしっと」
ドラゴンはため息を漏らすと言った。
目を開いて、俺はさきほどまでドラゴンがいたところへと目をやったが、やはりまだ何も見えない。
やがて、その強くて眩しい光が消えた。
そして俺はドラゴンの変身した姿を、見た。
偉いそうな顔をした、あえて言うとロリが立っていた。
紅玉のような赤色の瞳に、真っ白い肌。
背中まで瀧のごとく伸びる、流れるようなラベンダー色の長い髪。
……………
俺に言わせればドラゴン姿とはだいぶ違う。
「えええ?
これが貴様の人間姿ですか?
なかなか似合います」
「褒める言葉?」
「さあ、
どう思いますか?」
「そんなのどうでもいいよ」
「同意します」
「さて、
世間話はそれくらいにしましょう」
「仰せのままに」
「一二の三で始める」
「かまわませんよ」
「じゃあ、三」
「ニ」
「一」
「スタート」
全く何の警告もなく、少女が俺の視線から消えた。
そして瞬く間に、手前に現れ、俺にパンチを投げてきたが、それを見越し、俺は斜めに身をよじってなんとなくうまく躱したけど、攻撃を止めようとしなく、少女はもう一度俺との距離を縮めて連続パンチを投げた。
体がまるで風に沿って飛び去っていく羽のように軽い。
なんとなくパンチの全部を躱すして、俺は少しも時間を無駄にすることなく目に見えないバリアを立ていた。
すると左手を真っすぐに差し出し、俺、
「闇よ、来たれ。無限深淵エターナルアビィス」
と、そう唱えると、どこからともなく深淵が少女の足元に現れたが、それを見ると、少女の肩胛骨から漆黒の蝙蝠みたいな翼が生やした。
そして目が糸のように細くなった。
俺は距離を取った。
すると、左手を差し出した。
そしてその左手には剣が現れた。
「ボクの番ですよ」
そう言うと、構えを取った。
すると、少女の方向へと走り出した。
素早さを強化し、剣を振り翳したまま俺は少女の前に現れ、その剣を振り下ろした。
俺の攻撃をなんとなく往なし、鋭い爪を閃かして攻撃をした少女。
俺はそれを受け流すと、首を摑もうとするように右手を伸ばした。
その右手が首を摑んだ。
すると俺の方に少女を引っ張って、左手にある剣を振り翳すと、斜めに振り下ろしたが、やはりこいつが強すぎて俺の剣を口で受け止めた。
すると圧力を加えて剣を断裂した。
仕方なく彼女の首を放して距離を取ろうとしたが、少女が俺を追いかけて顔をパンチした。
そのパンチを受けて、俺が壁に激しくぶん投げられた。
しかし止まらなかった。
俺の前に現れ、彼女は首を左手で摑むと、何回も俺を投げてきた。
爪で襲いかかって、深く俺の肌に掘り込まれるのを感じた。
すると少女は天井へと舞い立ち、こっちに向かって大きく口を開くと、エネルギーを集め始めた。
間もなく、充分にエネルギーを集めたようで、そのエネルギーをこっちに放した。
槍のごとく一直線にエネルギーが襲いかかってきた。
それに対して俺は、
「……………」
俺はなにもしなかった。
それを見つめるだけ。
すると、
ズドン!! という爆発音が響き渡る。
その爆発が生じた強い風に割石を吹き飛ばして、あちこちに散らした。
そして気づいた。
「危ない。このままじゃ、洞窟が陥没するに違いない。早く終わらせなきゃ」
と。
そう決めて、俺は左手を真っすぐに差し出すと、
「零空間発動。時間停止」
と、呟いた。
すると全てが、止まった。
……………
うん。
これが時間操作だ。
アリアの希望に反して、これを昨日で練習した。
60秒の間使える。
時間を無駄にしたくないのでさっさと始めたほうがいい。
俺は宙吊りの女の子を見上げて、
「来い」
と、小さな声で命じた。
実際は一瞬重力質量を少しだけ減らした。
そしてちょうどそのように、少女が俺の前に現れた。
でも本当、おまえが強いよな。
「レジューム」
俺が命じた。
すると時間が始まった。
さあ、今のうちに、
宙吊りの女の子を手首で握り、俺は少女を地面に引っ張ったが、地面をぶつかった前、受け止めた。
そして、
「ボクの勝ちですよ」
と、両手にいる女の子を見ながらそんなことを俺が言った。
そしてそれに、少女は、
……
何もしなかった。